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小説「廃屋の町」(第129回)

2018年1月8日ニュース

 甘木を乗せた選挙カーは、午前8時から午後8時までの12時間稼働し、市内を隈なく細かく回った。甘木は随所に街頭演説を入れた。街頭演説では、お年寄りに優しい安心して暮らせるまちづくり、寂れてしまった農村集落や住宅街に子育て世帯を呼び込み賑やかなまちづくりを訴えた。また昨年8月下旬に田沼市を襲った台風による農業被害を取り上げて被害農家への市の救済措置が不十分だった点や選挙告示日前に予定されていた田沼市青年会議所主催の市長選挙公開討論会が井上陣営の一方的な参加拒否によって中止になったことについても言及した。
 庭仕事の傍ら手を振るおじいさん、家の中から手を振るおばあさん、田んぼ仕事や畑仕事の傍ら手を振る農家の人たち、幼児を抱きかかえながら手を振る子育て中の女性、散歩中に手を振ってくれた幼稚園児たち、歩道を走りながら手を振ってくれた小学生たち、ヘッドライトを点滅させて合図をする対向車線を走る車の運転手、甘木は確かな手ごたえを感じていた。
 一方の井上は、遠山選対部長の指示を受けて告示日の翌日から建設会社を中心に市内の事業所回りを始めた。告示日翌日から始まる期日前投票による票を集めるためだ。井上と建設業協会事務局長の佐々木健一を乗せた車が市内の建設会社を巡回した。石井組の事務所に着いた二人を社長の石井伸晃が出迎えた。
「ご苦労さまです。さあ、どうぞ、こちらに」石井は二人を社長室に招き入れた。
「昨日は石井社長さんはじめ社員の方から休日にもかかわらず出陣式にご出席をいただきありがとうございました。期日前投票が始まる今日から事業所回りを始めています。社員の方に期日前投票に行ってもらいたくお願いにまいりました。これは出陣式と期日前投票の足代ですのでお受け取り下さい」
 佐々木は現金の入った茶封筒を石井に差し出した。
「分かりました。わたしから社員にお願いしてみます」石井はすぐさま茶封筒を胸ポケットに入れた。
「先月、協会から届いた文書に、今年度ウチに発注する市の公共工事が載っていましたが、あれはほんとうなんですか?」石井が佐々木に尋ねた。
「もちろんほんとうです。私が市長になれば石井さんのところでやってもらう仕事ですよ」
 井上は答えた。
「分かりました。会社挙げて井上市長を応援します」石井は答えた。
「よろしく、お願いします」井上は石井に頭を下げた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第128回)

2018年1月6日ニュース

 井上陣営は瓢箪池の大駐車場を出陣式の会場に選んだ。出陣式の会場には地元選出の国会議員、県議会議員、周辺市町村長など御歴歴を乗せた黒塗りの公用車が集まった。近くの八幡神社で必勝祈願を終えた井上は山田県議や出陣式に出席した御歴歴の挨拶を終えた後、壇上に上がって、集まった300人余りの聴衆を前に第一声を上げた。
「本日、石黒先生はじめ国会議員の先生方、地元田沼市選出の山田県議さん、また戸板市長はじめ周辺市町村長さん、市内経済団体代表の皆さんからは、早朝より、私こと、井上将司の出陣式にご臨席を賜りまして感謝を申し上げます。先ほどご挨拶をいただいた石黒先生から、行政は継続が大事だというお話がありました。3期目は市立病院の民営化で始まって新病院の建設で終わった4年間でした。新病院の建設によって田沼市の医療環境は整備されましたが、一方で、生活環境に関わるインフラ整備や産業基盤に関わるインフラ整備が立ち遅れております。継続こそ力なり、新田沼市を更に飛躍させるため、皆さま方の特段のご支援を賜りたく、よろしくお願い申し上げます!」
 パチ、パチ、パチ。スーツ姿の参加者や作業着を着た建設会社の社員らから拍手が上がった。
 選挙カーに乗った井上は集まった参加者に手を振って応える。ウグイス嬢の声が周囲に響き渡る。
「市長候補の井上、井上将司でございます。市政は継続が大事!市政の更なる飛躍を目指します。市長には井上、井上将司に清き一票をよろしくお願いします!」
「市長候補の井上、井上将司でございます。市長としての12年間の実績が光ります!市長には井上、井上将司に清き一票をよろしくお願いします!」
「市長候補の井上、井上将司でございます。まだまだ足りないインフラ整備。井上将司はしっかり取り組んでいきます。市長には井上、井上将司に清き一票をよろしくお願いします!」
 翌日18日、地元紙「長野日刊新聞」に、「田沼市長選スタート 現職と新人よる一騎打ち 現市政の継続か市政転換か」という見出しで田沼市長選挙の記事が掲載された。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第127回)

2018年1月4日ニュース

 4月17日の日曜日、田沼市長選挙が告示された。甘木陣営は事務所近くの諏訪神社を出陣式の会場に選んだ。神社での必勝祈願を終えた甘木たちは駐車場で、選挙管理委員会に立候補の届け出に行った同級生の小島孝雄を待った。立候補の手続きを終えた小島が選挙の7つ道具を持って戻って来た。
「一番のくじを引いたよ!」小島が選対本部長の風間に報告した。
「一番のくじだって。小島、やったね!」風間が言った。
「小島、ありがとう」甘木は小島に礼を述べた。
 このくじの順は立候補の届け出の順番を決めるもので、選挙ポスター掲示板にポスターを張る個所や報道機関が立候補者の記事を書く順番を示したものだ。掲示板は二段で構成されていて上が一番、下が二番になっている。
 神社の駐車場には必勝の鉢巻を巻いた風間や久保田をはじめ甘木の同級生らを中心に70人ほどの支持者が集まった。改進党系市議8人と共立党市議2人の姿も見える。
「お父さん、頑張って!」
 娘の春香が声を掛けた。妻の美由紀、姉の山口久子の姿も見える。必勝と朱書きした鉢巻を巻いた甘木は選挙カーから伸びたマイクを手にして第一声を上げた。
「本日は、早朝より私、甘木雄一の出陣式にご出席をいただきありがとうございました。私は昨年9月に出馬表明して以来、自分の足で市内各地域、地区を隈なく回ってきました。これまで市内全世帯の約4分の3にあたる2万4千世帯を訪問し、市民の皆さまから、市政に関する様々なお話を伺ってきました。郊外だけでなく市街地でも急速に進む少子高齢化現象。空き家が増え、外で遊ぶ子供の姿が見えなくなって寂れてしまった地域があちこちに見られます。田沼市の未来を築くはずの子供たちが田沼市からいなくなっています。これは田沼市の将来に不安を感じた子育て世帯が市外に流失しているからです。3期12年続いた井上市政は無駄な公共事業に税金をつぎ込んで、市の借金を増やしてきました。増え続ける市の借金残高。借金の返済に不安を感じた子育て世帯が子供を連れて市外へと流出しています。一方で、やがては空き家になってしまう高齢者だけの家が増えています。利益誘導と既得権益者擁護の井上市政がこの先続くことを多くの市民が憂慮しています。市民不在の市政の流れを止めて、市民が主役の市政に転換することが求められています。私、甘木雄一は光の当たらない場所や光の届かない市民に『夢と希望』の光を届け、『市民の、市民による、市民のための市政』を実現します。どうか皆さんのお力で、私、甘木雄一に市長の椅子をお与えいただけますようお願い申し上げます」
 パチ、パチ、パチパチ。会場は大きな拍手で包まれた。
「お父さん、かっこいいよ!」春香の声が聞こえる。
「頑張れ!」「頑張ってよ!」同級生など支持者の声援があちこちで沸き起こった。
 選挙カーに乗った甘木は手を振って春香や支持者の声援に応えた。大勢の支持者に見送られながら甘木を乗せた選挙カーが出発した。ウグイス嬢の声が周囲に響き渡った。
「市長候補の甘木、甘木雄一でございます。不公平、不平等、不透明な市政の流れを断ち切り、公平、平等、透明性のある市政に転換しましょう!市長には甘木、甘木雄一に皆さんの大切な一票を託しましょう!」
「市長候補の甘木、甘木雄一でございます。市民不在の市政から市民が主役の市政に戻しましょう!市長には甘木、甘木雄一に皆さんの大切な一票をお願いします!」
「市長候補の甘木、甘木雄一でございます。無駄な公共事業ばかりで市の借金が増えています。子供たちへの借金の仕送りは許しません!市長には甘木、甘木雄一に皆さんの大切な一票を託しましょう!」
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第126回)

2018年1月2日ニュース

 3月の第一水曜日に部課長会議が開催された。冒頭、井上市長の挨拶があった。
「職員の皆さん。おはようございます。役所の師走は年度末の3月です。今年度事業予算を滞りなく執行していただきたいと思います。また新年度予算案につきましては、例年になく皆さんにご尽力をいただき無事に編成することができました。皆さんにご苦労をお掛けして作った新年度予算案が9日から始まる市議会3月定例会に上程されます。4月の市長選挙はまさにこの新年度予算案に盛り込まれている主要事業、政策が争点になると言われています。新年度予算案には文化会館と総合体育館の設計業務委託費が計上されています。2年後に迎える合併10周年を10万人の市民が心を一つにして祝うことが、これからの田沼市が前進する上で大事なことではないかと考えています。そして、これからの田沼市にふさわしい象徴的な、そして田沼市の輝ける未来を創造するためにも、文化会館と総合体育館の建設が必要だろうと考えています。職員の皆さんからは特段の御理解と御協力を頂けるものと信じています。……」
 井上市長の挨拶が終わった後、中山邦夫総務部長が口を開いた。
「今ほど市長から、4月の市長選挙は新年度予算案に盛り込まれている主要事業、政策が争点になるというお話があったわけですが、この点について、私から補足説明をさせていただきます。皆さんの職場で担当者が市内の関係機関に業務連絡する際に、『4月の市長選挙には井上市長をよろしくお願いします』と、最後に一声を添えて頂きたいと思います」
「これって公務員の地位利用による公職選挙法違反(法136条の2違反)じゃないか」
 中山部長の話を聞いていた財政課長の杉田昇はつぶやいた。
 部課長会議を終えて席に戻った建設課長の佐々木健一は、係長の横田紀夫を呼んで入札室に入った。二人が入った後、入札室のドアが閉められた。
「横田君、君に頼みたいことがあるんだ。これは来年度の公共工事の発注見通しの一覧表だ。君も分かるとおり、田沼市が発注する土木工事は、原則、市内に本社を置いている建設業者に限定している。この一覧表の備考欄に業者名が入っているが、これは受注業者が内定しているという意味だ。この件については建設業協会の山田会長も了解済みだ。そこで君にお願いしたいのは、この一覧表に載っている受注内定業者の担当者に連絡を取ってもらいたいんだ」
「課長、私が業者に電話をして何を話せばいいですか?」
「業者に電話したら、担当者に『この工事はオタクにやってもらうことになりましたので、お知らせします。この件については井上市長も了解済みです』って言ってもらいたいんだ」
「ええ!まだ入札をしていないのに、もう施工業者が決まっているんですか?それって官製談合じゃないですか?」
「横田君、余計なことを考えなくてもいいよ。君は私に言われたとおりのことをすればいいんだ。それと、この一覧表は外部だけでなく内部にも絶対に流失しないよう厳重に管理して欲しい。用が済んだら一覧表は廃棄して欲しい」
「建設業協会に天下る佐々木課長の持参金かよ」
 入札室を出た横田は不満げにつぶやきながら席に戻った。
 4月上旬、産業建設部長の関口博が観光振興課長の木下信行を部長室に呼んだ。
「失礼します」木下は一礼して部長室に入った。
「実は、木下さんに頼みたいことがあるんだ」
「部長、何でしょうか?」
「実はね、市長選挙の告示日に瓢箪池の駐車場を出陣式の会場に使いたいという話が、井上市長からきているんだけど、何とか便宜を図ってもらえないだろうか?」
「この時期は、瓢箪池の桜を見に来る観光客もいますし、それに団体客を乗せた観光バスも立ち寄ります」木下は困惑した顔つきで答えた。
「出陣式には国会議員、県議会議員、周辺市町村長など御歴歴が大勢集まる。市が管理する広い場所はあそこしかない。それに出陣式に使うのは朝の8時半から1時間ほどだ。花見客がまだ来ない時間帯だし。木下さん、頼むよ」
「分かりました」木下は渋面で返答した
「無理が通れば道理が引っ込むか」木下は呟きながら席に戻った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第125回)

2017年12月31日ニュース

「買収した方からすれば、相手に飲食を提供した見返りに票をもらえるわけですし、買収された方からすれば、自分や家族の票をあげる見返りに、飲食の提供を受けるわけですし、お互いがそれぞれ便宜を受ける関係になってしまうからです。一方で、事件として警察に摘発されれば、お互いが罪に問われるといった不利益を被るという関係にもなります」米山が言った。
「一蓮托生の関係ってことか」甘木が呟いた。
「もう一つ井上事務所に取材に行って気づいたことがあったよ」髙橋が言った。
「何だい?気付いたことって?」風間が尋ねた。
「ホワイトボードのスケジュール表に、井上市長のミニ集会の日程がびっしりと書き込まれていたんだ。ミニ集会は、土日は事務所で平日は午後7時から町内会の集会所で行っているらしいだが、平日のミニ集会は一日5か所も入っている日もあったね」高橋が言った。
「ええ!一日に5か所もできるのかよ?井上市長は、日中公務があるから、平日は夜間にしか政治活動はできないけど、1か所で1時間は掛かるとして5時間にもなる。移動時間も含めればそれ以上の時間が掛かる。5か所もやれば翌日になってしまうよ。高齢な井上市長の体力を考えれば、無理なスケジュールだよ」風間が言った。
「ところがミニ集会に費やす時間は1か所当たり2,30分になっているんだ」高橋が言った。
「そんな短い時間で、井上市長の選挙公約、確か『六つの光』だったと思ったけど、それを説明できるの?全然時間が足りないよ」風間が言った。
「ミニ集会では、井上市長の選挙公約が載っているパンフレット『六つの光』を配った後、市長の挨拶があってそれで終わり。井上市長は次の会場に向かうというパターンみたいだね」高橋が言った。
「たったそれだけ?わざわざ井上市長の公約を聞きに集会所に集まったのに、市長の挨拶だけで終わりじゃ、有権者に失礼じゃないの?」久保田が言った。
「ミニ集会を開催する本当の目的は別のところにあるみたいだね」高橋が言った。
「何だい?別の目的って?」風間が尋ねた。
「飲み食いさせて票を集めようということさ」高橋が言った。
「それは、もしかして買収ってこと?」甘木が言った。
「ミニ集会の表向きの理由は井上市長の選挙公約の説明会になっているけど、本当の目的は、集会に集まった有権者に飲食を提供して投票をお願いすることみたいだね。ミニ集会は井上市長の後援会「将進会」が取り仕切っているようだが、「将進会」は町内会を単位にして網の目のように張り巡らされている。この前、井上事務所に取材で行ったら、別室にいる後援会の幹部連中が町内会の世話役に電話を掛けて、ミニ集会が終わった後の宴会の打ち合わせをしている話を、偶然に聞いてしまったんだ」
 高橋が言った。
「ミニ集会に参加する人は井上市長の話を聞きたくて集まるんじゃなくて、タダで飲み食いができるからじゃないの?時間も夜だからね。集まるのは男性がほとんどだと思うけどね」風間が言った。
「タダかどうか分からないけど、参加者から会費を取っているとしても、僅かな金額だと思うけどね。一方、土日や祝日の昼間に井上事務所で行われる集会には女性が多いって聞いているよ。参加者には松花堂弁当や高級和菓子が付いているからね」高橋が言った。
「いずれのケースも公職選挙法違反の買収にあたります!」米山が語気を強めて言った。
「夜は酒で男性票を釣って、昼は弁当やお菓子で女性票を釣る。お金が幾らあっても足りないわ」
 久保田が言った。
「金のかからない選挙にしようと、公職選挙法で選挙費用の上限額が定められていますが、選挙費用が上限額をオーバーしても、オーバーした分を隠してしまえばそれまでですよ。いずれにしても、買収は、候補者だけではなく有権者としてのモラル・自覚に関わる問題ですよ。選挙権は憲法が保障する基本的人権の一つです。この天賦の権利がお金で捻じ曲げられてしまうのは、民主主義の危機です。何とも嘆かわしいことです」米山が言った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第124回)

2017年12月29日ニュース

「飲み食いをさせる場所ってどこかしら?まさか、向かいにある居酒屋『寄り道』ってこと?」
 久保田が言った。
「そうかも知れないね。作業服を着て来店すれば生ビールが半額になるって触れ込みだろう。店の壁には井上市長の選挙用のポスターが貼ってあって、建設会社の社員が友人を居酒屋に連れて行って飲み食いさせる。アルコールが回っていい気分になった友人に、井上市長のポスターを見せて投票を依頼する。充分考えられるシナリオだね」風間が言った。
「タダで飲み食いさせるってこと?」久保田が尋ねた。
「タダにすると相手が嫌がるので、少しだけ負担してもらうってことはあるかもね」高橋が言った。
「健ちゃんの話を聞いて思い出したけど、建設会社を経営している私の親戚の人が『寄り道』に行った時の話よ。スーツを着た若い人が作業服姿の人に『先輩、ごちそうさまでした』って言っているのを見たそうよ」久保田が言った。
「恵ちゃんの親戚の人が作業服を着て『寄り道』に行ったの?」高橋が言った。
「そうそう、生ビールが半額になるっていうから行ったんだって。そうしたら、店の人から、『お客さんは田沼市にお住いですか?』って聞かれて、『いいえ、違います』って答えたら、それきりだったそうよ。」
「恵ちゃんの親戚の人が田沼市に住んでいるって言えば、生ビールがタダになったかもしれないよ」
 風間がにやにやしながら言った。
「分かっていれば、そう言ったかもね。それと店の中には井上市長のポスターが張ってあったそうよ」久保田が言った。
「やっぱりそうか。米山さん、居酒屋の中に候補者のポスターを張ることは違反にならなんですか?」
 風間が尋ねた。
「居酒屋のように不特定多数の人が出入りする場所で、立候補予定者のポスターを掲示すれば、事前運動にあたりますね」遠山が答えた。
「事前運動?」風間が尋ねた。
「立候補の届出前に選挙運動を行うことです。選挙運動は立候補の届出を行った日から投票日の前日まで行われます。市長選挙の場合、選挙期間は7日間です」米山が答えた。
「この事務所には甘木君のポスターが張っているけど、それは大丈夫なの?」久保田が尋ねた。
「この事務所のように、特定の人しか出入りできない場所に掲示されているのであれば問題はありません。ただし、通行人に見せようとして通りに向けてポスターを張っていればば、アウトですが……」
 米山が言った。
「違反した場合は罰則があるんですか?」風間が尋ねた。
「1年以下の禁固又は30万円以下の罰金です」米山が答えた。
「買収に比べれば、刑が軽いですね」甘木が言った。
「そうですね。それに、違反しても警察からの警告で終わってしまうことが多くて、警告を無視すれば別ですが、刑罰が科せられることはめったにないようです。さっきも言ったように、選挙犯罪の中で最も刑罰が重いのは買収です。警察の取り締まりも、当然厳しくなります。しかし、買収はなかなか表に出てきません。買収した者も買収された者もウインウインの関係になってしまうため、事件として発覚しにくいんです」米山が言った。
「ウインウインの関係って?」久保田が言った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第123回)

2017年12月27日ニュース

「長野日刊新聞の記事とか、政財界信州の3月号が影響しているんじゃないかい?特に、政財界信州では、元市役所職員の坂井さんの自殺と、公正取引委員が行った市立病院の官製談合疑惑の調査とを関連付けて書いてあったね」風間が言った。
「多分そういったことも、井上市政の支持率低下として世論調査に表れたんだろうね」高橋が言った。
「自殺した坂井さんは杉田君の部下だった人でしょう?」久保田が言った。
「そう、財政係長だったそうだよ」高橋が言った。
「杉田君から自殺した坂井さんについて詳しい話を聞きたいと思っているんだけど、全然連絡がないわ。それに杉田君や木下君は一度も事務所に顔を見せていないわ。どうしてかしら?」
 久保田が言った。
「仕方がありませんよ。政治的中立性を求められている一般職の公務員は政治行為が制限されていますから」米山が六法全書を開いて、地方公務員法第36条を説明した。
「市役所の中では、市長選に影響するような情報を外部に漏らさないようにと、緘口令が敷かれているらしいよ。特に、杉田や木下は甘木の中学時代の同級生ということで、二人の動向は総務部長や産業建設部長に監視されているらしいよ。市役所の中だけじゃないよ。杉田と木下の二人が甘木の事務所に出入りすれば、直ぐに井上市長の耳に届くからね。それというのも、向かい側にある居酒屋『寄り道』の防犯カメラが甘木の事務所に向けられているからね」高橋が言った。
「もしかして、この事務所の中に盗聴器が仕掛けられているってこともあるんじゃないかい?」
 風間が心配になって、机の下を覗いた。
「ここには隠すものなんか、何もないわよ。むしろ、隠すことがあるのは井上陣営の方でしょう!」
 久保田が言った。
「現在こちらが一歩リードしている状況を踏まえて、井上陣営は、これからどんな手を打ってくるんだろうか?」甘木が言った。
「恐らく実弾を用意すると思うよ」高橋が言った。
「実弾って現金のこと?」久保田が尋ねた。
「そう、現金を配って票を集めるんじゃないだろうか?」高橋が言った。
「それをやれば、買収罪になります」
 米山修二は公職選挙法第221条から223条の買収罪について説明した後、
「このように買収罪は、数ある選挙違反の中でも、重い刑罰が科せられる悪質な選挙犯罪ですから、警察当局も厳しく取り締まっています。この買収罪は、買収した本人だけではなく、買収された人も同じ刑罰が適用されます。また、後援会、会社、労働組合、宗教団体、業界団体などの組織を使って選挙運動が行われている場合、後援会長など、その組織を総括する立場にある人が買収罪に問われ刑が確定すると、連座制が適用され、候補者の当選が無効になり、一定期間立候補できなくなります」と言って話を締めくくった。
「今の米山さんの説明だと、特定の候補者に投票をしてもらおうと有権者に直接、現金を配るというのは、受け取る側からすれば、かなり抵抗があるんじゃないだろうか?受ける方の立場から考えると、飲み食いなどの経費を負担してもらう供応接待の方が抵抗は少ないんじゃないだろうか?」
 甘木が言った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第122回)

2017年12月25日ニュース

「こんにちは、米山です。これ、皆さんで召し上がってください」
 事務所に入った元田沼市職員の米山修二が菓子折りを久保田に渡した。
 菓子折りを開けた久保田が、
「あら、美味しそうなイチゴのショートケーキ。ごちそうさまです。早速、頂きましょう」と言って、その場にいる4人に熱いコーヒーと一緒に配った。
「高橋、今日は取材?」甘木が尋ねた。
「半分は取材で、半分は情報提供だそうよ」久保田が言った。
「何だい、情報提供って?」甘木はコーヒーカップを手に持って尋ねた。
「一つは選挙情勢についてだよ。多分知っていると思うけど、県議選は無競争になりそうだよ」
 高橋が言った。
「最初の頃、民自党の元国会議員の秘書をやった手島って人が県議選に出るって噂が流れていたけど。その話はなくなったんだね?彼が出れば、保守票が割れて現職の山田県議は苦戦するだろうとみていたけどね」風間が言った。
「手島さんはまだ年齢も40代と若いんで、県議になる前に市議になって、政治家経験を積んだ上で、次になるのか、その次になるのか分からないけど、山田県議の後継者として県議選に出るということで、話がまとまったらしいよ。何でも田沼クラブの最年長者の山崎光蔵市議が今期限りで市議を引退するので、その後継候補として、手島さんが市議選に出るらしいよ」高橋が言った。
「それだけで、県議選の出馬を取り止めにするかしら?手島って人は秘書時代に政治資金の着服事件を起こしたって聞いたことがあるわ。立候補を取りやめる条件にお金を要求したんじゃないの?」
 久保田が言った。
「お金を使って立候補を辞退させれば、立候補辞退等の買収罪になりますよ」
 元田沼市選挙管理委員会事務局長の米山修二が、公職選挙法第223条を説明した。
「手島に立候補をやめさせるために、お金を使ったかどうかは分からないけど、県議選は今回も無競争になりそうだよ。一方、市長選挙の方は、こちらも最初、市議会副議長の小林俊二さんが市長選に出るつもりでいたけど、井上市長が4期目も当選すれば、次の選挙には出ないで、小林さんに禅譲することで話がついたらしいんだ」高橋が言った。
「あのケチで有名な小林副議長がタダで立候補をやめたなんて信じられないわ。お金をもらって立候補を取りやめたんじゃないの?」
 久保田が言った。
「そうだとすれば、それも立候補辞退等の買収罪になりますよ」米山が言った。
「その結果、市長選は現職の井上市長と新人の甘木が四つに組むという構図だね」高橋が言った。
「八百長試合が発覚した大相撲は人気に陰りが出てきましたが、市長選挙は大入りが期待できそうですね」米山の冗談で一瞬、場が白けた。
「さっきの話の続きだけど、県議選の田沼市選挙区は市長選の選挙区と重なることから、民自党の長野県連は、現職の井上市長を推薦していることもあって、県議選と併せて市長選についての世論調査も一緒に行ったそうなんだが、甘木が頭一つリードしているって結果が出たそうだよ」
「ええ!それってホントなの?」久保田が驚いた様子で言った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第121回)

2017年12月23日ニュース

「ごめんください。こちらは、甘木さんの事務所でしょうか?」
 30代くらいの女性3人が甘木の事務所を訪ねてきた。
「はい、そうですが。どちら様ですか?」久保田恵子が尋ねた。
「私たちは子育て中の主婦ですが、甘木さんに是非、市長に当選してもらいたくて千羽鶴を持ってきました。これを甘木さんに渡して下さい」女性グループの代表が久保田に千羽鶴を渡した。 
「わあ、すごい!こんなに大きな千羽鶴。どうもありがとうございます。甘木は間もなく戻ってくると思いますので、どうぞ、お掛けになってお待ちください」久保田は3人に椅子を勧めた。
「私たちは同じ団地で活動している子育てグループです。現在子育て中の7人のママが集まって『ひまわりクラブ』というサークルを作って活動しています。実は、去年の暮れに甘木さんともう一人の方が、私たちが住んでいる団地に、市長選挙に出られるということで挨拶回りに来られたんです。甘木さんが私の家にお出でになった時、丁度、私たち3人が家に居まして、お二人から子育てについて困っていることがあったら何でもいいから聞かせてもらいたいって言われ、私たちグループが日頃から思っていることを、お二人にお話ししました。そしたら、甘木さんから、私が市長になったらすぐにやりますって、おっしゃっていただき、本当に心強く思いました。グループの会合でそのことを話したら、甘木さんが市長になれば、田沼市の子育て環境がもっと良くなるんじゃないかってことになったんです。甘木さんを市長にするために、私たちができることは何かしらって考えていたら、千羽鶴がいいよってことになって、私たち7人が3か月掛けて折りました」
 久保田が入れたココアを飲み終えた3人は、この後の予定があるといって、帰って行った。
「『祈必勝』か。為書きなんかより、ずっと御利益があるよ」
 高橋が千羽鶴に吊るされている短冊を手に取って言った。
「女性グループの代表の方から、当選したらこの封筒の中に入っている札に取り換えてくださいって言ってたわ」久保田が白い封筒を高橋に渡した。
「封じ口が開いているね。ちょっと、なかを覗いてみようか」
 高橋が封筒の中から短冊を取り出した。短冊には「祝当選」と書いてあった。
「さっきの女性たちは勝利の女神らしいね。甘木たちが帰って来たようだ。恵ちゃん、この封筒は仕舞っておいて」
 高橋は「祝当選」の短冊を封筒に戻して久保田に渡した。久保田は封筒を事務机の抽斗に入れた。
「ただいま帰りました」と言って、甘木と風間が帰ってきた。
「お帰りなさい」久保田が言った。
「どうしたんだい?この大きな千羽鶴は。『祈当選』と書いてあるけど?」風間が言った。
「『ひまわりクラブ』っていう子育て中のママさんグループが届けてくれた千羽鶴よ。甘木君には絶対、市長に当選してもらって、子育て環境を充実させて欲しいって言っていたわよ」久保田が答えた。
「もしかして、風間と二人で新興住宅地を回っていた時に、子育てについていろいろと意見や要望をもらった家があったけど、その家の中にいた女性グループかな?」甘木が言った。
「そうみたいね。この千羽鶴、7人で3か月掛けて折ったそうよ」久保田が答えた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第120回)

2017年12月21日ニュース

 3月中旬、市長選挙が1か月後に迫っていた。
「こんにちは、甘木はいますか?」
 地域新聞「月刊たぬま新報」編集長の高橋義男が甘木の事務所を訪ねた。
「あら、高橋君じゃないの?甘木君は健ちゃんと出掛けているわ。もうすぐ戻ってくると思うけどね」
 事務所番をしていた久保田恵子が答えた。
「今日は取材?」
「半分は取材で、半分は情報提供だよ」
「何、情報提供って?井上陣営に関する情報ってこと?」
 久保田は熱いコーヒーを入れたカップを高橋の前に置いた。
「2人が来てから話すよ。恵ちゃんが入れてくれたコーヒーのようにホットな情報だよ」
「どんな情報かしら。楽しみだわ。でも記者っていいわね、取材であれば、遠慮なく、候補者の選挙事務所には出入りできるんだもの」
「普通の記者ならそうだろうけど、僕の場合は、井上陣営から甘木の同級生だっていうレッテルを張られているから、警戒されて核心部分はなかなか聞き出せないね」
「井上事務所の中ってはどんな感じなの?」
「選対本部長の遠山議長と、井上市長の後援会長を務めている田沼市土地改良区の松本正蔵理事長が選対副部長として、事務所に常駐しているみたいだよ。この前、事務所に行った時は、数名の女の人がパンフレットの仕分け作業をしていたね。それと作業服を着た人たちがパンフレットを車に積み込んでいたよ」
「作業服姿の人って、もしかして建設会社から動員された人たちじゃないの?」
「作業服に会社の名前が入っていたから、そうだと思うよ。事務所の壁には業界団体の推薦書がびっしりと貼ってあったよ。それに為書きもあったよ」髙橋が言った。
「為書き?」
「選挙の時に『何某候補の為に』として『祈必勝』などと大書して選挙事務所に届ける激励ビラのことだよ。主に国会議員や県議会議員が激励ビラを届けることが多いみたいだね」
「向こうは業界団体丸抱えの組織選挙だから仕方がないわね。それに比べてうちの事務所は寂しいわね。私たち同級生の寄せ書きしかないわ」
「そんなことはないよ。僕たち同級生が心を込めて書いた寄せ書きに勝るものはないよ。形だけの推薦書や為書きなんか、何の御利益もないよ」
「高橋君の寄せ書きには『為せば成る』って書いてあるけど、どういう意味?」
「正しくは『為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり』というんだ。やればできる、やる気があれば必ずやりとげられる、という意味だよ。江戸時代中期の米沢藩、今の山形県だけど、その9代目藩主の上杉鷹山が詠んだ歌だよ。アメリカのオバマ大統領が『イエス、ウィキャン』って言葉をよく使っていたけど、それと同じ意味だよ」
「そうね。選挙まで残りわずか。気合を入れて頑張りましょう」
(作:橘 左京)

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