かわら版第5号を発行しました!
※上部の「かわら版5号ウェブ用」をクリックするとPDFファイルが開いて、ご覧いただけます。
また、かわら版5号は事務所前にて掲示、好評配布中です。
(代表 天野市栄)
| « 3月 | ||||||
| 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | 日 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | |||
| 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
| 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
| 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
| 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | |

※上部の「かわら版5号ウェブ用」をクリックするとPDFファイルが開いて、ご覧いただけます。
また、かわら版5号は事務所前にて掲示、好評配布中です。
(代表 天野市栄)
13日夕方のNHKのニュース番組で「12日投票が行われた統一地方選挙の前半戦で、41道府県議会議員選挙のうち38の道府県でこれまでで最も低くなり、全体の平均投票率も前回より3ポイント余り下がって45.05%となり過去最低を更新。また、10の知事選挙の投票率も前回より5ポイント余り下がって47.14%となり初めて50%を下回って過去最低を更新した。」との報道があった。有権者の半分以下しか投票していない選挙で選ばれた議員が果たして住民の代表者であると言えるのだろうか。代議制民主主義(間接民主主義)の土台を揺るがす異常事態である。
さて今回の統一地方選挙(前半選)の低投票率について、“今回の選挙”が盛り上がりに欠けていたとか、政策軸(争点)がはっきりしていなかったとか、とマスコミはいろいろとコメントを出しているが、低投票率は“今回の選挙”に限ってのことではない。今年は戦後70年になるが、70年という長い時間軸で見ると、国政選挙でも地方選挙でも投票率の低下傾向は顕著である。戦後の政治制度の根本原理である「国民主権」が制度疲労を起こしていることに気付くべきだ。
この点についての言説はまたの機会に譲ることとして、私が考える低投票率の要因分析に移りたい。総務省が公表した衆議院選挙の年代別(10歳刻み)の投票率の推移を見ると、1996年の選挙以降、20歳代、30歳代の投票率は全体よりも下回っている一方で、60歳代、50歳代が全体よりも上回っている。参議院選挙でも同じような傾向が見られる。投票に行かない若い世代の人たちに言いたい。あなたたちが政治(選挙)に無関心になればなるほど、あなたたちの老後の保障は先細りだ。現在の高齢者(年金受給者)と比較してみるとよく分かる。年金の支給開始年齢は徐々に繰り下がり支給される年金年額の水準(現役世代の所得代替率)は下がる。社会保険(公的保険)の保険料率は上がっている。医療機関の窓口で支払う自己負担額は、今年70歳に達した高齢者から2割負担(昨年までは1割負担であった。)、75歳からは1割負担となっている。あなたたちが高齢者になっても今の3割負担のままかもしれない。介護保険の保険料率も上がっている。高齢になって介護サービスを受けた時の自己負担額は、現在は1割負担(27年度からは高所得者の自己負担額は2割となる。)であるが、これが維持できないかもしれない。
なぜか。日本では少子高齢化が急速に進んでいるため、働く世代(=税金を納める世代)の人口(生産年齢人口)が減って、引退世代(=税金をもらう世代)の人口(老年人口)が増えているからだ。社会保障関係費のほとんどは老人3経費と言われる「年金、医療、介護」にかかる費用である。この老人3経費が毎年1兆円ずつ増えている。老人3経費の財源は掛け金のほか税金が充てられているが、税金だけでは不足するため足りない分は赤字国債(借金)を発行して資金を集めている。借金はいずれ税金を使って返さなければならない。借金を返すのは現在、働いて税金を納めている世代であり、将来働くことになる子どもたち(年少人口)である。
政治家は高齢者に対しては優しく、若者に対しては厳しい態度で臨む。なぜか。高齢者は人口も多く投票率も高い。一方、若者は人口は少なく投票率も低い。いつものことだが政治家は選挙の時に、票の多い方向に顔が向いている。「政治」を難しく考えることはない。要するに「誰からどのようにして税金を取るか。取った税金をどういう人たちにどのようにして配るか。」を決めているのが政治であり、この権限を行使できるのが政治家である。「政治」をこのように単純化して考えれば、若い人たちも選挙に無関心・無関係ではいられなくなるだろう。選挙になっても投票に行かない「あなた」。次回からは必ず投票に行こう。そうしないとあなたの老後が危ない。
(あとがき)
来夏の参議院選挙から投票年齢が繰り上がって18歳になるそうだが、大変結構なことである。いっそうのこと18歳未満の年少者にも選挙権を認めてはどうか。ただし選挙権を行使する人は保護者にする。税金(勤労所得課税)を支払っていない高齢者に選挙権を認めているのだから、同じく税金を支払っていない年少者にも選挙権を認めるのが合理的ではないか。日本国憲法が定める「国民主権」の“国民”は年齢で区別はしていないはずである。※次号に続く。
(代表 天野 市栄)
今回の県議選(統一地方選挙)。とかく立候補者の当落に関心が集まっているようだが、私はむしろ地元メディアが伝えるように今回行われた県議選が過去最低の投票率だった点に関心を寄せている。昨年12月に行われた衆議院選挙(小選挙区)の投票率も戦後最低の52.66%だった。今回の県議選は49.70%とこちらも過去最低の投票率を記録した。また、県議選と同時に行われた新潟市議選(政令市議選)の投票率も過去最低の43.66%だった。よく「地方自治は民主主義の学校」と言われるが、国政選挙と違って住民により身近な地方選挙の投票率が国政選挙よりも低く50%を割ったことの意味は大きく、衝撃的な出来事と受け止めている。
今年は戦後70年を迎える節目の年である。戦後の政治体制の根源的な枠組みを定めているのが日本国憲法である。その日本国憲法の前文に「…ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。…」とあり、国民主権と国民主権の具現化である代議制民主主義(議会制民主主義)を規定している。選挙によって国民(住民)の代表者を選ぶという代議制民主主義が今まさに存亡の危機に直面していると考えているのは私だけだろうか。※次号に続く。
(代表 天野 市栄)
第18回統一地方選挙の前半戦がスタートした。私が住む新潟県議会選挙も昨日(4月3日)告示された。地元メディアによれば、県議選の定数53人に対し、過去最少の73人が立候補を届け出て、全27選挙区のうち前回と同じ12選挙区で計16人が無投票当選した、と伝えている。私が住む阿賀野市選挙区でも久々の選挙であり、地元紙によれば16年振りの選挙戦だそうだ。現職と新人の一騎打ちという構図で市民・有権者の関心も高くなっている。
今回の県議選。いつものことだが候補者が各々の政策を提示して競うという姿がほとんど見られない。政党の公認候補であれば政党の政策をしっかりと示してほしい。無所属の候補であれば「県議会議員になって新潟県をこのように良くしたい、発展させたい。」という思いや夢を語ってほしい。
さて今回の県議選。県内の有権者が立候補者に求めている喫緊の政治課題がある。東京電力柏崎刈羽原発の再稼働問題への対応である。年内には原子力規制委員会の判断が示されるものと考えている。昨年の県議会でも、柏崎刈羽原発の再稼働のあたり県民投票を実施するという内容の条例を制定する直接請求が県民から出され議論された。(結果は否決)原発の再稼働問題は県民世論を二分する大きな政治課題である。東京電力福島第一原発の事故を思い起こせば分かるようにひとたび大きな事故が起きれば被害・損害は甚大で影響は県域だけでなく周辺の県域にも及ぶ。まして柏崎刈羽原発が立地する選挙区だけの問題でもない。原発再稼働は県政課題でもあり国政課題でもある。
県議選告示日を目前にした4月1日に、地元紙が県議選立候補予定者に対し柏崎刈羽原発に関するアンケートを行った。質問は3つあり、特に第1の質問「原子力規制委員会が適合と判断した場合に再稼働を認めるかどうか。」という質問に対して、自民党の公認候補のほとんど(4分の3、34人中26人)が無回答であった。自民党・安倍政権は再稼働容認・原発推進の立場である。明らかな争点隠しだ。地方統一選挙(県議選)は国政と連動している。美辞麗句をちりばめた政策を示して有権者に媚を売る選挙はもう終わりにして、しっかりと争点を示して戦ってほしい。
(あとがき)
新潟県議選では選挙公報は出していない。国政選挙でも、私が住む阿賀野市の市議会議員選挙でも選挙公報は出されている。どうして新潟県議選に選挙公報がないのか。地元紙の伝えるところによれば費用対効果の問題という。多額の公費(数千万円)を支出する割には効果が薄いというわけだ。これは表向きの話と理解している。県議会で圧倒的な多数を占めている自民党の県連幹部の話として、同じ地元紙にこんな記事が載っていた。「選挙では『義理・人情、恨み・つらみ』で票が動く。選挙公報を出せば民主党候補を利するだけだから認められない。」地方では、まだこんな時代遅れの選挙が堂々と行われている。(代表 天野 市栄)
この度、地域政党 日本新生のマスコットキャラクターに起用したシロフクロウの「ウィズ」君です。ペーパークラフトで作りました。娘(育児レポートでは「ウサギ」と呼んでいます。)に手作りのおもちゃを作ってあげたいとの思いから始めたペーパークラフトですが、今ではすっかりハマってしまいました。私がよく利用するサイトはキャノンのクリエイティブ・パークです。このシロフクロウの展開図はこのサイトにあるペーパークラフトのコーナーに掲載されています。このサイトでは、シロフクロウについて、次のように解説しています。
「日本では古くからフクロウを「不苦労」、「福籠」、「福老」などの当て字をふり、知恵の象徴、魔よけや招福の縁起物として親しまれてきました。欧米では古くから山の神様、知恵と信頼のシンボルや幸せを運ぶ鳥として信仰されてきました。 「シロフクロウ」は名前のとおり白色の羽毛に覆われた大型のフクロウで、北極圏のツンドラ地帯に分布します。また首は270度回転することができ、広範囲に察知することが出来ます。羽毛は白色で、足の指まで羽毛がはえており、短いくちばしも顔の羽毛の中に埋もれます。 フクロウとしては、珍しく日中でも活動する特徴があります。これは、北極圏の夏は夜がない白夜なので、ツンドラ、草原、湿地、岩場などの開けた場所に生息し、見通しの効く高い場所に止まって獲物を探したりする為です。狩りは朝夕に多く行われますが、日中でも活発に活動します。獲物は小型ネズミ類を主な餌とし、まれにカモ類などを食することもあります。」
「ウィズ」という名前はウィズダム(wisdom:知恵)から付けました。
ところで、このシロフクロウ。ハリー・ポッターシリーズで、主人公ハリーが飼うフクロウのヘドウィグがこのシロフクロウです。第1巻でルビウス・ハグリッドから、ダイアゴン横丁にあるイーロップのふくろう百貨店で購入し、ハリーに入学祝いとしてプレゼントされました。『ハリー・ポッター』シリーズではふくろうは魔法使いの手紙を運ぶ手段として位置づけられていて、ヘドウィグもハリーと友人等との手紙のやりとりを任されていました。シリウス・ブラックに手紙を届ける等、時にはかなり危険な仕事もありますが、仕事は確実にこなし、主人であるハリーによく懐いていました。(出典:ウィキペディア百科辞典「シロフクロウ」「ヘドウィグ」)
これからは、地域政党 日本新生の広報に一役買います。どうぞ、皆さん、よろしくお願いします。
(代表 天野 市栄)
気象庁の発表によれば3月23日に東京での桜の開花が観測されたようですが、私が住む新潟(阿賀野市)ではまだ桜の開花が観測されていません。民間の気象予報会社(ウェザーマップ)の今年の開花予想によれば、新潟は4月3日だそうです。
さて外の桜よりも一足早く事務所の桜が開花しました。昨日(3月30日)の朝、事務所に出勤したら生け花にした桜が一輪だけ咲いていました。暖房の効いた部屋なのでもうそろそろ開花する頃かな思っていたのですが、一輪だけ咲いていました。この生け花、実は私の作品です。花器と剣山は父から譲り受けました。父は若い頃に池坊を習っていたそうです。花木は実家からもってきたレンギョウ、桜、椿です。レンギョウが先に咲いて、次が桜で、その次が椿かな、と予想しています。私には流派はありません。野に咲く季節の花木や花を、あまり手を加えないで自然のままに使って、綺麗だ・美しいと私自身が感じる作品に仕上げたいと考えています。審査員は私です。
(代表 天野 市栄)
今年10月に新病院(あがの市民病院)が開院するが、残念ながら多くの市民が一番に望んでいる救急医療(二次救急)が可能となる医師を確保できていない。負担は増える(事業費=借金が当初の約 75億円から約 100億円に増嵩)一方で、医療水準が低いまま(救急医療ができない)では、到底、市民の理解は得られないだろう。
○新病院建設工事の不自然な入札結果
平成26年2月に新病院の入札が建築・電気設備・機械設備の3つの工事に分割されて行われた。3つの入札は、市内業者を必ず1者入れることを条件(制限付き一般競争入札)とし、3者で構成される特定共同企業体による入札方式で行われた。建築工事の入札は2月10日に特定共同企業体が1者しか参加しないなかで行われ、予定価格と極めて近い価格(99.9%)での落札となった。また2月20日に行われた電気設備・機械設備の2つの工事の入札は、特定共同企業体が2者しか参加しないなかで行われ、それぞれ98.3%、99.7%と高落札率となった。
予定価格に極めて近い落札額になったのはこれだけではない。平成24年6月22日に行われた水原中学校の校舎建築工事と同中学校屋体建築工事の落札率も、それぞれ99.3%(校舎)、99.9%(屋体)と極めて高い。
水原中学校や新病院のいずれも公共施設の建て替え工事のため、当然のことながら工事費(予定価格)は大きくなる。水原中学校は約31億円(H24/6/22執行分)、新病院は66億(H26/2/10,20執行分)と市が発注する公共工事としては、阿賀野市になってから初めての大型案件である。いずれの公共工事も田中市政になって起きた不自然な入札結果である。(市発注の公共工事の入札異常については、かわら版で後日詳しく説明したい。)
話は変わるが、1月24日に村岡公民館で行われた市議会報告会の席で、参加者から新病院の建設費高騰の理由について質問があり、この質問に対し市議会議長が「当初の計画(私が市長時代に建設コンサルの助言指導の下に策定した新病院建設基本計画のこと)について、経費など積算根拠が非常にずさんだった。設計単価、面積単価、労務単価見積がずさんだった」という回答をしたそうであるが(出席した弟からの情報提供)、何を根拠にそのような発言をしたのか議長の釈明を求めたい。(そういえばこの議長、郷病院の民営化協議の際には、根拠や対案を示すことなく一貫して反対の立場をとっていた。議員として資質が問われる問題発言だ。) (おわり)
(代表 天野 市栄)
~次回予告~
○町村時代のしがらみや地域エゴを背負った市議にコントロールされる田中市政の迷走と税金の不平等・不公平な配分の懸念
[特集 選挙と民主主義を考える二]
○「議員内閣制」で支えられる田中市政の予算(税金)の配分を巡るジレンマ
○平成24年に行われた市長選挙と市議選における票の貸し借りについての分析