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小説「祭ばやし」(第14回)

2017年2月8日ニュース

 祭典委員としての夜の仕事が待っていた徹は早めの夕食をとって集合場所の公園に出掛けた。男衆の担ぐ大灯篭、女衆が担ぐ女性灯篭が台座に据えられている。辺りが薄暗くなってきた。灯篭に灯が灯された。蝋燭の炎の揺らぎが灯篭に描かれた武者絵と般若絵を怪しく映し出す。一升瓶に入った日本酒が白い猪口に注がれ、灯篭の担ぎ手など参加者に振る舞われた。男衆のなかには顔を赤らめた若者もいる。
 エイサ、エイサ、エイサ
 エイサ、エイサ、エイサ
 提灯を持った先導役、男衆と女衆が担ぐ灯篭、祭りの文字が入った大きなうちわを持った者、飲み物を積んだ台車の順で動き出した。蝋燭の火に灯された灯篭が暗くなった町内の小路を巡行する。男衆が担ぐ大灯篭が大通りに出ると、隣の町内会の大灯篭と会遇しぶつかり合った。
 エイサ、エイサ、エイサ
 エイサ、エイサ、エイサ
 押し合いで熱くなった男衆の体めがけて柄杓に入った水が浴びせられた。男衆の体の熱りが水を白い蒸気に変えて周囲に立ち昇った。
 ヒュー、ダーン
 ヒュー、ダン、ダン、ダン
 どうやら瓢箪池の湖畔で花火の打ち上げが始まったようだ。大小様々な色と形の花火が夏の夜空を飾った。徹にとって、花火は子供の頃から見慣れた夏の風物詩だ。今ごろ家では由紀子と春香が2階で花火を見ていることだろうと、徹は思った。
 エイサ、エイサ、エイサ
 エイサ、エイサ、エイサ
 ぶつかり合いを演じた男衆の灯篭は一路、諏訪神社に向かった。徹が随行する女衆の灯篭も神社に向かった。
 エイサ、エイサ、エイサ
 御神体を乗せたお神輿が巡行を終えて神社に戻って来た。いよいよ夏祭りのクライマックスシーンが始まる。巡行を終えて帰ってきたお神輿から御神体を神社に移す「宮入り」だ。お神輿が神社の境内に入るや、お神輿の帰りを待っていた男衆と女衆はスクラムを組み、御神体に悪霊が紛れ込まないようにと、結界を作った。
 エイサ、エイサ、エイサ
 エイサ、エイサ、エイサ
 掛け声を上げて男衆と女衆は押し合った。御神体の宮入りが終了したことを示す神楽の奉納舞が行われ祭りは終わった。徹の腕時計は午前零時を回っていた。
 徹たち親子がこの町に引っ越してきたのは6年前の夏だった。最初の頃は仮住まいの場所と考えていたが、もしかして終の住処になるかもしれない。もうしばらくこの町に住んでみようと徹は思った。(了)
(作:橘 左京)
【お知らせ】
 連載した小説「祭ばやし」は加筆・修正の上、PDFにして「ライブラリー」⇒「文芸」にアップされました。

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「祭ばやし」(第13回)

2017年2月6日ニュース

 午後3時頃。徹たち5人は再び公園に向かった。公園には法被を着た囃子方の小中学生が集まっていた。
「お父さん、写真撮って」
 紅い法被を着た春香が紅白の布や提灯などで飾られた山車の前に立って、両手を上げてVサインを作った。
 カシャー
 徹のスマホが春香の得意ポーズをとらえた。
 公園には山車を引くために参加した子供と母親も集まっていた。青い法被を着た男の子や赤やピンク色の法被を着た女の子だ。頭にはねじり鉢巻き、上は法被に、下は白い短パンと白足袋を履いたお祭り衣装に身を固めた女の子もいる。山車が出発する前に、神楽舞の一行が公園にやって来て獅子舞と剣舞を披露した。獅子頭に頭を食まれ泣き出した幼子もいた。3時半過ぎ。予定時間を少し遅れて、仁和加(にわか)がゆっくりと公園を出発した。
 ピーシャラ ピーシャラ
 ドドンコ、ドン ドドンコ、ドン
 トコトン、トコトン
 チンチン、カンカン
 囃子方の演奏が始まった。山車に乗った春香が樽太鼓を叩いている。バチさばきが昨日よりも滑らかに見える。徹ら4人は山車の前から出た二本の手綱を握って、山車を引っ張った。
 ヨイショ、ヨイショ、ヨイショ
 山車が巡行する沿道では近くに住む人が通りに出て山車を見物している。小さな子供を抱いた母親の姿が見える。孫の手を握ったお年寄りの姿も見える。
「仁和加(にわか)を止めてください。ここでちょっと休憩を入れます」
 祭典委員の佐々木さんが号令を掛けた。参加者に氷菓子が振る舞われた。囃子方の子供たち、山車を引く子供たちや大人たち、沿道の見物客にアイスキャンディーが配られた。徹も1本もらって口に入れた。喉を通過して胃袋に入った氷菓子が熱くなった徹の体を冷ました。徹はアイスキャンディーを食べながら子供の頃に過ごした夏休みを思い浮かべた。
 発泡スチロール製のクーラーボックスを自転車の荷台に積んで氷菓子を売りに来た麦わら帽子のおじさんだ。麦わら帽子のおじさんは、チリン、チリン、チリンと、手に持った鉦を振りながら集落の中を回る。まだ、家々にクーラーが普及していなかった頃で、暑い部屋の中を少しでも涼しくしようと縁側の戸を開けっ放しにするが、涼風が途切れ途切れに入ってくる程度だ。代わりに麦わら帽子のおじさんが鳴らす鉦の音が、風鈴の音色のように涼感を運ぶ。テレビを見ながら、うたた寝をしていた徹は祖母からもらった小銭を持って道路に出た。おじさんにお金を渡して、棒の付いたアイスキャンディーや凍ったジュースが入ったチューブをもらって口に入れた。まだ冷蔵庫が普及していなかった頃に、氷菓子を食べて酷暑をしのいだ思い出の1シーンだ。
 休憩が終わって仁和加(にわか)がゆっくりと動き出した。町内を巡行した山車は1時間ほどかけて公園に戻ってきた。本部テント前で山車の帰りを待っていた祭典委員長の挨拶が終わった後、祭りに参加した子供たちに、ご褒美のお菓子が配られた。お菓子の入った袋をもらった春香と英人君、浩司君は大喜びだ。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「祭ばやし」(第12回)

2017年2月4日ニュース

 祭り2日目の25日は朝から厳しい残暑に見舞われていた。夏祭りに合わせて、午前中、町内会主催のイベントが公園で行われた。徹は春香と由紀子、それに由紀子の甥にあたる小学6年生の英人君と4年生の浩司君を誘ってイベント会場に向かった。公園は親子連れで賑わっていた。金魚すくい、ヨーヨー釣り、スカットボールなどのゲームや綿菓子、ポップコーンなどの食べ物コーナーが設けられていた。金魚すくいやヨーヨー釣りの前では子供たちが並んで順番を待っていた。これらのイベントは主に子供向けに企画されたものだが、大勢の子供たちから参加してもらおうと、無料の参加券が町内の全世帯に配られた。この参加券を持って行けば人数に関係なく誰でも参加できる。参加券には「子供の参加は大歓迎!」と書いてあったので、由紀子は甥にあたる2人の小学生を誘った。春香、英人君、浩司君の3人はこの無料チケットを使ってイベントに参加した。
 徹たちはゲームを一通り楽しんだ後、本部テントに入った。本部テントの中ではかき氷が振る舞われていた。春香の同級生の雄太君がお母さんと一緒にかき氷を食べていた。
「雄太君、こんにちは。今日も太鼓、頑張ろうね」春香が雄太君に向かって言った。
「もちろんさ。春香ちゃんも頑張ってね」雄太君が答えた。
 かき氷のシロップは赤、黄、緑、青の4種類が用意されている。春香、英人君、浩司君の3人はそれぞれ好きなシロップを掛けてもらった。春香は赤、英人君は青、浩司君は黄のシロップを掛けてもらった。3人のかき氷の色を見て、徹は思わず含み笑いした。
「お父さん。どうして、にやにや笑っているの」春香が徹に尋ねた。
「だって3人のかき氷のシロップが赤、青、黄の3色でしょう。まるで信号機の色みたいじゃないか。春香のかき氷は赤だけど、赤信号の時は横断歩道を渡っちゃいけないよ。みんなが渡ろうと言っても、絶対に渡っちゃ駄目だよ」徹は言った。
 ゲラ、ゲラ、ゲラ
 ギャグを入れた徹の一言が周囲の笑いを誘った。
「そんなこと、お父さんに言われなくても分かっているわよ」春香の顔が興奮して赤くなった。
「野上さん、こちらで生ビールでもどうですか。祭典委員の中村さんが手を上げて徹を誘った。今日の中村さんはイベントを担当している。徹は中村さんから紙コップに入った生ビール受け取って喉に注ぎ込んだ。つまみに出された枝豆を食べながら、しばらく中村さんと歓談した。
「野上さんのお子さんはお1人でしたね」
「はい、そうです。今日は娘と妻の甥にあたる小学生の男の子を誘ってイベントに参加しています」
「そうですか。町内に住んでいる子供がだんだんと少なくなりました。結婚して町外に出て行った女の人はお盆ではなく夏祭りの時期になると、子供を連れて里帰りする人が多いんですよ」
「そうだったんですか。お祭りになると子供が増えてくるので不思議に思いましたが、その訳が分かりました」
 中村さんから言われて回りを見渡すと、確かに祖父母、娘、孫と思われる3世代の家族が何組かいる。向かいに住む藤田さん夫婦も隣町に嫁いだ娘さん、それと2人のお孫さんと一緒に金魚すくいにチャレンジしている。中村さんの話は続いた。
「最近、囃子方をやる町内の子供たちが少なくなって困っています。灯篭の担ぎ手のように町外から助っ人を呼ぶというわけにはいきませんからね」
「私の実家がある農村集落では、秋祭りの神輿を担ぐ若者がいなくなって今は行われていません」
「そうですか。こっちはまだいい方ですね。昨日、春香ちゃんが仁和加(にわか)に乗って太鼓を叩いていましたが、練習の成果が出ていましたよ」
「ありがとうございます。昨日は初めての本番だったので緊張して叩いていたようです。今日は昨日よりもうまく叩けると本人は言っていますが…」
「そうですか。春香ちゃんのようにお祭り好きな子供たちがいると助かります」
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「祭ばやし」(第11回)

2017年2月2日ニュース

 24日夕刻。徹は祭典委員の仕事をするため身支度をした。紺色の法被と首に掛けた豆絞りの手ぬぐい姿の徹を見た春香が「お父さん、かっこいいよ」と言って送り出してくれた。
 エイサ、エイサ、エイサ
 エイサ、エイサ、エイサ
 徹が随行する女性灯篭が家の前を通りがかった。由紀子と春香が玄関先に立って、徹が随行する灯篭を見守っていた。
「あ、お父さんだ」
 春香が徹に声を掛けた。徹は手を上げて春香と由紀子に応えた。
 徹は、女性灯篭や男衆が担ぐ大灯篭を見て、町内にはこんなにも大勢の若者が住んでいるのだろうかと思った。徹の疑問は間もなく解けた。祭り終了後に本部テントの中で、町内会の役員や祭典委員、それと灯篭の担ぎ手の若者が参加して簡単な慰労会が行われた。テーブル席には瓶や缶に入ったビールや一升瓶に入った日本酒、それに町内会の婦人部が作ったトン汁、枝豆にさきいかなどの乾きものが並べられた。
 徹はビール瓶の栓を抜いて、灯篭の担ぎ手の若者にビール瓶の口を向けた。
「お疲れ様でした。疲れたでしょう。さ、どうぞ」
「すみません。車を運転して帰るんで、ノンアルコールにしてください」若者は答えた。
「あれ、この町内に住んでいないんですか」徹は若者に尋ねた。
「はい、隣町に住んでいます。私が住んでいる町では、数年前に夏祭りが無くなったので、この町内に住んでいる友達に誘われて、毎年、ここの夏祭りに参加しています」若者は答えた。
 そう言われて灯篭の担ぎ手の飲み物を見ると、ほとんどがノンアルコールビールなどソフトドリンクだった。慰労会が始まって30分程が経って若者たちは「これで失礼します」と言って、三三五五連れ立って帰って行った。最後まで慰労会の席に残っていたのは町内会の役員、祭典委員、町内に住んでいる顔見知りの若者だけだ。祭典委員の中村さんの話では、途中で帰った若者はみな、町外から参加した助っ人だという。彼らの住む町では神輿や灯篭の担ぎ手の若者が少なくなったため、やむなく夏祭りを廃止したそうだ。行き場を失った祭り好きな若者は友人や親戚の誘いを受けて、神輿や灯篭の担ぎ手として町外の祭りに参加しているという。徹の実家のある農村集落でも、子供の頃には毎年行われていた秋祭りが廃止されて久しい。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者