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小説「廃屋の町」(第36回)

2017年7月8日ニュース

「後継者がいないという話はよく聞くよ。俺たちが若い頃は、家業を継ぐのが当たり前という雰囲気があったけど、今は違うようだ。ウチだって分からないよ。店の手伝いをしてもらっている息子には店を継いでもらいたいと思っているんだが、いい勤め先があれば就職したいと息子は言っている。会社勤めであれば、毎月、決まった給料が入るしボーナスも出る。それに休みもある。家業を継ぐよりも会社勤めをした方がいいと考えている若者が多いんじゃないかな」風間が言った。
「後継者難から廃業に追い込まれる中小零細な事業者が多いという話はよく聞くよ。小島君、ありがとう。商店街の抱える様々な課題が見えて来たよ。小島君からもらった意見や要望は市長選に向けた政策に入れておくよ」甘木は礼を言った。
「甘木、よろしく頼むよ。ところで選挙事務所はどうするんだ?早めに押えていた方がいいよ」
 小島が言った。
「それがね、まだ決まっていないんだ。年内には場所を確保しておかないと、選挙準備に間に合わないからね。どこか選挙事務所に使えるいい場所はないかね?」風間が尋ねた。
「ご覧のとおり商店街は空き店舗が増えている。空き店舗を選挙事務所に使ったらどうだい?」
 小島が提案した。
「それはいい考えだな。我々、同級生の星、甘木雄一が商店街の再生を錦の御旗に掲げて市長選に出馬する。絵になるね。小島、駐車場を備えた空き店舗がいいんだけど、どこがいいかな?」
 風間が言った。
「駐車場付きなら山上電気店なんかどうだい?あの店の駐車場なら車が十数台は停められる。選挙事務所にぴったりだと思うよ」小島が言った。
「じゃ、山上さんの店にしよう。甘木、いいよな」風間が言った。
「僕は、そこで構わないよ」
「よし、これで決まり。小島、悪いけど、店主に話を付けておいてもらいたいんだけど、いいかい?」
「分かった。俺に任せてくれ」
「しかし、山上電気店さんの向かいも空き店舗だったけど、いつの間にか居酒屋になったね」
 風間が言った。
「『寄り道』って店だろう。この前、新聞に折り込みチラシが入っていたよ」
 小島が店の奥から持って来たチラシを風間に渡した。
「この『作業服でのご来店大歓迎!午後7時までにご来店の方には、生ビールを半額でご提供!』って書いてあるけど、この『作業服でのご来店』って、どういう意味だい?」風間が小島に尋ねた。
「何でも、この居酒屋のオーナーが山田組社長の奥さんだって話なんだ。山田組の従業員の福利厚生として始めた居酒屋らしいだが、従業員だけでなく一般の人からも利用してもらおうということで、『寄り道』って看板を表に出して、新聞に折り込みチラシを入れたってわけさ」小島が言った。
「土建屋が空き店舗に出店するなんて、すごいな!サイドビジネスに金を回せるほどに、建設業界は儲かっているんだろうな」風間が驚いた様子で言った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第35回)

2017年7月6日ニュース

「もう一つ、甘木が市長に当選したら、やってもらいたいことがあるんだ」小島が言った。
「どんなことだい?」甘木が尋ねた。
「さっきも言ったように隣町にできた大型の商業施設に逃げてしまった市内の消費を何とか戻して欲しいんだ。その商業施設の中は、スーパー、洋服店、靴屋、本屋、時計店、雑貨店、化粧品店、薬局、スポーツ店、電気屋、といろいろな店が軒を並べている。おまけに映画館まで入っている。シネマコンプレックスといって、いろんなジャンルの映画が同時上映されているので、好きな映画を選んで見ることができる。あの巨大な建物の中に、商店街がすっぽりと入っているような感じだ」小島が言った。
「映画館で思い出したけど、この町にも昔は映画館が二つあって、学校が長い休みに入ると子供向けの映画が上映されるので、友達と見に行ったよ」甘木が言った。
「あの頃は、今みたいにテレビゲームのような子供の遊びも少なかった時代だったしなあ。俺も映画館にはしょっちゅう行ったよ。風間ともう一軒の成人向け映画館に、こっそり入ったこともあったよな」
 小島が風間に向かって言った。
「そうそう、高校生の時だったよな。制服だと学校にばれてしまうので、私服に着替えて行ったんだけど、映画館を出たところを久保田恵子に見られてしまってね。その場から走って逃げたけど、恵ちゃんが学校の担任に連絡したらしくて、生徒指導の先生にこっぴどく怒られたことがあったよな」
 風間が言った。甘木はニヤニヤと笑った。
「甘木、話を元に戻すけど、隣町に大型商業施設が出来たことで、市内の消費が冷え込んでいるんだ。若い者は地元の商店には見向きもしないでこの商業施設に買い物に行っている。隣の若夫婦も休みの日になると、子供を連れて出掛けて行くよ。週末は必ずイベントが入るから、お昼を兼ねて半日は過ごせる。特に、天気の悪い日になると、家族でこの商業施設に行っているみたいだね。これまで、お年寄りの消費に頼って来た我々、商店街の努力不足はあるけど、運転免許証の自主返納で車の運転ができなくなった馴染みのお年寄りが、商店街に買い物に来なくなった。何とかならないものだろうか?」
 小島が言った。
「僕もその隣町の商業施設をよく利用しているけど、商店街と比べて、品揃えが多いことと値段が安いなって思ったね。例えば、テレビなどの家電製品で比較すると地元の商店街で買うよりも安いというのは魅力的だよ。アフターサービスを考えれば、地元の電気店で買った方がいいと思うけどね」
 甘木が言った。
「しかし、最近の家電製品は品質が良くなっているので、簡単には壊れなくなったね。壊れて修理に出しても高い修理代を考えれば、修理代よりも高くはなるが省エネ型の新しい物に買い替えた方がいい場合だってあるよ。そういえば、山上電気店は商売をやめちゃったの?先月からシャッターが降りたままだけど…」風間が言った。
「どうやら店を閉めたみたいだね。馴染みの客が量販店に流れたことや、店主の高齢化に加えて後継ぎがいなかったからじゃないかね。ウチの場合、親父の代にこの食料品店を始めたんだけれど、俺は子供の頃から親父の背中を見ていたもんだから、親父に言われなくてもこの店を継いだけどね。しかし、俺の次にこの商売をやる者がいなくて困っているよ。東京で所帯を持っている長男は、もう実家には帰って来ないだろうし、家に残っている次男坊には期待をしているんだが、会社を辞めて家業を継いでくれ、とはなかなか言い出せなくて悩んでいるんだ」小島が言った。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第34回)

2017年7月4日ニュース

「孝雄ちゃん、いいこと言うね。同級会でも言ったように、政治経験も行政経験もない甘木だが、旧田沼市長を務めた爺さんの血が流れているんだ。俺たちが中学生だった頃に大きな地震があっただろう。その時、市長をやっていたのが甘木の爺さんだよ。市議をしていた俺の爺さんから聞いた話だけど、甘木の爺さんは先頭に立って復旧・復興に向けて陣頭指揮をとっていたそうだ」風間が言った。
「その地震って、俺たちが中学一年生の時にあった長野県北部地震じゃないの?学校の体育館が避難所になって、半年くらい体育の授業ができなかったけどね。この店の建物も半壊して大変だったよ。建物が壊れてそのまま廃業した店もあったけど、親父は『うちの店に来るお客さんに迷惑をかけられない』って、早く店を再開しようと頑張っている姿を見て、子供ながらも親父ってすごい人だなって思ったよ。だから、俺も、親父が苦労して再開したこの店をもっと大きくしてやろうと思って、売り場を広げてスーパーにしたんだ」小島が言った。
「俺もそうだけど、小島がこの店の後を継いで大きくしたのも親父さんの影響が大きかったんだね。しかし、俺たちが子供の頃、賑わっていた、あの商店街は一体どこにいってしまったんだろう」
 風間が言った。
「小島君は小さい頃から商店街の移り変わりをつぶさに見ているから、どうして、こんなにも寂れてしまったのか、知っているんじゃない?その辺の話を是非、聞かせてもらいたいんだ」甘木が尋ねた。
「そうだな、一つはお客さんの高齢化だよ。この商店街や定期市に買い物に来るお客の約7割は高齢者だ。若いもんは隣町にできた大型商業施設に買い物に行くけど、お年寄りは昔から付き合いのある地元の商店を利用している。商店街の近くに住んでいれば、徒歩や自転車で買い物に行けるけど、商店街から遠い郊外に住んでいるお年寄りは車や市営バスを使わないと町場の商店に買い物に来られない。買い物に行くにも医者に行くにも、郊外に住んでいると足が必要だ。ところが、最近、高齢を理由に運転免許証を警察に返納したお年寄り、特におじいちゃんが町場に出ていくための足がなくて困っているようだ。市バスが走っていない地域に住んでいるお年寄りもいれば、市バスが走っている地域に住んでいても、バスの本数が少なかったりして、まだまだ不便な点が多いんじゃないだろうか」
「僕たちが子供の頃は、商店街から離れた郊外に住んでいても、近所に小さな商店が必ずあったよ。また、野菜や魚、肉などの生鮮食品、それに惣菜などの加工商品を軽トラックに積んで郊外を回る行商もあったよ」甘木が言った。
「車がまだ普及していなかった頃の話だけど、ウチの親父も揚げ物をリヤカーに積んで、そのリヤカーを原付バイクで引っ張って、売りに回っていたのを覚えているよ。俺がまだ寝ている時分に起きて、おふくろと一緒に揚げ物を作っていたよな。揚げ物の匂いが寝床にまで届いて、グーグーってお腹が鳴ったよ」小島が言った。甘木と風間はニヤニヤと笑いを浮かべた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第33回)

2017年7月2日ニュース

 市街地の挨拶回りを終えた二人は次に商店街に向かった。
「まずは同級生の小島孝雄の店に行ってみるか」
 小島孝雄は商店街で小さなスーパーを営んでいる。甘木と風間は百津屋という看板が掛かった食料品店に入った。
「いらっしゃいませ。あら、寿屋さんじゃないですか。いつもごひいき頂いてありがとうございます」
 女性が言った。
「奥さん、今日は仕事の話じゃなくて選挙のお願いに来たんですよ。孝雄ちゃんはいますか?」
 風間が言った。
「主人は配達に出掛けていますが、間もなく戻って来ると思います。それまで待ててください」
 女性は甘木と風間に椅子を勧めた。
「いま選挙のお願いって、聞きましたが、来年の市長選挙のことですか?」
 女性が風間に向かって言った。
「そうです。来年春の市長選挙に中学の同級生が出るんで、挨拶回りをしているところです」
 風間が女性に言った。
「選挙に出る同級生って、甘木さんっていう方でしょう?」女性が言った。
「小島さん、初めまして、私、甘木雄一と申します。どうぞ、よろしくお願いします」
 甘木は女性に一礼した後、名前とプロフィールを書いた顔写真入りのカードを渡した。
「ああ、びっくりした。風間さんの隣にいる人は誰だろうと思っていましたが、ご本人だったんですね」女性は甘木から渡されたカードを見ながら言った。
「お盆に行われた同級会の席で、甘木さんって方が市長選挙に出ることになったって、主人から聞きました。あら、主人が戻ったみたいですよ」
 店の脇にある駐車場に軽トラックが入った。
「おお!風間に甘木じゃないか。市長選挙の挨拶回りかい?」小島が言った。
「そうなんだ。今日から商店街を挨拶回りしているんだ」風間が言った。
「俺も配達のついでに、この前、同級生に割り当てられた甘木の顔写真入りのカードをお得意様に配っているんだけど、評判はいいよ」小島が言った。
「ありがとう、小島君」甘木は礼を言った。
「この前の新聞に市長選挙の記事が載っていたけど、今のところ、現職と新人の一騎打ちとか書いてあったね。しかし政治経験もない行政経験もない甘木が選挙に出るなんて、大した度胸だよ。しかも相手は知名度、実績、資金力のある現職だ。市議会議員だけでなく、業界団体だって現職を支持するだろうね。特に建設業界は、食い扶持になる公共事業を増やしてもうらおうと、強力に現職をバックアップするだろうね。甘木、ほんとうに大丈夫かい?」小島が心配そうな顔つきで言った。
「小島、今から弱音を吐いてどうするんだよ。選挙までまだ半年以上もある。井上陣営は甘木を泡沫候補と見て、楽勝できると思っているだろうが、その驕りが命取りになることだってあるのさ」
 風間が言った。
「今、風間が言った『驕り』って言葉を聞いて、中学の国語の時間に習った平家物語を思い出したよ。確か『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。驕れる者久しからず、ただ春の夜の夢の如し。猛き者もついには滅びぬ、ひとえに風の前の塵に同じ』っていう一節があったよな。先生が『ここはテストに出すからしっかりと勉強しておけ!』って言われて、冒頭の部分を丸暗記したよ。おかげで、この歳になっても、そらで言えるよ」と小島が言った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第32回)

2017年6月30日ニュース

「貴重なご意見ありがとうございます。ところで、こちらのお宅は三世代でお住いでしょうか?」甘木が尋ねた。
「ご覧のとおり、私と主人の二人暮らしです。息子夫婦は仕事の関係で、いま東京で暮らしています。お盆とお正月休みに孫を連れてこの家に帰って来ますが……」女性が言った。
「こんなに立派で広い家で二人暮らしですか。それは寂しいですね」風間が言った。
「この家を建てた当時は家族5人で暮らしていました。30年の住宅ローンも完済して、名実とも我が家になったと思ったら、就職や結婚で息子や娘たちが家を出てしまって、今は私たち夫婦、二人きりの生活になりました」男性が言った
「お二人だけの生活になって、どれくらいになるんですか」甘木が尋ねた。
「もう、10年近くになりますね」男性が答えた。
「息子さん夫婦は、将来、実家に戻る予定はあるんですか?」甘木が尋ねた。
「息子夫婦は、向こうでマンションを買って暮らしていますから、会社を定年退職しても、この家には戻って来ることはないと思っています」女性が言った。
「私は二年前に東京から、家族三人でUターンしてきました。両親は他界して実家は空き家になっていましたが、隣町に住む姉が時々、空き家になった実家に来ては、窓を開けて空気の入れ替えなど、家の管理をしてくれたおかげで、そのままの状態で転居できました」甘木が言った。
「そうですか。この家は建ててから40年近くになりますが、息子たちが孫を連れて戻って来ても、まだまだ使える家です。どっちが先になるか分かりませんが、主人か私が先に介護施設に入れば一人暮らしになります。そして残った一人も施設に入れば、この家は空き家になってしまいます。この家もいずれはそうなるんじゃないかって、主人と話をしています。町内には高齢者だけの家がたくさんありますよ。住む人がいなくなって空き家になった家もあります」女性が言った。
「お休みのところ、いろいろとお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。これで失礼します」と言って、二人は米山家を後にした。

「米山さんの話を聞いて分かったんだけど、米山さんは井上市長の強引な市政運営に対してはあまり良く思っていないようだね」風間が言った。
「一市民というよりは、上司だった井上市長のトップダウンの市政運営を、組織の中から見ていた元職員としての率直な感想だったね。職員だったからこそ見えた井上市政の裏側ということだね。現職の職員は井上市長のことをどういう風に見ているんだろう。興味があるよ」甘木が言った。
「同級生に市の財政課長をやっている杉田昇がいるから、今度、声を掛けて、その辺の話を聞いてみようか?」風間が提案した。
「それはいい考えだね。財政課長なら公共事業の予算執行についても詳しいんじゃないかな」
 甘木が言った
「俺たち中学の同級生が甘木を市長選挙に担ぎ出したことは井上市長も知っている。この前、用事があって市役所のロビーで杉田とばったり顔を合わせた時、『最近、総務部長の視線を強く感じるようになった』って、小声で俺に話してくれたよ。どうやら市役所にいる俺たち中学の同級生が監視されているようだ。もしかして、観光振興課長の木下信行も監視されているかも知れないね」風間が言った。
 甘木と風間はこの住宅街を歩いてみて、子供のいる家が少ないということが分かった。子供のいる家であれば、子供用の自転車や遊び道具が玄関に置いてあったり、子供の服が外に干してあったりするが、そういった家は少ない。高齢者だけの世帯が多いようだ。どういう事情があって空き家になったかは分からないが、まだまだ使える家もある。子育て世帯にこれらの空き家を提供すれば、住宅街の高齢化もある程度は食い止められるのではないかと甘木は考えた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第31回)

2017年6月28日ニュース

「あなた、こちらの方、来年の市長選挙に出られる甘木さんよ。わざわざ挨拶に来てくださったのよ」
 女性は甘木から渡されたカードを夫に渡した。
「米山さん、初めまして、甘木雄一と申します」
「ああ、今度の市長選挙に出られる甘木さんですね。新聞で見ましたよ。現職の井上市長も4期目を目指して出馬するそうですね。今のところ、立候補予定者は二人のようですが……」
「そうですね。しかし、選挙まで半年以上ありますから、第三、第四の候補が出てくるかもしれませんね」風間が言った。
「一般論ですが、立候補者が多いほど、現職には有利に働きますね」
「どうしてですか?」風間が尋ねた。
「現職に対する批判票が分散されるからです。ところで、井上市長は前回の市長選の時、これが最後の選挙ですと有権者に訴えて当選したはずです。それが四期目の選挙も出るとなると、公約違反にあたるんじゃないでしょうか。この他にも、井上市長に対しては、箱物中心の市政運営だとか、あちこちでいろいろな批判が出ているようですが……」
「主人は3年前まで市役所に務めておりました。退職した時は、確か選挙管理委員会の事務局長だったわね。あなた」
「選挙管理委員会には10年ほどいました。ちょうど井上市長が初当選をした年に選挙管理委員会に異動になって、それから退職するまで在籍していました」
「それじゃ、井上市長の二期目、三期目の選挙も担当されたんですね?」風間が言った。
「そうです。選挙が始まると書記長という肩書になりますが……。市長選挙だけでなく市議選挙や県知事選挙、県議会議員選挙、それに国政選挙と、選挙が始まると準備に忙しくなります。特に解散総選挙になると、準備期間が短くて、おおわらわですよ」
「それだけ長く選挙の仕事に携わっていれば、選挙のことは何でもご存知ですよね。こっちは初めての選挙なものですから、選挙のやり方について一から勉強していますが、分からないことだらけです」
 風間が言った。
「地方選挙から国政選挙とさまざまな選挙がありますが、全て、選挙は公職選挙法という法律に基づいて行われていることをご存知ですよね?」
「その法律なら知っていますが、専門用語がたくさん出ていて、理解するのが大変です」
 風間が言った。
「私でよければ、お手伝いしましょうか?」
「本当ですか!ありがとうございます。選挙実務に精通している米山さんからご指導いただけるなんて、百人力です!後日、改めて、お願いに伺います」甘木はお礼を言った。
「お二人で挨拶回りをしているというお話ですが、一軒一軒、回っているんですか?」
「はい、そうです。住民の方から、直接お話を伺うことで、地域の実情が分かりますし、また課題も見えてきます。頂いたご意見を基に市長選挙に向けた政策を作っていきたいと考えています」
 甘木が答えた。
「それはいいことですね。今の市政を見ていると、上から目線で行われているような気がします。市民の声が市政に届いていないように思います。私が市役所に務めていた頃を思い出すと、上層部が政策を決定し現場の職員はただそれを実行するだけ、という上意下達の政策決定でした。日頃から市民と接している職員の意見や創意工夫を引き出すようにしないと、多額の税金を使った行政サービスも市民からはそっぽを向かれ、結局は税金の無駄遣いになってしまいますよ」
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第30回)

2017年6月26日ニュース

 甘木は風間ら同級生と市長選挙に向けた政策づくりを始めた。まずは田沼市の実情、現状を把握しようと、市内の各地域、地区を隈なく歩いて回った。最初に市街地を回ってその次に市街地周辺の農村集落を回ることにした。田沼市の中心市街地は市役所本庁舎のある旧田沼市の市街地である、旧3か町村の地域にもそれぞれ役場庁舎があった地区に市街地がある。合併後、旧田沼市の市役所が本庁舎となり、旧3か町村の役場が支所庁舎となった。
 甘木と風間は市街地の住宅街から挨拶回りを始めた。
「商売人として甘木に言っておくけどね。初対面の人と挨拶をする時は、相手の名前を最初に言ってから、話を始めたほうが相手に好感を持たれるし、話がスムーズに進むからね。例えば、俺の家に来た時に『風間さん、おはようございます。私、来年春の市長選挙に立候補を予定しています甘木雄一と申します。ご挨拶に伺いました』って言ってから、話を始めた方が相手に好印象を与えることができるよ」
「そうだね。出版社に入社した時に受けた接遇研修で、初対面の相手と挨拶をする時に行う名刺交換の仕方を教えてもらったよ。相手から貰った名刺をもう一度見て、相手のいる前で復唱した方が難しい読みの人名漢字も間違いなく覚えることができるって、講師の先生が言ってたよ」
「30の時に親父が死んで、俺が店を継いだが、店の手伝いをしている頃、親父から、『商いの基本は人付き合いだ。会ったことがない人でも、知っている人を見つけたら、相手の名前を言って声を掛けろ。何かいいご縁ができるかも知れない』って、よく言われたよ」
「でも一般の家に伺って名刺交換をするって場面はないよね。どうやって相手の名前を知ることができるんだい?」
「玄関の表札を見れば、家主の名前が分かるよ。ただし、古い家だと表札の名前が亡くなった人の名前になっていることもあるので、フルネームではなくて名字だけ言うんだ。初めて訪ねてきた人から名前を言われたらびっくりするかもしれないが、その後の会話はスムーズにいくよ」
「ありがとう。やってみるよ」

「ごめんください」甘木と風間は玄関を開けて言った。
「はーい。今、行きます」台所の方からエプロン姿の女性が現れた。
「米山さん、おはようございます。私、甘木と申します」
「甘木さん?どこかでお見掛けしたような気がしますが……。もしかして、主人の知り合いの方でいらっしゃいますか?」女性は怪訝な顔で言った。
「いいえ、初めてお目にかかります。私は来年4月の市長選挙に立候補を予定している甘木雄一でございます。ご挨拶に伺いました」
 甘木の言葉を聞いた女性の顔が和らいだ。
「思い出したわ。この前、新聞に出ていた甘木さんですね。今度の市長選挙に出られる方ですよね?」
「はい、そうです」
 甘木は女性に一礼した後、顔写真入りの名前とプロフィールを書いたカードを渡した。
「新聞で見た写真よりも、若くてそれにハンサムだわ。あなたのような若い方に市長になってもらって、寂れたこの町を賑やかにして頂きたいわ。いま、主人を呼びますね。あなた、ちょっと来て!」
 居間の方から、三毛猫を抱いた初老の男性が現れた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第29回)

2017年6月24日ニュース

「議長!」と言って井上市長が挙手した。
「井上市長!」議長が指名した。
「はい、議員のおっしゃるとおりでございます。私見でございますが、新田沼市にふさわしい公共施設として、文化会館と総合体育館などがいいのではないかと考えております」
「議長!」と言って小林議員が挙手した。
「小林俊二さん」議長が指名した。
「私見とは言え、文化会館と総合体育館を新たに整備するという、ビッグな事業が今ほど、市長から発表されたわけですが、井上市長の任期は来年4月までで、あと7か月しかありません。旧田沼市長時代も含め3期12年が一区切りというような話を、過去にされたようですが、いかがですか?」
「議長!」と言って井上市長が挙手した。
「井上市長!」議長が指名した。
「確かに、前回の市長選が終わった後、そのような話をしたことは覚えていますが、当時と今とでは、状況が大きく変わっております。市民の皆さまからのご信託をいただけるようであれば、引き続き市政を担当してまいりたいと考えております」
 9月6日、地元紙「長野日刊新聞」が、「井上市長 市議会9月定例会の一般質問で、来春4月の市長選に4期目を目指して出馬を表明 新人で大手出版社元編集部長の甘木雄一氏も出馬表明」という見出しで記事が掲載された。
 数日後、月刊たぬま新報の9月号が、井上市長 市議会9月定例会の一般質問で、来春4月の市長選に4期目を目指して出馬を表明 新人で大手出版社元編集部長の甘木雄一氏も出馬表明 現・新一騎打ちか?市長選の争点は公共施設の再編整備か?」との見出しで記事が掲載された。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第28回)

2017年6月22日ニュース

「議長!」と言って小林議員が挙手した。
「小林俊二さん」議長が指名した。
「では再質問に入らせていただきます。先ほどの私の質問。1点目の、合併して8年経った新田沼市の現状認識についてのご答弁ですが、これについては、合併建設計画に明記されている旧4市町村時代に建てられ、築後40年近くなった公共施設の再編整備に腐心したと。それというのも合併時の市長選のしこりが合併後にも残り、支所庁舎の廃止や新しい公共施設の配置を巡って中心部と周辺部とで軋轢が生じていると。8年前の市長選挙は、確か、旧田沼市長、現在の井上市長と旧2か町村長が推した旧春野町長の佐竹氏との一騎打ちであったわけですが、結果は井上市長が当選し、それが旧田沼市と旧三か町村地域とのわだかまりとして残ったという認識でよろしかったですよね?」
「議長!」と言って井上市長が挙手した。
「井上市長」議長が指名した。
「小林議員のおっしゃるとおりです。市といたしても、周辺部にお住いの旧3か町村の方が市役所に来る時や、通院や買い物で本町商店街に来られる高齢者のためにも、市域全体に市バスを走らせていますが、合併して却って不便になったという意見がまだ多く寄せられていますので、公共施設の再編整備計画の見直しが必要と考えています」
「議長!」と言って小林議員が挙手した。
「小林俊二さん」議長が指名した。
「市長が最後に、公共施設の再編整備計画の見直しが必要、と言われたわけですが、これは、私の質問の2点目、今後の市政運営の在り方、方向性ということに対する答弁と理解してよろしいですか?」
「議長!」と言って井上市長が挙手した。
「井上市長!」議長が指名した。
「そういう趣旨で申し上げました。御存知のとおり、合併特例債は返済時の元利償還金の7割を国から支給される地方交付税で賄うことができるという、国の財政支援が厚い起債(借金)であります。その特例債の発行期間が10年から15年に延長されたことから、約350億円ある合併特例債は、既に6割にあたる210億円は使っていますが、残り140億円を全部使って、旧3か町村時代の公共施設を改修し延命化することが、中心部と周辺部とのわだかまり、軋轢を解消できるものと考えています。併せて、2年後に新田沼市誕生10周年を迎えるにあたって、新市にふさわしい、新たな公共施設の整備が必要と考えています」
「議長!」と言って小林議員が挙手した。
「小林俊二さん」議長が指名した。
「今、市長が言われたことを要約しますと、合併後も残っている中心部と周辺部のわだかまりを解消し、田沼市民11万人の心を一つにする上で、合併建設計画にある公共施設再編整備計画の全面的な見直しが必要だと。具体的には、新田沼市にふさわしい公共施設を新たに建設する。一方で、周辺部に住んでいる住民の方の利便性を確保し、合併によるメリットを感じてもらえるように、旧3か町村時代に建てられた公共施設を改修し延命化を図る、という答弁ということでよろしかったですね?」
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第27回)

2017年6月20日ニュース

「井上市長!」議長が指名した。
「小林議員からは、新田沼市の8年間に渡る市政運営についての総括と、今後想定される田沼市の人口減少、少子高齢化を見据えた市政の在り方、方向性についてのご質問をいただきました。その前に4か市町村の合併協議が、一時、暗礁に乗り上げた経緯について、今一度、振り返ってみたいと思います。平成20年4月1日付けをもって旧田沼市及び周辺3か町村が合併して、人口約11万人の新田沼市が誕生したわけですが、当時の人口は旧田沼市が約6万5千人、春野町を含む旧三か町村の人口が約4万五千人でした。当時、旧田沼市長を務めておりました私は合併協議会の会長として、合併に向けた意見調整に腐心してまいりました。そのなかで、二つの大きな意見の隔たりがありました。一つは合併後の新市の名称であります。新たな名称にするのか、田沼城を有する田沼市の名称を残すのかで、調整が難航しました。結局、合併方式を新設合併とすることで折り合いがついて、新市の名称は田沼市とすることになったわけです。もう一つは、住民負担とサービスの基準をどこに合わせるかです。住民アンケート調査で『合併後どのようなことを期待するか』との質問に対して、実に4割を超える方が『公共料金など住民負担の低減と高いサービスに制度を合わせることによる行政サービスの向上』を選択し第一位となりました。結果的に、負担は一番低い旧春野町の基準に合わせ、サービスは一番高い旧田沼市の基準に合わせることになったわけでございます。このような中で、新田沼市の舵取り役として、私が初代市長に就任したわけですが、残念なことに、旧田沼市と旧三か町村との間で、市長選挙のしこりが残ったままでした。そのしこりが色濃く表れたのが合併建設計画に定める公共施設の再編整備です。建設計画では、現在、市役所の支所庁舎として使っている旧3か町村の役場庁舎は廃止することが明記されています。また、旧4か市町村時代に建てられた文化会館や公民館、体育館といった公共施設が、建設から40年近く経過し老朽化したこともあり、これらを廃止し、新たな公共施設を建設することが明記されています。しかし『言うは易く、行うは難し』であります。類似の公共施設を集約化して新たな公共施設を市の中心部に建設すれば、周辺部の活気や賑わいが失われるという意見が周辺部から出され、意見調整が難しくなっています。いずれにせよ、公共施設の再編整備を行う場合には、手厚い国の財政支援がある合併特例債を活用することができるわけでありますが、この特例債が東日本大震災の発生が契機となって、発行期間が合併後10年から15年に延長となりました。市といたしましては、特例債が使える残りの7年間を見据えて、当初の公共施設再編整備計画を全面的に見直しして、周辺部にお住いの方にも、合併によるメリットを感じてもらうことが大事だと考えております」
(作:橘 左京)

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