2018年3月
« 1月   5月 »
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

ブログ

小説「強欲な町」(第4回)

2018年3月11日ニュース


[マモン コラン・ド・プランシー『地獄の辞典』より]

 数日後、森田由美子が田沼市役所に井上市長を訪ねた。
「失礼します。市長、森田さんという女性の方が市長と面会したいといらっしゃいましたが…」
 市長室に入った総務部総務課秘書係長の日下部俊夫が一礼して言った。
「森田?ああ、分かった。日下部君、この後の日程はどうなっていたかね?」
「はい。午後1時半から、長谷川理事長さんとの面談が入っていますが、午前中は特に予定は入っていません」
「そうか。森田さんを部屋にお通して」
「はい、承知しました」
「失礼します」
 黒の上着とスカートを穿いた森田は、一礼して市長室に入った。森田が市長室に入るのを確認した日下部は市長室のドアを静かに閉めた。
「井上市長さん、本日はお忙しい中、お時間を割いていただきありがとうございます。先日、奥様からご連絡をいただき、市長さんからご契約いただいた『トリプル・リターン』について、ご説明申し上げたく伺いしました」
「さー、どうぞ」井上は森田に着座を促した。
 コの字型に配置されたソファーの肘掛け椅子に井上が座って、井上の右側のソファーに森田が座った。森田は黒い営業鞄から書類を取り出して、説明を始めた。
「市長様からご契約いただいた『トリプル・リターン』は、日本株式と外国株式をそれぞれ50%ずつ組み入れた資産で運用されています。外国株式の大部分はアメリカの株式ですが、今回のリーマン・ブラザーズの経営破綻が金融市場に与える影響は限定的と考えています。リーマンの身売り先の交渉にあたって、アメリカ政府当局は仲介の労をとっていますが、一民間企業の経営問題として片づけ、最終的には公的資金の注入を拒否しました」
 傍らで森田の話を聞いていた井上は、かつて「四大証券」の一角にあった山一證券の経営破綻を思い出した。不正会計(損失隠し)事件を起こした山一證券は、事件後、政府による資金注入を受けることなく経営破綻し、平成9年11月24日に廃業した。森田は話を続けた。
「市長様から買って頂いた『トリプル・リターン』は長期の運用で高いリターンを得ることを目的に販売された商品です。この資料をご覧ください」
 森田は鞄から『トリプル・リターン』の月次運用レポートを取り出した。過去10年間の運用実績の推移グラフが表示されたページを開いて井上の前に示した。
「この資料を見てお分かり頂けると思いますが、『トリプル・リターン』が販売された平成10年の運用資産(投資信託)の基準価格を100とすれば、平成20年の価格が300になっています。100から300ですから、運用資産の価格が『トリプル』つまりは3倍に増えたことになります…」
「森田さん、この資料、同じ向きで見た方がいいね。あなたも説明し易いでしょう」
 井上は肘掛椅子からソファーに移って森田の左横に腰を寄せた。井上の右腕は森田の腰を絡めた、左手は森田の太腿に伸びた。
 資料に目を落としていた森田は顔を井上に向けて、
「市長さん、いけませんわ。場所が違います」
 太腿に触れた井上の左手を右手で追い払うようして言った。
「そうだね、由美ちゃん。この話の続きは二人きりになれる静かな場所で聞かせてもらうよ」
 井上と森田は井上が富山県職員時代の上司と部下の関係であった。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「強欲な町」(第3回)

2018年3月9日ニュース


[マモン コラン・ド・プランシー『地獄の辞典』より]

 9月16日付けの富山毎日新聞の一面には「リーマン・ブラザースが経営破綻!負債総額、約6000億ドル(約64兆円)!米金融市場がマヒ、世界的金融危機に発展か!」という見出しで、次の記事が掲載された。
 米証券4位のリーマン・ブラザーズ・ホールディングスが9月15日に米連邦破産法の適用を申請した。リーマン・ブラザーズは、破綻の前日までアメリカ合衆国財務省や連邦準備制度理事会(FRB)の仲介の下でHSBCホールディングスなど複数の金融機関と売却の交渉を行っていたが、米政府が公的資金の注入を拒否していたことから身売り交渉は不調に終わった。
 リーマン・ブラザーズが経営破綻した2008年(平成20年)9月15日(月)は、日本では敬老の日で休日だった。リーマンの経営破綻は取引が始まった翌日16日の東京株式市場に影響が出た。その日の日経平均の終値は前日比605円4銭円安の11,609円72銭で、下落率は4.9%。1日の下落率としては歴代の20位にも入っていなかったが、これが歴史的な暴落の始まりとなった。

「大丈夫かな?」
 リーマン・ブラザースの経営破綻を報じた富山毎日新聞を読んでいた田沼市長の井上将司は呟いた。
「大丈夫かなって、あなた、一体何のことですか?」
 朝の食卓で、井上と向かい合わせに座っている妻の君子が尋ねた。
「私が入っている保険のことだよ。君の友人で、保険の外交員をやっている森田さんね」
「全国生命の森田由美子さんのことですか?その森田さんがどうかしましたか?」
「森田さんから勧められて入った生命保険って、確か変額保険だったよね」
「はい、そうですが。それがどうかしましたか?」
「変額保険って、元本割れのリスクがある保険じゃなかった?」
「確かに、運用成績が悪いと、満期に受け取る保険金は基本保険金の1億円を下回ることもありますが、死亡した場合に受け取る保険金の方は1億円が保証されているので、大丈夫ですよ。逆に、運用が良ければ1億円以上の保険金が支払われますが…」
「私が死んだ場合の保険金を受け取るのは、君だろう?」
「はい、受取人は私になっていますから、そういうことになりますが…」
「そんなことは分かっているよ。私が心配しているのは、満期になった10年後に私が受け取る保険金のことだよ。森田さんに勧められ、日本と外国の株式で運用するタイプを選んだけど、リーマン・ショックの影響で運用成績が落ちてくるんじゃないかと心配しているんだよ」
「今、森田さんから勧められて入ったとおっしゃいましたが、『ハイリスク・ハイリターン』の商品を選んだのは、他でもないあなたご自身じゃなかったですか?」
「確かに、長期に亘って運用すればリスク以上に大きなリターンが得られると言われ『トリプル・リターン』を選んだのは私だが…」
 変額保険は、顧客から預かった保険料(資産)を主に株式や債券などの有価証券に投資し、資産の運用実績に応じて、受け取る保険金額が変動する金融商品だ。運用が良ければ受け取る保険金が増え、悪ければ保険金が減る仕組みになっている。しかし被保険者が死亡した場合に受け取る保険金は、運用実績が悪くても契約時にあらかじめ決めた基本保険金が支払われる。
 一方、運用が好調な場合は基本保険金額を上回る死亡保険金を受け取ることができる。運用実績に関係なく保険金額が保証されている定額保険と違って、変額保険の運用リスクは契約者自身が負うことになっている。日本では、保険審議会の答申を受けて、昭和61年10月から、生保最大手の「全国生命」が初めて変額保険を発売したのを機に、順次、他の生保も変額保険の販売を始めた。
 井上が契約した変額保険は、死亡・高度障害保険金(基本保険金)を1億円として、保険料は年払いで200万円に設定された全国生命の主力商品「トリプル・リターン」だ。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「強欲な町」(第2回)

2018年3月7日ニュース


[マモン コラン・ド・プランシー『地獄の辞典』より]

「私ですか?私の場合、国債で運用しているので、所長や野上さんが持っている投資信託のように元本割れの心配はありません」
「国債って、個人向け国債ですか?」
「はい、変動金利の10年満期の国債です」
「変動金利ですか。一般的には、株価が下がると金利が上昇し、反対に株価が上昇すると金利が下がるといわれています。日経平均株価の動きに注意を払った方がいいと思いますよ。また金利は為替と密接に関係しています」
「金利が為替と関係があるって、どういうことですか?」佐久間が甘木に尋ねた。
「分かりやすく説明すると、まず、為替相場が円高になった場合を考えてみましょう。円高というのは、外国の通貨と比較して円の価値が高くなるという意味なので、円高になれば外国製品がたくさん買えることになります。石油、食料品、原材料など海外から輸入している製品が安く買えることになるので物価は下がります。物価が下落すれば金利は低下します。従って、為替相場が円高に動けば金利は低下してきます。反対に、為替相場が円安になると、輸入品の値段が高くなるので、日本国内の物価は上昇します。円安というのは、円の価値が下がるという意味なので、円安になれば海外製品が少ししか買えなくなります。その結果、物価が上昇し、連動して金利も上昇します。従って、為替が円安に向かえば金利は上昇します。また、日本と外国との金利差も日本の金利に影響を与えます。ここでいう金利は政策金利のことを指しますが…」
「今、所長がおしゃった政策金利って何ですか?」佐久間が甘木に尋ねた。
「政策金利は、各国の中央銀行が普通銀行に対して融資をする際の金利のことです。日本と外国とで金利差があると、二国間でお金が移動したり、為替が変動するからです。例えば、日本とアメリカの金利差が拡大したケースを考えてみます。日本の金利が下がって、アメリカの金利が上がった場合、日本の金融商品に投資するよりもアメリカの金融商品に投資した方が有利ですよね。なので、円をドルに換えてアメリアの金融商品を買おうと円売り・ドル買いが進みます。アメリカに向かって日本から、どんどんお金が出て行くので、ドル高・円安がなります。では反対に、アメリカの金利が下がって日本の金利が上がった場合はどうでしょうか。この場合、日本の金融商品に投資した方が有利になりますから、ドルを円に換えて日本の金融商品を買おうと円買い・ドル売りが進みます。このように、アメリカからどんどん日本にお金が入ってくるようになり、円高・ドル安になっていくのです」
 甘木が自信ありげに答えた。
「ということは、私が持っている国債は、半年ごとに金利が変動するタイプなので、為替の動きにも注意しないといけないってことですね」佐久間が言った。
「そういうことになりますね。お金は国境を越えて移動していますので、国内だけでなく、海外の経済の動きにも注視する必要がありますね」甘木が話を締めくくった。
「佐久間さん、コスモスの花って、ピンク色だけかと思ったけど、赤や白、黄、オレンジと様々な色があるんですね」佐久間が先ほど、花瓶に活けたコスモスを見ながら野上が言った。
「そうなんです。コスモスは秋桜という別名もありますが、花びらの色が桜のようにピンク色だけじゃないんですよ」佐久間が笑顔で答えた。
「『乙女の真心』、『乙女の愛情』でしたね」色とりどりのコスモスを眺めながら甘木が言った。
「所長、それって、コスモスの花言葉ですか?」野上が尋ねた。
「当たり!清純な佐久間さんのイメージにぴったりな花ですね」
 野上の言葉を受けて佐久間は頬をほのかに紅潮させた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「強欲な町」(第1回)

2018年3月5日ニュース


[マモン コラン・ド・プランシー『地獄の辞典』より]

第1章 リーマン・ショック(その1)

「所長、今朝の新聞、ご覧になりましたか?」
 野上敏夫が甘木雄一に富山毎日新聞の一面を見せながら言った。
「ああ、これね。リーマン・ブラザースの経営破綻でしょう?」
「そうです。今後、日本の金融市場にも影響が出てくるんでしょうか?『アメリカがくしゃみをすれば、日本が風邪をひく』って、よく言われていますけど…」
「名目GDP(国内総生産)が世界第1位のアメリカと第2位の日本との経済関係を考えれば、そういう見方もできるけど、現時点では何とも言えないね。むしろ大きな影響が出るとすれば、アメリカ市場への貿易依存度が日本よりも高い中国の方じゃないだろうか?GDP3位の中国が日本を追い抜いて第2位になるのも時間の問題だからね」
「今日から始まる東京株式市場がどのような反応を示すか気になるところですが…。ところで、所長は株式投資とかはおやりになっているんですか?」野上が尋ねた。
「株は持っていないけど、投資信託は3本持っているよ。いずれも外国の株式や債券で運用しているファンドだから、株価・金利・為替の動向を注視しないとね。野上君も投資信託とかで資産運用しているの?」甘木が尋ねた。
「私ですか?私も投資信託を2本持っていますが、運用先が日本株中心のファンドなので、リーマン・ショックの影響はないと思いますが…」
「問題は為替相場の動向だね。リーマン・ショックの影響で、為替が円安・ドル高に向かえば、自動車・電子機器など外需・輸出型企業の株価は上がってくるし、逆に円高・ドル安に動けば、外需・輸出型企業の株価は下がり、電力、ガス、化学などの内需・輸入型企業の株価は上がってくる。野上君が持っている日本株ファンドに組み入れられている株式は、輸出型と輸入型のどっちの比率が大きいの?」
「私の持っているファンドは、日経平均株価の動きに連動したインデックス型です」
「そうですか。日経平均株価はニューヨークダウ平均株価の影響を受けやすいから、ニューヨークダウ平均の動きにも注意した方がいいね。佐久間さんの方は大丈夫ですか?」
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者