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小説「廃屋の町」(第83回)

2017年10月8日ニュース

「それと、ウチの母が言うには、六光学会の婦人部の人がこのパンフレットを持って回っているそうよ。先日、六光学会の婦人部に入っている母の友人が家にやって来て、『市長選挙には井上将司市長をお願いします。田沼支部婦人部は4月の市長選挙で井上将司市長を推薦しました』と言って、このパンフと六光学会田沼支部の会報を置いていったそうよ。会報には『田沼支部婦人部は4月の市長選挙で井上将司市長を推薦しました』という記事が載っていたわ。それに、母の話だと井上市長の奥さんが六光学会の婦人部長だそうよ」久保田が言った。
「確か、田沼市内の六光学会の会員数は3500人余りと言われているよ。会員のほとんどが女性会員で、この票が井上支持に回るとなると大きな脅威だな。井上陣営は建設業界の票を固めただけでなく宗教団体の票まで固めていたようだね」風間が心配そうな顔で言った。
「米山さん、井上市長の選挙公約が載ったパンフレットを一般家庭に配って回ることは、選挙違反にならないんですか?」久保田が尋ねた。
「この場合のポイントは2つあります。一つは戸別訪問にあたるかどうか。もう一つは政治活動との関連です」
「戸別訪問って何ですか?」久保田が尋ねた。
「有権者の家を訪ねて投票を依頼する行為です。戸別訪問は公職選挙法では禁止されています」
「それじゃ、母が、家を訪ねて来た友人から『市長選挙には井上将司市長をお願いします。田沼支部婦人部は4月の市長選挙で井上将司市長を推薦しました』って言われたけど、これって選挙違反になるってことですか?」久保田が尋ねた。
「事実とすれば戸別訪問にあたり、選挙違反になりますが、今のケースだと、『言われた』、『いや、言わなかった』ということになり、お母さんのお友達が言った言葉が録音されていれば別ですが、投票を依頼されたという事実が証拠として残っていなければ、どうしようもありません」
「もう一つの政治活動との関連というのは?」風間が尋ねた。
「このパンフの作成・配布が政治活動として行われたものなのか、それとも選挙目当ての普及宣伝活動として行われたものかの違いです。政治活動として行われていれば規制されませんが、選挙目当てに行われた活動であれば違反になりますが……」
「このパンフには井上市長の選挙公約が載っていますし、母は、このパンフを持って来た人から『市長選挙には井上将司市長をお願いします』と言われました。それに六光学会の会員でもない母に会報を置いていったことから考えれば、選挙の目当ての票集めだってことは、誰だって分かるんじゃないですか?」久保田が言った。
「しかし、このパンフには井上市長が市長選に立候補するだとか、選挙公約だとか、選挙に関する言葉が一切載っていません。このパンフを持ってきたお母の友人が言った『市長選挙には井上将司市長をお願いします』という言葉も証拠として残っているわけじゃありません。それに、このパンフの右上に『将進会報・号外』とあり、下の余白に小さな字で『発行責任者 松本正蔵』と書いてあります」
 米山がパンフレットを見ながら言った。
「『将進会』って、確か井上市長の後援会(政治団体)の名前だったよな。それに松本正蔵は将進会の会長で田沼市土地改良区の理事長だよ」風間が言った。
「外見上は、政治活動用に作られ配布された文書ということになりますが、後援会の会員でない家にまで配布されているとすれば問題ですね。政治活動用の文書は、本来、政治団体が開催する演説会、研修会などの政治集会に参加した人に配られる文書ですから、その文書を一般家庭に配れば違反になります」米山が言った。
「井上陣営は選挙違反しているって、警察に通報した方がいいじゃないの?」久保田が言った。
「この程度の違反じゃ、文書警告で終わってしまいますよ。警察が一番目を光らせているのは買収ですよ。お金を支払って有権者の票を買い取る買収は最も悪質な選挙犯罪です。しかし、お金をもらった人も罪に問われることから、なかなか表に出てきませんが……」
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第82回)

2017年10月6日ニュース

「ねえ、恵ちゃん、これ見た?井上市長の選挙公約が書かれたパンフレットだよ。ウチの郵便受けに山田県議の後援会報と一緒に入っていたよ」
 風間健一が事務所番の久保田恵子にパンフレットを渡した。
「ああ、これね。私も見たわ。選挙公約というよりは、田沼市の新年度事業予算のいいところをぱくって載せたって感じよね。来月始まる市議会で審議、承認されないと執行できない新年度の事業予算を選挙公約にするなんて、議会軽視も甚だしいわ」久保田が言った。
「仕方がないですよ。市長派議員が3分の2を占めている今の市議会の状況をみれば、新年度の事業予算は原案のまま承認されるんじゃないですか。特に、公共事業予算は市議会の最大会派「田沼クラブ」の意向を踏まえて作られています。このパンフレットを見ると、太字で書いてある文化会館整備事業と総合体育館整備事業がひときわ目立って見えますね」
 元田沼市選挙管理委員会事務局長の米山修二が言った。
「文化会館と総合体育館の建設は、井上市長の選挙公約の中では目玉になる事業だからね。しかし、このパンフに載っている事業はほとんどが公共事業だ」風間が言った。
「そうね。いかにも建設業界向けに作った選挙公約って感じよね」久保田が言った。
「建設業界の票は確実にもらえる組織票だから、業界関係者の心をしっかりとつかんでおきたいんだろうね」風間が言った。
「子育て世代や高齢者向けのソフト事業も少しだけど載っているわ。井上陣営はこの人たちの票も取り込みたいのかしら?」久保田が言った。
「そうだね。ところで、この『まちなかコンビニ塾』って何だい?1200万円も予算がついているよ」風間が言った。
「ウチの母から聞いた話だけど、高齢者向けの趣味講座だそうよ。趣味もなく、友達付き合いもなくて、家に閉じこもりがちのお年寄りや、時間を持て余しているお年寄りの生きがい対策として、市が趣味の教室を開設するそうよ」久保田が答えた。
「趣味の講座なら公民館を使って自主的にやっているし、市がやるにしても、公民館行事として既にやっているじゃないか。どうして、同じような事業を税金を使ってやる必要があるんだい」
 風間が語気を強めて言った。
「空き店舗対策と六光学会の会員の小遣い稼ぎが本当の目的らしいわよ」久保田が言った。
「恵ちゃん、それって、どういう意味だい?」風間が尋ねた。
「商店街にある空き店舗を趣味講座の会場に使うことで、商店街に賑わいを取り戻そうということらしいけど、これは表向きの理由で、実際は六光学会の会員の空き店舗を借りることになっているみたいよ。その上、趣味講座の講師も六甲学会の会員からやってもらうことで話がついているらしいわよ」
 久保田が答えた。
「それって出来レースってことじゃないかい。空き店舗を使うったって、タダで借りるわけではないし、講師だって、ボランティアで引き受けてくれるわけでもないだろうし。みんなお金のかかる話だよ」風間が憤慨した面持ちで言った。
「それが事実だとすれば、公職選挙法の買収罪(第221条第1項第1号)になりますね」
 田沼市選挙管理員会元事務局長の米山修二が公職選挙法令集を手に持って言った。
「米山さん。買収罪になるって、どういうことですか?」久保田が尋ねた。
「当選させるために、選挙人(有権者)に対して金銭、物品その他の財産上の利益を若しくは公私の職務の供与を約束した場合は買収罪になります。空き店舗の借り上げは『財産上の利益』にあたりますし、講師をやってもらうことは『公私の職務の供与』になります。六光学会は、今回の市長選挙では現職の井上市長の支持を表明しています。六光学会の上層部にいる人は、選挙人というよりは選挙運動者と呼んでいいかも知れませんね。なかには組織的選挙運動管理者もいるでしょう」米山が答えた。
「組織的選挙運動管理者って?」久保田が尋ねた。
「候補者と意思疎通ができる人で、選挙運動の計画立案や調整、選挙運動に従事する人を指揮監督する立場にある人のことです。この組織的選挙運動管理者が買収罪を犯した場合、候補者の当選は無効になり、5年間、同じ選挙で同じ選挙区から立候補できなくなります」米山が答えた。
「いずれにしても、馬の目の前に好物の人参をぶら下げて早く走らせようとするように、有権者受けする新年度の事業予算を見せて票を釣ろうという戦法じゃないの?全く有権者をバカにしているよ」
 風間が吐き捨てるように言った。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第81回)

2017年10月4日ニュース

「井上でございます。家内の君子がいつもお世話になっています。仕事では、男の人の前で話す機会が圧倒的に多いんですが、今日は六光学会婦人部の集会にお招きをいただき、こんなにも大勢の女性の前で、しかも美人さんの前で話すことになって、大変、緊張しています。暫しの間、皆さんのお耳を拝借したいので、よろしくお願いします。まずもって、この度の市長選挙にあたり、六光学会さんからご推薦をいただきましたことを、この場をお借りして感謝申し上げます。さて、皆さのお手元に配布されています市長選のパンフレットをご覧いただきたいと思います。刷り上がったばかりの印刷物で、まだインクの匂いが残っているようです。どっちが表か裏かは分かりませんが、『継続こそ力なり!市政の更なる前進を目指して!』と書いてあります。新田沼市が誕生して間もなく8年が経過しようとしていますが、『中心部ばかりが栄え、周辺部は寂れるばかりだ』という声が時々、私の耳に入ってきます。こんな声を聞くたびに、中心部の旧田沼市地域と周辺部の旧三か町村地域とで、いまだに住民意識のずれが解消していないなあ、と感じることがあります。二年後には合併10周年を迎えます。記念すべき10周年を約10万人の市民が心を一つにして祝うことが住民意識のずれを解消し、これからの田沼市を前進できるのではないかと考えています。間もなく迎える合併10周年を祝うのにふさわしい象徴的な、そして田沼市の輝ける未来を創造するためにも、文化会館と総合体育館の建設が必要だろうと考え、私の選挙公約の目玉事業として挙げました。パンフレットをひっくり返していただくと、「田沼市の輝ける未来を創造するための六つの光」ということが書いてあります。この『六つの光』という言葉は、六光学会さんの名前を拝借させて頂きました。主要な新年度事業が6項目に分類され掲載されています。今ほど言った文化会館は『文化』に、総合体育館は『健康』に分類されています。高齢化が急速に進む中で、文化的で健康な生活を送っていただく上でも、必要な事業だと考えています。もちろん、冬期間の生活道路を確保する上で必要な消雪パイプの整備についても増額しております。また、少子化が進む中で、子育て世代の負担を軽減する意味で、子育て世帯の住宅建設や取得資金の助成、保育料の無料化などを新規事業として挙げました。最後に、文化のところにある『まちなかコンビニ塾』ですが、これは高齢者向けの趣味講座を開設しようというものです。この事業は、妻、いや失礼、婦人部長さんから提案をいただき、新年度事業に加えました。六光学会の会員の皆さんの中には玄人はだしの腕前を持っている方が大勢いると聞いています。その腕前を趣味講座の講師になって活用してもらいたいと考えています。時間があれば、もう少しお話をさせて頂きたいのですが、婦人部長さんから、そろそろ話を閉じてくれとの合図がありましたので、私の挨拶はこれで終わらせていただきます。御清聴ありがとうございました」
 パチ、パチ、パチ 
 井上市長の選挙公約が掲載されたパンフレットは六光学会の婦人部によって市内の会員世帯を中心に配布された。また、井上事務所に派遣された建設会社の社員によって、山田良治県議会議員の後援会報と一緒に市内の全世帯にポスティングされた。更には、居酒屋「寄り道」にも、パンフレットが井上市長の選挙ポスターと一緒に届けられた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第80回)

2017年10月2日ニュース

「市長、そんなに気を使わなくてもいいですよ。いつものことですが、新年度事業予算については、我々、田沼クラブの要望を入れた形で作っているじゃないですか?それが市議会の審議、承認前に、一部が市長の選挙公約として公表されたからといって、文句を言う人はいないじゃないですか。いいことがいっぱい書いてあるしね」
「そうですか。しかし、市議会の承認を得ていない段階で、新年度事業を事業費込みで公表していいのかといった意見も、一部の市議さんから頂戴したものですから、一応、議長さんにはご了解をいただきたいんですが……」
「誰ですか?一部の市議って?新生会や共立党の市議連中ですか?市長選では新人の甘木雄一を推薦するようですが……」
「実は、田沼クラブの市議さんからなんですが……。名前は、ちょっと申し上げられませんが……」
「もしかして小林副議長ですか?」
「ええ、そうですが……」
「小林君は、市長選にまだ色気を見せているようですね。私に任せてください。市長選に出るには時期尚早だと言っておきますよ。ただし、彼の性格からして、市長選からの撤退を働き掛けるには交換条件を出さないと、簡単には引き下がらないと思いますよ」
「承知しています。議長さんに全てお任せします」
「おそらく、それなりの解決金が要ると思いますよ」
「了解しました」
「やー、皆さん御揃いで。ご苦労さまです。奥さん、これは今日の集会に集まった婦人部の皆さんで召し上がってください」建設業協会の山田信夫が菓子折りを井上市長の妻君子に渡した。
「わー、美味しそうな銅鑼焼きですこと。山田会長さんには、ここで婦人部の集会があるたびに、いつも美味しいお菓子を届けて頂いて、ありがとうございます」君子が礼を言った。
「今日はお昼を挟んで六光学会婦人部の集会があるって麗子から聞いていました。それとお昼に出す弁当の注文を頂いたって、妻が喜んでいましたよ」山田が言った。
 山田信夫の妻麗子は六光学会婦人部の役員を務めている。麗子は商店街にある居酒屋『寄り道』の経営者で、昼間は仕出し弁当を作っている。
「ここで集会がある時は、奥様のお店で松花堂弁当を作って頂いています。一流の料理人が作ったお弁当だけに、料亭で食べる懐石料理みたいに美味しいって、皆さん褒めていましたよ」
「ありがとうございます。妻に言っておきますよ」
 井上事務所では六光学会婦人部の集会がお昼を挟んで行われる。お昼に出す弁当は、いつも麗子の店で作ってもらっている。午後に入って、六光学会婦人部の集会が始まった。婦人部長の井上君子が挨拶した。
「会員の皆様におかれましては、休日にもかかわらず、沢山の方から御参加をいただきありがとうございます。ご存知のとおり、市長選まであと2か月ほどとなりました。開催にあたりまして、主人、いや失礼しました、井上市長から一言ご挨拶をいただきます」
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第79回)

2017年9月30日ニュース

「この『まちなかコンビニ塾』は高齢者の生きがい対策のことで、妻から提案されて公約に入れたものです」井上が答えた。
「『高齢者の生きがい対策』ってどういうことですか?」
「悠々自適な引退生活を送っている高齢者が残りの人生を有意義に送ってもらうと、何か生きがいになるものを見つけてもらう目的で、高齢者向けに趣味の教室を設けようというものです。例えば、男性なら写真、女性であれば生け花、とかがありますし、カラオケ、園芸、パソコンなどは性別に関係なく、高齢者に人気のある趣味と聞いていますが……。特に長年、会社勤めをしていた男性が定年退職した後、家に居てもやることがないため、パチンコなどをして時間をつぶしているという話を聞きます。そういった、暇で時間を持て余している高齢者に、生涯学習の機会を与えようというものです」
「それはいいことですね。定年退職して仕事から離れたものの、趣味もなければ友達付き合いもなくなってしまって、買物について行くなど妻から離れようとしない『濡れ落ち葉』とか、一日中、家の中でゴロゴロしていることから、『粗大ごみ』なんて奥さんから嫌味を言われて過ごしている男性諸氏がいるそうですが、そういった方が第二の人生を主体的に生きていく上でも大切なことだと思いますよ。ところで、この事業は民間の専門業者に委託して行うんですか?」
「業者には委託せず、市が直営で実施します。ただし、講師は市内に在住する玄人はだしの方にお願いする予定です。妻の知り合いには、展覧会で自分の作品を展示して、腕前を披露するだけでなく、人に教えたいって思っている方が結構いるそうですよ」
「私の妻も『草月流』の生け花を習っていますが、この度、『四級師範』の資格を取ったことから、お弟子さんを集めて教えることができるって喜んでいました。市主催の趣味講座に生け花も入っているんですか?」の講師に呼んでいただければ」
「講座の内容はまだ決まっていませんが、女性に人気の生け花は当然、入ると思います。その時は、遠山議長さんの奥様から講師をお願いしたいと思います」
「ありがとうございます。妻もきっと喜ぶと思います。ところで、この趣味講座を開催する場所は公民館ですか?」
「公民館は趣味講座の生徒さんが作品や練習の成果を発表する場として使うことになると思います。作品を制作したり、練習したりする趣味講座の開催場所は商店街の空き店舗を活用します」
「だから、この趣味講座の名前が『まちなかコンビニ塾』となっているんですね」
「そうです。近くのコンビニに買い物に行くように、誰でも気兼ねなく入って参加できるようにと空き店舗の活用を考えました。空き店舗の活用は吉野課長のアイディアです」
「空き店舗が趣味講座の教室に生まれ変わるわけですね。趣味教室に通ったついでに商店で買い物をする人もいると思いますので、人通りが少なくなった商店街に再び賑わいが戻るってくるんじゃないでしょうか。このパンフレットを有権者に見せれば、幅広い支持が期待できますね」
「あらかじめ遠山議長さんに相談して作成すればよかったんですが、新年度の主要事業をそのまま私の選挙公約に借用させてもらいました。本来は、三月の市議会定例会で御審議、御承認を頂く新年度の事業予算ですが、その前に、私の選挙公約として公表されてしまいますが、ご了解いただけますか?」
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第78回)

2017年9月28日ニュース

 2月上旬、井上将司市長は、事務所に詰めている選挙スタッフに挨拶をした。
「おはようございます。市長の井上です。これまで公務に忙殺され事務所に足を運ぶことがなかなかできず、選対本部長の遠山議長さん始め、スタッフの皆さんに大変お難儀をお掛けしていることをお詫び申し上げます。告示日まで2か月ほどとなり、これから益々忙しくなってきますが、よろしくお願いします」
 井上陣営の事務所に詰めている選挙スタッフは、田沼市建設業協会加盟の建設会社から派遣された男性社員と宗教団体「六光学会」田沼支部の婦人部会員だ。建設会社から派遣された社員は選挙用の印刷物のポスティング業務を担当し、六光学会の婦人部会員はお茶出しなどの内勤業務のほか、印刷物の会員宅への配布を担当する。婦人部長の井上君子は井上市長の妻だ。六光学会は市長選挙では井上氏支持を表明している。六光学会田沼支部の会員数は3500人余りで、有権者総数の4・1%を占める。無視できない組織票だ。
 井上陣営の市長選挙向けの政策パンフレットが、数日前に事務所に搬入された。一面には井上将司市長の顔写真と経歴、市長としての3期12年間の実績が列挙されている。上段には「継続こそ力なり!市政の更なる前進を目指して!」こんなチャッチコピーが掲載されている。二面には公約にあたる政策が掲載されている。上段には「田沼市の輝ける未来を創造するための六つの光」というチャッチコピーが掲載され、新年度事業予算が6項目に分類され掲載されている。
一.子育て
〇子育て世帯の住宅建設・取得資金の助成…5800万円(新規)
〇保育料の無料化(第二子以降)…3200万円(新規)
〇子供の医療費助成(中学卒まで)…3500万円(拡充)
二.教育
〇田沼第一中学校増築・大規模改修事業…3億7000万円(新規)
〇小中学校施設の耐震化・大規模改修事業…12億9000万円(新規)
三.健康
〇総合体育館整備事業(設計業務委託)…5700万円(新規)
〇高齢者の人間ドッグ受診費用助成…2500万円(新規)
〇高齢者の体育施設使用料の免除…140万円(新規)
五.生活 
〇住宅リフォーム助成事業…2億2000万円(拡充)
〇消雪パイプ整備事業…8億7000万円(拡充)
〇国道バイパス接続市道整備事業…5億3000万円(新規)
〇公民館の耐震化・大規模改修事業…5億4000万円(新規)
〇支所庁舎の耐震化・大規模改修事業…7億4000万円(新規)
六.文化
〇文化会館整備事業(設計業務委託)…6300万円(新規)
〇まちなかコンビニ塾…1200万円(新規)

「井上市長、このパンフレットはよくできていますね。事業費を入れたことで、インパクトのあるものになっていますよ。我々会派の要望も入れてもらって、例年になく公共事業予算が増額になっています。子育て支援の事業予算もちゃんと確保されていて、子育て世代への配慮も忘れていませんね。原案は誰が考えたんですか?」井上陣営の選対本部長で市議会議長の遠山信一が尋ねた。
「原案は市長政策課長の吉野君が作ってくれました。彼は頭脳明晰な職員ですよ」井上が答えた。
「そうですね。吉野課長は議会事務局に議事調査係長として三年ほど在籍していたことがありましたが、ぴかいちの職員でしたよ。新人議員は彼に頼りきりで、初めて臨む市議会定例会で、一般質問の勘所について、親身になって相談に乗ってくれていましたよ」
「私も、時々、彼の頭を借りることがありますよ」
 市長政策課長の吉野昌夫は、井上市長の政策ブレーンとして重用されていた。同期入庁組の中で一番早く課長に昇進した。庁内では次の総務部長と目されている。
「ところで井上市長、6の文化のところにある『まちなかコンビニ塾1200万円』とありますが、これはどんな事業ですか?この事業も吉野君の発案ですか?」遠山が尋ねた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第77回)

2017年9月26日ニュース

「井上さん、あんたも県職員を長くやっていたから、その辺の事情が分かるだろう?田沼市にある県営東部工業団地は元々、工業団地には不向きな場所だったんだ。高速道路のインターからは遠いし、国道のバイパスから工場団地に通じる県道も市街地を通っているためにアクセスは非常に悪い。あれは渡辺前知事とあんたの前任の長谷川寅蔵前市長が仕組んだ公共事業だよ。当時県の土木部長だった長谷川さんが田沼市長選挙に出るというもんだから、渡辺前知事が長谷川さんの持参金代わりにしようと、あの場所に100ヘクタール規模の工業団地構想をぶち上げたんだ。田沼市内で行われる県の公共事業が先細りするなかで、市内の建設業界の票を長谷川さんに集めるためにやったものだ。もちろん私の選挙のためもあるけどね」山田県議は苦笑いをしながら答えた。
 20年前の4月に行われた統一地方選挙で長谷川寅蔵前市長と山田良治県議会議員は初当選を果たした。山田県議は話を続けた。
「県営工業団地がある場所は牛の飼料用に使っていた採草地だった。ガットのウルグアイ・ラウンドで米国産の牛肉とオレンジの輸入自由化が決まった以降、国内の畜産業が衰退していった。肉牛中心の田沼市の畜産業も大きな打撃を受けて廃業する畜産農家も沢山あった。そんな中、要らなくなった採草地を県の企業局が買い取って工業団地として造成したものだ。二束三文の土地が県事業の公共用地として高く売れたもんだから、廃業した畜産農家も喜んだよ」
「確か、山田さんの実家も畜産農家だったんじゃないですか?」井上は山田兄弟に向かって言った。
「正直なところあの時に入った土地代金でウチもAランクの業者に仲間入りできました。それに5年間続いた工場団地の造成工事のおかげで我々地元の建設業界も息を吹き返しましたよ。あの工業団地の造成工事がなければ畜産農家のように我々の業界も干上がっていたでしょうね」
 山田会長は苦笑しながら答えた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第76回)

2017年9月24日ニュース

「失礼します」建設課長の佐々木健一が入れ替わりで市長室に入ってきた。
 佐々木は山田会長と山田県議に一礼した。
「佐々木さん、いつもお世話になっています。4月からはよろしくお願いします」
 山田会長が佐々木に挨拶した。
「あ、そうか。佐々木君は4月から建設業協会の事務局長になるんだってね?」井上が言った。
「はい、事務局長のポストが4月に空席になるんで、山田会長さんからウチに来てくれないかと頼まれまして……」佐々木が言った。
「この前、佐々木君に頼んでおいた来年度発注予定の公共工事の一覧表はできたかね?」
 井上が言った。
「はい、出来上がっております」
 佐々木は「平成27年度田沼市建設工事発注見通し」と題する資料を3人に配った。
 この資料には建設課が来年度に発注する公共工事について、工事名、施工場所、施工期間、工事概要、概算事業費、入札契約の方法、入札予定時期などが書いてある。資料に目を通した井上は山田会長に言った。
「山田さん、これらの公共工事を受注する業者を建設業協会の方であらかじめ決めておいてほしいんですが……」
「分かりました。例年よりも発注件数が多くなっているようですが?」
「はい、今年度よりも予算規模が3割増しになっていますし、それと、より多くの会員企業に仕事をしてもらおうと、大きな工事は細かく分けたので発注件数が多くなっています」
 井上は山田会長に答えた。
「佐々木君、ありがとう。もういいよ」佐々木課長は一礼して退席した。
 山田県議が資料を見ながら県の補助事業について説明を始めた。
「井上市長、市長選の公約の柱になっている文化会館と総合体育館の整備事業については、私が県の担当課に頼んで補助額を嵩上げしてもらったよ。それに国道バイパスに接続する市道の新設についても県の担当課に掛け合って補助率を引き上げてもらった。それと、これは県事業だが国道から県営工業団地に伸びる県道のバイパス新設が決まった。来年度予算で用地測量が行われることになっているよ」
「さっき、吉野君から財政が裕福な戸板市の話がありましたが、あそこは市営の工業団地に工場がたくさん進出した結果、固定資産税などの市税収入が増えて、交付税の不交付団体になったんですよね。田沼市の子育て世代が、就業の場がたくさんあって、子育て支援も充実している戸板市に逃げているというような話も聞きます。それに比べて、ウチにある県営工業団地の方は、分譲を開始して20年近くにもなりますが、さっぱり工場が増えていません。それどころか団地の半分近くが太陽光パネルで埋まっています。どうしてあんな不便な場所に、県は100ヘクタールもの工業団地を造成したんでしょうかね?」井上は山田県議に尋ねた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第75回)

2017年9月22日ニュース

 一月下旬、井上は市長政策課長の吉野昌夫を市長室に呼んだ。市長室には田沼市建設業協会長の山田信夫と山田の実弟で県議会議員の山田良治がいた。
「吉野君、座りたまえ」井上が言った。
「吉野君、今ほど新年度事業から市長選の公約に盛り込む政策について山田会長と山田県議とで話し合っていたんだが、公共事業の絞り込みはほぼ終わった。あとはソフト事業の中から市長選の公約に入れた方がいいものを君に伺いたいが……」
「そうですね、田沼市は少子高齢化が周辺の市町村よりも進んでいますから、子育て世帯向けの政策と高齢者向けの政策を打ち出した方が広く有権者にアピールできると思います」
 吉野課長は、昨年行われた国勢調査の結果をまとめた資料を配って説明を始めた。
「田沼市の総人口に占める15歳未満の人口の割合は2割です。一方、65歳以上の人口の割合は3割です。田沼市は県内19市の中で最も子供の割合が少なく、お年寄りの割合が最も高くなっています。分かり易く言えば、10人いると子供が2人、お年寄りが3人、残りの5人が働いている世代ということです。また一人の女性が生涯に産む子供の数を示した合計特殊出生率も田沼市は県内最下位の1.16です。これは何を意味するかといえば、田沼市の子育て世帯の多くは子供が一人しかいないということです。ちなみに県内で一番高い出生率になっているのは戸板市の1.96です。市営の工業団地に企業進出が続いたおかげで、普通交付税の不交付団体になっている戸板市は財政力が県内一位です。自由に使える財源が潤沢にある戸板市は子育て政策が充実しています。一例を挙げれば、保育料の無料化とか、学校給食費の無償化とか……」
「吉野君、金持ちの戸板市の話はもう、それでいいよ。要するに、私の選挙公約に何をチョイスしたらいいのか、君の考えを聞かせてもらいたい」
 吉野課長は新年度のソフト事業(新規)の一覧表を3人に配って説明した。
「まず、子育て支援策から申し上げますと、子育て世帯の住宅建設資金の助成なんかどうでしょうか?子育て世帯が市外に流失しないための施策ですが、子育て世帯が住宅建設したり取得したりした場合、建設費や取得費の一部を助成するものです。保育料の無料化もいいと思います。これまでは、対象世帯を生活保護世帯や住民税の非課税世帯に限っていましたが、子供が2人以上いれば全員、無料にします。次に、高齢者対策としては、高齢者の人間ドック受診費用の助成なんかどうでしょうか?会社勤めの頃は、会社の助成があって安く受診できたのに、退職したら全部自己負担になったので何とかして欲しいという声が沢山、市に寄せられています。それと高齢者の体育施設使用料の免除なんかもいいと思います。最近、健康寿命を延伸しようと室内スポーツを始める高齢者が増えていますから……」
「吉野君、ありがとう。もういいよ」吉野課長は一礼して退席した。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第74回)

2017年9月20日ニュース

「しかたがありませんよ。県の土木部出身の殿は、ヒトよりもコンクリートがお好きなようですから」
 佐野が言った。
「複合施設にした方がいいって、殿に入れ知恵をしたのは中山部長だろう?」杉田が佐野に尋ねた。
「吉野市長政策課長じゃないですか?市長の政策ブレーンを自認する吉野課長はその辺のことは熟知していると思われます」佐野が言った。
 市長政策課長の吉野昌夫は井上市長の懐刀として庁内で幅を利かせていた。吉野課長は異例のスピードで課長に昇進して、次の総務部長と目されている。
「『殿、ご乱心』と言って、暴挙を止めさせる者がいないのかね?」杉田が冗談めかしに言った。
「殿中にはいませんねえ。殿を代えるしかないと思います」佐野が言った。
「殿を代えるしかないか……。ところで坂井さん。健全化法の4指標はどうだったかな?昨年度の決算額から出した健全化判断比率だけれど?」杉田が尋ねた。
「今、資料を持ってきます」坂井係長が資料を取りに自席に戻った。
 地方公共団体(都道府県、市区町村)の財政状況を統一的な指標で明らかにし、財政の健全化や再生が必要な場合に迅速な対応を取るために、財政健全化法が平成21年4月に施行された。同法で設定された財政の健全性を示す次の4つの指標(健全化判断比率)が設けられた。
1.実質赤字比率(税収や地方交付税に対する赤字額の割合)
2.連結実質赤字比率(公営ギャンブルや宅地造成、観光事業などの特別会計を加えた赤字額の割合)
3.実質公債費比率(税収や地方交付税に対する地方債などの借金の割合)
4.将来負担比率(第三セクターや地方公社など関連団体を含めた将来の借金負担の重さを示す)
 上記、4つの健全化判断比率に基づいて、早期健全化基準以上である地方公共団体は「財政健全化団体」に、財政再生基準以上である地方公共団体は「財政再生団体」に認定され、国の指導の下で財政再建に取り組まなければならない。
 早期健全化基準は、自主的な改善努力による財政健全化が必要な水準(黄色信号)で、実質公債費率が25.0%(財政再生基準)を超えると、財政健全化計画の策定が求められる。実質公債費率が35.0%(財政再生基準)を超えると、国等の関与による確実な再生が必要な水準(赤信号)となり、財政再生計画を策定し、国から厳しい財政再建が求められる。平成19年に財政破たんした北海道夕張市が財政健全化法に基づき「財政再生団体」第1号に認定された。
 テーブル席に戻った坂井が資料のコピーを配って説明を始めた。
「実質赤字比率と連結実質赤字比率は、赤字が発生していないので、『該当なし』です。次に実質公債費比率ですが、これは24.5%になっています。4番目の将来負担比率は320.0になっています。これら2つの指標は、いずれも早期健全化基準の25.0%、350.0%に近づいています」
 坂井が言った。
「北海道夕張市のように、田沼市が財政破たんしないことを祈るばかりだよ」
 杉田が苦笑いしながら言った。
(作:橘 左京)

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