小説「廃屋の町」(第123回)
「長野日刊新聞の記事とか、政財界信州の3月号が影響しているんじゃないかい?特に、政財界信州では、元市役所職員の坂井さんの自殺と、公正取引委員が行った市立病院の官製談合疑惑の調査とを関連付けて書いてあったね」風間が言った。
「多分そういったことも、井上市政の支持率低下として世論調査に表れたんだろうね」高橋が言った。
「自殺した坂井さんは杉田君の部下だった人でしょう?」久保田が言った。
「そう、財政係長だったそうだよ」高橋が言った。
「杉田君から自殺した坂井さんについて詳しい話を聞きたいと思っているんだけど、全然連絡がないわ。それに杉田君や木下君は一度も事務所に顔を見せていないわ。どうしてかしら?」
久保田が言った。
「仕方がありませんよ。政治的中立性を求められている一般職の公務員は政治行為が制限されていますから」米山が六法全書を開いて、地方公務員法第36条を説明した。
「市役所の中では、市長選に影響するような情報を外部に漏らさないようにと、緘口令が敷かれているらしいよ。特に、杉田や木下は甘木の中学時代の同級生ということで、二人の動向は総務部長や産業建設部長に監視されているらしいよ。市役所の中だけじゃないよ。杉田と木下の二人が甘木の事務所に出入りすれば、直ぐに井上市長の耳に届くからね。それというのも、向かい側にある居酒屋『寄り道』の防犯カメラが甘木の事務所に向けられているからね」高橋が言った。
「もしかして、この事務所の中に盗聴器が仕掛けられているってこともあるんじゃないかい?」
風間が心配になって、机の下を覗いた。
「ここには隠すものなんか、何もないわよ。むしろ、隠すことがあるのは井上陣営の方でしょう!」
久保田が言った。
「現在こちらが一歩リードしている状況を踏まえて、井上陣営は、これからどんな手を打ってくるんだろうか?」甘木が言った。
「恐らく実弾を用意すると思うよ」高橋が言った。
「実弾って現金のこと?」久保田が尋ねた。
「そう、現金を配って票を集めるんじゃないだろうか?」高橋が言った。
「それをやれば、買収罪になります」
米山修二は公職選挙法第221条から223条の買収罪について説明した後、
「このように買収罪は、数ある選挙違反の中でも、重い刑罰が科せられる悪質な選挙犯罪ですから、警察当局も厳しく取り締まっています。この買収罪は、買収した本人だけではなく、買収された人も同じ刑罰が適用されます。また、後援会、会社、労働組合、宗教団体、業界団体などの組織を使って選挙運動が行われている場合、後援会長など、その組織を総括する立場にある人が買収罪に問われ刑が確定すると、連座制が適用され、候補者の当選が無効になり、一定期間立候補できなくなります」と言って話を締めくくった。
「今の米山さんの説明だと、特定の候補者に投票をしてもらおうと有権者に直接、現金を配るというのは、受け取る側からすれば、かなり抵抗があるんじゃないだろうか?受ける方の立場から考えると、飲み食いなどの経費を負担してもらう供応接待の方が抵抗は少ないんじゃないだろうか?」
甘木が言った。
(作:橘 左京)