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小説「廃屋の町」(第73回)

2017年9月18日ニュース

「はい、私が入札係の主任をしていた頃に市立病院の入札を担当しました。端から見るとおかしな入札だったように見えたかもしれませんが、法令や要綱に基づいて適正に行われた入札です。市議会でもそのように説明しています」
「誤解しないでください。別に、坂井さんを疑っている訳じゃないんです。不自然な入札になったのは上層部の意向が働いた結果じゃないかって、思っただけですよ」杉田が言った。
「坂井さん、どうしたんですか?顔色が悪いですよ」課長補佐の佐野が言った。
「大丈夫です。いずれ、はっきりすると思います」坂井が言った。
「話が大分、横道に逸れたね。本筋に戻そう。合併特例債の上限額が350億円あるからといって、全部使い切る必要はないんじゃないか?東日本大震災の発生で特例債の発行期間が合併後15年間に伸びたからといって、無理して使い切る必要はないと思うけどね」杉田が言った。
「でも国が返済額の7割を負担してくれるんだったら、使わない手はないですよ」佐野が言った。
「そうかな?合併特例債で行う事業が載っている合併建設計画には、270億円分の事業予算しか計上されていないじゃないか」杉田が言った。
「中山総務部長から聞いた話ですけど、合併建設計画の適用期間が5年延長されたことに合わせて、特例債が使える事業を追加して350億円を全部使い切るようにと、市長からご下命があったそうですよ」佐野が言った。
「ほんとかい!私は聞いていないけどね。じゃ残りの80億円は何に使うんだい?」
 杉田がぶ然とした顔で言った。
「中山部長の話では、合併前の旧4か町村が整備した公民館や体育館が老朽化したので、建て替えるって話ですよ」佐野が言った。
「合併特例債は類似の公共施設を統廃合する場合にしか使えないじゃないか?合併前の旧4か市町村は、公民館や体育館など同じような公共施設をそれぞれ持っていた。これら類似の施設を一、二か所に集約する場合に限って、合併特例債が使えるんじゃないのか?」杉田は言った。
「複合施設にするそうですよ」佐野が言った。
「複合施設?」杉田が怪訝な顔をして言った。
「例えば、支所庁舎と公民館、公民館と体育館を合体させせた施設とか、だそうですよ」佐野が言った。
「誰がそんなことを言ったの?」杉田が尋ねた。
「中山部長です」佐野が言った。
「それは詭弁だよ。そんなことをしても集約化したことにならないよ。合併して8年が経つけれど、合併当初の人口と比べて7%減少した。8年でマイナス7%ということは、大まかに計算すれば、40年でマイナス35%の人口減少だ。合併時に約11万人あった人口が40年後には約7万2千人になるってことじゃないか。それなのに、同じような公共施設を統廃合しないでそのまま建替えるなんて、将来の利用人口を無視した税金の無駄使いじゃないか!」杉田は語気を強めて言った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第72回)

2017年9月16日ニュース

「話は変わるけど、ウチもあと5年で30年の住宅ローンが完済するけど、毎月の給料や年2回のボーナスからローンの返済額が自動的に差し引かれ、残ったお金で生活しなければならない。25年間、そういう生活をしてきたよ。二人いる子供も社会人になったので、今は家計も楽になったけど、大学生の頃は大変だったよ。二人とも東京の大学に進学したもんだから、子供たちの仕送り分を差し引いてカツカツの生活だったよ。もちろん、私の小遣いは雀の涙ほどだったけどね」
「私の家もそうでしたよ。どこの家も同じですね。亭主の給料は女房が管理し、住宅ローンの返済、子供の教育費、生活費の順で引かれ、残ったお金の一部が亭主の小遣いですからね」
 佐野が相槌を打った。
 国は平成の大合併を強力に推し進めるために、様々な財政上の優遇措置を講じた。その一つが、公共施設の整備や基金の造成に使える合併特例債だ。合併後10年間、合併建設計画に掲載された、合併に伴って必要な公共事業の財源にするため、合併特例債を発行することができる。合併特例債の返済時に元利償還金の7割が地方交付税として国から交付される。しかし、東日本大震災の発生がきっかけとなって、平成24年6月、被災地では合併後20年間、被災地以外は15年間に渡り特例債の発行が可能になった。
 なお、長野県では平成の大合併で120市町村が77にまで減少した。減少率は35.8%。長野県の隣にある新潟県では112あった市町村が4分の1に近い30まで減少した。減少率は73.2%で、全国第3位の減少率だ。
「返済額の7割を国が負担するとはいえ、合併特例債が借金であることに変わりはないよ。ところで、田沼市が使える合併特例債の上限は幾らだったかな?」杉田が尋ねた。
「約350億円です。このうち6割にあたる210億円は既に使っていますので、残り140億円を7年間で使うことになります」坂井が答えた。
「そういえば、一昨年10月に竣工した市立病院も合併特例債を使って建設したんだよね?確か、総事業費は約130億円だったと思うけど、この借入金は210億円に入っているの?」杉田が尋ねた。
「全部は入っていませんが、130億円のうち80億円が合併特例債で残りの50億円は病院事業債を充てています」
「ああ、そうか。今、思い出したけど、確か市立病院の入札はJV(共同企業体)方式で行われ、入札に参加したJVは一者しかなくて、結局、その一者が落札したんだったよね。一回目は入札価格が予定価格を上回って不落になって、その場で二回目が行われた結果、落札率が99.9%と極めて高く、異例尽くめの入札だったよね。市議会の一般質問で改進党系や共立党の議員さんたちが、官製談合があったんじゃないかって、市長や入札課長に質問していたけど、うやむやに終わってしまった感じだったよね。当時、坂井さんは入札課にいたから、その辺の事情はよく知っているんじゃないの?」
 杉田が尋ねた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第71回)

2017年9月14日ニュース

 1月下旬、田沼市役所の財政課では、新年度の当初予算編成作業が大詰めを迎えていた。新年度当初予算案は3月上旬に始まる市議会の3月定例会で審議される。
「杉田課長、新年度予算案がまとまったので、これから説明したいのですが、よろしいですか?」
 予算係長の坂井盛男が財政課長の杉田昇に言った。
「大丈夫だよ」杉田は答えた。
 二人は課長席前のテーブルに向かい合わせで座った。杉田の隣に課長補佐の佐野俊樹が、坂井の横には予算係主任の杉本弘樹が着席した。
「それではお願いします。最初に一般会計当初予算案から説明します。予算総額で471億円になります。前年度対比で10.5%の増加です。歳入で見ますと、市税121億円。前年度対比で2%の増加です。地方交付税が125億円。前年度対比で7%の増加です。市債(借入)が57億円と大幅に増えています。前年度対比で37%の増加です。また国・県支出金(補助金)が78億円と、こちらも増加しています。前年度対比で10%の増加です。次に、歳出の方ですが、普通建設事業費(公共事業費)が90億円で大幅に増加しています。前年度対比で35%の増加です。公債費(借入金の返済額)は52億円と微増です。前年度対比で4%の増加です。次に、主要事業では……」
 予算係長の坂井と主任の杉本が交代で、新年度予算案の概要を説明した。
「選挙の年になると公共事業予算が大幅に増えてくるね。4月の市長選と県議選、それに10月の市議選と知事選。年に4回も選挙がある今年は『選挙イヤー』だけど、我々財政課にとっては『嫌な年』だよ」杉田は皮肉っぽく言った。
「そうですね。新規事業の多くは選挙を意識した公共事業です。新規事業では、教育関係で、田沼第一中学校増築・大規模改修事業費として3億7000万円が計上されています。健康推進関係で、総合体育館整備事業費(設計業務委託)として5700万円が計上されています。文化教養関係で、文化会館整備事業費(設計業務委託)として6300万円が計上されています。更に、支所庁舎の耐震化・大規模改修事業費として7億4000万円が計上されています。継続事業では、生活関係の消雪パイプ整備事業費として8億7000万円、住宅リフォーム助成事業費として1億2000万円、国道バイパス接続市道整備事業費として5億3000万円がそれぞれ計上されています」坂井が言った。
「坂井さん、今、説明のあった公共事業は合併特例債を使ってやるんでしょう?」杉田が尋ねた。
「もちろん、そうです。国が返済額の7割を負担してくれる合併特例債を使わないと、これらの公共事業の実施は無理ですよ」坂井が答えた。
「借金返済の財源補てんが手厚い合併特例債を使えば、返済財源となる地方交付税は増えてくるよね」
 杉田が言った。
「当然、そうなります。歳入科目の市税と地方交付税について、対前年度比を比較すると、市税は2%しか増加していませんが、交付税の方は7%も増加しています」坂井が答えた。
「地方交付税は、本来、基本的な行政サービスに必要な財源を確保するための財源だろう?市税と同じように、一般財源として自由に使えるはずの地方交付税だけど、実際は借金返済に回っている分があるんだよね。一体、どれくらいあるんだろうか?」杉田が言った。
「そうですね。来年度の公債費は52億円で見積もっていますが、3分の2は地方交付税で賄っています」坂井が答えた。
「へえ!そんなにあるの。驚いたね。52億の3分のは約35憶か。来年度の地方交付税が125億円だから、125億のうち35億は借金の返済に回さなくてはならないってことか。使い道が自由な地方交付税とはいっても、3割近くは借金返済に使われているんだね」
 杉田は電卓を叩きながら話を続けた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第70回)

2017年9月12日ニュース

 井上陣営も一月中旬に選挙事務所を開設した。場所は山田組の社有地だ。山田組が建設資材置き場、建設重機の置き場として使っている10ヘクタールの広大な場所にプレハブの選挙事務所が建設された。このプレハブの施工を請け負ったのが山田組だ。この場所に山田良治県議会議員の選挙事務所も建てられた。プレハブ造りの建物は建設会社のお家芸だ。
 井上陣営の事務所開きは山田良治県議会議員の事務所開きと合同で1月下旬に行われた。事務所開きには地元選出の国会議員、県議会議員、市議会与党議員、建設業協会、商工会議所、農協などの地元経済団体の代表者、地元建設会社の社長など総勢200人ほどが集まった。事務所の壁には国会議員、県議会議員から交付された為書きや経済団体の推薦状がびっしりと張られていた。来賓、立候補予定者の順で挨拶が終わった後、選挙対策本部長を務める市議会議長の遠山信一が壇上に立った。
「井上市長から要請を受けて、この度の市長選挙の選対本部長を務めさせていただくことになりました市議会議長の遠山です。市長選挙が終わった半年後の10月には我々、市議会議員の選挙が控えています。今日ここに集まった我々、与党議員も自分の選挙のつもりで井上市長の4期目の当選を目指して頑張るつもりです。相手候補は政治経験もなければ行政経験も全くない素人です。しかし油断は禁物です。人生は上り坂もあれば下り坂もあります。政治の世界ではもう一つの坂があります。『まさか』です。盤石に見える組織も、いつ何時、坂を転げ落ちるかもしれません。気を引き締めて井上市長の勝利に向けて頑張りましょう!」
 翌日の長野日刊新聞に、甘木陣営と井上陣営の事務所開きの記事が掲載された。記事には次の見出しが掲載された。
 4月実施の田沼市長選挙 現職と新人による一騎打ちか 
 井上陣営は組織選挙 甘木陣営は草の根選挙
 市長選の争点は文化会館と総合体育館建設の是非か
 井上将司氏は推進 甘木雄一氏は見直し
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第69回)

2017年9月10日ニュース

 時計の針を確認した風間は十数人の同級生らを前に挨拶を始めた。
「それでは時間になったので始めます。本日はご多用の中、甘木君の事務所開きに大勢の同級生や支持者の皆さまからご出席をいただきましてありがとうございました。この度、甘木陣営の選対本部長という大役を仰せつかりました風間健一でございます。昨年8月に開催された同級会の席で甘木雄一君から市長選挙への出馬表明がありました。皆さんのご協力を頂きながら、知名度不足の甘木君の人柄を市民の皆様にお知らせするとともに、市長選の政策作りの基礎資料にしようと、市内の各地域、地区を隈なく歩いて回って、市内全世帯の3分の2が終わりました。甘木君と一緒に回ってみて、大変いい感触を得ました。特に子育て中の女性やお年寄りからは多くの励ましの言葉を頂戴しました。新人候補ということもあって、当初、知名度不足が心配されましたが、徐々に甘木君の名前や人柄について、知られるようになりました。告示日まで、あと3か月となりましたが、残り3分の1を踏破したいと考えています。よろしくお願いします」
 続いて甘木雄一が挨拶に立った。
「本日は足元の悪い中、多くの同級生や支持者の皆さんから事務所開きに集まっていただき大変ありがとうございました。私、甘木雄一は皆さんのご協力をいただきながら市内各地域を隈なく歩いてきました。告示日まであと3か月しかありませんが、市民の皆さまの切実な思い、願いをしっかりとこの胸に受け止めて、市民が主役の市政を実現したいと考えています。引き続きの御支援、御協力をよろしくお願いします」
 最後に久保田恵子が締め括った。
「それでは最後に団結ガンバロウで締めたいと思います。皆さん、御起立願います。甘木雄一君の市長選勝利に向けて、団結してガンバロウ!ガンバロウ!ガンバロウ!」
 ガンバロウ!ガンバロウ!ガンバロウ!
 事務所の中は拍手に包まれた。挨拶を終えた甘木は長野日刊新聞記者の田辺結花の取材を受けた。
「政治家経験も行政経験もない甘木さんが立候補を決断した理由は何ですか?」
「田沼市が疲弊している現状を一番よく知っている中学時代の同級生の後押しがあったからです」
「田沼市が疲弊している現状というのは、どういうことですか?」
「一言でいえば、土建屋が栄え商店街が衰退しているという状況です」
「建設産業が栄えている現状が悪いという意見ですか?建設産業は地域経済を支える基幹産業の一つだと思うのですが……」
「誤解しないで下さい。田沼市が疲弊した原因が建設産業の隆盛にあるとは言っていません。今後、田沼市の人口が着実に減少していくなかで、無駄な公共施設の建設や公共事業が多過ぎます。無駄な公共事業に回す予算を削ってその分を生活者のために使うべきだと考えるからです。子育て世帯や高齢者世帯が安心して暮らしていけるまちづくりが必要です。そうすることで、商店街での消費を喚起し商店街も潤うという好循環を作っていくことができます。公共事業に偏重した市の予算配分はおかしいと思います。ハード中心のまちづくりでは人口問題は解決できません。人口問題を解決するには、ソフト対策の充実が欠かせません。15歳未満の年少人口がどんどん減っていくなかで、将来の利用人口を無視した大型の公共施設の整備が来年度の予算案に盛り込まれるそうですが、立派な公共施設が出来上がっても、人口減少に伴って利用者が減ってくれば、その施設は無用の長物、遊休施設になってしまいます。一方で施設を建設するために抱えた借金の返済は何十年も続きます。無駄な公共施設のための借金を返済するのは子育て世代や子供たちです。田沼市の合計特殊出生率が県内最下位の1・16ですが、これは無駄な公共施設の借金負担を子供たちに負わせたくない親心の裏返しだと考えています」
「井上陣営は文化会館と総合体育館の建設を市長選挙の主要政策に掲げていますが、甘木さんは建設反対の対場で選挙戦に臨むということですか?」
「全く反対の立場ではありません。まずは新たな公共施設の必要性について時間を掛けて検討します。その結果、新たな施設が必要だということになれば、将来の人口規模に見合った適正な規模にします。それと並行して合併前の旧四か市町村にある類似施設の集約化も必要です。新たな公共施設の建設は既存の類似施設を統廃合した上で行われるべきです」
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第68回)

2017年9月8日ニュース

「そういえば、小林副議長が市長選に出るという噂が昨年の暮れ頃に流れていたけれど、これって本当なの?」久保田が高橋に尋ねた。副議長の小林俊二は市議会最大会派「田沼クラブ」の若手ホープで会派の幹事長を務めている。
「そういう話も一時出たけど今はないよ。会派のなかでは若手ホープの小林副議長を市長選の候補に推す声もあったけれど、市長会派の田沼クラブから候補者が出ると井上市長と保守票を分け合う形になって選挙戦では不利になると考え、井上市長に一本化したそうだよ」高橋が言った。
「あのケチで有名な小林副議長がタダで出馬を取りやめるはずがないわ」久保田が言った。
「保守候補の一本化ため、お金を使って候補者調整が行われたという話も聞くけれどね。小林副議長の出馬取り止めの真相は分からないよ」高橋は答えた。
「立候補を辞退させるために買収をすれば、公職選挙法違反になりますよ」
 元田沼市選挙管理委員会事務局長の米山修二が言った。米山は公職選挙法第223条を示して、「立候補辞退等の買収罪」を説明した。
「さすがに米山さんは選挙実務のプロだけあって詳しいですね。これからも、ど素人の僕たちにご教示を賜りたく、よろしくお願いします」風間が言った。
「公職選挙法の条文解釈や運用は私に任せてください。甘木さんにはフェアプレー精神で選挙戦に臨んでもらいたいと思います」米山が言った。
「ありがとうございます。公職選挙法に則って正々堂々と選挙に臨むことを誓います」
 甘木は米山に向かって選手宣誓をした。
「高橋は編集長なんだから、編集長の立場を利用して甘木のいいところをたくさん書いてくれよ。同級生としての頼みを聞いてくれるだろう?」風間が言った。
「選挙用の記事になるから、肩入れせずに公平に扱わないとね」
「高橋さんの言っていることは正しいですよ。そうしないと公職選挙法違反になります。新聞や雑誌が、選挙に関する報道や評論を掲載するのは『報道の自由』によって制約を受けることはないのですが、嘘や事実を曲げて掲載すれば、『表現の自由』を乱用したことになり、編集責任者や経営者が処罰されます」米山は公職選挙法第148条の2と235条の2を示して説明した。
「選挙ってダメダメの決まり事だらけじゃないか」風間が不満そうな顔つきで言った。
「仕方がないですよ。公職選挙法は、違反のない公明正大な選挙が行われるようにと作られた法律です。選挙は厳格なルールの下で行われるスポーツ競技と同じですよ」米山が言った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第67回)

2017年9月6日ニュース

 小正月を過ぎた1月下旬、甘木と風間健一、久保田恵子、小島孝雄、高橋義夫など十数人の同級生や支持者が集まって事務所開きを行った。
 事務所に集まった甘木と同級生たちはできたばかりの室内用ポスターを事務所の中に貼った。ポスターには背広姿の甘木の上半身の写真と下には「甘木雄一」と名前が表記されている。チャッチコピーには「市民が主役の市政を実現します!」と書いてある。このチャッチコピーは甘木と風間たち同級生が昨年の暮れごろから考えていたものだ。
「甘木君の顔写真、綺麗に撮れているわね。どこで、撮ってもらったの?」
 久保田がポスターを手に持って言った。
「斎藤フォトスタジオだよ」甘木が答えた。
「同級生の斎藤静夫君のお店ね。斎藤君は、中学時代の部活は写真部だったんじゃなかった?」
 久保田が言った。
「そうだね。親父さんに似てプロ級の腕前だったね。写真コンテストで何度か賞を取ったこともあったよね。運動会や文化祭、修学旅行の時の写真撮影は、彼に任せられていたね」風間が答えた。
「今、気が付いたんだけど、甘木君の鼻の脇にある黒子って、中学の頃からあったけ?」
 久保田が尋ねた。
「中学の頃は、黒子が小さくて目立たなかったんだけど、少しずつ大きくなったみたいだね」
「悪性の黒子もあるっていうから、皮膚科に行って見てもらった方がいいわよ」
「良性だから大丈夫だよ。でも見栄えが悪いようだと取っちゃってもいいかもね」
「ええ!手術をして取っちゃうの?」
「画像修正で黒子を取っちゃうという意味だよ。斎藤君の話ではデジタルカメラで撮った写真は修正がしやすいんだって」
「この顏写真は選挙用のポスターにも使うんでしょう?」
「そのつもりだよ。選挙が始まれば、これと同じポスターを選挙管理委員会が設置した掲示場に貼るんだ」
「有権者は甘木君の素顔を見て投票するんだから、このままでいいわよ。健ちゃんは10月の市議選に出るんでしょう?カツラを被った写真なんか駄目よ」
 久保田が風間の頭部を見ながら言った。ゲラ、ゲラ、ゲラ 事務所は笑い声に包まれた。
「恵ちゃん、何で俺に振るんだよ。親父譲りの禿げ頭。ハリウッド俳優のブルース・ウィリスのようにスキンヘッドにして、市議選に臨むつもりだよ」風間が言った。
「『ダイ・ハード』の主人公ジョン・マクレーン役を演じたブルース・ウィリスね。スキンヘッドもいいけど、ブルース・ウィリスを真似るんだったら、頬の贅肉も削いだ方がいいわよ。健ちゃんの顏ってブルドックみたいじゃないの?」久保田が言った。
 ゲラ、ゲラ、ゲラ 事務所は再び笑い声に包まれた。
「恵ちゃん、それはないだろう。これが俺の素顔だよ!」風間はむっとした顔で言った。
「しかし、井上市政を見ていると、このチャッチコピーとは真逆のことをしているね。市民ではなくて建設業者が主役の市政になっているよ。甘木に市長になってもらって、市民のための市政に戻してもらいたいよ」小島が甘木のポスターを満足そうに眺めながら言った。
「そうよね。井上市長は地元建設業者のために不必要な公共事業ばっかりやっているわ。この前、市役所に勤める妹から聞いた話だけど。文化会館と総合体育館の建設を市長選挙の目玉にするそうよ」
 久保田恵子が言った。
「ほんとうかよ!」風間が驚いた様子で言った。
「文化会館と総合体育館の話は本当らしいよ。それぞれ今年度の補正予算で調査費を計上し、新年度予算に設計業務委託費を盛り込むらしいよ。ウチでは2月号で市長選挙の特集記事を組む予定だ。立候補予定者の顔写真と略歴、政策を掲載することになっている。今のところ立候補予定者は現職の井上市長と甘木の二人だけだけどね」月刊たぬま新報編集長の高橋義男が言った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第66回)

2017年9月4日ニュース

「私もそのチラシ見ました。確か、政策のタイトルが『まちづくり八策』って書いてあって、8項目の政策が列挙されていたと思うんですが……」井上が言った。
「その『まちづくり八策』の8番目に『将来世代(子供たち)に資産として引き継げるように、合併前の旧市町村時代に建てられた公共施設の統廃合を進めます』って書いてありました。井上市長さん、これって、どういう意味か分かりますか?」岩村が尋ねた。
「合併前の旧市町村が建設した公民館や体育館を残したまま、新たに文化会館と総合体育館を建設することに対する当て付けですよ。確かに、田沼市の人口は今後、徐々に減少していきます。特に周辺部は中心部に比べて少子高齢化のスピードは速くなっています。だからと言って、身近にある公共施設を利用者が少なくなったという理由だけで、廃止するわけにはいかないでしよう。幸い、国からの財政支援がある合併特例債の発行期間が15年に延長されたわけだし、発行限度額の400億円を全て使い切って、合併前の旧市町村時代に建てられた公共施設を大規模に改修して延命化を図れば、周辺部に住んでいる人の利便性が失われることもありません。そうなれば、とかく合併して中心部だけが良くなったという不満もなくなると思いますよ」井上が言った。
「本当に、今、市長さんの言ったとおりですよ。我々も、民自党政権が打ち出している『国土甲殻化計画』に倣って『田沼市甲殻化計画』に協力しますよ」岩村が言った。
「その前に選挙がありますので、よろしくお願いします」井上が言った。
「ええ、宴たけなわでございますが、ここで、一応、中締めとさせていただきます。中締めは、岩村副会長からお願いします」司会が言った。
「僭越ながら、私から中締めの音頭をとらせていただきます。統一地方選挙の勝利を祈願して、団結ガンバロウで締めたいと思います。それでは、皆さんご起立願います。左手を腰に当てて、右手握って上に挙げて下さい。いいですか?県議選での山田良治議員並びに市長選挙での井上将司市長の当選を目指して、一致団結して、ガンバロウ!ガンバロウ!ガンバロウ!」
 ガンバロウ!ガンバロウ!ガンバロウ!
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第65回)

2017年9月2日ニュース

「おととしの参議院選挙で落選した稲田さんの秘書をしていた人ですか?ところで、手島って人は田沼市の出身なんですか?」
「父親が田沼市出身ということだけで、その父親の実家も今は空き家になっているそうだ」
「そうなると、今は地元との縁も切れているんですね。民自党の国会議員の秘書をやっていながら、民自党の現職と同じ選挙区から出るっていうのは、どういう神経ですかね?」
「早く世代交代をしろってことじゃないのかね?」
「手島って人は、歳は幾つなんですか?」
「43って聞いているけどね」
「県議さんより二回りくらい若いですね。県議さんのように若い時に市議をやって、政治経験を積んだ上で、次は県議っていうのであれば話は分かりますが、秘書からいきなり県議っていうのは無理じゃないですかね?」山田良治は旧田沼市議を二期務めた後、県議に転身した。
「岩村さん、選挙には『まさか』ってことが起きるから、油断は禁物だよ。手島が出れば選挙になる。皆さんにはお難儀をお掛けしますが、よろしくお願いしますよ」
「分かっていますよ。県議さんからは県の公共事業予算を田沼市に沢山持ってきてもらって、本当に助かっていますよ。選挙の時に恩返しをするのは当然ですよ」
 田沼市内で行われる県の公共工事は、田沼市内の地元建設業者に優先的に発注するという不文律があった。
「井上市長さん、どうぞ」岩村が、手に持った冷酒を井上のグラスに向けた。
「ああ、岩村副会長さん、いつもお世話になっています」井上が軽く会釈して、岩村の酌を受けた。
「市長さんも大変ですね。現職と新人の一騎打ちなると思っていましたが、先ほどの会長の話では、三つ巴になるって話じゃないですか?第三の候補って誰ですか?」
「何でも市議会から出るって聞いていますけどね」
「ええ!市議会議員の中からですか!いったい誰なんですか?」
「ああ、市長、その話はなくなったよ。うちの会派の若手から市長選に出たいという相談を受けたけど、あんたが出ても保守票が割れるだけだから止めておいた方がいいって、説得したよ。本人は不承不承で納得したようだけどね」遠山が言った。
「遠山議長さん、会派の若手って、もしかして副議長の小林俊二さんですか?」岩村が尋ねた。
「さあ、誰かね?言わずもがなだよ」遠山は、吸いかけの煙草を灰皿の上に置いて言った。
「第三の候補が出なくなるということは、井上市長と元出版社編集部長の甘木雄一との一騎打ちになるわけですね。そういえば、先日の新聞折り込みに甘木の政策チラシが入っていましたが、確かに立派なことが書いてありますが、有権者受けすることを言葉にして並べているだけだと思いますよ。無党派層の多い都市部の選挙であれば、政策も票になるかも知れませんが、田沼市のような片田舎の選挙では、『政策』よりも『義理、人情』でしか票が集まらないと思いますがね」岩村が言った。
「全く、岩村さんの言うとおりだよ。私が県議になれたのも、市議時代に皆さんとの親密な付き合いを重ねたことだと思っているよ。それが『義理、人情』となって、揺るぎない支持基盤ができ上がったと考えているよ」山田県議が言った。
「安心してください。我々建設業界は山田県議や井上市長の恩義に報いる覚悟はできています。ただ、ちょっと気になることが書いてありました。その『まちづくり八策』の八番目に『将来世代(子供たち)に資産として引き継げるように、合併前の旧市町村時代に建てられた公共施設の統廃合を進めます』って書いてありました。井上市長さん、これって、どういう意味か分かりますか?」
 岩村が井上に尋ねた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第64回)

2017年8月31日ニュース

「いいぞ!選挙がんばれよ!」会場から声援が上がった。
「山田県議さん、ありがとうございました。最後に井上市長さんからご挨拶を頂戴します」
「明けまして、おめでとうございます。今ほどの山田県議さんからの挨拶の中で、私が言おうとしていたことが大部分含まれておりましたので、私の方は手短に終わらせていただきます。新田沼市が誕生して8年が経ちました。この間、市政を担当して分かったことは、いまだに中心部の旧田沼市区域と周辺部の旧3か町村区域とで住民意識のずれが解消されていないということです。周辺部に住む人からは、『合併したけれども、中心部だけが良くなって、周辺部はだんだんと寂れてきた』という声が寄せられていますし、中心部に住む人からは、『合併しなくても、少子高齢化が進む周辺部は自然と寂れてくる』といった意見が寄せられています。このような中心部と周辺部とのわだかまりをなくし、約10万人の田沼市民の心が一つになって、合併して本当に良かったと感じてもらえるような、事業が必要であろうと考えました。いろいろある中で考えたのは、二年後に迎えます合併10周年の記念事業として、文化会館と総合体育館を建設したほうがいいんじゃないかということであります。これらの公共施設は合併特例債を使えば、市の負担は少なくて済みます。今年度の補正予算で調査費を計上し、新年度当初予算には設計業務委託費を計上する予定です。建設工事は今年の暮れ頃に皆さんに発注できるものと考えております。いずれにせよ、春の市長選で当選しなければ、この大事業は日の目を見ないわけでありまして、山田県議さん共々、皆さんからは特段のご支援、ご協力をお願いします」
 パチ、パチ、パチ
「いいぞ!選挙がんばれよ!」会場から声援が上がった。
「井上市長さん、ありがとうございました。それでは、乾杯の発声に移らせていただきます。乾杯のご発声は市議会議長の遠山信一様よりお願いします。皆さん、グラスを持ってご起立願います」
「市議会議長の遠山です。4月の地方統一選挙では山田県議と井上市長が有権者の審判を受けるわけでありますが、10月の市議選では、我々市議が審判を受ける番になります。まずは4月の選挙で両候補を当選させて、田沼市民約十万人の安全・安心な生活基盤と産業基盤を整備するともに、市民の皆さんが合併のメリットを享受できるような地域社会を作っていきましょう。それでは、乾杯!」
乾杯!乾杯!乾杯!
「それでは、お時間の許すまでごゆっくりとご歓談ください」
 開宴を待ちかねた10数名のコンパニオンがテーブル席に向かった。センターテーブルには、建設業協会会長の山田信夫、副会長の岩村健吾、県議会議員の山田良治、市長の井上将司、市議会議長の遠山信一、田沼市土地改良区理事長の松本正蔵が着座している。
「山田県議さん、今回の県議選は選挙になりそうだと、さっき会長が挨拶のなかで言っていましたが、現職の2人の他に誰が出るんですか?」岩村が山田県議に尋ねた。
 県議会議員の田沼市選挙区は定数二人を、民自党の山田良治と改進党の加藤功がそれぞれ議席を分け合っている。前回の県議選では、田沼市選挙区は定数を超える立候補者はなく無投票当選だった。
「手島一郎という人だ。民自党の国会議員だった稲田徳三郎さんの地元秘書をしていた人物だよ。無所属で出るという話だよ」
(作:橘 左京)

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