小説「祭ばやし」(第14回)
祭典委員としての夜の仕事が待っていた徹は早めの夕食をとって集合場所の公園に出掛けた。男衆の担ぐ大灯篭、女衆が担ぐ女性灯篭が台座に据えられている。辺りが薄暗くなってきた。灯篭に灯が灯された。蝋燭の炎の揺らぎが灯篭に描かれた武者絵と般若絵を怪しく映し出す。一升瓶に入った日本酒が白い猪口に注がれ、灯篭の担ぎ手など参加者に振る舞われた。男衆のなかには顔を赤らめた若者もいる。
エイサ、エイサ、エイサ
エイサ、エイサ、エイサ
提灯を持った先導役、男衆と女衆が担ぐ灯篭、祭りの文字が入った大きなうちわを持った者、飲み物を積んだ台車の順で動き出した。蝋燭の火に灯された灯篭が暗くなった町内の小路を巡行する。男衆が担ぐ大灯篭が大通りに出ると、隣の町内会の大灯篭と会遇しぶつかり合った。
エイサ、エイサ、エイサ
エイサ、エイサ、エイサ
押し合いで熱くなった男衆の体めがけて柄杓に入った水が浴びせられた。男衆の体の熱りが水を白い蒸気に変えて周囲に立ち昇った。
ヒュー、ダーン
ヒュー、ダン、ダン、ダン
どうやら瓢箪池の湖畔で花火の打ち上げが始まったようだ。大小様々な色と形の花火が夏の夜空を飾った。徹にとって、花火は子供の頃から見慣れた夏の風物詩だ。今ごろ家では由紀子と春香が2階で花火を見ていることだろうと、徹は思った。
エイサ、エイサ、エイサ
エイサ、エイサ、エイサ
ぶつかり合いを演じた男衆の灯篭は一路、諏訪神社に向かった。徹が随行する女衆の灯篭も神社に向かった。
エイサ、エイサ、エイサ
御神体を乗せたお神輿が巡行を終えて神社に戻って来た。いよいよ夏祭りのクライマックスシーンが始まる。巡行を終えて帰ってきたお神輿から御神体を神社に移す「宮入り」だ。お神輿が神社の境内に入るや、お神輿の帰りを待っていた男衆と女衆はスクラムを組み、御神体に悪霊が紛れ込まないようにと、結界を作った。
エイサ、エイサ、エイサ
エイサ、エイサ、エイサ
掛け声を上げて男衆と女衆は押し合った。御神体の宮入りが終了したことを示す神楽の奉納舞が行われ祭りは終わった。徹の腕時計は午前零時を回っていた。
徹たち親子がこの町に引っ越してきたのは6年前の夏だった。最初の頃は仮住まいの場所と考えていたが、もしかして終の住処になるかもしれない。もうしばらくこの町に住んでみようと徹は思った。(了)
(作:橘 左京)
【お知らせ】
連載した小説「祭ばやし」は加筆・修正の上、PDFにして「ライブラリー」⇒「文芸」にアップされました。