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小説「強欲な町」(第8回)

2018年3月19日ニュース


[マモン コラン・ド・プランシー『地獄の辞典』より]

第2章 田沼市立病院建設工事(その1)

 平成19年12月。割烹「越中屋」に、田沼市長の井上将司、田沼市議会議長の高橋紘一、田沼市土地改良区理事長の松本正蔵、田沼市選出の県議会議員山田良治、山田組社長の山田力、富山建設の佐川郁夫の6人が集まって、酒宴が開かれた。
「今年も残すところ僅かになりました。本日は、当館にお越しをいただきありがとうございます」
 越中屋の主人、岡本聡が居並ぶ一同に挨拶した。
「越中屋さん、この建物の佇まいには驚きました。光沢のある柱や梁、それに床板に壁板と、部屋中を包み込むかぐわしい香り。使われている建材は桧ではありませんか?」佐川が尋ねた。
「はい、木曽桧です」岡本が答えた。
「ほお!」一同、感嘆の声を上げた。
「店を拡張するため、空き家だった隣家の建物、昔は商家だったそうですが、その商家を土蔵ごと買い取りました。建物は明治30年頃に建てられ、100年以上は経っていますが、使用されている木材が桧だけあって、法隆寺みたいに、この先1000年は使えるんじゃないですか」岡本が答えた。
「おお!」一同、再び感嘆の声を上げた。
「越中屋さん、土蔵は何に使うんですか?」高橋が尋ねた。
「夏場の座敷として使います」
「夏場の座敷ですか?」
「土蔵は天井板を張らない『晒し屋根』になっているので、部屋の中は意外と涼しいです。現在、内装工事をしていますが、来年の6月頃にはオープンできると思います」
「この建物と土地を買っていただいた越中屋さんには感謝していますよ」井上が言った。
「井上市長さん、今、越中屋さんに買ってもらったって、おっしゃいましたが、どういうことですか?」松本が尋ねた。
「この土地の持ち主は長い間、市税を滞納していて、市では何度も督促状を出して納税を催促したんですが、それでも納めてもらえないもんだから、やむなくこの土地を差し押さえ、建物付きで公売に出したんですよ。訳ありの物件だったんで、なかなか買い手がつかなくて困っていたんですが、店を拡張したいからといって、越中屋さんから公売に参加してもらって、建物と土地を買ってもらいました。おかげで、5年分の滞納金を回収することができましたよ」井上が答えた。
「訳ありって、どんなことですか?」佐川が尋ねた。
「私の口からは申し上げられません」井上が言った。
「不動産業もやっている越中屋さんのことだから、何が訳ありなのか、分かっているんでしょう?」
 佐川が尋ねた。
「前の持ち主が土蔵の中で首つり自殺をしたってことでしょう?」
 松本が横から口をはさんだ。
「ええ!ほんとうですか!」佐川が驚いた様子で岡本に顔を向けた。
「訳あり物件だってことは百も承知の上で入札に参加しました。もっとも、入札に参加したのはウチだけでしたが…。おかげで、破格の値段で買うことができました」岡本が答えた。
「佐川さん、誤解しないでください。市税の滞納金を回収するために、越中屋さんに頼んで、買ってもらったんですよ。たまたま、越中屋さんがお店の拡張を考えていたことから、タイミングよく、越中屋さんから買ってもらいました。買い手が見つからなければ、滞納している市税を回収できず、監査委員から指摘されますよ」井上が言った。
「さー、熱いうちに召し上がってください。当店の冬の名物料理、天然の鴨肉を使った鍋料理です」
 岡本の説明が終わると、脇に控えていた仲居がグツグツと音を立てながら蒸気を上げている土鍋の蓋を取った。
「おお!」
 緑色のニラと紫紺の鴨肉が視界に飛び込んできた。鍋から立ち昇った匂いに一同、鼻をひくひくさせた。岡本は話を続けた。
「当店自慢の鴨鍋ですが、代々伝わる割り下を使った鴨すきでございます。一人前約半羽を使い、食べごたえは十分あります。骨を細かく砕いて混ぜた鴨団子は、力強い肉の旨みの中に独特の歯触りを持ちます。胸肉や腿肉はあまり煮込まずに、柔らかな肉質をお楽しみください」
 岡本は一礼した後、宴席を離れた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者