2026年10月
« 3月    
月 火 水 木 金 土 日
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

ブログ

財政破たんした北海道夕張市の現在・過去・未来を考える(その2)

2015年6月10日トピックス

■炭鉱で栄えた街、夕張市
 夕張市は明治初期から炭鉱の街として栄えた街だ。1888(明治21)年に大鉱脈の発見に伴い多数の炭鉱が拓かれ、国内有数の産炭地として活況を呈した。1960(昭和35)年には夕張鉱業所(北炭)・平和鉱業所(北炭)・大夕張鉱業所(三菱)の三大鉱業所を中心に関連産業も発達し、この年に市の人口も116,908人と最多となった。

 しかし、昭和30年代後半以降エネルギー革命が進行、海外炭との競争、相次ぐ事故、国の石炭政策の後退に直面。その後の鉄鋼不況により需要は伸びず、1973(昭和48)年の大夕張鉱業所の閉鎖を機に閉山が相次ぎ、さらに1981(昭和56)年には市内屈指の規模を持つ北炭夕張新炭鉱でガス突出事故が発生。運営会社が倒産するなど石炭産業の衰退に拍車がかかった。安価・良質な海外資源へのなだれ現象、そして政府の合理化政策の前に各炭鉱の経営はジリ貧となり、企業は国内の炭鉱から次々と撤退。国内第一の規模・炭質を誇った夕張もその例外ではなかった。1990(平成2)年に最後まで残っていた三菱石炭鉱業南大夕張炭鉱が閉山した。

 元々炭鉱により開かれた夕張市は、大規模な農業にも向かない地域だった上に石炭産業以外の産業基盤がなかったことから、働き手の若者が雇用を求めて都市へ流出し人口が激減した。街には高齢者が残る結果となり、急速に少子高齢化が進んだ。最盛期からの夕張市の人口減少率は全国の自治体でもトップクラスである。(2015(平成27)年5月時点の人口は9,295人。55年間で人口がなんと10分の1以下になった!)現在は気温の寒暖差を生かしたメロン栽培(夕張メロン)、花畑牧場、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭など観光の町として町おこしを進めているが厳しい状況にある。
※次号に続く。  *出典:ウィキペディア フリー百科辞典
(代表 天野 市栄)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

財政破たんした北海道夕張市の現在・過去・未来を考える(その1)

2015年6月8日トピックス

■はじめに 
 高級メロンの代名詞になっている赤い果肉のマスクメロン「夕張メロン」の初競りが、先月22日に札幌市中央卸売市場で行われ、2玉150万円の高値で落札された。競りでは新潟県内のスーパーが札幌市内の仲卸会社を経由して落札した。新潟県内のスーパーが落札したこともあって、地元地方紙にも大きく取り上げられた。この「夕張メロンは」ご存知のとおり北海道夕張市が生産地である。また夕張市は高倉健(故人)主演の「幸福の黄色いハンカチ」の舞台になった街でもあり映画ファンならご存知の地名である。

 その夕張市の財政破たんが起きたのが2007(平成19)年である。2006(平成18)年には深刻な財政難のあおりを受け、2007(平成19)年3月6日付けで地方財政再建促進特別措置法(現在は廃止)に基づく「財政再建団体」に指定され事実上財政破たんした。夕張市の財政破たんが契機となって「地方公共団体の財政の健全化に関する法律」が新たに制定された。夕張市はこの財政健全化法が完全施行された2009(平成219年4月1日からは「財政再生団体」となり、「財政再生計画」を策定して財政再建に取り組んでいる。この財政再生計画が終了するのが2027(平成39)年3月と、実に18年間という長い期間だ。財政健全化法の施行後、「財政再生団体」に指定されたのは全国で夕張市だけである。

 夕張市の財政の窮状をなんとかしようと奮闘しているのが青年市長の鈴木直道氏(現在34歳)だ。鈴木市長は東京都庁職員出身で石原東京都政時代に夕張市に2度派遣された異色の経歴を持つ。鈴木直道氏は2010年11月30日に東京都を退職し、翌年4月に実施された夕張市長選挙で新人3人の対決を制して初当選した。現在2期目。

 夕張市のホームページを見ると、トップページに「夕張市の借金時計」というバナーがある。このバナーをクリックすると、借金の種類と会計別に借金の残高が1秒毎に示されている。本日(6月8日)12時時点の借金は、再生振替特例債(財政再生団体に認められる赤字地方債)が275億9928万円、再生振替特例債を含む一般会計の借金が387億13万円、全会計(一般会計+特別会計+企業会計)の借金は408億614万円である。今回からシリーズで財政破たんした北海道夕張市の「現在・過去・未来」を私見を交えてお伝えしたい。※次号に続く。

(あとがき)
 今年4月に行われた夕張市長選挙は鈴木直道氏が無投票で再選された。財政再建の終了まであと12年もかかる難題に果敢に取り組もうという意欲ある人材(特に若者)が現職以外にいなかったのではないかと考えている。それを裏付ける資料がある。国立社会保障・人口問題研究所が2013(平成25)年3月27日に公表した市区町村別の推計人口である。夕張市の人口(今と将来)みると、2015年の推計人口が9,257人。25年後の2040年の推計人口が3,883人。減少率が58.1%。働いている世代(人口▼65.3%)とこれから働く世代(人口▼67.3%)の人口減少が顕著だ。
~「誰が返すのかこの借金!こんな街に住みたくないと言って若者は出ていく。こんな街には生まれたくないといって子どもの数は減っていく。」~
(代表 天野 市栄)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

かわら版第7号を発行しました。

2015年5月29日トピックス

かわら版7号(図説)20150529_09331930

※本日中に事務所前にて掲示・配布予定。

posted by 地域政党 日本新生 管理者

合併前旧4か町村議員の大罪を暴く~議員の在任特例が与えた市の財政負担の重さ(その2)

2015年5月28日トピックス

 新潟県は平成の大合併の優等県である。平成の大合併により県内の市町村数は112 から3分の1以下の30になった。県内20市のうち対等合併(新設合併)で誕生した新市が11市ある(ただし南魚沼市は新設→編入であるが新設に含める。)この11市について、議員の「在任特例」適用の有無と特例期間は以下のとおり。
  佐渡市   H16年3月1日合併  在任特例(適用せず)
  阿賀野市  H16年4月1日合併  在任特例(適用7か月)
  魚沼市   H16年11月1日合併  在任特例(適用6か月)
  南魚沼市  H16年11月1日合併  在任特例(適用せず)
  糸魚川市  H17年3月19日合併  在任特例(適用なし)
  十日町市  H17年4月1日合併  在任特例(適用なし)
  三条市   H17年5月1日合併  在任特例(適用12か月)
  胎内市   H17年9月1日合併  在任特例(適用20か月)
  五泉市   H18年1月1日合併  在任特例(適用22か月)
  燕市     H18年3月20日合併  在任特例(適用7か月)
  村上市   H20年4月1日合併  在任特例(適用なし)
  ※参考:「新潟県における平成の市町村合併誌」

 新設合併で誕生した11市のなかで在任特例を適用したのは6市。阿賀野市は一番早く在任特例を適用した。それが悪い手本となって県内5市へと波及したようだ。特に下越地方の五泉市(在任特例22か月)や胎内市(在任特例20か月)の特例期間の長さが目立つ。「在任特例。みんなでやれば、怖くない!」「どこかで聞いたようなギャグだなあ。」(筆者の独り言)※この項終わり
(代表 天野 市栄)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

阿賀野市合併前の旧4か町村議員の大罪を暴く~議員の在任特例が与えた市の財政負担の重さ(その1)

2015年5月27日トピックス

 阿賀野市議会では現在、議員定数についての検討を始めている。市議をしている弟から借りた資料を見て、改めて合併時に議員の在任特例を適用したことによる市の財政負担の重さを実感した。阿賀野市は平成16年(2008年)4月1日付けで当時の4か町村が対等な立場で合併(新設合併)して阿賀野市が誕生した。議員の身分については在任特例(7か月間)を適用して、当時の4か町村議員が合併と同時に自動的に市議会議員になった。議員定数が72人の大所帯である。現在の市役所本所(旧水原町庁舎)の議場では入り切れないため、山口町にある水原公民館を使用した。同年10月下旬に合併後最初の市議選(定数26人)が行われた。問題は在任特例期間中(7か月間)に支払われた多額の議員報酬である。議員報酬月額(総額ベース)について、平成16年4月(議員定数72人)と同年11月(同26人)の時点で比較した。
  4月:約1400万円(14,378千円)
  11月:約650万(6,503千円)
 その差、実に2.2倍。在任特例を適用しなければ7か月で総額約5500万円(55,125千円)もの税金が節約できた。同年6月に支給された期末手当(民間企業の夏のボーナスにあたる。)を含めればもっと大きな金額になる。

 在任特例を適用したことによるもう一つの税金の無駄遣いは、市議会議員選挙である。在任特例を適用しなければ、合併時に市長選挙と市議選挙が同時に行われたはずである。阿賀野市よりも1か月早く合併(平成16年3月1日)して誕生した佐渡市は、議員の在任特例を適用しなかったことから市長選と市議選が同時に行われた。阿賀野市では市長選と市議選とで実施時期が半年間ずれていることから、1回で済む選挙が2回に分けて行われている。これが4年ごとに繰り返されている。参考までに平成24年4月の市長選挙と同年10月の市議選挙の選挙費用(当初予算額ベース)は以下のとおり。
  4月市長選:約2500万円(24,961千円)
  10月市議選:約3800万円(37,968千円)
 市長選と市議選を4月に同時実施していれば、選挙費用はもっと安くなったはずである。
 この税金の無駄遣いが4年ごとに繰り返されている。旧4か町村議員のエゴが市の財政負担を重たくしている。現在、阿賀野市議会では旧4か町村議員出身者が13人もいる。議席占有率は実に65%。この件について、一市民として旧4か町村議員出身市議の釈明を求めたい。
(代表 天野 市栄)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

大阪都構想の住民投票結果について~”形”は変えられなかったが”心”は変えることができた(その3)

2015年5月21日トピックス

 「大阪都構想」が政争の具(政局)になったことは大変残念なことである。「大阪都構想」を実現させるための法律(大都市地域特別区設置法)が民主党政権下の2012年8月、民主、自民、公明など各党の賛成で成立した。これは国政政党「日本維新の会」の共同代表である(当時)橋下徹大阪市長を地元大阪にくぎ付けにしておけば国政への転身を阻止できるとの思惑があったものと考えている。

 2012年12月の総選挙で自民党が政権を奪還し第2次安倍政権が誕生すると事情が変わってくる。安倍政権が「戦後レジームからの脱却」の本命にしているのが憲法改正(特に9条改正)である。憲法改正の発議には衆参両議院の総議員の3分の2以上の賛成が必要である。与党議員(自民・公明)が大多数を占める衆議院では3分の2の要件はクリアできるが、参議院では野党の協力がないと成立しない。そこで安倍政権が考えたのが、憲法改正に前向きな「日本維新の会」への接近である。

 「大阪都構想」への対応では自民党は本部・官邸と大阪府連(地方組織)とでねじれが生じた。本部・官邸は「支持」、府連は「不支持」と対応が分かれた。一方、公明党や日本維新の会を除く他の野党の対応は「不支持」で一致。政策的には「水と油」の関係にある自民党(大阪府連)と共産党が共同歩調をとって「反対」運動を繰り広げた。なぜか。「大阪都構想」が実現すれば、それを手土産に橋本徹氏が国政に転身し、日本維新の会が勢力を拡大することを恐れたのである。自民(大阪府連)、公明や野党の脳裏には、来夏の参議院選、次の衆議院選(ダブル選挙になる?)で日本維新の会の勢力が強い近畿圏の選挙区で議席を独占。なんていう悪夢が過ったにちがいない。だから、橋下つぶし(橋下氏の政界からの引退を企図)に動いた。特に野党第1党の民主党が第2の日本維新会に抱く危機感は相当なものと推察している。

 「大阪都構想」は、大阪市民(有権者数210万4076人)が自分たちの住むまちが将来においても繁栄(発展)させるためにはどうしたらよいのか。現状の形(大阪市)のままがいいのか。それとも形を変えた(大阪都)方がよいのかを考える機会を提供してくれた。これは、まさに「自分たちのことは自分たちで決める。」という地方自治の本旨を具現化したものであった。それが政局によって歪められたことは大変不幸なことである。(この項終わり)

(あとがき)
 私も市長として阿賀野市政を担当していた頃(平成20年4月~平成24年4月)に、市立病院の公設民営化(施設の老朽化による建て替えと民間医療機関への経営委託)問題が、市民不在の政争の具にされたことが思い出される。前市政の時に市立病院の常勤医師が半減し救急医療が停止した。病院経営の慢性的な赤字解消と老朽化した病院の建て替えという難問を解決するために、前市政で窮余の策として打ち出されたのが市立病院の公設民営化だ。私はその政策を継承した。一方で、同じく前市政で地域振興策として打ち出された「道の駅」構想は中止した。
 平成20年4月の市長選挙では、私と前市長の後継指名を受けた副市長経験者との一騎打ちであった。当時の市議の多く(20人)は副市長経験者を推したが、結果は私が当選。反市長派の市議は、私が「道の駅」構想の中止を選挙公約にして当選したことへの腹いせとばかりに、市立病院の公設民営化を政治闘争の道具として利用した。反対闘争の中心になったのが合併前の旧4か町村議員出身市議であった。この「道の駅」構想は旧4か町村時代に生まれた開発構想である。田中市政になってからは「市政」から旧4か「町村政」に戻った感じがする。ここで旧4か町村時代が恋しい町村議員出身市議に提案。いっそのこと市政を廃止し旧4か町村政に戻したらどうか。議員の数は元に戻るぞ。
(代表 天野 市栄)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

大阪都構想の住民投票結果について~”形”は変えられなかったが”心”は変えることができた(その2)

2015年5月20日トピックス

 「大阪都構想」は、「今」を選択するのか「将来」を選択するのかを問うものであった。現役世代(働いている世代)の多くは賛成票を投じ「将来」を選択した。一方、年金世代(高齢者)の多くは反対票を投じ「今」を選択した。有権者数と高い投票率で勝る高齢者の反対票が賛成票をわずかに上回り「大阪都構想」が廃案となった。

 反対票を投じ「今」を選択した高齢者の多くは、大阪市が無くなって代わりに設置される5つの特別区(地方自治体)間に行政サービスに格差が生じるのではないかという不安を抱いている。行政サービスの主な財源は特別区ごとに徴収する税収である。この税収に格差で出てくることによって行政サービスにも格差が生じるというものだ。もっともらしい理屈のようにみえるが全くのウソである。産業構造、就業構造、生産年齢人口比率などによって、自治体ごと税収(個人・法人住民税)に差が出てくるのは当然である。しかし住民生活に必要な、いわば「これがないと困る」行政サービスは全国どこの自治体に住んでいても同じ水準で提供される。なぜか。住民生活に必要な行政サービスを提供できない税収不足の自治体に対しては、「地方交付税」という使い道が自由なお金が国から支給されるからである。この「地方交付税」は、いわば国から税収不足の自治体に支給される「生活保護費」のようなお金である。

 一方、賛成票を投じ「将来」を選択した現役世代の多くは、自分たちや子どもの将来に不安を抱いている。人口減少(=生産年齢人口の減少)による税収不足によって、年金、医療、介護といった老後の社会保障の水準が「今」よりも引き下げられることが確実だからだ。年金の支給開始年齢の繰り下げ、公的医療保険・介護保険の掛け金率の引き上げ、医療機関で支払う自己負担が70歳以降も3割のままなのではないかという懸念、などなど。「このままではだめだ。」との危機意識から、「今」を変えて「将来」に希望を託して、「現状維持よりも変革」の道を選んだものと考えている。

 人口が減っても(ただし早い段階で人口減少を止める必要はある!)も老後の給付水準を現在と同程度に維持する方法はあるのか。(???)答えは「イエス」。日本人の労働生産性を上げて1人当たりの稼ぎ(1人当たりの国民所得)を引き上げれば、現在の社会保障の水準は維持できる。(※参考)2012年の労働生産性の国際比較では、日本は先進主要国(15か国)中4位(日本生産性本部資料による)。2013年の1人当たりの国民所得の国際比較では、日本は164か国中15位。(WHO世界保健統計2013年版による)※次号に続く。

(あとがき)
 景気回復によって税収が増えてくるというような論調もあるが、長い時間軸で国の税収と社会保障費の伸びを見ると「ワニの口」になっている。上あごは社会保障費(ほとんどは年金、医療、介護の老人3経費)の増加、下あごは税収の減少である。毎年多額の赤字国債を発行して(借金をして)、社会保障費の財源不足を補って(ワニの口を閉じて)いる。借金は税金で返済しなければならない。借金を返すための税収が不足しているので新たに借金をする。こうして国の借金はゆきだるま式に増えて今や1058兆円。この膨大の国の借金を引き受けているのが日銀(直接引き受けではない。あくまでも市場を通してではあるが…)だ。日銀の国債保有残高は今や226兆円(2015年5月12日付け日銀公表資料による)「どうなるのか日本の財政。サラ金みたいに自己破産はできないぞ!」(代表 天野 市栄)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

大阪都構想の住民投票結果について~”形”は変えられなかったが”心”は変えることができた(その1)

2015年5月18日トピックス

 昨日、大阪府と大阪市の二重行政を解消するため、現在の大阪市を解体し5つの特別区に再編する大阪都構想(行政機構の改変)の是非を問う住民投票が行われた。結果は「反対」が70万5585票、「賛成」が69万4844票で、「反対」が「賛成」を僅差で上回り大阪都構想は否決された。

 「地方からこの国のかたちを変える。地方が変われば国も変わる。まずは地方を変えよう。」とのスローガンのもと、2011年7月に発足した地域政党「日本新生」は、これまで地域政党「大阪維新の会」が進めようとしていた「大阪都構想」の動向を注視してきた。 今回の住民投票結果について、「大阪市民(有権者数210万4076人)は「現状維持」を選択した。」というようなマスコミ報道もあるが、私はそのようには理解していない。

 今回の住民投票の投票率が66.83%と、先月、統一地方選挙で行われた大阪市議会議員選挙の投票率を18ポイント余りも上回ったことからも分かるように、「大阪都構想」に対する市民の関心の高さが伺われる。市議会議員選挙は「人」を選択する選挙であるが、今回の住民投票は「政策」を選択する選挙であった。「人」を選ぶ選挙では候補者の「公約(政策)」よりも地縁・血縁や義理・人情が優先されがちだが、今回の住民投票にはそういったしがらみは全くない。自分たちがいま住んでいるこの街、大阪市の将来の姿を見据えたなかでの「政策」選択であった。今回の住民投票は「自分たちのことは自分たちで決める。」という「住民自治」の真骨頂を見せてくれた。決して現状に満足(現状維持)して反対票を投じたのではない。多くの有権者は現状に不満はあるものの行政機構(大阪府・市)まで改変する必要はないとの判断が働いたものと考えている。特に有権者数も多く投票率も高い高齢者はそのような判断をした人が多かったのではないかと考えている。

 さて、話変わって私が住む阿賀野市は、平成16年4月1日に旧4か町村が合併して誕生した。行政の枠組み、「形」が変わって12年目に入ったが、住民の「意識・考え」の根底にはまだ旧4か町村時代の残像が色濃く残っているようだ。特に選挙の時になるとそのことを強く感じる。阿賀野市の誕生にあたり「大阪都構想」のような住民投票は行っていないが、住民の代表者(議員)で構成される旧4か町村議会で合併議決をしたのである。だからこそ今の阿賀野市が存在している。しかし現在の市議会の構成を見れば旧4か町村議員出身者が7割も占めている。その市議たちに操られている田中市政を見ると旧4か町村時代に戻ったような政策変更が行われている(敬老会、公共施設再編整備計画など)。まるで先祖返りだ。旧4か町村議員出身市議に聞きたい。あなた達の本心は「合併したくなかった。」のではないか。※次号に続く。
(代表 天野 市栄)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

かわら版第6号を発行しました。

2015年5月7日トピックス

かわら版6号(図説)20150506_16181872

     

 ※本日中に事務所前にて掲示、配布予定。

posted by 地域政党 日本新生 管理者

議員の新陳代謝(新旧交代)が進まないのは阿賀野市議会だけ?(その2)

2015年4月27日トピックス

 今日の地元紙朝刊に統一地方選挙後半戦の1市長選挙と8市町村議員選挙の投開票結果が載っていた。投票率は58.17%。前半戦と合わせた全体の投票率が49.59%と5割を割ったことを大きな見出しで伝えている。国政選挙・地方選挙の投票率の低下傾向についての分析は後日改めてブログで取り上げたい。4月21日付けブログ(こちらを参照)で言及した長岡、新発田、柏崎の3市の市議選の結果は次のとおり。

 最初に長岡市議選(定数34-40)。最初の合併(10年経過)から3回目、最後の合併(5年経過)から2回目。競争率(立候補者数/定数、以下同じ。)は1.18倍。新人の当選率(当選者数/立候補者数、以下同じ。)は50%(当選6人、落選6人)。現職の当選率は100%(当選28人、落選0人)。新旧交代率(全市議に対する合併後に当選した市議の占める割合、以下同じ。)は41.2%(新14人、旧20人)。

 次に新発田市議選(定数27-29)。最初の合併(11年経過)から3回目、最後の合併(9年経過)2回目。競争率は1.07倍。新人の当選率は75%(当選6人、落選2人)。現職の当選率は100%(当選21人、落選0人)。新旧交代率は55.6%(新15人、旧12人)。新旧交代率が5割を超えた。

 最後に柏崎市議選(定数26-32)。合併(9年経過)から3回目。競争率は1.23倍。新人の当選率は70%(当選7人、落選3人)。現職の当選率は85.8%(当選18人、落選3人)他に元職1人が当選。新旧交代率は57.7%(新15人、旧11人)。新旧交代率が5割を超えた。

 参考までに阿賀野市議選(H24年10月の選挙時点で検証)。合併(8年経過)から3回目。競争率は1.1倍。新人の当選率は66.7%(当選4人、落選2人。ただし4月の補選当選者を含めた。)。現職の当選率は100%(当選16人、落選0人)。新旧交代率は35.0%(新7人、旧13人)。新旧交代率が5割以下。

 今回、長岡、新発田、柏崎の3市の選挙結果と前回の阿賀野市議選(H24年10月当時)を比べてみると、新人の当選率は4市とも現職よりも低い。長岡、新発田、阿賀野の現職当選率はなんと100%。新人候補にとって地方選挙はハードルが高いのか。現職の当選率が高いのは選挙結果を見越して引退(不出馬)を決めた現職もいたのではないかと見ている。次に新旧交代率。合併後10年程度経過すると5割を超えてくるようだ(新発田・柏崎)。次回の阿賀野市議選は来年(平成28年)の10月。合併12年を経過して行われる市議選である。次回市議選では議員定数の見直し(削減)も行われるようであるが、党としても阿賀野市議会の新旧交代率が50%を超えるよう新人候補の発掘に向けて取り組んでいきたい。※次号に続く。
(代表 天野 市栄)

posted by 地域政党 日本新生 管理者