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小説「廃屋の町」(第65回)

2017年9月2日ニュース

「おととしの参議院選挙で落選した稲田さんの秘書をしていた人ですか?ところで、手島って人は田沼市の出身なんですか?」
「父親が田沼市出身ということだけで、その父親の実家も今は空き家になっているそうだ」
「そうなると、今は地元との縁も切れているんですね。民自党の国会議員の秘書をやっていながら、民自党の現職と同じ選挙区から出るっていうのは、どういう神経ですかね?」
「早く世代交代をしろってことじゃないのかね?」
「手島って人は、歳は幾つなんですか?」
「43って聞いているけどね」
「県議さんより二回りくらい若いですね。県議さんのように若い時に市議をやって、政治経験を積んだ上で、次は県議っていうのであれば話は分かりますが、秘書からいきなり県議っていうのは無理じゃないですかね?」山田良治は旧田沼市議を二期務めた後、県議に転身した。
「岩村さん、選挙には『まさか』ってことが起きるから、油断は禁物だよ。手島が出れば選挙になる。皆さんにはお難儀をお掛けしますが、よろしくお願いしますよ」
「分かっていますよ。県議さんからは県の公共事業予算を田沼市に沢山持ってきてもらって、本当に助かっていますよ。選挙の時に恩返しをするのは当然ですよ」
 田沼市内で行われる県の公共工事は、田沼市内の地元建設業者に優先的に発注するという不文律があった。
「井上市長さん、どうぞ」岩村が、手に持った冷酒を井上のグラスに向けた。
「ああ、岩村副会長さん、いつもお世話になっています」井上が軽く会釈して、岩村の酌を受けた。
「市長さんも大変ですね。現職と新人の一騎打ちなると思っていましたが、先ほどの会長の話では、三つ巴になるって話じゃないですか?第三の候補って誰ですか?」
「何でも市議会から出るって聞いていますけどね」
「ええ!市議会議員の中からですか!いったい誰なんですか?」
「ああ、市長、その話はなくなったよ。うちの会派の若手から市長選に出たいという相談を受けたけど、あんたが出ても保守票が割れるだけだから止めておいた方がいいって、説得したよ。本人は不承不承で納得したようだけどね」遠山が言った。
「遠山議長さん、会派の若手って、もしかして副議長の小林俊二さんですか?」岩村が尋ねた。
「さあ、誰かね?言わずもがなだよ」遠山は、吸いかけの煙草を灰皿の上に置いて言った。
「第三の候補が出なくなるということは、井上市長と元出版社編集部長の甘木雄一との一騎打ちになるわけですね。そういえば、先日の新聞折り込みに甘木の政策チラシが入っていましたが、確かに立派なことが書いてありますが、有権者受けすることを言葉にして並べているだけだと思いますよ。無党派層の多い都市部の選挙であれば、政策も票になるかも知れませんが、田沼市のような片田舎の選挙では、『政策』よりも『義理、人情』でしか票が集まらないと思いますがね」岩村が言った。
「全く、岩村さんの言うとおりだよ。私が県議になれたのも、市議時代に皆さんとの親密な付き合いを重ねたことだと思っているよ。それが『義理、人情』となって、揺るぎない支持基盤ができ上がったと考えているよ」山田県議が言った。
「安心してください。我々建設業界は山田県議や井上市長の恩義に報いる覚悟はできています。ただ、ちょっと気になることが書いてありました。その『まちづくり八策』の八番目に『将来世代(子供たち)に資産として引き継げるように、合併前の旧市町村時代に建てられた公共施設の統廃合を進めます』って書いてありました。井上市長さん、これって、どういう意味か分かりますか?」
 岩村が井上に尋ねた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者