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新潟県は平成の大合併の優等県である。平成の大合併により県内の市町村数は112 から3分の1以下の30になった。県内20市のうち対等合併(新設合併)で誕生した新市が11市ある(ただし南魚沼市は新設→編入であるが新設に含める。)この11市について、議員の「在任特例」適用の有無と特例期間は以下のとおり。
佐渡市 H16年3月1日合併 在任特例(適用せず)
阿賀野市 H16年4月1日合併 在任特例(適用7か月)
魚沼市 H16年11月1日合併 在任特例(適用6か月)
南魚沼市 H16年11月1日合併 在任特例(適用せず)
糸魚川市 H17年3月19日合併 在任特例(適用なし)
十日町市 H17年4月1日合併 在任特例(適用なし)
三条市 H17年5月1日合併 在任特例(適用12か月)
胎内市 H17年9月1日合併 在任特例(適用20か月)
五泉市 H18年1月1日合併 在任特例(適用22か月)
燕市 H18年3月20日合併 在任特例(適用7か月)
村上市 H20年4月1日合併 在任特例(適用なし)
※参考:「新潟県における平成の市町村合併誌」
新設合併で誕生した11市のなかで在任特例を適用したのは6市。阿賀野市は一番早く在任特例を適用した。それが悪い手本となって県内5市へと波及したようだ。特に下越地方の五泉市(在任特例22か月)や胎内市(在任特例20か月)の特例期間の長さが目立つ。「在任特例。みんなでやれば、怖くない!」「どこかで聞いたようなギャグだなあ。」(筆者の独り言)※この項終わり
(代表 天野 市栄)
阿賀野市議会では現在、議員定数についての検討を始めている。市議をしている弟から借りた資料を見て、改めて合併時に議員の在任特例を適用したことによる市の財政負担の重さを実感した。阿賀野市は平成16年(2008年)4月1日付けで当時の4か町村が対等な立場で合併(新設合併)して阿賀野市が誕生した。議員の身分については在任特例(7か月間)を適用して、当時の4か町村議員が合併と同時に自動的に市議会議員になった。議員定数が72人の大所帯である。現在の市役所本所(旧水原町庁舎)の議場では入り切れないため、山口町にある水原公民館を使用した。同年10月下旬に合併後最初の市議選(定数26人)が行われた。問題は在任特例期間中(7か月間)に支払われた多額の議員報酬である。議員報酬月額(総額ベース)について、平成16年4月(議員定数72人)と同年11月(同26人)の時点で比較した。
4月:約1400万円(14,378千円)
11月:約650万(6,503千円)
その差、実に2.2倍。在任特例を適用しなければ7か月で総額約5500万円(55,125千円)もの税金が節約できた。同年6月に支給された期末手当(民間企業の夏のボーナスにあたる。)を含めればもっと大きな金額になる。
在任特例を適用したことによるもう一つの税金の無駄遣いは、市議会議員選挙である。在任特例を適用しなければ、合併時に市長選挙と市議選挙が同時に行われたはずである。阿賀野市よりも1か月早く合併(平成16年3月1日)して誕生した佐渡市は、議員の在任特例を適用しなかったことから市長選と市議選が同時に行われた。阿賀野市では市長選と市議選とで実施時期が半年間ずれていることから、1回で済む選挙が2回に分けて行われている。これが4年ごとに繰り返されている。参考までに平成24年4月の市長選挙と同年10月の市議選挙の選挙費用(当初予算額ベース)は以下のとおり。
4月市長選:約2500万円(24,961千円)
10月市議選:約3800万円(37,968千円)
市長選と市議選を4月に同時実施していれば、選挙費用はもっと安くなったはずである。
この税金の無駄遣いが4年ごとに繰り返されている。旧4か町村議員のエゴが市の財政負担を重たくしている。現在、阿賀野市議会では旧4か町村議員出身者が13人もいる。議席占有率は実に65%。この件について、一市民として旧4か町村議員出身市議の釈明を求めたい。
(代表 天野 市栄)
「大阪都構想」が政争の具(政局)になったことは大変残念なことである。「大阪都構想」を実現させるための法律(大都市地域特別区設置法)が民主党政権下の2012年8月、民主、自民、公明など各党の賛成で成立した。これは国政政党「日本維新の会」の共同代表である(当時)橋下徹大阪市長を地元大阪にくぎ付けにしておけば国政への転身を阻止できるとの思惑があったものと考えている。
2012年12月の総選挙で自民党が政権を奪還し第2次安倍政権が誕生すると事情が変わってくる。安倍政権が「戦後レジームからの脱却」の本命にしているのが憲法改正(特に9条改正)である。憲法改正の発議には衆参両議院の総議員の3分の2以上の賛成が必要である。与党議員(自民・公明)が大多数を占める衆議院では3分の2の要件はクリアできるが、参議院では野党の協力がないと成立しない。そこで安倍政権が考えたのが、憲法改正に前向きな「日本維新の会」への接近である。
「大阪都構想」への対応では自民党は本部・官邸と大阪府連(地方組織)とでねじれが生じた。本部・官邸は「支持」、府連は「不支持」と対応が分かれた。一方、公明党や日本維新の会を除く他の野党の対応は「不支持」で一致。政策的には「水と油」の関係にある自民党(大阪府連)と共産党が共同歩調をとって「反対」運動を繰り広げた。なぜか。「大阪都構想」が実現すれば、それを手土産に橋本徹氏が国政に転身し、日本維新の会が勢力を拡大することを恐れたのである。自民(大阪府連)、公明や野党の脳裏には、来夏の参議院選、次の衆議院選(ダブル選挙になる?)で日本維新の会の勢力が強い近畿圏の選挙区で議席を独占。なんていう悪夢が過ったにちがいない。だから、橋下つぶし(橋下氏の政界からの引退を企図)に動いた。特に野党第1党の民主党が第2の日本維新会に抱く危機感は相当なものと推察している。
「大阪都構想」は、大阪市民(有権者数210万4076人)が自分たちの住むまちが将来においても繁栄(発展)させるためにはどうしたらよいのか。現状の形(大阪市)のままがいいのか。それとも形を変えた(大阪都)方がよいのかを考える機会を提供してくれた。これは、まさに「自分たちのことは自分たちで決める。」という地方自治の本旨を具現化したものであった。それが政局によって歪められたことは大変不幸なことである。(この項終わり)
(あとがき)
私も市長として阿賀野市政を担当していた頃(平成20年4月~平成24年4月)に、市立病院の公設民営化(施設の老朽化による建て替えと民間医療機関への経営委託)問題が、市民不在の政争の具にされたことが思い出される。前市政の時に市立病院の常勤医師が半減し救急医療が停止した。病院経営の慢性的な赤字解消と老朽化した病院の建て替えという難問を解決するために、前市政で窮余の策として打ち出されたのが市立病院の公設民営化だ。私はその政策を継承した。一方で、同じく前市政で地域振興策として打ち出された「道の駅」構想は中止した。
平成20年4月の市長選挙では、私と前市長の後継指名を受けた副市長経験者との一騎打ちであった。当時の市議の多く(20人)は副市長経験者を推したが、結果は私が当選。反市長派の市議は、私が「道の駅」構想の中止を選挙公約にして当選したことへの腹いせとばかりに、市立病院の公設民営化を政治闘争の道具として利用した。反対闘争の中心になったのが合併前の旧4か町村議員出身市議であった。この「道の駅」構想は旧4か町村時代に生まれた開発構想である。田中市政になってからは「市政」から旧4か「町村政」に戻った感じがする。ここで旧4か町村時代が恋しい町村議員出身市議に提案。いっそのこと市政を廃止し旧4か町村政に戻したらどうか。議員の数は元に戻るぞ。
(代表 天野 市栄)
「大阪都構想」は、「今」を選択するのか「将来」を選択するのかを問うものであった。現役世代(働いている世代)の多くは賛成票を投じ「将来」を選択した。一方、年金世代(高齢者)の多くは反対票を投じ「今」を選択した。有権者数と高い投票率で勝る高齢者の反対票が賛成票をわずかに上回り「大阪都構想」が廃案となった。
反対票を投じ「今」を選択した高齢者の多くは、大阪市が無くなって代わりに設置される5つの特別区(地方自治体)間に行政サービスに格差が生じるのではないかという不安を抱いている。行政サービスの主な財源は特別区ごとに徴収する税収である。この税収に格差で出てくることによって行政サービスにも格差が生じるというものだ。もっともらしい理屈のようにみえるが全くのウソである。産業構造、就業構造、生産年齢人口比率などによって、自治体ごと税収(個人・法人住民税)に差が出てくるのは当然である。しかし住民生活に必要な、いわば「これがないと困る」行政サービスは全国どこの自治体に住んでいても同じ水準で提供される。なぜか。住民生活に必要な行政サービスを提供できない税収不足の自治体に対しては、「地方交付税」という使い道が自由なお金が国から支給されるからである。この「地方交付税」は、いわば国から税収不足の自治体に支給される「生活保護費」のようなお金である。
一方、賛成票を投じ「将来」を選択した現役世代の多くは、自分たちや子どもの将来に不安を抱いている。人口減少(=生産年齢人口の減少)による税収不足によって、年金、医療、介護といった老後の社会保障の水準が「今」よりも引き下げられることが確実だからだ。年金の支給開始年齢の繰り下げ、公的医療保険・介護保険の掛け金率の引き上げ、医療機関で支払う自己負担が70歳以降も3割のままなのではないかという懸念、などなど。「このままではだめだ。」との危機意識から、「今」を変えて「将来」に希望を託して、「現状維持よりも変革」の道を選んだものと考えている。
人口が減っても(ただし早い段階で人口減少を止める必要はある!)も老後の給付水準を現在と同程度に維持する方法はあるのか。(???)答えは「イエス」。日本人の労働生産性を上げて1人当たりの稼ぎ(1人当たりの国民所得)を引き上げれば、現在の社会保障の水準は維持できる。(※参考)2012年の労働生産性の国際比較では、日本は先進主要国(15か国)中4位(日本生産性本部資料による)。2013年の1人当たりの国民所得の国際比較では、日本は164か国中15位。(WHO世界保健統計2013年版による)※次号に続く。
(あとがき)
景気回復によって税収が増えてくるというような論調もあるが、長い時間軸で国の税収と社会保障費の伸びを見ると「ワニの口」になっている。上あごは社会保障費(ほとんどは年金、医療、介護の老人3経費)の増加、下あごは税収の減少である。毎年多額の赤字国債を発行して(借金をして)、社会保障費の財源不足を補って(ワニの口を閉じて)いる。借金は税金で返済しなければならない。借金を返すための税収が不足しているので新たに借金をする。こうして国の借金はゆきだるま式に増えて今や1058兆円。この膨大の国の借金を引き受けているのが日銀(直接引き受けではない。あくまでも市場を通してではあるが…)だ。日銀の国債保有残高は今や226兆円(2015年5月12日付け日銀公表資料による)「どうなるのか日本の財政。サラ金みたいに自己破産はできないぞ!」(代表 天野 市栄)
昨日、大阪府と大阪市の二重行政を解消するため、現在の大阪市を解体し5つの特別区に再編する大阪都構想(行政機構の改変)の是非を問う住民投票が行われた。結果は「反対」が70万5585票、「賛成」が69万4844票で、「反対」が「賛成」を僅差で上回り大阪都構想は否決された。
「地方からこの国のかたちを変える。地方が変われば国も変わる。まずは地方を変えよう。」とのスローガンのもと、2011年7月に発足した地域政党「日本新生」は、これまで地域政党「大阪維新の会」が進めようとしていた「大阪都構想」の動向を注視してきた。 今回の住民投票結果について、「大阪市民(有権者数210万4076人)は「現状維持」を選択した。」というようなマスコミ報道もあるが、私はそのようには理解していない。
今回の住民投票の投票率が66.83%と、先月、統一地方選挙で行われた大阪市議会議員選挙の投票率を18ポイント余りも上回ったことからも分かるように、「大阪都構想」に対する市民の関心の高さが伺われる。市議会議員選挙は「人」を選択する選挙であるが、今回の住民投票は「政策」を選択する選挙であった。「人」を選ぶ選挙では候補者の「公約(政策)」よりも地縁・血縁や義理・人情が優先されがちだが、今回の住民投票にはそういったしがらみは全くない。自分たちがいま住んでいるこの街、大阪市の将来の姿を見据えたなかでの「政策」選択であった。今回の住民投票は「自分たちのことは自分たちで決める。」という「住民自治」の真骨頂を見せてくれた。決して現状に満足(現状維持)して反対票を投じたのではない。多くの有権者は現状に不満はあるものの行政機構(大阪府・市)まで改変する必要はないとの判断が働いたものと考えている。特に有権者数も多く投票率も高い高齢者はそのような判断をした人が多かったのではないかと考えている。
さて、話変わって私が住む阿賀野市は、平成16年4月1日に旧4か町村が合併して誕生した。行政の枠組み、「形」が変わって12年目に入ったが、住民の「意識・考え」の根底にはまだ旧4か町村時代の残像が色濃く残っているようだ。特に選挙の時になるとそのことを強く感じる。阿賀野市の誕生にあたり「大阪都構想」のような住民投票は行っていないが、住民の代表者(議員)で構成される旧4か町村議会で合併議決をしたのである。だからこそ今の阿賀野市が存在している。しかし現在の市議会の構成を見れば旧4か町村議員出身者が7割も占めている。その市議たちに操られている田中市政を見ると旧4か町村時代に戻ったような政策変更が行われている(敬老会、公共施設再編整備計画など)。まるで先祖返りだ。旧4か町村議員出身市議に聞きたい。あなた達の本心は「合併したくなかった。」のではないか。※次号に続く。
(代表 天野 市栄)
今日の地元紙朝刊に統一地方選挙後半戦の1市長選挙と8市町村議員選挙の投開票結果が載っていた。投票率は58.17%。前半戦と合わせた全体の投票率が49.59%と5割を割ったことを大きな見出しで伝えている。国政選挙・地方選挙の投票率の低下傾向についての分析は後日改めてブログで取り上げたい。4月21日付けブログ(こちらを参照)で言及した長岡、新発田、柏崎の3市の市議選の結果は次のとおり。
最初に長岡市議選(定数34-40)。最初の合併(10年経過)から3回目、最後の合併(5年経過)から2回目。競争率(立候補者数/定数、以下同じ。)は1.18倍。新人の当選率(当選者数/立候補者数、以下同じ。)は50%(当選6人、落選6人)。現職の当選率は100%(当選28人、落選0人)。新旧交代率(全市議に対する合併後に当選した市議の占める割合、以下同じ。)は41.2%(新14人、旧20人)。
次に新発田市議選(定数27-29)。最初の合併(11年経過)から3回目、最後の合併(9年経過)2回目。競争率は1.07倍。新人の当選率は75%(当選6人、落選2人)。現職の当選率は100%(当選21人、落選0人)。新旧交代率は55.6%(新15人、旧12人)。新旧交代率が5割を超えた。
最後に柏崎市議選(定数26-32)。合併(9年経過)から3回目。競争率は1.23倍。新人の当選率は70%(当選7人、落選3人)。現職の当選率は85.8%(当選18人、落選3人)他に元職1人が当選。新旧交代率は57.7%(新15人、旧11人)。新旧交代率が5割を超えた。
参考までに阿賀野市議選(H24年10月の選挙時点で検証)。合併(8年経過)から3回目。競争率は1.1倍。新人の当選率は66.7%(当選4人、落選2人。ただし4月の補選当選者を含めた。)。現職の当選率は100%(当選16人、落選0人)。新旧交代率は35.0%(新7人、旧13人)。新旧交代率が5割以下。
今回、長岡、新発田、柏崎の3市の選挙結果と前回の阿賀野市議選(H24年10月当時)を比べてみると、新人の当選率は4市とも現職よりも低い。長岡、新発田、阿賀野の現職当選率はなんと100%。新人候補にとって地方選挙はハードルが高いのか。現職の当選率が高いのは選挙結果を見越して引退(不出馬)を決めた現職もいたのではないかと見ている。次に新旧交代率。合併後10年程度経過すると5割を超えてくるようだ(新発田・柏崎)。次回の阿賀野市議選は来年(平成28年)の10月。合併12年を経過して行われる市議選である。次回市議選では議員定数の見直し(削減)も行われるようであるが、党としても阿賀野市議会の新旧交代率が50%を超えるよう新人候補の発掘に向けて取り組んでいきたい。※次号に続く。
(代表 天野 市栄)
先日、事務所の郵便受けポストを開けたら1通の手紙が入っていました。このポストは市政目安箱としても使用していることから、市政情報についての投書かなと思い封を開けたら励ましのお便りでした。匿名でのお便りでしたが、このお手紙を読んで元気と勇気を頂きました。この方は前回の市長選挙では知人に頼まれて田中氏に1票を投じたそうですが、今は後悔しているとのことでした。私が市長をしている頃と比べて、田中市長の市政運営に対し市議会やマスコミも騒いでいないことからうまくいっているものと思っていたようです。ところが「かわら版」を読むようになってからは、田中市政にとても不安を感じているとのことでした。今後とも田中市政を監視して、「かわら版」でその暗部に切り込んでほしいという激励をいただきました。
「かわら版」でも何度かお知らせしているとおり、現在の市議会は田中市政に対しほとんどノーチェックです。議会が本来有する行政の監視機能がほとんど働いていないです。議会で市政の問題点が議論・指摘されないことから、当然のことながらマスコミ報道もありません。ですから問題なく市政が運営されているものと市民は思ってしまうのです。私は、議会が本来有する行政の監視機能がほとんど働いていない現状を憂い、市民オンブズマンという立場で田中市政を監視しています。4年間の市長経験と市議をしている弟からの情報提供をもとに、田中市政の「不都合な真実」を市民の皆さまにお知らせしたく「かわら版」を発行することにしました。匿名のためブログでの返事となりますがお便りをくださってありがとうございました。
「義を見てせざるは勇無きなり」
「市長経験者だからこそ分かる、見える田中市政の『不都合な真実』」
「市議の目はごまかせても、私の目はごまかせない!」
(あとがき)
この匿名のお便りに質問が1つあったので回答したい。かわら版では「田中市長」ではなく「田中市政」との記述が多いようだが何か意味があるのかという質問である。もともと市長の田中清善氏は、阿賀野市をこのような街に発展・繁栄させたいという思いや夢(ビジョン)があって市長になったのではない。市長派市議(ほとんどが合併前の旧4か町村議員出身者)が自分たちの思い通りに市政を運営したいと考え、自分たちの言うことを聞く、自分たちがコントロールできる人物を擁立し市長に当選させた。田中市長は市長派市議に操られている人形である。政策スタンスの全く異なっている市議が人形の糸を勝手に操っているのだから時々変な動きをする。「田中市政」は意思を持たない人形(田中市長)と勝手に糸を操る取り巻き市議が演ずる人形劇である。
(代表 天野 市栄)
4月1日付けのブログ「市政かわら版第4号」で、阿賀野市議会では議員の新陳代謝(新旧交代)が進まず(合併後に当選した市議の議席占有率は35%)、議員の高齢化が進行している現状をお伝えしたが、これが阿賀野市議会特有の現象なのか、阿賀野市と同じ平成の大合併で誕生した新市(新潟県内に17市ある。)共通の現象なのか、現在調査中である。調査結果についてはブログ(かわら版)で読者の皆さんにお知らせしたい。
今日(4月21日)は第18回統一地方選後半戦の町村議員選挙が告示日である。新潟県内では田上町など5町村議選が告示される。先日、日曜日(4月19日)には加茂市長選と5市(長岡、新発田、柏崎、小千谷、加茂)の市議選が告示された。5市のうち長岡、新発田、柏崎の3市は平成の大合併で誕生した新市である。3市とも人口規模の大きな旧市が周辺の小規模市町村を編入(いわゆる吸収合併)して誕生した新市である。果たして合併後、市議会議員の新陳代謝(新旧交代)が進んでいるのか、立候補時点で検証してみることにした。
まずは長岡市議選についてである。長岡市は3段階の合併を経て誕生した新市である。人口は約28万人の県内第2の人口規模を持つ。今回の市議選は最初の合併(10年経過)から数えて3回目、最後の合併(5年経過)から数えて2回目にあたる。今回の市議選の立候補者数は40人(定数は34人)。当選回数が3回以上の立候補者17人と当選回数2回以下の立候補者から合併前の旧市町村議員の経歴(注:地元紙の報道記事を参考にした。以下同じ。)を持つ者3人を加えると20人になる。この20人を合併前の旧市町村議員出身者とみなすと立候補者に占める旧市町村議員出身市議が占める割合(占有率。以下同じ)は50%。これに対して新人(12人)の占有率は30%である。極端な想定かも知れないが、仮に新人全員が旧市町村議員出身の現職と入れ替わった場合の新旧交代率(ここでは全市議に対する合併後に当選した市議の占める割合と定義する。以下同じ。)50%となる。果たして結果はどうなるか。
次に新発田市議選についてである。新発田市は2段階の合併を経て誕生した新市である。人口は10万人。今回の市議選は最初の合併(11年経過)から数えて3回目、最後の合併(9年経過)から数えて2回目にあたる。今回の市議選の立候補者数は29人(定数は27人)。当選回数が3回以上の立候補者9人と当選回数2回以下の立候補者から合併前の旧町村議員の経歴を持つ者3人を加えると12人になる。この12人を合併前の旧市町村議員出身者とみなすと立候補者に占める旧市町村議員出身市議の占有率は41.4%。これに対して新人(8人)の占有率は27.6%である。新人全員が旧市町村議員出身の現職と入れ替わった場合の新旧交代率は58.6%となる。果たして結果はどうなるか。
最後に柏崎市について検証する。柏崎市は平成17年5月1日に周辺の高柳町と西山町を編入して誕生した新市である。人口は9万人。今回の市議選は合併(9年経過)から数えて3回目、今回の市議選の立候補者数は32人(定数は26人)。当選回数が3回以上の立候補者11人と当選回数2回以下の立候補者から合併前の旧町村議員の経歴を持つ者2人を加えると13人になる。この13人を合併前の旧市町村議員出身者とみなすと立候補者に占める旧市町村議員出身市議の占有率は40.1%。これに対して新人(10人)の占有率は31.3%である。10人の新人全員が旧市町村議員出身の現職と入れ替わった場合の新旧交代率は76.9%となる。果たして結果はどうなるか。
阿賀野市議会についても前回市議選(平成24年10月実施、合併後3回目の選挙)の立候補時点での同様な検証を行ってみる。当時の市議選の立候補者は22人(定数は20人)。当選回数が3回以上の立候補者11人と当選回数2回以下の立候補者から合併前の旧町村議員の経歴を持つ者2人を加えると13人になる。この13人を合併前の旧市町村議員出身者とみなすと立候補者に占める旧市町村議員出身市議の占有率は59%。これに対して新人(同年4月の補欠選挙当選者2人を加えて6人とする。)の占有率は27.3%である。6人の新人全員が旧市町村議員出身の現職と入れ替わっていれば、新旧交代率が75%となるはずであったが、結果は新人2人が落選し新旧交代率が35%にとどまっている。
阿賀野市と今回市議選が行われる3市の市議選を立候補時点で比較した場合、新人立候補者の割合が低い点があげられる。加えて合併後2回目の市議選が定数4人減(26人⇒22人)にもかかわらず無投票当選。旧町村議員出身市議6人が引退し代わって旧町村議員出身者2人が当選した特殊事情により新旧交代率が低いままになっている。「たられば」の話になるが、平成24年10月に行われた前回市議選で新人全員が当選していれば新旧交代率が75%となり、おそらくは平成の大合併で誕生した新市のトップクラスの新旧交代となったはずである。阿賀野市では新人候補が出にくい政治風土があるのだろうか。
(あとがき)
平成の大合併で誕生した17の新市について、編入合併(吸収合併)によるものが6市、新設合併(対等合併)によるものが11市ある。合併の形態や合併後の議員定数削減などの状況も踏まえて、17市の議会議員の新旧交代を調査している。調査結果についてはこのブログ(市政かわら版)でお知らせしたい。(代表 天野 市栄)