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小説「廃屋の町」(第69回)

2017年9月10日ニュース

 時計の針を確認した風間は十数人の同級生らを前に挨拶を始めた。
「それでは時間になったので始めます。本日はご多用の中、甘木君の事務所開きに大勢の同級生や支持者の皆さまからご出席をいただきましてありがとうございました。この度、甘木陣営の選対本部長という大役を仰せつかりました風間健一でございます。昨年8月に開催された同級会の席で甘木雄一君から市長選挙への出馬表明がありました。皆さんのご協力を頂きながら、知名度不足の甘木君の人柄を市民の皆様にお知らせするとともに、市長選の政策作りの基礎資料にしようと、市内の各地域、地区を隈なく歩いて回って、市内全世帯の3分の2が終わりました。甘木君と一緒に回ってみて、大変いい感触を得ました。特に子育て中の女性やお年寄りからは多くの励ましの言葉を頂戴しました。新人候補ということもあって、当初、知名度不足が心配されましたが、徐々に甘木君の名前や人柄について、知られるようになりました。告示日まで、あと3か月となりましたが、残り3分の1を踏破したいと考えています。よろしくお願いします」
 続いて甘木雄一が挨拶に立った。
「本日は足元の悪い中、多くの同級生や支持者の皆さんから事務所開きに集まっていただき大変ありがとうございました。私、甘木雄一は皆さんのご協力をいただきながら市内各地域を隈なく歩いてきました。告示日まであと3か月しかありませんが、市民の皆さまの切実な思い、願いをしっかりとこの胸に受け止めて、市民が主役の市政を実現したいと考えています。引き続きの御支援、御協力をよろしくお願いします」
 最後に久保田恵子が締め括った。
「それでは最後に団結ガンバロウで締めたいと思います。皆さん、御起立願います。甘木雄一君の市長選勝利に向けて、団結してガンバロウ!ガンバロウ!ガンバロウ!」
 ガンバロウ!ガンバロウ!ガンバロウ!
 事務所の中は拍手に包まれた。挨拶を終えた甘木は長野日刊新聞記者の田辺結花の取材を受けた。
「政治家経験も行政経験もない甘木さんが立候補を決断した理由は何ですか?」
「田沼市が疲弊している現状を一番よく知っている中学時代の同級生の後押しがあったからです」
「田沼市が疲弊している現状というのは、どういうことですか?」
「一言でいえば、土建屋が栄え商店街が衰退しているという状況です」
「建設産業が栄えている現状が悪いという意見ですか?建設産業は地域経済を支える基幹産業の一つだと思うのですが……」
「誤解しないで下さい。田沼市が疲弊した原因が建設産業の隆盛にあるとは言っていません。今後、田沼市の人口が着実に減少していくなかで、無駄な公共施設の建設や公共事業が多過ぎます。無駄な公共事業に回す予算を削ってその分を生活者のために使うべきだと考えるからです。子育て世帯や高齢者世帯が安心して暮らしていけるまちづくりが必要です。そうすることで、商店街での消費を喚起し商店街も潤うという好循環を作っていくことができます。公共事業に偏重した市の予算配分はおかしいと思います。ハード中心のまちづくりでは人口問題は解決できません。人口問題を解決するには、ソフト対策の充実が欠かせません。15歳未満の年少人口がどんどん減っていくなかで、将来の利用人口を無視した大型の公共施設の整備が来年度の予算案に盛り込まれるそうですが、立派な公共施設が出来上がっても、人口減少に伴って利用者が減ってくれば、その施設は無用の長物、遊休施設になってしまいます。一方で施設を建設するために抱えた借金の返済は何十年も続きます。無駄な公共施設のための借金を返済するのは子育て世代や子供たちです。田沼市の合計特殊出生率が県内最下位の1・16ですが、これは無駄な公共施設の借金負担を子供たちに負わせたくない親心の裏返しだと考えています」
「井上陣営は文化会館と総合体育館の建設を市長選挙の主要政策に掲げていますが、甘木さんは建設反対の対場で選挙戦に臨むということですか?」
「全く反対の立場ではありません。まずは新たな公共施設の必要性について時間を掛けて検討します。その結果、新たな施設が必要だということになれば、将来の人口規模に見合った適正な規模にします。それと並行して合併前の旧四か市町村にある類似施設の集約化も必要です。新たな公共施設の建設は既存の類似施設を統廃合した上で行われるべきです」
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第68回)

2017年9月8日ニュース

「そういえば、小林副議長が市長選に出るという噂が昨年の暮れ頃に流れていたけれど、これって本当なの?」久保田が高橋に尋ねた。副議長の小林俊二は市議会最大会派「田沼クラブ」の若手ホープで会派の幹事長を務めている。
「そういう話も一時出たけど今はないよ。会派のなかでは若手ホープの小林副議長を市長選の候補に推す声もあったけれど、市長会派の田沼クラブから候補者が出ると井上市長と保守票を分け合う形になって選挙戦では不利になると考え、井上市長に一本化したそうだよ」高橋が言った。
「あのケチで有名な小林副議長がタダで出馬を取りやめるはずがないわ」久保田が言った。
「保守候補の一本化ため、お金を使って候補者調整が行われたという話も聞くけれどね。小林副議長の出馬取り止めの真相は分からないよ」高橋は答えた。
「立候補を辞退させるために買収をすれば、公職選挙法違反になりますよ」
 元田沼市選挙管理委員会事務局長の米山修二が言った。米山は公職選挙法第223条を示して、「立候補辞退等の買収罪」を説明した。
「さすがに米山さんは選挙実務のプロだけあって詳しいですね。これからも、ど素人の僕たちにご教示を賜りたく、よろしくお願いします」風間が言った。
「公職選挙法の条文解釈や運用は私に任せてください。甘木さんにはフェアプレー精神で選挙戦に臨んでもらいたいと思います」米山が言った。
「ありがとうございます。公職選挙法に則って正々堂々と選挙に臨むことを誓います」
 甘木は米山に向かって選手宣誓をした。
「高橋は編集長なんだから、編集長の立場を利用して甘木のいいところをたくさん書いてくれよ。同級生としての頼みを聞いてくれるだろう?」風間が言った。
「選挙用の記事になるから、肩入れせずに公平に扱わないとね」
「高橋さんの言っていることは正しいですよ。そうしないと公職選挙法違反になります。新聞や雑誌が、選挙に関する報道や評論を掲載するのは『報道の自由』によって制約を受けることはないのですが、嘘や事実を曲げて掲載すれば、『表現の自由』を乱用したことになり、編集責任者や経営者が処罰されます」米山は公職選挙法第148条の2と235条の2を示して説明した。
「選挙ってダメダメの決まり事だらけじゃないか」風間が不満そうな顔つきで言った。
「仕方がないですよ。公職選挙法は、違反のない公明正大な選挙が行われるようにと作られた法律です。選挙は厳格なルールの下で行われるスポーツ競技と同じですよ」米山が言った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第67回)

2017年9月6日ニュース

 小正月を過ぎた1月下旬、甘木と風間健一、久保田恵子、小島孝雄、高橋義夫など十数人の同級生や支持者が集まって事務所開きを行った。
 事務所に集まった甘木と同級生たちはできたばかりの室内用ポスターを事務所の中に貼った。ポスターには背広姿の甘木の上半身の写真と下には「甘木雄一」と名前が表記されている。チャッチコピーには「市民が主役の市政を実現します!」と書いてある。このチャッチコピーは甘木と風間たち同級生が昨年の暮れごろから考えていたものだ。
「甘木君の顔写真、綺麗に撮れているわね。どこで、撮ってもらったの?」
 久保田がポスターを手に持って言った。
「斎藤フォトスタジオだよ」甘木が答えた。
「同級生の斎藤静夫君のお店ね。斎藤君は、中学時代の部活は写真部だったんじゃなかった?」
 久保田が言った。
「そうだね。親父さんに似てプロ級の腕前だったね。写真コンテストで何度か賞を取ったこともあったよね。運動会や文化祭、修学旅行の時の写真撮影は、彼に任せられていたね」風間が答えた。
「今、気が付いたんだけど、甘木君の鼻の脇にある黒子って、中学の頃からあったけ?」
 久保田が尋ねた。
「中学の頃は、黒子が小さくて目立たなかったんだけど、少しずつ大きくなったみたいだね」
「悪性の黒子もあるっていうから、皮膚科に行って見てもらった方がいいわよ」
「良性だから大丈夫だよ。でも見栄えが悪いようだと取っちゃってもいいかもね」
「ええ!手術をして取っちゃうの?」
「画像修正で黒子を取っちゃうという意味だよ。斎藤君の話ではデジタルカメラで撮った写真は修正がしやすいんだって」
「この顏写真は選挙用のポスターにも使うんでしょう?」
「そのつもりだよ。選挙が始まれば、これと同じポスターを選挙管理委員会が設置した掲示場に貼るんだ」
「有権者は甘木君の素顔を見て投票するんだから、このままでいいわよ。健ちゃんは10月の市議選に出るんでしょう?カツラを被った写真なんか駄目よ」
 久保田が風間の頭部を見ながら言った。ゲラ、ゲラ、ゲラ 事務所は笑い声に包まれた。
「恵ちゃん、何で俺に振るんだよ。親父譲りの禿げ頭。ハリウッド俳優のブルース・ウィリスのようにスキンヘッドにして、市議選に臨むつもりだよ」風間が言った。
「『ダイ・ハード』の主人公ジョン・マクレーン役を演じたブルース・ウィリスね。スキンヘッドもいいけど、ブルース・ウィリスを真似るんだったら、頬の贅肉も削いだ方がいいわよ。健ちゃんの顏ってブルドックみたいじゃないの?」久保田が言った。
 ゲラ、ゲラ、ゲラ 事務所は再び笑い声に包まれた。
「恵ちゃん、それはないだろう。これが俺の素顔だよ!」風間はむっとした顔で言った。
「しかし、井上市政を見ていると、このチャッチコピーとは真逆のことをしているね。市民ではなくて建設業者が主役の市政になっているよ。甘木に市長になってもらって、市民のための市政に戻してもらいたいよ」小島が甘木のポスターを満足そうに眺めながら言った。
「そうよね。井上市長は地元建設業者のために不必要な公共事業ばっかりやっているわ。この前、市役所に勤める妹から聞いた話だけど。文化会館と総合体育館の建設を市長選挙の目玉にするそうよ」
 久保田恵子が言った。
「ほんとうかよ!」風間が驚いた様子で言った。
「文化会館と総合体育館の話は本当らしいよ。それぞれ今年度の補正予算で調査費を計上し、新年度予算に設計業務委託費を盛り込むらしいよ。ウチでは2月号で市長選挙の特集記事を組む予定だ。立候補予定者の顔写真と略歴、政策を掲載することになっている。今のところ立候補予定者は現職の井上市長と甘木の二人だけだけどね」月刊たぬま新報編集長の高橋義男が言った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第66回)

2017年9月4日ニュース

「私もそのチラシ見ました。確か、政策のタイトルが『まちづくり八策』って書いてあって、8項目の政策が列挙されていたと思うんですが……」井上が言った。
「その『まちづくり八策』の8番目に『将来世代(子供たち)に資産として引き継げるように、合併前の旧市町村時代に建てられた公共施設の統廃合を進めます』って書いてありました。井上市長さん、これって、どういう意味か分かりますか?」岩村が尋ねた。
「合併前の旧市町村が建設した公民館や体育館を残したまま、新たに文化会館と総合体育館を建設することに対する当て付けですよ。確かに、田沼市の人口は今後、徐々に減少していきます。特に周辺部は中心部に比べて少子高齢化のスピードは速くなっています。だからと言って、身近にある公共施設を利用者が少なくなったという理由だけで、廃止するわけにはいかないでしよう。幸い、国からの財政支援がある合併特例債の発行期間が15年に延長されたわけだし、発行限度額の400億円を全て使い切って、合併前の旧市町村時代に建てられた公共施設を大規模に改修して延命化を図れば、周辺部に住んでいる人の利便性が失われることもありません。そうなれば、とかく合併して中心部だけが良くなったという不満もなくなると思いますよ」井上が言った。
「本当に、今、市長さんの言ったとおりですよ。我々も、民自党政権が打ち出している『国土甲殻化計画』に倣って『田沼市甲殻化計画』に協力しますよ」岩村が言った。
「その前に選挙がありますので、よろしくお願いします」井上が言った。
「ええ、宴たけなわでございますが、ここで、一応、中締めとさせていただきます。中締めは、岩村副会長からお願いします」司会が言った。
「僭越ながら、私から中締めの音頭をとらせていただきます。統一地方選挙の勝利を祈願して、団結ガンバロウで締めたいと思います。それでは、皆さんご起立願います。左手を腰に当てて、右手握って上に挙げて下さい。いいですか?県議選での山田良治議員並びに市長選挙での井上将司市長の当選を目指して、一致団結して、ガンバロウ!ガンバロウ!ガンバロウ!」
 ガンバロウ!ガンバロウ!ガンバロウ!
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第65回)

2017年9月2日ニュース

「おととしの参議院選挙で落選した稲田さんの秘書をしていた人ですか?ところで、手島って人は田沼市の出身なんですか?」
「父親が田沼市出身ということだけで、その父親の実家も今は空き家になっているそうだ」
「そうなると、今は地元との縁も切れているんですね。民自党の国会議員の秘書をやっていながら、民自党の現職と同じ選挙区から出るっていうのは、どういう神経ですかね?」
「早く世代交代をしろってことじゃないのかね?」
「手島って人は、歳は幾つなんですか?」
「43って聞いているけどね」
「県議さんより二回りくらい若いですね。県議さんのように若い時に市議をやって、政治経験を積んだ上で、次は県議っていうのであれば話は分かりますが、秘書からいきなり県議っていうのは無理じゃないですかね?」山田良治は旧田沼市議を二期務めた後、県議に転身した。
「岩村さん、選挙には『まさか』ってことが起きるから、油断は禁物だよ。手島が出れば選挙になる。皆さんにはお難儀をお掛けしますが、よろしくお願いしますよ」
「分かっていますよ。県議さんからは県の公共事業予算を田沼市に沢山持ってきてもらって、本当に助かっていますよ。選挙の時に恩返しをするのは当然ですよ」
 田沼市内で行われる県の公共工事は、田沼市内の地元建設業者に優先的に発注するという不文律があった。
「井上市長さん、どうぞ」岩村が、手に持った冷酒を井上のグラスに向けた。
「ああ、岩村副会長さん、いつもお世話になっています」井上が軽く会釈して、岩村の酌を受けた。
「市長さんも大変ですね。現職と新人の一騎打ちなると思っていましたが、先ほどの会長の話では、三つ巴になるって話じゃないですか?第三の候補って誰ですか?」
「何でも市議会から出るって聞いていますけどね」
「ええ!市議会議員の中からですか!いったい誰なんですか?」
「ああ、市長、その話はなくなったよ。うちの会派の若手から市長選に出たいという相談を受けたけど、あんたが出ても保守票が割れるだけだから止めておいた方がいいって、説得したよ。本人は不承不承で納得したようだけどね」遠山が言った。
「遠山議長さん、会派の若手って、もしかして副議長の小林俊二さんですか?」岩村が尋ねた。
「さあ、誰かね?言わずもがなだよ」遠山は、吸いかけの煙草を灰皿の上に置いて言った。
「第三の候補が出なくなるということは、井上市長と元出版社編集部長の甘木雄一との一騎打ちになるわけですね。そういえば、先日の新聞折り込みに甘木の政策チラシが入っていましたが、確かに立派なことが書いてありますが、有権者受けすることを言葉にして並べているだけだと思いますよ。無党派層の多い都市部の選挙であれば、政策も票になるかも知れませんが、田沼市のような片田舎の選挙では、『政策』よりも『義理、人情』でしか票が集まらないと思いますがね」岩村が言った。
「全く、岩村さんの言うとおりだよ。私が県議になれたのも、市議時代に皆さんとの親密な付き合いを重ねたことだと思っているよ。それが『義理、人情』となって、揺るぎない支持基盤ができ上がったと考えているよ」山田県議が言った。
「安心してください。我々建設業界は山田県議や井上市長の恩義に報いる覚悟はできています。ただ、ちょっと気になることが書いてありました。その『まちづくり八策』の八番目に『将来世代(子供たち)に資産として引き継げるように、合併前の旧市町村時代に建てられた公共施設の統廃合を進めます』って書いてありました。井上市長さん、これって、どういう意味か分かりますか?」
 岩村が井上に尋ねた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第64回)

2017年8月31日ニュース

「いいぞ!選挙がんばれよ!」会場から声援が上がった。
「山田県議さん、ありがとうございました。最後に井上市長さんからご挨拶を頂戴します」
「明けまして、おめでとうございます。今ほどの山田県議さんからの挨拶の中で、私が言おうとしていたことが大部分含まれておりましたので、私の方は手短に終わらせていただきます。新田沼市が誕生して8年が経ちました。この間、市政を担当して分かったことは、いまだに中心部の旧田沼市区域と周辺部の旧3か町村区域とで住民意識のずれが解消されていないということです。周辺部に住む人からは、『合併したけれども、中心部だけが良くなって、周辺部はだんだんと寂れてきた』という声が寄せられていますし、中心部に住む人からは、『合併しなくても、少子高齢化が進む周辺部は自然と寂れてくる』といった意見が寄せられています。このような中心部と周辺部とのわだかまりをなくし、約10万人の田沼市民の心が一つになって、合併して本当に良かったと感じてもらえるような、事業が必要であろうと考えました。いろいろある中で考えたのは、二年後に迎えます合併10周年の記念事業として、文化会館と総合体育館を建設したほうがいいんじゃないかということであります。これらの公共施設は合併特例債を使えば、市の負担は少なくて済みます。今年度の補正予算で調査費を計上し、新年度当初予算には設計業務委託費を計上する予定です。建設工事は今年の暮れ頃に皆さんに発注できるものと考えております。いずれにせよ、春の市長選で当選しなければ、この大事業は日の目を見ないわけでありまして、山田県議さん共々、皆さんからは特段のご支援、ご協力をお願いします」
 パチ、パチ、パチ
「いいぞ!選挙がんばれよ!」会場から声援が上がった。
「井上市長さん、ありがとうございました。それでは、乾杯の発声に移らせていただきます。乾杯のご発声は市議会議長の遠山信一様よりお願いします。皆さん、グラスを持ってご起立願います」
「市議会議長の遠山です。4月の地方統一選挙では山田県議と井上市長が有権者の審判を受けるわけでありますが、10月の市議選では、我々市議が審判を受ける番になります。まずは4月の選挙で両候補を当選させて、田沼市民約十万人の安全・安心な生活基盤と産業基盤を整備するともに、市民の皆さんが合併のメリットを享受できるような地域社会を作っていきましょう。それでは、乾杯!」
乾杯!乾杯!乾杯!
「それでは、お時間の許すまでごゆっくりとご歓談ください」
 開宴を待ちかねた10数名のコンパニオンがテーブル席に向かった。センターテーブルには、建設業協会会長の山田信夫、副会長の岩村健吾、県議会議員の山田良治、市長の井上将司、市議会議長の遠山信一、田沼市土地改良区理事長の松本正蔵が着座している。
「山田県議さん、今回の県議選は選挙になりそうだと、さっき会長が挨拶のなかで言っていましたが、現職の2人の他に誰が出るんですか?」岩村が山田県議に尋ねた。
 県議会議員の田沼市選挙区は定数二人を、民自党の山田良治と改進党の加藤功がそれぞれ議席を分け合っている。前回の県議選では、田沼市選挙区は定数を超える立候補者はなく無投票当選だった。
「手島一郎という人だ。民自党の国会議員だった稲田徳三郎さんの地元秘書をしていた人物だよ。無所属で出るという話だよ」
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第63回)

2017年8月29日ニュース

 1月上旬、風間健一が経営する「割烹寿屋」で、田沼市建設業協会の賀詞交換会が開かれた。
「明けまして、おめでとうございます。ただ今から、田沼市建設業協会の賀詞交換会を開催します。本日の司会進行を務めさせていただきます、私、事務局長の栗山守男でございます。よろしくお願いします。最初に主催者を代表して、山田会長からご挨拶を申し上げます。会長よろしくお願いします」
「明けまして、おめでとうございます。会長の山田信夫でございます。今年の冬は例年なく大雪になっております。特に年末年始はドカ雪となって、会員の皆さんからは、正月休みも返上して、道路の通行確保にお難儀いただき感謝を申し上げます。さて、既に皆さんもご存知のとおり、4月には統一地方選挙が行われます。前半は県議会議員選挙が、後半は市長選挙が行われます。前回、無投票だった県議選は、今回は選挙になりそうだという情報が入っております。また市長選挙の方は、今のところ現職と新人の一騎打ちという形になっていますが、もう一人出て三つ巴になるという話も出ています。いずれにせよ、私ども、建設業協会は、県議選においては山田県議を、市長選では井上市長を推薦することで、昨年暮れの役員会で確認したところであります。選挙まであと3か月となりましたが、これから選挙準備が本格化するなかで、会員の皆さまにはお難儀をお掛けしますが、よろしくお願いします」
 パチ、パチ、パチ。
「続きまして、県議会議員の山田良治先生からご挨拶を頂戴します」
「明けまして、おめでとうございます。県議の山田でございます。今ほど、会長から、年末年始のドカ雪の話が出てきましたが、今年みたいに大雪の年は、これから春先にかけて雪崩も多くなります。山間部に通じている道路が雪崩で埋まってしまうと、その先にある集落は孤立してしまいます。こういった災害が発生した時に頼りになるのが、建設産業に携わっている皆さんです。自然災害には、地震や雪崩のように、いつ、どこで起きるか予測できないものもありますが、風水害のようにある程度予測できるものもあります。予測される自然災害に対しては、日頃の備えが大事なわけです。私のライフワークにしている県事業の田沼川の河川改修事業も工事が始まって15年が経過しましたが、皆さんのおかげで工事は順調に進んでいます。この田沼川の改修工事は、総事業費が約400億円、改修区間が約20キロの大事業であります。現在の川幅を3倍に広げることで、百年に一度の大水害にも耐えられる堤防を備えた河川に生まれ変わるわけであります。あと5年で残りの5キロ区間が完了となります。引き続き、皆さんのご協力をよろしくお願いします。なお左岸側に広がる農地を河川用地として提供いただいたわけですが、田沼市土地改良区の松本理事長さんには、用地買収の件で大変お難儀をお掛けしたことを、この場を借りてお礼申し上げます。もう一つ、私のライフワークにしている県事業があります。田んぼの区画を広げて、意欲のある担い手農家に田んぼを集約する圃場整備事業です。この事業は2反歩(20アール)区画の小区画の田んぼを4反歩(40アール)区画に広げようというものです。県事業の採択申請には関係する農家全員の同意が必要ですが、その全員の同意が得られず困っていました。そこで松本理事長と一緒になって、農家負担軽減のために、市から財政支援をしていただけないかと、井上市長にお願いしたところ、二つ返事で農家負担を軽減するための財政支援をいただくことになりました。おかげで、年末ぎりぎりで県事業の採択申請書を提出することができました。この事業の調査費が県の新年度予算に計上される予定であります。工事の着工は来年ごろからになりますが、皆さんからお願いしたいと思います。さて、春に行われる統一地方選挙ですが、私は民自党公認候補として、井上市長は民自党の推薦候補として、それぞれ立候補することになりますが、お互いに選挙に勝って、田沼市の安全・安心なインフラ整備を担う皆さまが元気になってもらえるよう、公共事業予算の確保に頑張ってまいりたいと考えております」
 パチ、パチ、パチ
(作:橘 左京) 

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小説「廃屋の町」(第62回)

2017年8月27日ニュース

「野上さんに現金を渡した須藤紀夫は逮捕されなかったんですか?」風間が尋ねた。
「時効の壁だね。収賄の時効は5年だが、贈賄は3年で時効が成立する」野上が答えた。
「野上さんの上司は事件に関わっていなかったんですか?」甘木が尋ねた。
「私を利用して悪事を働いた上層部の連中はおとがめなしだ。結局、私は『トカゲのしっぽ切り』にされたんだよ」
「上層部の連中とは?」甘木が尋ねた。
「私が認識しているのは、直属の上司であった内藤隆志建設課長だが、その上の上層部だって入札情報の漏洩には関わっていたと思っている」
「野上さんは入札情報の漏洩に市長や市議会議員も関わっていたと思いますか?」甘木が尋ねた。
「市長は関わってはいなかったと思うよ。入札情報の漏洩に関与していたとすれば、助役や民自党系の市議だよ」
「市長を補佐する立場の助役が不正に関わっていたんですか?」甘木が尋ねた。
「当時、甘木富雄って人が市長をしていたが、甘木市長は改進党系の市議から市長に転身した方だ。質実剛健、公平無私な人だったよ。しかし、市議会では民自党系の市議が過半数を占めるなかで、議会対策に腐心していたね。特に議会承認が必要な助役の人事案件については、ことごとく否決されていたよ。甘木市長は、やむを得ず民自党系の市議の中から助役を登用することになったんだ。その助役が民自党系の市議と結託して不正に関わっていたと思っているよ」
「実は、今、ここにいる甘木雄一は、甘木富雄元市長の孫なんですよ」風間が言った。
「ええ!そうだったのか。甘木富雄市長は、昭和54年の10月に起きた長野県北部地震の時には、災害対策本部長として、被災地の復旧・復興に向けて陣頭指揮をとっていたね。市議会があのような状況のなかで、市政運営は大変だったと思うよ」
「ついでにお伺いしますが、風間博之という市議会議員を覚えていますか?」
「風間博之?ああー、思い出したよ。甘木市長と同じ改進党系の市議じゃなかったかな。『タコ入道』という異名で知られていたね。市議会議員をやっていた頃の甘木さんとタッグを組んで、舌鋒鋭く当局を追求していたよ。風間さんは、甘木さんが市長をやっていた時は議長だったはずだ」
「実は、風間博之って市議は私の爺さんだった人なんです」風間が言った。
「そう言われてあんたを見ると、髪毛が薄いところなんか、お爺さんとそっくりだね」野上が言った。
「余計なこと言わないでくださいよ」風間が苦笑いして言った。
「甘木さんが市長になってからは、入札談合によって高止まりしていた公共工事の落札率を下げようと、入札改革に取り組んだけど、結局は、談合による甘い汁を吸えなくなる建設業界に反感を買われ、思うような入札改革はできなかったんだ。4年後の選挙で、甘木市長は再選を目指したが、建設業界が県の耕地整備部出身の対抗馬を立てて、甘木市政は1期で終わってしまった」
 甘木は腕時計を見て風間に目配せをした。
「貴重なお話をいただきまして、ありがとうございました」二人は礼を述べて野上の家を立ち去った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第61回)

2017年8月25日ニュース

「今ほど、息子さんは城南大学に在籍していたって言われましたね。城南大学って、東京にある城南大学ですよね?」風間が尋ねた。
「ああ、東京の城南大学だよ」老人が答えた。
「城南大学って、甘木が卒業した大学と同じですね。亡くなった治夫さんはどちらの学部に在籍していたんですか?」風間が老人に尋ねた。
「当時、私は訳あって家族と別居していたので、息子が城南大学のどこの学部に在籍していたかは分からないね」老人が答えた。
「甘木は野上治夫さんって人を知っているかい?甘木よりも二つ年上だけど……」
 風間が甘木に尋ねた。
「総合大学の城南大学は学生数が多いからね。学部が違えば校舎も違うし、同じ学部であっても昼間部と夜間部とでは授業は別々だし、郷里が同じといっても学生の交流は全くないね。僕が大学に在籍していたのは30年以上も前の話だけど、同じ大学の学生が山岳遭難で亡くなったって話は覚えているよ。亡くなった方が野上治夫さんという人だったかは記憶にないけどね」甘木が答えた。
「私らは、今年で52歳になりました。30年も年月を重ねれば顔かたちは変わってきますよ。私なんか二十歳の頃は、髪の毛はもっと沢山あって、ふさふさしていましたけど、いまじゃご覧のとおりの禿げ頭ですよ」風間が苦笑いして言った。
「髪の毛は変わっても頭の骨格は変わらない。それに甘木さんの鼻に黒子があるが、息子も同じ場所に黒子がある」と老人が言った。
 老人は立ち上がって、仏壇から遺影を取り出して風間に渡した。風間は甘木の顔と遺影に写った老人の息子の顔を見比べた。
「本当だ。甘木と同じように息子さんの鼻にも黒子がある。しかし自分と同じ顔を持つ人がこの世に3人いるって話はよく聞きますからね」風間が言った。
「ところで、鴨居に掛けてある二枚の遺影はどなたの写真ですか?40代くらいの女の人と高校生くらいの女の子の写真ですが……」風間が尋ねた。
 老人は遺影に目を移した後、顔を二人に向けて言った。
「ああ、あの遺影かね。妻と娘の写真だよ」
「お二人とも若くして亡くなられたんですね。病気か事故ですか?」風間が尋ねた。
 老人は一瞬、目を閉じた後、「自殺だよ」と答えた。
「ええ、自殺ですって!嫌なことを聞いて、失礼しました。お爺さんは野上昭一さんですよね?」
 風間が老人に尋ねた。老人の顔色が変わった。
「そうだけど。それがどうかしたかね?」
「ぶしつけな質問かもしれませんが、あなたは元田沼市職員の野上昭一さんですよね?汚職事件を起こして逮捕され、懲戒免職になった野上昭一さんですよね?」風間が言った。
「風間、そんな失礼なことを聞いちゃだめだよ!」甘木が風間の言葉を遮った。
「甘木さんいいんだよ。本当のことだからね。確かに私は収賄容疑で逮捕され、市役所からは懲戒免職処分を受けた野上昭一、本人だよ。私が田沼市の建設課の発注係長だった頃、市が発注する公共工事の予定価格を建設業協会事務局長の須藤紀夫に漏らして、その謝礼として現金を受け取ったとして警察に逮捕された。収賄の罪で起訴され、執行猶予付きの有罪判決を受けたんだ。裁判では、私が公共工事の予定価格を漏らしたことや、その見返りに現金を受け取ったことは認めた。本当のことだからね。私の不祥事が家族三人の人生を狂わせてしまったんだ。私が罪を犯したことで、妻や息子、娘がこの町で暮らし、この家で生活できなくなった。私の所為で家族の絆が断ち切られ、一家は離散した。自殺した妻や娘には取り返しつかないことをしてしまった。事故で死んだ息子にだって、別の人生があったかも知れない」老人の顔に苦悩の色がにじんだ。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第60回)

2017年8月23日ニュース

 甘木は風間を誘って、野上昭一の家の玄関に向かった。二人は引き戸を開けようと、捕手に手を掛けた。建て付けが悪いのか、ギー、ギー、ギーと音を上げながら戸を開けた。
「ごめんください」
 しばらくして、奥から「どちら様ですか?」と男の声が聞こえた。
「市長選挙に立候補を予定している甘木雄一と申します。ご挨拶に伺いました」
「いま、そっちに行きます」
 80過ぎと思われる白髪交じりの老人が猫を抱いて玄関に現れた。
「初めまして、市長選挙に立候補を予定しています甘木雄一です」
 老人は風間から渡された政策チラシに載っている甘木の顔写真を凝視した後、顔を上げた。
「甘木雄一ねー。あんたの顔かたち。死んだ息子にそっくりだ」
「私の顔が亡くなった息子さんに似ているってことですか?」
「そうだよ。死んだ息子が生き返って家に戻って来たのかと思ったよ」
「失礼ですが、息子さんは幾つの時に亡くなったんですか?」風間が尋ねた。
「息子が死んだのは、確か22の時だったんじゃないかな。冬山で遭難して死んだと聞いているよ」
 老人が答えた。
「聞いているって?お爺さんは息子さんのお父さんでしょう?息子さんの葬儀には参列しなかったんですか?」風間が老人に尋ねた。
「訳あって葬儀には出られなかったんだ。玄関での立ち話もなんだし。ご覧のとおりのあばら家だが、まあ上がってくれないか」老人が二人を招き入れた。
「失礼します」と言って、二人はミシミシと音を立てながら、老人の後に続いて廊下を歩いた。二人は6畳間に通された。中央には座卓が置かれ、片隅には仏壇が据えられていた。老人は座布団を座卓の脇に敷いた後、「さあ、座って」と言って、二人に着座を促した。
 老人は茶葉を入れた急須に湯を注いだ後、「さあ、どーぞ」と言って、お茶の入った湯呑を二人に差し出した。
「ありがとうございます。いただきます」と言って、二人は老人から湯飲みを受け取った。
「すみません。あの遺影は、もしかして亡くなった息子さんですか?」
 風間が老人に尋ねた。仏壇の奥に立て掛けられた遺影は、未成年のような顔立ちをした青年が山頂に立っている写真だった。左手でVサインを作って得意満面の笑みを浮かべている。
「これは剣岳山頂で撮った写真ですね。立山室堂~剣沢~別山尾根経由で登頂したんですね。指でVサインを作っている息子さんの写真を撮ったのはあなたですね?」甘木が言った。
「詳しいね。甘木は剣岳に登ったことがあるの?」風間が尋ねた。
「ああ、高校に入ってからね」甘木が答えた。
「よく分かったね。あれは中学生の息子と初めて剣岳に登った時の写真だよ。山が好きな子でね。中学に入ってから本格的に登山を始めたんだ。城南大学の夜間部に入ってからも登山は続けていたようだ。山好きの息子だったが、死んだ場所も山だった。大学の友達と冬の剣岳を登っていた時に滑落して死んだ。息子が生きていれば、あんたたちのような歳になっていただろうね。それにしても、甘木さんの顔立ちは息子とそっくりだ」老人はまた同じ言葉を繰り返した。
(作:橘 左京)

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