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ブログ

小説「視線」(第1回)

2017年2月10日ニュース

 男の家は大通りに面した日当たり良好な南向きに建っている。この家に住んでいるのは男と妻の2人だ。この家で夫婦二人きりの生活になってかれこれ5年になる。2人の娘は結婚を機に家を出た。結婚して隣町に住む上の娘が土曜日に仕事が入ると小学生と幼稚園児の2人の孫を男の家に預けに来る。男は今年3月 、40年余り勤めた大手自動車会社の製造工場を定年退職した。会社から退職後の再雇用や再就職先の話もあったが男は丁重に断った。悠々自適な生活を楽しみたいと考えたからだ。

 男は東北地方の寒村に生まれた。農家の後継ぎになる長男は実家に残り、男は地元の工業高校を卒業した後、関東地方にある自動車会社の製造工場に集団就職した。男が卒業した高校からは数人が同じ工場に就職したが、定年まで勤め上げたのは男1人だけだった。男は戦後生まれの第一次ベビーブーム世代だ。男が就職した昭和40年代の日本経済は高度成長期に入っていた。当時、地方の農村部にいた若者(男子)は農業以外に就業の機会が与えられていない地元を離れて、新たな就業先を求めて都会へと流れていった。一方、対米輸出の拡大を目論んだ自動車や電器機器などの輸出産業は工場労働者として若い人材を求めていた。当時、地方にいた若者(男子)は「金の卵」と呼ばれ、たくさんの若年労働力を求めていた製造工場では、彼らの争奪戦が繰り広げられた。なかでも工業高校を出た新卒の男子は即戦力としての活躍が期待され、どこのメーカでも引っ張りだこだった。「数は力なり」第一次ベビーブーム世代の彼ら彼女らは人口ピラミッドの中で大きな塊を形成していることから「団塊の世代」とも呼ばれている。団塊の世代は豊富な労働者となってモノやサービスの大量生産に携わり、同時に消費者となってモノやサービスの大量消費に参加して高度成長期の日本経済を支えた。

 男が就職した当時の工場は昼間・準夜勤・夜勤の三交代の勤務体制が敷かれ、工場は24時間休むことなく稼働していた。男の労働時間は長時間、変則的だったため、家に居る時は、消耗した体に休息を与える時間に充てていた。2人の娘が家にいた頃は、たまに家族で外に出掛けたりすることもあったが、男にとって我が家は寝に帰る場所であり体に休息を与える場所でしかなかった。妻との出会いは、男が会社の独身寮に入っていた頃に遡る。当時、妻は独身寮の賄いをしていた。郷里が同じということもあって、男はこの女性と親しくなって交際を始めた。男はこの女性と知り合って5年後に結婚した。男は結婚すると独身寮から世帯用の社宅に移った。妻は寿退職して専業主婦になった。2人の間に子供が生まれ、子供が大きくなるにつれて社宅が手狭になったことから、勤務先の工場から7キロほど離れた場所に造成された新興住宅団地に車庫付きの一戸建て住宅を手に入れた。男が通勤に使う自家用車は、男が勤務する自社工場で製造している小型の大衆車だ。男が独身の頃は、会社が若者向けに開発したスポーツカーを乗り回していたが、結婚して子供ができてからは、大衆車に変更した。男はその車を運転して、毎日、勤務先の工場に通勤した。住宅と車の購入資金は、会社が従業員に提供する「福祉厚生」を利用して長期・低利のローンを組んだ。
(作:橘 左京)

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小説「祭ばやし」(第14回)

2017年2月8日ニュース

 祭典委員としての夜の仕事が待っていた徹は早めの夕食をとって集合場所の公園に出掛けた。男衆の担ぐ大灯篭、女衆が担ぐ女性灯篭が台座に据えられている。辺りが薄暗くなってきた。灯篭に灯が灯された。蝋燭の炎の揺らぎが灯篭に描かれた武者絵と般若絵を怪しく映し出す。一升瓶に入った日本酒が白い猪口に注がれ、灯篭の担ぎ手など参加者に振る舞われた。男衆のなかには顔を赤らめた若者もいる。
 エイサ、エイサ、エイサ
 エイサ、エイサ、エイサ
 提灯を持った先導役、男衆と女衆が担ぐ灯篭、祭りの文字が入った大きなうちわを持った者、飲み物を積んだ台車の順で動き出した。蝋燭の火に灯された灯篭が暗くなった町内の小路を巡行する。男衆が担ぐ大灯篭が大通りに出ると、隣の町内会の大灯篭と会遇しぶつかり合った。
 エイサ、エイサ、エイサ
 エイサ、エイサ、エイサ
 押し合いで熱くなった男衆の体めがけて柄杓に入った水が浴びせられた。男衆の体の熱りが水を白い蒸気に変えて周囲に立ち昇った。
 ヒュー、ダーン
 ヒュー、ダン、ダン、ダン
 どうやら瓢箪池の湖畔で花火の打ち上げが始まったようだ。大小様々な色と形の花火が夏の夜空を飾った。徹にとって、花火は子供の頃から見慣れた夏の風物詩だ。今ごろ家では由紀子と春香が2階で花火を見ていることだろうと、徹は思った。
 エイサ、エイサ、エイサ
 エイサ、エイサ、エイサ
 ぶつかり合いを演じた男衆の灯篭は一路、諏訪神社に向かった。徹が随行する女衆の灯篭も神社に向かった。
 エイサ、エイサ、エイサ
 御神体を乗せたお神輿が巡行を終えて神社に戻って来た。いよいよ夏祭りのクライマックスシーンが始まる。巡行を終えて帰ってきたお神輿から御神体を神社に移す「宮入り」だ。お神輿が神社の境内に入るや、お神輿の帰りを待っていた男衆と女衆はスクラムを組み、御神体に悪霊が紛れ込まないようにと、結界を作った。
 エイサ、エイサ、エイサ
 エイサ、エイサ、エイサ
 掛け声を上げて男衆と女衆は押し合った。御神体の宮入りが終了したことを示す神楽の奉納舞が行われ祭りは終わった。徹の腕時計は午前零時を回っていた。
 徹たち親子がこの町に引っ越してきたのは6年前の夏だった。最初の頃は仮住まいの場所と考えていたが、もしかして終の住処になるかもしれない。もうしばらくこの町に住んでみようと徹は思った。(了)
(作:橘 左京)
【お知らせ】
 連載した小説「祭ばやし」は加筆・修正の上、PDFにして「ライブラリー」⇒「文芸」にアップされました。

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小説「祭ばやし」(第13回)

2017年2月6日ニュース

 午後3時頃。徹たち5人は再び公園に向かった。公園には法被を着た囃子方の小中学生が集まっていた。
「お父さん、写真撮って」
 紅い法被を着た春香が紅白の布や提灯などで飾られた山車の前に立って、両手を上げてVサインを作った。
 カシャー
 徹のスマホが春香の得意ポーズをとらえた。
 公園には山車を引くために参加した子供と母親も集まっていた。青い法被を着た男の子や赤やピンク色の法被を着た女の子だ。頭にはねじり鉢巻き、上は法被に、下は白い短パンと白足袋を履いたお祭り衣装に身を固めた女の子もいる。山車が出発する前に、神楽舞の一行が公園にやって来て獅子舞と剣舞を披露した。獅子頭に頭を食まれ泣き出した幼子もいた。3時半過ぎ。予定時間を少し遅れて、仁和加(にわか)がゆっくりと公園を出発した。
 ピーシャラ ピーシャラ
 ドドンコ、ドン ドドンコ、ドン
 トコトン、トコトン
 チンチン、カンカン
 囃子方の演奏が始まった。山車に乗った春香が樽太鼓を叩いている。バチさばきが昨日よりも滑らかに見える。徹ら4人は山車の前から出た二本の手綱を握って、山車を引っ張った。
 ヨイショ、ヨイショ、ヨイショ
 山車が巡行する沿道では近くに住む人が通りに出て山車を見物している。小さな子供を抱いた母親の姿が見える。孫の手を握ったお年寄りの姿も見える。
「仁和加(にわか)を止めてください。ここでちょっと休憩を入れます」
 祭典委員の佐々木さんが号令を掛けた。参加者に氷菓子が振る舞われた。囃子方の子供たち、山車を引く子供たちや大人たち、沿道の見物客にアイスキャンディーが配られた。徹も1本もらって口に入れた。喉を通過して胃袋に入った氷菓子が熱くなった徹の体を冷ました。徹はアイスキャンディーを食べながら子供の頃に過ごした夏休みを思い浮かべた。
 発泡スチロール製のクーラーボックスを自転車の荷台に積んで氷菓子を売りに来た麦わら帽子のおじさんだ。麦わら帽子のおじさんは、チリン、チリン、チリンと、手に持った鉦を振りながら集落の中を回る。まだ、家々にクーラーが普及していなかった頃で、暑い部屋の中を少しでも涼しくしようと縁側の戸を開けっ放しにするが、涼風が途切れ途切れに入ってくる程度だ。代わりに麦わら帽子のおじさんが鳴らす鉦の音が、風鈴の音色のように涼感を運ぶ。テレビを見ながら、うたた寝をしていた徹は祖母からもらった小銭を持って道路に出た。おじさんにお金を渡して、棒の付いたアイスキャンディーや凍ったジュースが入ったチューブをもらって口に入れた。まだ冷蔵庫が普及していなかった頃に、氷菓子を食べて酷暑をしのいだ思い出の1シーンだ。
 休憩が終わって仁和加(にわか)がゆっくりと動き出した。町内を巡行した山車は1時間ほどかけて公園に戻ってきた。本部テント前で山車の帰りを待っていた祭典委員長の挨拶が終わった後、祭りに参加した子供たちに、ご褒美のお菓子が配られた。お菓子の入った袋をもらった春香と英人君、浩司君は大喜びだ。
(作:橘 左京)

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小説「祭ばやし」(第12回)

2017年2月4日ニュース

 祭り2日目の25日は朝から厳しい残暑に見舞われていた。夏祭りに合わせて、午前中、町内会主催のイベントが公園で行われた。徹は春香と由紀子、それに由紀子の甥にあたる小学6年生の英人君と4年生の浩司君を誘ってイベント会場に向かった。公園は親子連れで賑わっていた。金魚すくい、ヨーヨー釣り、スカットボールなどのゲームや綿菓子、ポップコーンなどの食べ物コーナーが設けられていた。金魚すくいやヨーヨー釣りの前では子供たちが並んで順番を待っていた。これらのイベントは主に子供向けに企画されたものだが、大勢の子供たちから参加してもらおうと、無料の参加券が町内の全世帯に配られた。この参加券を持って行けば人数に関係なく誰でも参加できる。参加券には「子供の参加は大歓迎!」と書いてあったので、由紀子は甥にあたる2人の小学生を誘った。春香、英人君、浩司君の3人はこの無料チケットを使ってイベントに参加した。
 徹たちはゲームを一通り楽しんだ後、本部テントに入った。本部テントの中ではかき氷が振る舞われていた。春香の同級生の雄太君がお母さんと一緒にかき氷を食べていた。
「雄太君、こんにちは。今日も太鼓、頑張ろうね」春香が雄太君に向かって言った。
「もちろんさ。春香ちゃんも頑張ってね」雄太君が答えた。
 かき氷のシロップは赤、黄、緑、青の4種類が用意されている。春香、英人君、浩司君の3人はそれぞれ好きなシロップを掛けてもらった。春香は赤、英人君は青、浩司君は黄のシロップを掛けてもらった。3人のかき氷の色を見て、徹は思わず含み笑いした。
「お父さん。どうして、にやにや笑っているの」春香が徹に尋ねた。
「だって3人のかき氷のシロップが赤、青、黄の3色でしょう。まるで信号機の色みたいじゃないか。春香のかき氷は赤だけど、赤信号の時は横断歩道を渡っちゃいけないよ。みんなが渡ろうと言っても、絶対に渡っちゃ駄目だよ」徹は言った。
 ゲラ、ゲラ、ゲラ
 ギャグを入れた徹の一言が周囲の笑いを誘った。
「そんなこと、お父さんに言われなくても分かっているわよ」春香の顔が興奮して赤くなった。
「野上さん、こちらで生ビールでもどうですか。祭典委員の中村さんが手を上げて徹を誘った。今日の中村さんはイベントを担当している。徹は中村さんから紙コップに入った生ビール受け取って喉に注ぎ込んだ。つまみに出された枝豆を食べながら、しばらく中村さんと歓談した。
「野上さんのお子さんはお1人でしたね」
「はい、そうです。今日は娘と妻の甥にあたる小学生の男の子を誘ってイベントに参加しています」
「そうですか。町内に住んでいる子供がだんだんと少なくなりました。結婚して町外に出て行った女の人はお盆ではなく夏祭りの時期になると、子供を連れて里帰りする人が多いんですよ」
「そうだったんですか。お祭りになると子供が増えてくるので不思議に思いましたが、その訳が分かりました」
 中村さんから言われて回りを見渡すと、確かに祖父母、娘、孫と思われる3世代の家族が何組かいる。向かいに住む藤田さん夫婦も隣町に嫁いだ娘さん、それと2人のお孫さんと一緒に金魚すくいにチャレンジしている。中村さんの話は続いた。
「最近、囃子方をやる町内の子供たちが少なくなって困っています。灯篭の担ぎ手のように町外から助っ人を呼ぶというわけにはいきませんからね」
「私の実家がある農村集落では、秋祭りの神輿を担ぐ若者がいなくなって今は行われていません」
「そうですか。こっちはまだいい方ですね。昨日、春香ちゃんが仁和加(にわか)に乗って太鼓を叩いていましたが、練習の成果が出ていましたよ」
「ありがとうございます。昨日は初めての本番だったので緊張して叩いていたようです。今日は昨日よりもうまく叩けると本人は言っていますが…」
「そうですか。春香ちゃんのようにお祭り好きな子供たちがいると助かります」
(作:橘 左京)

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小説「祭ばやし」(第11回)

2017年2月2日ニュース

 24日夕刻。徹は祭典委員の仕事をするため身支度をした。紺色の法被と首に掛けた豆絞りの手ぬぐい姿の徹を見た春香が「お父さん、かっこいいよ」と言って送り出してくれた。
 エイサ、エイサ、エイサ
 エイサ、エイサ、エイサ
 徹が随行する女性灯篭が家の前を通りがかった。由紀子と春香が玄関先に立って、徹が随行する灯篭を見守っていた。
「あ、お父さんだ」
 春香が徹に声を掛けた。徹は手を上げて春香と由紀子に応えた。
 徹は、女性灯篭や男衆が担ぐ大灯篭を見て、町内にはこんなにも大勢の若者が住んでいるのだろうかと思った。徹の疑問は間もなく解けた。祭り終了後に本部テントの中で、町内会の役員や祭典委員、それと灯篭の担ぎ手の若者が参加して簡単な慰労会が行われた。テーブル席には瓶や缶に入ったビールや一升瓶に入った日本酒、それに町内会の婦人部が作ったトン汁、枝豆にさきいかなどの乾きものが並べられた。
 徹はビール瓶の栓を抜いて、灯篭の担ぎ手の若者にビール瓶の口を向けた。
「お疲れ様でした。疲れたでしょう。さ、どうぞ」
「すみません。車を運転して帰るんで、ノンアルコールにしてください」若者は答えた。
「あれ、この町内に住んでいないんですか」徹は若者に尋ねた。
「はい、隣町に住んでいます。私が住んでいる町では、数年前に夏祭りが無くなったので、この町内に住んでいる友達に誘われて、毎年、ここの夏祭りに参加しています」若者は答えた。
 そう言われて灯篭の担ぎ手の飲み物を見ると、ほとんどがノンアルコールビールなどソフトドリンクだった。慰労会が始まって30分程が経って若者たちは「これで失礼します」と言って、三三五五連れ立って帰って行った。最後まで慰労会の席に残っていたのは町内会の役員、祭典委員、町内に住んでいる顔見知りの若者だけだ。祭典委員の中村さんの話では、途中で帰った若者はみな、町外から参加した助っ人だという。彼らの住む町では神輿や灯篭の担ぎ手の若者が少なくなったため、やむなく夏祭りを廃止したそうだ。行き場を失った祭り好きな若者は友人や親戚の誘いを受けて、神輿や灯篭の担ぎ手として町外の祭りに参加しているという。徹の実家のある農村集落でも、子供の頃には毎年行われていた秋祭りが廃止されて久しい。
(作:橘 左京)

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小説「祭ばやし」(第10回)

2017年1月31日ニュース

 徹たち家族が暮らしている住宅街は最寄り駅に近い場所にある。向かいに住む元教員の藤田さんの話では、戦後生まれの第一次ベビーブーム世代が子育て世代となった昭和40年代後半に持ち家を求めてこの住宅団地に殺到したという。車が普及していなかった当時、鉄道を使って会社勤めをしていた子育て中の若者は、駅の近くに造成されたこの住宅団地に家を建てたという。小学校の教員をしていた藤田さんもこの住宅団地が売りに出された初期に土地を買って家を建てたそうだ。徹の家の周辺には、藤田さんのように元教員の方が大勢住んでいる。
 徹がこの町内に住んでみて感じたことは、予想以上に進む少子高齢化だ。農村部だけではなく市街地でも少子高齢化が静かに進んでいるようだ。日中、通りを歩いている人はお年寄りばかりだ。朝晩の散歩も犬を連れた高齢者が多い。学校の登下校時に数名の小学生や中学生が家の前を通る姿が見える以外に、普段、外で遊ぶ子供の姿を目にすることはほとんどない。徹が暮らす町内は世帯数が百二十戸余りあるが、春香と同学年の子供は三人しかいない。春香が通う小学校も一学年一クラスだ。農村部だけでなく市街地にある小学校も児童数が少しずつ減っている。ここ数年、農村部にある小規模校では統廃合が続いているという。
 徹が卒業した小学校と中学校は三十五年程前に統廃合となり、当時の木造校舎は取り壊され、跡地には校舎があったことを記した石碑が建っている。春香が通う小学校も児童数が減ってくれば統合されるのだろうか。徹はこの町内に移り住んで、そんな不安を感じ始めていた。また空き家が増えているのも気にかかる。毎晩、夜になっても明かりが点灯していない家は空き家だ。近所にはこのような空き家が増えている。この町に引っ越して来たばかりの頃、「野上さんのお家は、毎日、賑やかでいいですね。羨ましいわ」と、隣に住むおばあさんから言われたことがあった。どうやら家の中で春香の出す声や走る音が隣の家まで届いたらしい。そのおばあさんは昨年、特養施設に移った。ずーと一人暮らしだったおばあさんの家は空き家になってしまった。近所には管理されないまま放置され、やがて朽ちて廃屋になってしまった空き家も何軒かある。徹の暮らす町内にある住家の2割近くは空き家だ。残り8割の家に住んでいる住民の多くは高齢者だ。
 徹の実家がある農村集落では高齢化がもっと進んでいる。今や65歳以上の高齢者が半数を超える「限界集落」だ。徹の実家のある集落でも空き家が増えている。空き家のほとんどは管理されず放置されたままだ。空き家はやがては雪の重みで崩壊して廃屋になる。老夫婦二人で住んでいた家が一人暮らしの家になり、一人暮らしの家が空き家になり、やがては廃屋になる。住民の高齢化と住家の老朽化。「老いる町」は今や地方に共通する老化現象だ。
(作:橘 左京)

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エッセイ「植育」(橘 左京 作)

2017年1月30日ニュース

 ナス、トマト、キュウリ、ピーマン、カボチャ、トウモロコシ、スイカなど、色とりどりの夏野菜を使った料理が我が家の食卓に並ぶ。農家で生まれ育った妻は時々、実家に帰っては旬の野菜をもらってくる。五歳の娘は果肉が赤いトマトやスイカ、粒が黄色いトウモロコシが大好きだ。一方、独特の青臭い風味と苦味があるピーマンは苦手だ。ピーマンはニンジンやグリーンピースなどと共に子供が嫌いな野菜の筆頭に挙げられることが多い。管理栄養士の資格を持つ妻はピーマンの青臭さを取り除こうと料理に工夫を凝らしているが、娘はなかなか食べてくれない。…
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 エッセイ「植育」は、「ライブラリー」の「文芸」コーナーにアップされました。

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小説「祭ばやし」(第9回)

2017年1月29日ニュース

 ピーシャラ ピーシャラ
 ドドンコ、ドン ドドンコ、ドン
 トコトン トコトン
 チンチン、カンカン
 今日は最後の練習日。公園には大勢の見物客がいた。太鼓の練習に参加している子供たちの母親や祖父母たちだ。3日前から本番を意識した練習になった。和太鼓2台と樽太鼓4台を使って子供たちが交代で練習している。今まで下駄のような板を叩いて練習していた春香と雄太君は樽太鼓を叩いている。
 ドドンコ、ドン ドドンコ、ドン
 トコトン トコトン
「その調子。いいぞ!今日が最後だからね。気合を入れてがんばって!」
 指導役の井上さんの声に熱がこもる。
 ピー
 練習の終了を告げるホイッスルが鳴った。
 集まった子供たちの前で井上さんの最後の講評が始まった。
「練習は今日で全て終了しました。1週間前から始めた練習ですが、笛や鉦のリズムに合わせて上手に叩けるようになりました。お祭りの日には大勢の人がやってきて、皆さんが太鼓を叩く姿を見ていますが、緊張しないで普段どおりに叩いてください。丸一週間、練習が続いたので疲れがたまっていると思います。明日と明後日はゆっくり体を休めてください。お祭りは24日と25日の2日間の日程で行われます。24日は午後3時、25日は午後3時半に山車が出ます。15分前には公園に集合してください」
 井上さんの話は続いた。
「最後にお祭りの時に着る法被を配ります。青い法被は男の子用です。紅い法被は女の子用です。間違わないように持って帰ってください」
 練習を終えた春香が紅い法被を持って徹のもとに戻った。徹と春香は家路についた。
「ただいま」
 春香が台所に居る由紀子に帰宅を告げる。
「お帰りなさい。春香、スイカでも食べる。冷えているわよ」
 由紀子が冷えた西瓜を載せたお盆を居間に運んだ。お盆には銀杏切りにした西瓜が並んでいる。春香は西瓜を食べ終わると、早速、持って帰った紅い法被を試着した。小柄な春香には少し大きかったようだ。法被の袖に両腕を通した春香の姿を見て、徹は思わず高笑いした。法被姿の春香が筒袖を着て両腕を伸ばした恰好の奴凧に見えたからだ。
「お父さん。何がそんなに可笑しいの」
「だって春香の格好が奴凧に似ているからだよ」
「何よ、お父さんって嫌い」
 由紀子も貰い笑いした。機嫌を損ねた春香の頬がぷっくらと膨らんできた。今度はお多福のような顔になった。徹はじっと笑いをこらえた。
(作:橘 左京)

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小説「祭ばやし」(第8回)

2017年1月27日ニュース

 ピーシャラ ピーシャラ
 ドドンコ、ドン ドドンコ、ドン
 トコトン トコトン
 チンチン、カンカン
 太鼓の練習が始まって6日目。からっとした秋の夜風が公園を通り抜ける。
「今晩は」
「今晩は」
 公園には先着の見学者がいた。3、4歳くらいの女の子と父親だ。父親はベンチに腰を掛けて太鼓の練習を見ていた。一方、女の子の方は地面に落ちている小石を拾い集めては一か所に積み上げている。
「パパ、おっきな石を見つけてきたよ」
 女の子は拾ってきた大きな石を父親に見せた。
「本当だ。おっきいね。」父親は答えた。
 小石を集めては積み上げる女の子の様子を見ていた徹は、「賽の河原」の話を思い出した。賽の河原は此岸と彼岸の境界を流れる三途川の河原だ。幼い子供が親より先に現世を去ると、親を悲しませるだけでなく親孝行の功徳も積んでいないことから、子供は三途川を渡れず賽の河原で石の塔婆作りをしなければならない。塔婆が完成する頃になると、鬼が現れて積み上げた石を崩す。ガラ、ガラと音を立てながら崩れる塔婆。子供たちの石積みと鬼のいじめが永遠に続く。やがて地蔵菩薩が現れてこの苦行から子供を救うという仏教説話だ。
 
 徹には5歳年上の雄一という長兄がいた。雄一は長男ということもあって、田んぼ仕事で忙しい両親に代わって、徹や健二の面倒を見てくれた。徹が小学一年生の時に雄一は水の事故で亡くなった。徹は四十数年前の出来事を思い出した。お盆が終わって夏休みも残りわずかとなったある日。夏の強い日差しが地面を照り付けていた。雄一の誘いで兄弟三人は魚捕りに出掛けることになった。健二は自分の自転車で、まだ自転車を運転できないに徹は雄一の自転車の荷台に乗せてもらい、里山の麓を流れる小川に向かった。この小川は子供たちの遊び場になっていた。まだ学校にプールがなかった頃で、水のきれいなこの小川で、子供たちは水遊びや魚捕りをして遊んだ。
 三人が小川に着くと、他に子供の姿はなかった。夏休みの宿題に追われているのだろうか。お盆前に来た時には大勢の子供が水遊びをしていたのだが、今日は徹たち三人だけだった。水中眼鏡とシュノーケルを付けた雄一は、手にヤスを持って川に潜った。獲物のウグイをヤスで突き刺すためだ。徹と健二は川岸でたも網を持ってウグイの群れを追った。二人は網を持って川面から顔を出した岩を渡っていた。
「わー」
 どぼーんと、何か大きなものが川面を叩く音がした。徹が濡れた岩に足を滑らせて川に転落したのだ。
「兄ちゃん、助けて!」
 徹の悲鳴と助けを求める声を聞いた健二であったが、急な流れに身を捕られた徹の体を捉えることができなかった。
「雄一兄ちゃん、助けて!徹が川に落ちてそっちに流れていくよ!」
 健二が大声を上げて雄一に助け求めた。徹の体が流れ下る先で川に潜って魚を捕っていた雄一が水中から体を出して、流れてきた徹の体をやっとの思いで掴んだ。徹の体を掴んだ雄一は川岸で待機していた健二に徹の体を預けたが、今度は雄一の体が急流に押し流されて押されて、川面から姿を消した。
(雄一兄ちゃんごめんね)
 今日は雄一の命日。兄の命と引き換えでもらったこの命。徹は自責の念に駆られながら人生を送ってきた。
 ピー
 練習の終わりを告げるホイッスルが鳴った。
「はい。今日の練習はこれで終わりにします。初日と比べて上手に叩けるようになりました。バチはゆっくり、まっすぐに上から下に降ろすこと。そうすると大きな音が出ます。それでは後片付けをして帰ります」
 指導役の井上さんの号令で子供たちはいっせいに動き出した。後片付けを終えた春香が徹のもとに戻った。
「春香、家に帰ろうか」
「うん。お父さん、お月さまが雲の間から出てきたよ」
「そうだね。今晩のお月さまは三日月だね」
 満月から5日が経って丸い形が三分の一ほど欠けた三日月になって夜空に浮かんでいた。公園を出た徹は春香の手を握って家路についた。
(作:橘 左京)

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小説「祭ばやし」(第7回)

2017年1月25日ニュース

 ピーシャラ ピーシャラ
 ドドンコ、ドン ドドンコ、ドン
 トコトン トコトン
 チンチン、カンカン

 太鼓の練習が始まって4日目。日中は蒸し暑い空気に包まれていたが、先ほど降った夕立が打ち水となって、公園に涼風が吹き込んだ。
「今晩は」
「今晩は」
 徹と春香が公園に着くと二人の先客がいた。小学低学年らしき女の子とその母親がベンチに座っている。
 ドドンコ、ドン ドドンコ、ドン
「お兄ちゃん、太鼓を叩くのが上手になったわね。聡美も4年生になったら太鼓を叩けるわよ」
 母親が娘の方に顔を向けて言った。
「どうしようかな。わかんない」
 女の子は戸惑った様子で答える。
 突然、女の子は立ち上がって近くにある鉄棒に向かった。女の子は梯子を横にしたような鉄棒に捕まって、足を宙に浮かべながら、手長猿のように両手を器用に使って梯子の端から端へと渡り歩いた。
 この公園には遊具が二つ設置してある。梯子のような鉄棒とシーソーである。シーソーは夏祭りの期間だけ取り外される。シーソーが設置されている場所に山車を仮置きするためだ。徹は春香とこの公園に遊びに来ることがあるが、子供の姿を見ることはほとんどない。春香の好きな遊具が揃っている隣の町内会の公園に行くこともある。この公園には滑り台とブランコが設置されている。それに砂場もある。サッカーなどボール遊びができるスペースもあるが、この公園でも遊んでいる子供の姿を目にすることは少ない。
 ピー
 ホイッスルが鳴った。
「はい、今日の練習これで終わりにします。笛や鉦との連携がうまくできるようになりました。明日も休まずに参加してください」
 井上さんの講評を聞いた後、子供たちはいつものように後片付けを始めた。
「博、こっちよ」隣のベンチに女の子と座っていた母親が、後片付けを終えた子供たちに声を掛けた。
 青色のTシャツを着た男の子が母親の待つベンチにやって来た。
「お母さん、見に来ていたの」
「そうよ。お兄ちゃんが太鼓を叩くのを見たいって、聡美が言うもんだから、一緒に来たのよ。博が太鼓を叩けるのも今年が最後ね。気合が入っているわね」
「もちろんだよ。今年が最後だからね。僕は来年、中学生になるから太鼓は卒業だけど、聡美は来年、4年生になるから、僕の代りに太鼓を叩けばいいよ」
「どうする?聡美」母親が娘に聞いた。
「分かんない」娘が答えた。
 三人は提灯が消えて暗くなった公園を後にした。徹も春香と家路についた。
「ただいま」
 春香が玄関を開けて由紀子に帰宅を告げる。
「お帰りなさい」
 台所に居る由紀子が答えた。
「お母さん、冷たいものが食べたいわ。何かある」
「西瓜でも食べる。冷えているわよ。あなたもどうぞ」
 由紀子が皿に盛った西瓜を居間に持ってきた。皿に盛られた角切りの西瓜をフォークで刺して食べる。
ザクザク
 冷たい西瓜の果肉と果汁が徹と春香の体を冷ました。西瓜は夏を代表する果物だ。農家で育った徹が子供の頃から覚えている夏の味だ。徹は西瓜を食べながら子供の頃を思い出した。当時の農家にはまだ冷蔵庫は普及していなくて、畑から採ってきた西瓜は丸ごと井戸水や冷たい小川に入れて冷やしておいた。夕飯を食べた後、冷たくなった西瓜を外から持ってきて家族みんなで食べた。徹が子供の頃の家は祖父母、両親、兄弟三人の三世代七人家族だった。子供たちは八等分された半月状の西瓜を食べ終わるやお盆に盛った銀杏切りの西瓜に手を伸ばす。すると「こら、まだ食べるところが残っているぞ。もっときれいに食べろ」と父親によく叱られた。
 子供たちが食べ終えた西瓜の皮には紅い果肉がまだ残っている。この部分は甘くないので子供たちは食べずに残してしまう。父親の叱責は苦労して育てた食べ物を粗末に扱うなという生産者のメッセージが込められていたのだ。徹は角切りされた西瓜をフォークで食べながら、子供の頃に比べるとなんと上品な食べ方だろうと思った。
(作:橘 左京)

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