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小説「廃屋の町」(第99回)

2017年11月9日ニュース

「はい、田沼市建設業協会の頭文字をとって『TK』です。このTK口座を経由して、会員企業から年会費を徴収したり、逆に個人献金を振り込んだりしています。もちろん、年会費の領収書の宛名は会社名義ですが……」青木が答えた。
「すごいわ!政治資金の集金・分配システムが出来上がっているのね!」久保田が言った。
「このTK口座は、もう一つ別の用途でも使われています」青木が言った。
「もう一つの用途?」甘木が尋ねた。
「入札参加協力金の決済口座です」青木が言った。
「入札参加協力金?」久保田が尋ねた。
「落札業者から落札できなかった入札参加業者に支払われる協力金です。形だけ入札に参加した業者に対して、落札業者から支払われる手間賃です」青木が言った。
「形だけ入札に参加した業者って、どういう意味ですか?」風間が尋ねた。
「落札予定の業者以外の入札参加業者のことです。最初から落札することを考えていない業者のことです。実は、入札前に落札する業者が決まっています。」青木が答えた。
「入札前に落札する業者が決まっているって、それって談合でしょう?」久保田が尋ねた。
「そうです。入札談合です」青木が言った。
「それと、今、入札協力金って聞いたけど、落札業者は落札しなかった業者に対して、幾ら払うんですか?」久保田が尋ねた。
「例えば、A社が1000万円で落札したとします。この工事の入札にはA社のほかに10社が参加したとします。そうしますと、落札したA社は落札額1000万円の1%にあたる10万円を、入札協力金として10社に1万円ずつ、均等に支払います。この入札協力金の決済は協会に預けているTK口座を介して行われています」青木が答えた。
「1億円の工事を受注すれば、1社あたり10万円の入札協力金が支払われるということか」
 風間が言った。
「建設業協会に支払う実績割の年会費が受注額の2%。それと形だけ入札に参加した業者に支払われる入札協力金が受注額の1%。合わせて3%になります。田沼市が発注する公共工事の平均落札率が95%以上と県内市町村の平均と比べて極めて高くなっていることと何か関係があるんでしょうか?」
 甘木が尋ねた。
「田沼市の公共工事の落札率が高止まりになっているのは、発注者側から入札情報の提供があるからです」青木が答えた。
「それって、官製談合ってことでしょう?」久保田が尋ねた。
「そうです。入札談合にしろ、官製談合にしろ、これらの調整は建設業協会で行われています。山田信夫会長と市役所OBの栗山守男事務局長の二人が采配しています」青木が答えた。
「栗山守男って、市の建設課長をやった人じゃないの?」久保田が言った。
「そうです。建設業協会の事務局長のポストは、合併前から田沼市建設課長の天下りポストになっています」青木が答えた。
「だから、市が発注する公共工事の入札情報も入手し易やすくなっているんだろうね。特に予定価格は喉から手が出るほどに欲しい入札情報だからね」風間が言った
「実は、協会が管理しているTK口座には更に、もう一つの用途があるんです」青木が言った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第98回)

2017年11月7日ニュース

「協会経由で個人献金をする場合、寄附の額はどのようにして決まるんですか?個人献金の場合、一人年間150万円までとなっていますが……」甘木が尋ねた。
「政治献金に回す協会の剰余金は団体献金用と個人献金用に振り分けられます。振り分けの基準は分かりませんが……。次に、個人献金の寄附額をどうやって決めるかですが、協会加盟の建設会社が受注した公共工事の受注額の総額を集計して、発注者別、受注者別に仕分けします。出来上がった仕分表に基づき個人献金用に回される剰余金が案分されます。例えば、個人献金に回す剰余金が5000万円だとします。また協会加盟の建設会社が市から受注した年間の公共工事の総額が100億円だとします。青木建設が受注した市の公共工事が総額で1億円だったします。私、青木敏夫の個人献金は、1億円割る100億円掛ける5000万円で50万円となります。この50万円は井上市長の資金管理団体『将進会』に寄附されます」青木が答えた。
「青木さんご自身が寄附をされるんですか?」甘木が尋ねた。
「いいえ、違います。協会が私の名義を使って、井上市長の資金管理団体に寄附をするんです。後で、協会から私名義で振り込んだ個人献金の振込先と金額を書いた一覧表が領収書と一緒に送られてきます」青木は一覧表を甘木らに提示した。
「へえ!こんなのがあるんですね。ところで、この一覧表をもらってどうするんですか?」
 甘木が手に持った一覧表を見た風間が尋ねた。
「この一覧表は税金の優遇措置に使えるんです。個人が政党や政治資金団体、それに県議の資金管理団体に寄附した場合、所得控除や税額控除の対象になって、税金が戻って来るんです」青木が答えた。
「個人献金を集め易くするための税制上の優遇措置があるんですね。協会が青木さんの名義を使って個人献金をするって、さっき言いましたが、そんなことができるんですか?」甘木が尋ねた。
「はい、できます。協会に加盟している建設会社は、協会の口座がある金融機関に社長名義の預金口座を開設しています。その預金口座のキャッシュカードを協会に預けることになっています。この社長名義の口座のことを『TK口座』と呼んでいます」青木が答えた。
「TK口座?」久保田が尋ねた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第97回)

2017年11月5日ニュース

「はい、今言った建設業協会の余剰金は、団体献金として民自党長野県連田沼市支部に寄附されています」青木が言った。
「御存知のとおり、民自党長野県連田沼支部長は山田良治県議です。青木さん、続けてください」
 加藤が青木に促した。
「はい、また余剰金は個人献金として、山田県議と井上市長の政治団体にも寄附されています」
「山田県議と井上市長は、それぞれ個人献金の受け皿となる資金管理団体を持っていますので、これらの団体に対して個人献金が行われているということです」加藤が言った。
「確か、政党や政治資金団体、その他の政治団体が個人や団体から寄附を受けた場合、政治資金収支報告書に記載することになっていますが……」
 甘木が尋ねた。
「そのとおりです。県内にある政治団体の場合、毎年、政治資金収支報告書を作成して県の選挙管理委員会に提出することになっています。提出された政治資金収支報告書は公表されています。しかし、政治家個人が受け取った個人献金は選挙管理委員会への報告義務がないので、誰がどれだけの寄附をしたのかは分かりません」加藤が言った。
「一人が年間150万円を超える寄附をしても、分からないということですね?」風間が尋ねた。
「そうです。全くのブラックボックスです」加藤が言った。
「青木さん、団体献金の寄附者は建設業協会で、寄附の相手は民自党長野県連の田沼市支部ということですね?」甘木が確認した。
「はい、そうです」青木が答えた。
「さっき、協会の剰余金は個人献金として、山田県議と井上市長の政治団体にも寄附されている、という話でしたが、寄附者は誰ですか?団体である建設業協会は、個人献金はできないはずですが……」
 甘木が尋ねた。
「公共工事を受注した建設会社の社長個人が、個人献金として山田県議や井上市長の資金管理団体に寄附しています。県の工事を受注した場合は山田県議の、市が発注した工事を受注した場合は井上市長の、それぞれの資金管理団体に寄附しています」青木が言った。
「青木さんは山田県議や井上市長の資金管理団体に個人献金をしたことはあるんですか?」
 甘木が尋ねた。
「ウチは県の工事を元請けで受注したことがないので献金はしていませんが、協会に入っていた頃は、さっきも言ったように市の工事を年間十数件受注していたので、井上市長の資金管理団体に寄附したことはあります」青木は答えた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第96回)

2017年11月3日ニュース

「青木建設の社長をしております青木敏夫と言います。ウチの会社は、土木工事を主体にした従業員が15人の小さな建設会社です。市の入札参加資格者名簿には、『土木』でCランク、『建築』でDランクの施工業者として登録されています」
「土木がCで建築がDですか。青木さんの会社では、市の公共工事を受注する機会は、年間どれくらいありますか?」甘木が尋ねた。
「はい、元請けでは年に5、6件受注していますが、多くは下請けや孫請けです。実際、市が入札に出す工事の多くはAやBランクの大きな業者しか受注できない工事です。細分化して1000万円以下の小さな工事にしてくれると、我々、中小の業者も受注することができるんですが……」
「そうすると、青木建設さんは元請けよりも、A、Bランクの業者が受注した大きな工事が細分化されて小さくなった工事を、下請けや孫請けで受注しているってことですか?」風間が尋ねた。
「はい、そのとおりです。県が発注する工事でもそうですが、元請けで受注すれば、それなりの儲けは出てきますが、下請けや孫請けで仕事をもらっても、雀の涙ほどの利益にしかなりません。しかし、安い仕事だからといって断れば、私らは食べていけません。儲けの少ない安い仕事だと分かっていながらもらっています」
「ところで、青木建設さんは建設業協会に加入されているんですか?」甘木が尋ねた。
「今は入っていません。去年の3月に協会を脱会しました。そしたら、なぜか、受注回数が減ってしまいました。協会に入っていた頃は年に十数件は受注できたんですが、今は5、6件と、協会に入っていた頃と比べて半分以下になりました」
「どうして協会を脱会されたんですか?」甘木が尋ねた。
「年会費が馬鹿にならない額ですからね」青木が答えた。
「そんなに高いんですか?年会費は幾らなんですか?」風間が尋ねた。
「年会費は均等割と実績割の二種類あって、均等割りは会社の規模に関係なく一律一社10万円です。一方、実績割の方は請負額の2%です。例えば1000万円の工事を受注すれば、実績割は20万円になります」青木が答えた。
「田沼市の今年度の公共工事予算は約67億円だから、市が発注した公共工事を建設業協会加盟の建設会社が全部、受注したと仮定すると、実績割は総額で約1億3000万円にもなるよ。それに国や県が発注する田沼市内の公共工事を受注すれば、総額はもっと増えることになるね。建設業協会の事務所経費や職員の人件費を差し引いても、かなりの余剰金が出ているんじゃないのかな?」
 風間が電卓を叩きながら言った。
「余剰金は数千万円規模になりますね」青木が答えた。
「ええ!そんなにあるんですか!」久保田が驚いた様子で言った。
「実は、この数千万円規模の余剰金が政治献金に回っているんです」青木が答えた。
「ええ!政治献金だって?税金が政治献金に化けているんだって?」風間が驚いた顔付きで言った。
「政治献金については、私の方から説明します」と加藤が言って、話を続けた。
「政治資金規正法によって、政治献金は誰が誰に対して年間幾らまで寄附できるかが決まっています。政治献金は、誰による寄附かで団体献金と個人献金に分けられます。団体献金は、業界団体や労働組合、宗教団体などによる寄附で、寄附の相手は政党や政治資金団体です。一方、個人献金の方は、個人による寄附で、寄附の相手は政党や政治資金団体、その他の政治団体、政治家個人です。団体献金も個人献金も年間の寄附額に制限があります。団体献金の方は750万円から1億円の範囲です。一方、個人献金の方は政党や政治資金団体に対しては無制限ですが、その他の政治団体や政治家個人に対しては、150万円までです。政治献金についての一般的な説明はここで終わりにして、青木さん、話を続けて下さい」
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第95回)

2017年11月1日ニュース

「井上市長は文化会館と総合体育館の建設を、市長選の目玉になる政策として挙げています。この2つの公共施設は、2年後に迎える合併10周年の記念行事の一環として建設するそうですが、これについて、どのように考えますか?」明間が甘木に尋ねた。
「事務所開きの時に取材に来た長野日刊新聞の記者からも同じような質問を受けましたが、文化会館と総合体育館の建設に反対という立場ではありません。新市にふさわしい新たな公共施設の建設が本当に必要なのか。その必要性について時間を掛けて検討すべきです。検討の結果、新たな施設が必要だということになれば、将来の人口規模に見合った適正な規模にすべきです」甘木が答えた。
「その点は、我々も同じ考えです」明間が言った。甘木は話を続けた。
「昨年10月に策定された『田沼市人口ビジョン』によると、合併当初の11万人余りの人口が8年後の今年には10万2000人ほどに減っています。単純平均すると、1年で千人ずつ人口が減少しています。公共施設の建設資金は借金をして調達しますが、その借金を4、50年かけて返済します。仮に、50年かけて借金を返済すると考えた場合、その間に人口が5万人も減ってしまいます。11万人の人口が50年後に半分くらいになってしまうという人口推計を考慮に入れて、公共施設を新設すべきです」
「甘木さんの『まちづくり八策』に『五十年先を見据えたまちづくりを提案します』とありますが、そういう意味だったんですね」
 明間が言った。
「はい、市街地の住宅街を一軒一軒、挨拶に回った時、このことを強く感じました。住宅が新築された頃は家族5人で暮らしていたけれど、住宅ローンが完済した3、40年後の今は、高齢者だけで暮らしている住宅が意外と多いことが分かりました。まだ使える広い家に高齢者が一人、または二人で暮らしている現実を目のあたりにしました」
「公共施設の場合も利用者が減って同じような状況になるということでしょうか?」明間が言った。
「そうです。それと新たな公共施設の建設について検討する場合、並行して、既存の類似の施設をどうするかも考えるべきです」甘木が言った。
「井上市長は、合併前の4か市町村にあった公民館や体育館は、大規模改修して存続させると言っていますが……」明間が言った。
「人口減少を考慮に入れない過剰な公共投資には反対の立場です。無駄な公共事業の付けを払うのは子供たちです」甘木が言った。
「井上市政が始まって間もなく12年が経ちますが、県の土木部出身の市長だけあって、公共事業偏重の市政運営が続いています。無駄な公共事業を減らして、生活者の暮らし向きが少しでも良くなるような政策に予算を回すべきだと考えているのですが、市長派市議が過半数を占める今の市議会では、我々の少数意見は、市政に届かないのが現状です」明間が言った。
「私も皆さんと同じ考えです。コンクリートに投資しても、経済効果はその時だけで長くは続きません。一方、人に投資すればその効果は計り知れません。例えば、田沼市からノーベル賞の受賞者が出た、なんてことになると、すごいことになると思いますよ」甘木が言った。
「おっしゃるとおり。人口減少が静かに、そして確実に進むなか、コンクリートに投資しても、それは税金の無駄遣いだと、私たちも考えています。市民の利益よりも建設業界の利益を第一に考えている井上市政ですが、市が発注している公共工事で官製談合が行われているという情報が、我々のところに入ってきました」明間が言った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第94回)

2017年10月30日ニュース

「我々、改進党の支持母体は労働組合の全国組織『連帯』です。もちろん連帯の県組織もあります。田沼市にも支部があり官民の労働組合で組織されています。単刀直入に言えば、改進党が甘木さんを推薦または支持をすれば、これら労働組合の組織票を甘木さんに差し上げることができます。参考までに、現職の井上市長は民自党の推薦を受けたそうです。そして、甘木さんがめでたく市長に当選したら、秋の市議選に出馬する改進党系の市議を応援していただきたいと考えています」加藤が言った。
「我々、改進党系の市議は現在八人で『新生会』という会派を作っています。秋の市議選では、現職のほか新人3人を擁立して現有議席を8から11に増やしたいと考えています。改進党の推薦や支持を受けた甘木さんが市長に当選すれば、我々、改進党の市議は市長与党として、共立党の市議2人と連携して甘木市政を支えていきたいと考えています」
 明間が言った。田沼市議会は、民自党系会派の「田沼クラブ」が17人、改進党系会派の「新生会」が8人、共立党が2人、それに無所属3人の合計30人で構成されている。
「甘木、いい話じゃないか。草の根で集めた個人票だけでなく、労働組合などの組織票も、ウチの陣営に取り込めれば、こっちの勝算も上がってくるだろう。ところで市役所の職員組合の票も、こちらにもらえるんですか?」風間が明け透けに言った。
「もちろんです。公務員労組の組織票も入っていますから」明間が言った。
 甘木はしばらく考えた後、
「改進党さんから、推薦なり支持を頂きたいと思いますので、よろしくお願いします」と言って深々と頭を下げた。
「分かりました。より強い連携・協力関係を示す『推薦』候補として、県連に上申したいと思います」
 加藤が言った。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」と言って甘木は加藤に礼を言った。
「選挙協力の件については、ここで終わりにします。次に、政策面での調整をしたいと思います」
 明間が言った。
「政策面での調整って、どんなことですか?」風間が尋ねた。
「これは、甘木さんが今月上旬の新聞折り込みに入れた市長選向けの政策ですね?」
 明間がアタッシェケースからB四版両面刷りの折り込みチラシを取り出して言った。
「はい、そうです。新聞の折り込みチラシとして市内に配布しました」甘木が答えた。
「甘木さんの『まちづくり八策』に挙げている政策は、我々、改進党の政策と重なる部分が多いんですよ」明間が言った。
「と言いますと?」甘木が尋ねた。
「我々は、甘木さんの『まちづくり八策』が生活者の視点に立った政策だと考えています。改進党の政策綱領も生活者の利益を第一に考えて作ってあります。改進党が甘木さんとの選挙協力を申し出た趣旨は、単にギブ・アンド・テークによって票の取引するのではなく、政策面での連携・協力関係を築いていきたいと考えたからです。政策面については、明間さんからお願いします」加藤が言った。
「はい、甘木さんの『まちづくり八策』の8番目に、『将来世代(子供たち)に資産として引き継げるように、合併前の旧市町村時代に建てられた公共施設の統廃合を進めます』と書いてありますが、これについて確認させてください」明間が言った。
「はい、どんな点でしょうか?」甘木が尋ねた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第93回)

2017年10月28日ニュース

 1月下旬、雪の降る中、甘木雄一の事務所に3人の男が訪ねて来た。
「ごめんください。こちらは甘木雄一さんの選挙事務所でしたね?」
「はい、そうですが。どちら様ですか?」事務所番をしていた久保田恵子が尋ねた。
「市議会議員の明間と申します。甘木さんはおいででしょうか?」
「あいにく、挨拶回りに出掛けていますが、間もなく戻ってくると思います。それまで、こちらでお待ちください」久保田は三人に着座を促した。
「ただいま」甘木と風間が言った。
「おかえりなさい」久保田が言った。
「今日の雪は降り止まないね。天気のいい日だと、外に出掛けて留守にしている家が多いんだけど、今日のような天気の悪い日は、家に居ることが多いみたいだよ。数はこなせないけど、家の中に上げてもらって、こっちの話を聞いてもらったり、家の人の話を伺ったりと、ゆっくり話ができて良かったよ」
 風間が言った。
「甘木君、お客さんがお待ちよ」久保田が言った。
「市長選挙に出馬される甘木雄一さんですね?私は市議会議員の明間昇と申します。こちらは県議会議員の加藤功さんです」
「初めまして、田沼市選挙区選出の加藤功と申します」
「私は市内で建設業をやっています青木敏夫と申します」
 3人は甘木に名刺を渡した。
「甘木雄一と申します。よろしくお願いします」
 甘木は顔写真入りの名前とプロフィールを書いたカードを三人に渡した。
「私は、選対本部長を務めています風間健一と申します。割烹『寿屋』を経営しています」
 風間は「甘木雄一選挙事務所選対本部長 風間健一」と書かれた名刺を3人に渡した。
「私は事務局長を務めています久保田恵子と申します」
 入れたてのコーヒーを持ってきた久保田が言った。
「市長選まであと、あと3か月ほどになりましたね。準備は順調に進んでいますか?」
 明間が甘木に尋ねた。
「初めての選挙なものですから、選挙実務のプロの方から、アドバイスを受けながら何とかやっていますが……」甘木が答えた。
「選挙実務のプロって?どなたですか?」明間が尋ねた。
「元田沼市の職員で、選挙管理委員会に長く務めていた方から教えてもらいながら選挙準備を進めています」甘木が答えた。
「その方って、もしかして米内修二さんですか?」明間が尋ねた。
「ええ、そうですが……」甘木が答えた。
「米山さんですか!我々市議も選挙になると米山さんにお世話になったもんですよ」
 明間が言った。
「今年は選挙イヤーですね。四月の統一地方選挙で県議選と市長選が行われ、10月には市議選と県知事選挙が行われます。気の抜けない一年になりそうです。統一地方選挙の前半の日程で行われる県議選の田沼市選挙区は、今回は選挙になりそうです」加藤が言った。
 県議会議員選挙の田沼市選挙区の議員定数は二人で、県政与党の民自党と野党の改進党が、それぞれ一議席ずつ議席を分け合っている。
「県議選には現職二人が出馬するって話を聞いていましたが、その他に新人が出るんですか?」
 風間が尋ねた。
「国会議員の元秘書が無所属で出馬するという情報が入ってきました。本日、甘木さんの事務所にお伺いした趣旨は、春の県議選と市長選、それに秋の市議選と選挙が続くなかで、連携・協力関係を構築できるのではないかということです。」加藤が言った。
「連携・協力関係とはどういうことですか?」甘木が尋ねた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第92回)

2017年10月26日ニュース

「部長、お願いって、何ですか?」
「坂井さんの実家の工場が田沼川の改修工事の河川用地に引っかかっていることは、ご存知ですよね?」中山が言った。
「はい、知っています。3年前に廃業した工場ですが……」
「実は、用地買収を担当している県の担当課が、地権者と買収単価で折り合いがつかなくて、困っているそうなんです」佐々木が言った。
「この前、実家に帰ったら、県から提示された金額では売れないって、父親が言っていました」
「民間の開発用地と違って、公共用地として税金を使って買うわけですから、幾らでも高く買いますってわけにはいかないんですよ。どうしても、地権者が望む単価にならない場合だってあります。買収単価の上限額は決まっていますからね。もちろん、田んぼの単価よりも高く設定してあります。上限額で売ってもらえるよう、お父さんに頼んでもらいたいんですが……」佐々木が言った。
「はい、分かりました。頼んでみます」
「坂井さん、よろしくお願いします。坂井さんも知っているように、市民の皆さまから頂いた大切な税金は『最小の経費で最大の効果』が得られるように使わないとね」佐々木が言った。
「無駄な公共事業も多いと思いますけど……」と坂井が言うと、佐々木はむっとした顔を浮かべた。
「私からも一点、坂井さんにお願いがあるんですが……」税務課長の百瀬が言った。
「何でしょうか?」
「実は、廃業した工場の固定資産税が3年前から滞納になっています。坂井さんは、このことを知っていました?」
「いいえ、初めて知りました」
「坂井さんも知っているように、5年経つと消滅時効になって、税金を徴収できなくなります。これまで何度も督促状を出しているんですが、ダメでした。工場の中に設置されていた機械設備も固定資産税の対象になっていましたが、こちらの方は滞納処分で税金を回収させていただきました。工場の固定資産税も収めていただけないようだと、滞納処分で公売になってしまいます。そうならないためにも、滞納している税金を早く納めていただくよう、坂井さんから頼んでもらいたいんですが……」
「はい、分かりました」
 滞納処分は、税の滞納があった場合、納付の督促があってなお完納されないとき、税務官庁が行う強制徴収手続。滞納者の財産の差押え納付を促すが、差押え中になお完納されないときは、差押えられた滞納者の財産は公売等により換価され、換価代金は滞納処分費・税金にあてられる。
「むしろ滞納処分で公売にかけた方がいいんじゃないか?そうすれば、用地買収もスムーズに進むんじゃないかなあ。公共用地に提供される土地なんだから、買い手は幾らでもいる。そうなったら、私も公売に参加しようかな」中山が言った。
 坂井はむっとした顔を浮かべ、中山を睨みつけた。
「市が行う財産公売に、市の職員は参加できません」百瀬が言った。
「冗談だよ」中山が言った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第91回)

2017年10月24日ニュース

「佐々木君、ちょっと市長室まで来てもらえないかな」
 井上市長は、内線電話で建設課長の佐々木健一を呼んだ。
「失礼します」佐々木が市長室に入った。
「まあ、掛けたまえ。実は、君に頼みたいことがあるんだけどね」
「何でしょうか?」
「県の公共事業だけど、県が事業主体になってやっている田沼川の改修工事は、君も知っているよね?」
「はい、知っています。山田県議がライフワークとして取り組んでいる県事業ですね。山田県議のおかげで毎年数10億の公共事業予算が付くので、建設業界も、毎年、一定量の仕事がもらえるって喜んでいますよ」
「実は、先日、山田県議が来て、用地買収が難航している個所があるんで、市からも用地交渉が上手く進むように協力してもらいたいという相談があったんだ。田沼川の川幅を広げるため、左岸側の田んぼを河川用地として買収する計画だけど、田沼川と国道が交差している場所に建っている工場が河川用地に引っかかっていて、県の用地担当課はこの工場の所有者と用地交渉をしているそうなんだが、買収単価でもめているらしいんだ」
「分かりました。ウチの用地担当が県と地権者の間に入って用地交渉が上手くいくようにします。その工場って、確か、2、3年前に経営不振で廃業した工場ですよね?」
「そうらしいね。税務課長の話では、工場の固定資産税が滞納になっているそうだ」
「ええ、そうなんですか?あの工場は、財政課の予算係長をしている坂井盛男の実家が持っている建物ですよ」
「ええ、職員の実家の建物だって!困るね、市の職員の実家が税金を滞納しているようじゃ。恥ずかしいと思わないのかね?ところで、佐々木君の実家は、建設用の砂利を製造しているんだろう?市税の滞納はないよね?」
「もちろんですよ。毎年、一定量の公共工事があるおかげで、ウチの実家も助かっていますよ。滞納なんか絶対にありません」
「分かった。用地交渉の件、よろしく頼むよ」
「承知しました」佐々木は市長室を後にした。
 プルルル、プルルル 財政課予算係長の坂井盛男は内線電話を取った。
「はい、財政課の坂井ですが……」
「部長の中山です。坂井さん、ちょっと部長室まで来てもらえませんか」
「はい、今、行きます」
「失礼します」
 坂井が部長室に入ると、中山邦夫総務部長、佐々木健一建設課長、百瀬慎二税務課長の三人が在席していた。
「坂井さん、すみませんね。予算編成で忙しい時期に呼んで……」中山が言った。
「大丈夫です。新年度予算の編成作業もいいところ終わりましたから……」
「実は、坂井さんにお願いしたいことがあるんです」中山が言った。
「部長、お願いって、何ですか?」
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第90回)

2017年10月22日ニュース

 プルルル、プルルル
 井上市長の携帯が鳴った。電話は山田県議からだ。
「例の政財界信州の根津から吹っ掛けられた1000万円の件だけど、根津は社長の指示で動いていたようだ。ウチのマスコミ担当が社長と面会して交渉したんだが無理だったよ。先方の要求どおり1000万円を用意してもらえないだろうか。それと手間代も貰えるかね。両手でいいよ」
「1000万円ですか!」
「一桁違うよ。100万だ」
「分かりました。早速1100万円を用意させます。お手数をお掛けして申し訳ありませんでした」
「それと橋爪の交通違反歴だけれど、昨年、駐停車違反をやっているね。違反点数は2点だ」
「駐停車違反ですか。こちらで確認しますが、その程度の交通違反で懲戒処分ができますかね?県議さんにはお手数をお掛けしました。どうもありがとうございました」
 電話を終えた井上は日下部に指示して、総務課長の立川智を市長室に呼んだ。
「失礼します」立川が市長室に入った。
「まあ、掛けたまえ」
「はい」
「この前は、橋爪係長の運転免許証のコピーの件、ありがとう。コピーは用が済んだのでシュレッダーにかけて処分しておいたから大丈夫だよ。一般論として君に聞きたいんだが、駐停車違反をした場合は懲戒処分になるのかね?」
「橋爪が駐停車違反をしたってことですか?」
「一般論として聞きたいって、今、言っただろう!」
「ああ、そうでしたね。駐停車違反のような軽微な交通法規違反では懲戒処分にはなりません」
「では、どういった交通違反なら懲戒処分になるんだね?」
「田沼市が定めている職員の懲戒処分の指針によりますと、飲酒運転をした場合は免職、停職、減給となりますが、事故を起こすと厳しい処分となります。酒酔い運転で人を死亡させ、怪我をさせた場合は免職になります。酒気帯び運転で人を死亡させ、怪我をさせた場合は免職か停職になります。飲酒運転以外の交通法規違反では、過労運転や無免許運転をした場合は停職になりますが、事故を起こすと厳しい処分となります。死亡させ、怪我をさせた場合は免職になります。30キロ以上の速度超過をした場合は、停職、減給、戒告になりますが、事故を起こすと免職になる場合があります」
「部下の交通違反に対して上司が処分されることもあるのかね?」
「あります。管理監督者としての指導監督に適正を欠いていた場合は、減給や戒告となります」
「いろいろと教えてくれてありがとう。もう帰っていいよ」
 総務課長の立川智は市長室を後にした。
「橋爪の懲戒処分は無理か」井上はつぶやいた。
(作:橘 左京)

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