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小説「廃屋の町」(第26回)

2017年6月18日ニュース

 市議会9月定例会が8月28日から1か月の日程で開催され、一般質問が9月4日から始まった。
「日程第18、これより一般質問を行います。あらかじめ、お知らせしてありますとおり、本日の一般質問は順番一番、小林俊二さんから順番4番、明間昇さんまでといたしたいと思います。これにご異議ございませんか?」議長の遠山信一が言った。
「異議なし!」数名の議員から声が上がった。
「従って、本日の一般質問は順番1番から4番までとすることに決定をいたしました。それでは、順次発言を許します。5番、小林俊二さん」
「5番、小林俊二です。今9月定例会におきまして、一番目に質問させていただきます。私からは、合併して8年が経った新田沼市の現状認識と今後の市政の方向性、在り方について、ご質問させていただきます。ご存知のとおり、新田沼市は平成20年4月に旧田沼市と周辺の三つの町村が合併して誕生し、人口約11万人の市としてスタートしたわけです。思い起こせば、周辺3か町村との合併協議が大詰めを迎える中、合併協定の内容を巡って紛糾し、一時、協定の締結が危ぶまれたことがありました。当時、旧田沼市長だった井上市長は、合併協議の取りまとめ役としてリーダーシップを遺憾なく発揮され、あわや御破算かと思われた合併協議を見事にまとめられ、今日に至ったわけであります。しかし、この8年間を振り返りますと、人口減少の波が田沼市においても静かに押し寄せています。先頃発表された『田沼市人口ビジョン』によれば、11万人でスタートした人口が50年後には約半分の6万人になってしまうという、大変ショッキングな人口予測が示されています。もっともこれは、何ら対策を講じなかった場合の予測値ですので、実際はここまで悲観的になる必要はないと考えています。また、人口構成を見ても、少子高齢化が進むなか、15歳以上の生産年齢人口も徐々に減っていくという予測結果が出ています。新田沼市の市政を託された井上市長におかれましては、8年間の市政運営について、どのように総括されるのか、また今後の市政の方向性、在り方について、どのようなお考えをお持ちなのか、お伺いします」
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第25回)

2017年6月16日ニュース

 田沼市役所二階にある市長室で、市長の井上将司、市議会議長の遠山信一、副議長の小林俊二の3人が集まって煙草をふかしながら話し合っていた。井上は吸っていた煙草を灰皿に押し付けて言った。
「最近、分煙、分煙と世間がうるさくいうもんだから、私のような愛煙家はなにかと肩身が狭いですよ。市役所でもわざわざ分煙用の部屋を作ったが、たばこ好きな職員がかわいそうだ。あんな狭い部屋の中で大勢が煙草を吸えば換気扇も役に立たない。かえって逆効果ですよ。幸い、ここ市長室は聖域です。たばこ好きの部課長連中は、私へのレクチャーを口実に時々たばこを吸いにやってきますよ」
 議長の遠山が「市議会の方も女性議員が5人もいるため、以前は煙草が吸えた議員控室での喫煙は御法度になりました。でも議長室は別です。議員や職員が煙草を吸いにやってきますよ。人が集まればいろいろな情報が入ってくる。いわば、たばこ外交ですね。たまに煙に巻かまれることもありますが……」と、井上市長に相槌を打つように言った。
 井上は話を続けた。
「来春の市長選挙のことで、先日、たぬま新報の高橋編集長が4期目の出馬について探りを入れに来ましてね。私が3期目の当選を決めた後に彼の取材を受けたんですが、その時、私は3期12年が一区切りだと答えたことを覚えていたらしく、それを確認しに来たようです。一般論ですが、4期目の出馬となると、マスコミからは多選批判が出てきます。私自身、まだ体力、気力とも十分あるし、やり残した仕事もたくさんあります。二年後には新田沼市が誕生して十周年を迎えます。合併して人口が増えたのに新市にふさわしい新しい公共施設がまだ一つもない。新市建設計画に入っている文化会館と総合体育館の建設を私の手で成し遂げ、合併10周年の記念行事を祝いたいんですが、遠山さんや小林さんはじめ、市議会からも力を貸してもらえないでしょうか?」
 井上市長の4選出馬に向けた決意を聞いた遠山と小林の二人は、一服、吸った後、ゆっくりとうなずいた。
「あとは市長が出馬表明をするタイミングですが、9月定例会で出馬表明をされた方がいいと思いますよ。合併後8年間の総括と今後の市政運営の在り方について、一般質問の中で、我々の会派の議員が市長の考えを伺いますので、それに答える形で出馬の意志表示をするというシナリオはどうですか?」
 遠山が提案した。
「そうですね、その方が自然ですね。前回の市長選が終わった後、3期12年で一区切りと言った手前、こちらから記者会見を開いて、4期目を目指して市長選に出ますというのも格好が悪いですからね」井上が答えた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第24回)

2017年6月14日ニュース

 田沼市長選挙前年のお盆に行われた田沼第一中学校の同級会。集まった40人ほどの同級生を前に幹事の風間健一が口を開いた。
「井上市長が来年春の市長選に出馬するそうだ。この話は、たぬま新報の高橋からもらった情報だ。井上市長は三期で一区切りと言っておきながら4選出馬を考えているらしい。長谷川寅蔵前市長もそうだったが、二代続けての県庁出身の天下り市長はもう沢山だ。地元に残っている我々同級生の中から市長候補を出さないか?」

 風間の突然の提案に驚いた久保田恵子がすかさず反応した。
「えーまじ!私たちの中で市長になれる人がいるの?」
「ええ、ほんとかよ。風間、誰を市長選挙に出すんだよ?」
 会場からどよめきの声が上がった。風間は話を続けた。
「我々同級生の星、甘木雄一がいるじゃないか!」同級生の視線が一斉に甘木に集まった。
「ええ!僕のこと?」いきなり自分の名前を出された甘木は驚いた様子で言った。
「そうだよ。次の市長には甘木、おまえが適任だよ。昔の話になるけれども、甘木のお爺さんは合併前の旧田沼市長を務めていたじゃないか。政治家の血筋を持っている甘木なら市長になってもおかしくないよ。僕の爺さんも甘木のお爺さんが市長をしていた頃に市議会議員をしていたからね。甘木が来年4月の市長選挙で市長に当選したら、10月に行われる市議選に俺も立候補したいと思っているよ」
「風間、お前、調子がいいぞ。甘木を市長に当選させた余勢でお前も市議会議員になろうという魂胆じゃないか」
 同級生の一人が突然口に出した一言で会場は爆笑の渦に包まれた。
 甘木はおもむろに口を開いた。
「僕の爺さんが亡くなってもう35年にもなるよ。それに合併前の市長だったし。爺さんを支持してくれた人はもうお墓の中だよ」
 
 風間はそんな甘木の弱気な気持ちに活を入れようと話を続けた。
「甘木のお爺さんが市長だったことを覚えている人は、ほとんどいないけど、甘木には辣腕市長だったお爺さんの血が流れている。甘木に市長になってもらって、寂れたこの町の商店街を活性化してもらおうじゃないか。俺は親の後を継いで地元で商売をしているが、商店街から客足が遠のいている。特に周辺部に住んでいるお年寄りが、車の運転ができなくなったことで、商店街に買い物に来なくなった。そんな商店街の窮状を無視するかのように、井上市長は建設業者に仕事をやるために、多額の借金をして無駄な公共事業をやっているよ。今の田沼市の現状は、『土建屋が栄え商店街が滅ぶ』だよ」
 風間はさらに語気を強めて言った。
「井上市長はもう69歳だ。こんな年寄りにこの街の将来を託せると思うかい?」
「そうだ、そのとおりだ。甘木、お前、市長選挙に出ろよ!」
 会場の一角から大きな声が上がった。
「そうだ!そうだ!甘木、俺たち同級生の力でお前を市長にしてやるぞ!」

 風間の切実な訴えと同級生の激励の言葉に心を動かされた甘木は口を開いた。
「僕は高校を出て以来、地元を離れ32年ぶりにこのまちに戻って来た。風間君の言うとおり、僕たちが子供の頃に比べて商店街はすっかり寂れてしまった。小学生の頃に両親と一緒に商店街に買い物に来たことがあったけれども、あの頃は大変な賑わいがあったよ。週末や定期市が立つ日にはアーケード街は大勢の買い物客でごった返しになっていたことを覚えているよ。風間君がさっき言ったように、人口が減少しているのに市の借金だけが増えている。増えた借金の返済は僕たちや子供たちが返さなくてはいけない。借金の返済が増えれば子育て支援など他の行政サービスに回すお金も減ってくる。そのしわ寄せを受けるのが僕たちや子供たちだ。大変厳しい選挙になると思うけど覚悟はできたよ。みんなの力を僕に貸してもらいたい!」甘木は同級生の前で深々と頭を下げた。
「甘木、頑張れよ!」会場のあちこちから拍手と声援が沸き起こった。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第23回)

2017年6月12日ニュース

 四日目、午前3時に起床。二人は6時20分に早月小屋を出発した。嵐も止んで晴れの天気になった。2470m峰を通過した辺りから雪面は凍っていた。急いでアイゼンを装着し先を急いだ。一昨日、下見で登った2550m付近までは簡単に登ることができたが、その先は、岩場を乗り越えていった方がいいのか、トラバースした方がいいのか、ルート選択に迷うところが所々にあった。その年の積雪量によってルートの選択も変わってくる。
 2614m地点を通過した後、池ノ谷側をトラバースしていくとのっぺりした斜面になった。淡雪に覆われた斜面のトラバースは雪崩を起こす危険があることから稜線沿いのルートを選んだ。二人は雪の多い稜線沿いを直線に道を選んで登攀した。2800m付近の池ノ谷側に枝尾根が伸びているところは斜面を直登した。
 2800m付近を過ぎてシシ頭の登りに差し掛かった。右手からシシ頭頂上に登り、池ノ谷側を懸垂下降しながらトラバースし、シシ頭東の鞍部に出た。あとは本峰への登りを残すだけだ。強い西風を受けながらルンゼに取りつき直登した。早月尾根稜線に出た後、右斜め上に鎖に沿ってトラバースし、最後のルンゼの登りに差し掛かった。風を遮るものがない稜線を強風が吹きすさぶ。
 ザイルに繋がれた野上と甘木はピッケルを雪面に打ち込み、山頂を目指して登攀を続けた。山頂を目前にした最後の岩場に辿りついた所で、突風が二人を襲った。後ろにいた甘木の体がバランスを崩して凍結した雪面を滑り落ちていった。
 甘木の手からピッケルが弾け飛んだ。手首に巻いてあるピッケルのバンドが切れてしまったのだ。野上は自分のピッケルを雪面に深く打ち付け、右手は近くの露岩を掴んで、宙に浮いた甘木の体を必死になって支えた。
「甘木!大丈夫か?」
 野上はザイルで繋がっている甘木に向かって大声で叫んだ。振り子のように宙に浮いた状態になっている甘木は両手を伸ばして雪面から出た露岩を掴もうとするが強風の中、手が届かない。登山靴に装着されたアイゼンも凍った雪面を捉えることができなかった。
 稜線には二人以外に登山者の姿はない。甘木の体の重力がザイルで繋がれた野上の腰をじりじりと締め付ける。ピッケルと露岩を掴んだ両手が痺れてきた。今、手を離せば、二人とも200mほど下にある谷底に滑落する。甘木が野上に向かって言った。
「野上、このままでは二人とも助からない。俺の人生をお前に捧げる。俺に代わって生きてくれ!野上、さようなら!」
「甘木!やめろ!」
 甘木はポケットから取り出した登山ナイフでザイルを切った。野上の視線は、勢いよく雪面を転げ落ちいく甘木の姿を追った。野上の視界から離れて徐々に小さくなっていく甘木の体は雪面から顔を出した鋭角な露頭に激突して止まった。
「甘木!甘木!」
 野上は甘木に向かって大声で叫んだ。姿勢を戻した野上はすぐさま、雪面途中の岩場に止まった甘木の体めがけて、ゆっくりと斜面を下り降りた。30分ほどかけて甘木の体が引っかかっている岩場にたどり着いた。甘木の額から血が流れ登山帽は赤く染まっていた。どうやら甘木は岩頭に頭をぶつけたようだ。
「甘木、大丈夫か!」
 野上は甘木の体を揺すって声を掛けてみたが反応はない。甘木の口元に耳を当てると、既に息が絶えていた。野上は無線機を使って麓の富山県警山岳救助隊に遭難救助の要請をした。程なく富山県警のヘリが現場に到着して、遭難者の収容が行われた。
(作:橘 左京)

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エッセイ「ふるさとの匂い」(作:橘 左京)

2017年6月11日ニュース

 兎追いし かの山 小鮒釣りし かの川…
 唱歌「ふるさと」を聴くたびに、今はない私の「ふるさと」が時空を超えて鮮明に蘇る。
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【編集部からのお知らせ】
 エッセイ「ふるさとの匂い」はライブラリー⇒文芸にアップされました。

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小説「廃屋の町」(第22回)

2017年6月10日ニュース

 馬場島から望む早月尾根にはガスがかかっていて1500mくらいまでしか見えない。もちろん、剣岳山頂や小窓尾根も見えなかった。天気は曇りから小雪まじりに変わった。気温は1度℃と低い。
 10時10分、小雪が降る中、二人は松尾平に向けて出発した。11時20分、松尾平(標高957m)に到着した。積雪は1.5mほどある。小休止の後、早月尾根に向けて雪の中を歩いた。先発で入山した二団体が残したトレースを歩くが、途中からトレースが雪に埋もれていたので登山靴に輪かんじきを付けた。
 12時20分、早月尾根(標高1080m)に到達し休憩をとった。辺りはガスで覆われ視界がほとんどきかない。気温は氷点下になった。北陸の特有の湿雪から、さらさらした乾いた雪になった。標高が上がるにつれてガスも次第に濃くなり、西風も吹いてきた。14時30分、標高1600m地点に到達。平らな場所を見つけそこで幕営した。
 二日目。3時に起床しテントを畳んで6時20分に幕営地を出発した。外は晴れていたがまだ暗い。歩いていくうちに、だんだんと辺りが明るくなってきた。少し登ると展望が開け、立山川の向こうに大日岳が見えた。天気は晴れ。下は雲海に覆われ、雲海の向こうに猫又山や赤谷山が見える。
 8時10分、急坂を登りきって三角点峰(標高1920m)に到達した。ここからは、山頂と小窓尾根のギザギザした稜線がよく見える。標高2050m付近にある池が二つ連なったところは立山川寄りの稜線部を歩いた。途中、昨日登頂を終えて下山した城東大学の学生四人とすれ違った。話を聞いたところ、山頂付近はガスがかかって視界は効かなかったという。
 二人は2224m峰に到達した。すぐ下の鞍部に早月小屋が見えた。11時20分、早月小屋に到着。先に到着した広陵大学のテントが一張りあった。野上と甘木は城東大学がテントを設営したと思われる場所を見つけ、シャベルで雪を払い除けた後、テントを張った。
 まだ時間があったので、天気の良い今日中に明日の登攀ルートを下見することにした。早月小屋から先に続く早月尾根を、雲海を背にして登った。12時10分、2470m峰に登ったところで東の方角を向くと剱岳山頂が正面に見え、難攻不落の砦のようだった。よく見るとシシ頭を下って降りる3人の人影が見えた。どうやら広陵大学の学生のようだ。2470m峰から剣岳を眺めながら2550m地点まで登ってみることにした。急登を登り終え2550m地点に到達した。稜線はこの先も続いている。明日の登攀ルートを確認した二人は、登頂を終えて下ってきた広陵大学の学生三人と合流し早月小屋に戻った。
 三日目、午前零時を過ぎたことから風が吹き始めて次第に強くなった。7時30分に起床、強風でテントがガタガタと揺れている。昨日の天気とは打って変わって吹雪になった。昨日登頂を終えた広陵大学のテントは撤収されていた。どうやら下山の途に就いたらしい。
 甘木と野上は予定していた今日の剣岳登頂は諦めた。吹雪が吹き荒れるなか、仮眠したり停滞用に用意した汁粉を食べたりしながら、終日、テントの中で過ごした。一日で1mほどの雪が積もり、早月小屋のトイレ前は埋まりそうになっていた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第23回)

2017年6月8日ニュース

 四日目、3時に起床。二人は6時20分に早月小屋を出発した。嵐も止んで晴れの天気になった。2470m峰を通過した辺りから雪面は凍っていた。急いでアイゼンを装着し先を急いだ。一昨日、下見で登った2550m付近までは簡単に登ることができたが、その先は、岩場を乗り越えていった方がいいのか、トラバースした方がいいのか、ルート選択に迷うところが所々にあった。その年の積雪量によってルートの選択も変わってくる。
 2614m地点を通過した後、池ノ谷側をトラバースしていくとのっぺりした斜面になった。淡雪に覆われた斜面のトラバースは雪崩を起こす危険があることから稜線沿いのルートを選んだ。
 二人は雪の多い稜線沿いを直線に道を選んで登攀した。2800m付近の池ノ谷側に枝尾根が伸びているところは斜面を直登した。2800m付近を過ぎてシシ頭の登りに差し掛かった。右手からシシ頭頂上に登り、池ノ谷側を懸垂下降しながらトラバースし、シシ頭東の鞍部に出た。あとは本峰への登りを残すだけだ。
 強い西風を受けながらルンゼに取りつき直登した。早月尾根稜線に出た後、右斜め上に鎖に沿ってトラバースし、最後のルンゼの登りに差し掛かった。風を遮るものがない稜線を強風が吹きすさぶ。
 ザイルに繋がれた野上と甘木はピッケルを雪面に打ち込み、山頂を目指して登攀を続けた。山頂を目前にした最後の岩場に辿りついた所で、突風が二人を襲った。後ろにいた甘木の体がバランスを崩して凍結した雪面を滑り落ちていった。
 甘木の手からピッケルが弾け飛んだ。手首に巻いてあるピッケルのバンドが切れてしまったのだ。野上は自分のピッケルを雪面に深く打ち付け、右手は近くの露岩を掴んで、宙に浮いた甘木の体を必死になって支えた。
「甘木!大丈夫か?」
 野上はザイルで繋がっている甘木に向かって大声で叫んだ。振り子のように宙に浮いた状態になっている甘木は両手を伸ばして雪面から出た露岩を掴もうとするが強風の中、手が届かない。登山靴に装着されたアイゼンも凍った雪面を捉えることができなかった。
 稜線には二人以外に登山者の姿はない。甘木の体の重力がザイルで繋がれた野上の腰をじりじりと締め付ける。ピッケルと露岩を掴んだ両手が痺れてきた。今、手を離せば、二人とも200メートルほど下にある谷底に滑落する。甘木が野上に向かって言った。
「野上、このままでは二人とも助からない。俺の人生をお前に捧げる。俺に代わって生きてくれ!野上、さようなら!」
「甘木!やめろ!」
 甘木はポケットから取り出した登山ナイフでザイルを切った。野上の視線は、勢いよく雪面を転げ落ちていく甘木の姿を追った。野上の視界から離れて徐々に小さくなっていく甘木の体は雪面から顔を出した鋭角な露頭に激突して止まった。
「甘木!甘木!」
 野上は甘木に向かって大声で叫んだ。姿勢を戻した野上はすぐさま、雪面途中の岩場に止まった甘木の体めがけて、ゆっくりと斜面を下り降りた。30分ほどかけて甘木の体が引っかかっている岩場にたどり着いた。甘木の額から血が流れ登山帽は赤く染まっていた。どうやら甘木は岩頭に頭をぶつけたようだ。
「甘木、大丈夫か!」
 野上は甘木の体を揺すって声を掛けてみたが反応はない。甘木の口元に耳を当てると、既に息が絶えていた。野上は無線機を使って麓の富山県警山岳救助隊に遭難救助の要請をした。程なく富山県警のヘリが現場に到着して、遭難者の収容が行われた。
(作:橘 左京)

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市民オンブズマン通信13.5~法令違反をやっても阿賀野市職員はお咎めなし?(その5)

2017年6月7日ニュース


【地域政党日本新生イメージキャラクターウィズ」君】

 先月29日、私が愛読する地元紙朝刊の社会面に、大きな活字で「児童買春容疑で逮捕 加茂市職員略式起訴」という記事が掲載されていた。記事によれば、児童買春・ポルノ禁止法違反(児童買春)の疑いで逮捕、送検されていた加茂市職員が同罪で略式起訴され50万円の略式命令を受けたが、加茂市は懲戒処分しない方針という。地元紙の取材を受けた小池清彦市長は「正式な裁判をしていないので、市として処分できない」とコメントしたという。
 略式起訴・略式命令は、簡易な方法による刑事裁判の公判前手続きだ。略式命令で、被疑者に対して百万円以下の罰金や科料を科すことができる。略式命令は、正式裁判の請求期間(14日以内)が経過すれば確定判決と同じ効力を生ずる。略式命令を受けた者や検察官は、その告知を受けた日から14日以内に公判請求、すなわち正式な裁判手続きに移行することができるが、事件の内容が複雑で書面審理だけでは真相究明が難しい場合や罰金以外の刑が相当と裁判所が判断した場合に限られる。

 確かに、小池市長が言うように正式な裁判を受けたものでないが、罰金刑という刑罰が科せられたことは事実だ。そして、この職員の非違行為が新聞報道されたことによって、公務員の信用を失墜させ、公務への信頼性を損なたことも事実だ。不問に付すというわけにはいかないだろう。
 人事院が発した「懲戒処分の指針について」(平成12年3月31日、人事院事務総長発)の通知によれば、「第2標準例」「3公務外非行関係」「(12)淫行」 で、「18歳未満の者に対して、金品その他財産上の利益を対償として供与し、又は供与することを約束して淫行をした職員は、免職又は停職とする」とある。
 新聞記事には「18未満と知りながら、現金を渡して新潟市内のホテルでみだらな行為をしたとされる」とある。「みだらな行為」とは「淫行」のことだ。人事院の処分指針に従えば、この職員が行ったことは免職か停職になるべき非違だ。有るのか無いのか分からないが、加茂市の懲戒処分指針を見てみたい!

 知人にこの話をしたら、私が住んでいる阿賀野市にも似たような事例があったという。交通死亡事故を起こした市の職員が懲戒処分を受けることなく失職したという。平成26年9月24日に、阿賀野市役所が報道機関向けに発表した資料によれば、
 同年1月5日に死亡交通事故を起こした職員が、自動車運転過失致死で禁固2年執行猶予4年の判決が確定したことにより、同年9月24日に失職したという。新潟県警が公表した平成26年の交通死亡事故一覧表によれば、事故は1月5日(日)午後5時に阿賀野市内で発生した。事故の概要として「40歳男性運転の軽乗用車と、道路横断中の75歳女性の歩行者が衝突」とある。市が発表した職員の死亡交通事故は、県警が公表したこの事故を指していると考えられる。
 阿賀野市の懲戒処分指針は公開されていないが、人事院の処分指針によれば、「第2標準例」「4飲酒運転・交通事故・交通法規違反関係」「(2)飲酒運転以外での交通事故(人身事故を伴うもの) ア人を死亡させ、又は重篤な傷害を負わせた職員は、免職、停職又は減給とする。この場合において措置義務違反をした職員は、免職又は停職とする。 」とあるが、阿賀野市では、死亡交通事故を起こしたこの職員に対して懲戒処分は行っていないようだ。死亡交通事故を起こした市職員は、禁固刑が確定したことにより地方公務員法第16条に定める欠格条項に該当することとなり、失職した。
*参考
 地方公務員法第16条(欠格条項)
 次の各号の一に該当する者は、条例で定める場合を除くほか、職員となり、又は競争試験若しくは選考を受けることができない。
 一 (略)
 二 禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又はその執行を受けることがなくなるまでの者
 三(略)四(略) 五(略)
 この規定によれば、事故を起こした職員は、4年の執行猶予が終われば、市職員に復職できると解釈できるが……。また、失職に伴い、退職金が支払われた思われるが、この職員に対する懲戒処分が行われていないことを考えると、自己都合による退職扱いとなり、満額支給になったのではないか?通常、懲戒処分を受けた者が退職した場合は、退職金は減額支給となる。もちろん懲戒免職の場合は退職金は支給されない。市はこの件ついて、説明責任を果たすべきではないか。
(あとがき)
 森友学園に対する国有地の不当廉売に続き、今度は加計学園の獣医学部新設が世間の耳目を集めている。関係省庁の情報漏えい、行政文書の流出に官邸は神経を尖らせている。事実がマスコミによって伝えられるたびに、国会答弁で首相や関係閣僚・省庁の幹部職員は「印象操作だ、怪文書だ、知らない、言っていない、」とその場しのぎの言葉でお茶を濁し、真相究明を求める国民の目を欺こうとしている。
 マスコミに内情を明らかにした前文科省事務次官に対しては、政権寄りのマスコミを使った個人攻撃まで行っている。また、現職に対しては公務員の守秘義務違反や内閣府人事局が掌握する省庁幹部職員の人事権をちらつかせて、これ以上、内部情報が外に漏れないよう予防線を張っている。
 国会では、政府与党が共謀罪新設法案を会期内に成立させようと躍起になっている。法案成立のために会期を延長すれば、今度は加計学園の問題に引きずられる。囚人のジレンマか?いっそのこと、共謀罪の適用範囲に政府機関、特に官邸を入れたらどうだろうか?
 折しも米国では、トランプ大統領から、トランプ陣営とロシアの関係を巡る捜査を打ち切るよう求められ解任されたコミー前連邦捜査局(FBI)長官が下院監視・政府改革委員会の公聴会で証言することになった。どんな証言が出てくことやら。
(代表 天野 市栄)

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小説「廃屋の町」(第21回)

2017年6月6日ニュース

 12月24日の聖夜。クリスマスツリーで装飾された街の中を若い男女が行き交っている。大きなザックを背負った甘木と野上は地下鉄銀座線の上野駅に降りて、国鉄の上野駅に向かった、地下通路には路上生活者が段ボール箱で組み立てた小屋があちこちに建っている。ニット帽を被った作業着姿の50代くらいの男が野上に近づいてきた。男はあごひげと口ひげをたくわえている。白髪まじりの髪は肩まで伸びている。
「治夫!お前は野上治夫だろ?お父さんのことを覚えているだろう?お父さんの昭一だよ。治夫、家族を捨てた私を恨んでいるんだろう?本当に申し訳なかった。私の話を聞いてくれないか?」
 懇願するようなそぶりで、男は野上の腕をつかんだ。
「おじさん、人違いですよ。私は野上治夫なんかじゃありませんよ!急いでいるので、すみません」
 野上は男の手を振り切って先を急いだ。
「野上、誰だい?今のおじさんは。確か、お父さんは亡くなったって言っていたよね?」
「そう、5年前に病気で死んだよ。どうかしているよ、あのおじさん。頭がおかしいんじゃないのかな」
 ピロロロロロ 上野駅十六番ホームのベルが鳴った。
 野上と甘木はホームに停車していた急行能登に乗り込んだ。午後11時20分、急行能登は富山に向けてゆっくりと動き出した。年末の帰省時期と重なっているにもかかわらず、二人が乗った車両には帰省客の姿はまばらだった。
 甘木たちの乗り込んだ車両に、数名の大学生のグループが乗車していた。話を聞いていると、どうやら山スキーで立山の室堂に行くようだ。雄山の山頂から滑走するらしい。列車は高崎駅を過ぎると車内は消灯になった。二人は空いた4人掛けのボックス席に、それぞれ横になって仮眠をとった。
 翌朝5時50分、急行能登は予定時刻よりも30分遅れで滑川駅に到着した。二人はしばらく駅舎の休憩室で過ごした後、滑川駅と接続する富山地方鉄道本線のホームに向かい、6時25分発の宇奈月行きに乗り込んだ。上市駅で下車し予約していたタクシーに乗って剣青少年研修センターに向かった。道路は一車線分しか確保されていない。道路の両脇は一メートルほどの雪の壁になっていた。
 8時10分、研修センター先のゲートで二人はタクシーを降りた。一般車両はここで通行止めになっているようだ。出発準備を終えた二人は馬場島に向かって歩き出した。ゲートから馬場島までは4キロほどある。
 二人が歩いているとタンクローリーと工事車両が通り過ぎて行った。この先には白萩、馬場島の二つの発電所がある。年末に入ったこの時期でも発電所の仕事はあるらしい。道路は発電所のあたりまで除雪されていたが、馬場島発電所から先は雪の上を歩いた。
 9時40分、ゲートから歩いて一時間半で馬場島に到着した。富山県警馬場島警備派出所で登山届を提出し、富山県警署員から年末年始の入山状況を確認した。この年末には10団体が剱岳への入山届を提出していることや、二日前に入山した城東大学と昨日入山した広陵大学の二団体が、現在、早月尾根を登攀中との情報を得た。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第20回)

2017年6月4日ニュース

 旅の疲れか、美由紀と春香はベッドで寝入っている。雄一は、隣のベッドで横になったものの、なかなか眠りにつくことができなかった。甘木はベッドから起き上がって部屋の冷蔵庫を開けた。中からバーボンの小瓶を取り出して氷の入ったグラスに注いだ。グラスを持って窓際の椅子に座ってカーテンを開けた。甘木たち家族が住んでいたマンションの部屋の明かりが見えた。バーボンを喉に注ぎ込みながら、雄一は32年前の出来事を思い浮かべた。
 城南大学文学部の一部に在籍する甘木は同じ学部の二部に在籍する野上治夫と厳冬期の剣岳山頂を目指して登攀していた。野上は甘木よりも二つ年上で、郷里は甘木と同じ田沼市であった。甘木が野上の勤務する倉庫会社でアルバイトをしたことがきっかけで、二人とも出身地が同じ田沼市であることや二人の趣味が登山であることから親しくなった。
 野上は甘木と知り合ってから間もなく、甘木の両親が借りたマンションで甘木と一緒に共同生活を始めた。昼間は、甘木は大学に行き、野上は勤務先の倉庫会社で働く。夕方は二人で大学の学食で夕食をとって、甘木は大学近くのコンビニでアルバイトをして、野上は夜間学部で授業を受ける、そんな毎日の繰り返しであった。
 天気の良い週末は二人で登山に出掛けることが多かった。山に行かない週末は、神田にある登山用品店を回ったり近くの体育館に併設されているトレーニングルームで筋トレをしたり、フリークライミング用のボードを使って岩登りの練習をすることもあった。
 二人は今年の登山の締め括りとして、年末に剣岳(標高2999m)の冬季登攀を計画した。剣岳は一般登山者が登る国内の山のなかでは危険度の最も高い山とされている。一般ルートの一服剱 、前剱 、本峰の間で、岩稜伝いにカニのヨコバイ、カニのタテバイと呼ばれる鎖場やハシゴなどの難所が連続しているからだ。一流登山家と言われるクライマーも岩場や雪山で多くの命を落としている。
 二人はこれまで、夏場に二度、早月尾根ルートと黒部ダムルートを使って剣岳の登頂を果たしていた。夏場はこの他にも室堂から登る別山尾根ルートもあるが、積雪期の剣岳の登攀ルートは早月尾根ルートしかない。
 厳冬期の剣岳登頂には、高度な登攀技術が要求される。また、日本海から吹き抜ける北風と多量の降雪、深いラッセルが登山者の体力を消耗させる。加えて巨大な雪屁、痛烈な地吹雪と至る所に待ち受ける雪崩の罠。岩を登ればホールドを覆う氷と海老の尻尾。至る所に登山者の行く手を阻む障害と危険が待ち受ける。
 二人は車中泊を含む5泊6日の剣岳登攀計画は立てた。週間天気予報では、天候は曇り後晴れ、3日目の剣岳登頂の日の天候は曇りになっている。しかし、山の天候は急変する。最悪の事態も想定した備えが必要だ。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者