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小説「廃屋の町」(第116回)

2017年12月13日ニュース

 一人の男が井上陣営の選挙事務所を訪ねて来た。
「ごめんください」
「どちら様ですか?」事務所にいた選対本部長の遠山信一は男に尋ねた。
「初めまして、私はこういう者です」
 男は遠山に名刺を差し出した。男から差し出された名刺には「岡本政治経済研究所 所長 岡本聡」と記入されていた。
「どういうご用件でしょうか?」
「私どもの研究所では、この4月に行われる田沼市長選挙に関して、1月下旬に電話によるサンプリング調査を実施しました。今日はその結果を持ってきました」
 遠山は電話によるアンケート調査があったことを家族から聞いていた。岡本は遠山に資料を見せながら、調査結果についての説明を始めた。岡本が示した市長選挙のサンプリング調査には次の4つの質問項目が設定されている。
1.投票に行くかどうか(①行く、②行かない、③分からない)
2.市の政策に何を望むか(①福祉、②教育、③生活、④景気、⑤分からない)
3.市長に誰が適任か(①井上氏、②甘木氏、③分からない)
4.性別は(①男性、②女性)
 サンプリング調査は市内の全世帯の10分の1にあたる3200世帯を無作為に抽出して行われた。調査日は1月23日。調査結果は、抽出した3200世帯に電話を掛けて回答のあった830世帯を分析したものだ。結果表には、1から4までの質問に回答した人数と割合が印字されている。第3の「市長に誰が適任か」という質問に対しては520人が回答している。
 遠山は「市長に誰が適任か」の調査結果に目を向けた。甘木氏135人(26%)、井上氏105人(20%)、分からない280人(54%)という数字が書いてあった。また、その下には甘木氏16129票、井上氏9537票、分からない30294票という票数が書いてあった。甘木と井上の票差があまりにも開いていたことから、遠山は驚いた。
「この調査結果を見ると、ウチの陣営が不利になっているようだが……。田沼市の有権者は約85000人いる。『誰が市長に適任か』の質問に回答した520人は有権者数の僅か0.6%じゃないか。こんな少ない人数を調べて出した調査結果では信用できないね」
 遠山は電卓をたたきながら言った。
「確かに抽出した3200世帯は田沼市の全世帯の1割弱ですし、実際に回答した830人は全有権者の1%弱です。しかし、回答した830人は全有権者85000人の投票行動を代表しています。有権者全体を代表している証拠は、回答した男女別の比率を見れば分かります。男性が48.4%、女性が51.6%です。この男女比は田沼市が直近に行った人口統計の男女比とほぼ同じになっています」
「分かったよ。それでどうなるの?」
「今回の市長選挙の投票率を前回の市長選挙と同じ66%に設定します。理由は今回の市長選挙は、現職と新人の一騎打ちになった前回市長選挙と同じ構図になっているからです。66%の投票率をもとに最終的に投票に行く人数を出すと約56000人になります。残りの29000人は、最初から棄権する人たちです。次に、1の『投票に行くかどうか』の質問で、投票に行くと答えた人が30%、投票に行くかどうか分からないと答えた人が50%です。残り20%の人は投票に行かないと答えた人です。投票に行く30%の人は投票先が既に決まっています。問題は投票に行くかどうか決めていない50%の人たちです。この人たちは選挙の告示日が近づくにつれて、必ず投票に行く人と都合や天候によって投票に行かない人とに分かれてきますが、都合や天候によって投票に行くかどうか分からない人も投票先が決まれば必ず投票に行きます。投票に行くかどうか分からない50%と前回市長選で棄権した34%の差は16%です。この16%にあたる13600票は投票に行くけれども投票先を決めていない票です。この票をこちらの陣営に取り込めば勝算は充分にあります」
「要するにどうすればウチが勝てるんだね。分かり易く説明してもらいたい」
 遠山は顔をしかめて言った。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者