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小説「朱鷺伝説」(第3回)

2017年4月9日ニュース

「昔の日本に普通に見られた朱鷺がどうして今はいなくなったの?」
「朱鷺が日本から絶滅した理由は2つあるよ。一つは朱鷺の食べ物が少なくなったことだ。朱鷺は水辺や湿地を生活の場所にしている鳥だ。朱鷺の食べ物はドジョウ、サワガニ、カエル、タニシ、昆虫などで、もっぱら動物性のエサを食べているんだ。昔は、田んぼに朱鷺のエサになる生き物がたくさん生息していたけれども、その田んぼが住宅団地や工業団地として開発されたため、エサ場が急速に減ってしまったんだ。それと農家の人が稲の成長を妨げる雑草や害虫を駆除するために、農薬を使うようになってからは、朱鷺が食べる小動物が田んぼから姿を消してしまったんだ」

「来週、稲刈りをする学校の田んぼにはイナゴがたくさん飛んでいるよ。それに5月に田植えをした時はドジョウやタニシをいっぱい見つけたよ」
「農薬をほとんど使わない学校の田んぼには、小さな動物が生きていける環境が、まだ残っているからさ。最近になって、農家の人がこれまで使っていた農薬が人間の健康や環境に悪い影響を与えることが分かってきたので、農薬の使用が厳しく規制されるようになったんだ。そのため、農薬がまだ田んぼで使われていなかった頃にいた小動物が、少しずつ見られるようになったんだ。佐渡島では野生の朱鷺が安心してエサを捕れる環境を作ろうと、農家の人たちが田んぼで農薬を使わない取り決めをしたそうだよ」

 父の話はまだまだ続いた。
「雄太は鳥追い歌って知っているかい?」
「知っているよ。小正月の前日、1月14日に行われる鳥追いの時に、豊作になるようにと田んぼで悪さをする鳥を追い払うために歌われる歌でしょう。学校の先生が教えてくれたよ。それに鳥追いが今でも行われている地域から通っている友達もいるよ」
「そうだね。昔は朱鷺や鷺、それに雀は農家にとっては悪い鳥だったんだ。朱鷺や鷺は水田にいる水生動物を捕る時に、植えたばかりの若い稲の苗を踏み荒らすんだ。時には柔らかい苗を食べることもあったんだ。稲刈りが始まると、今度は雀の大群が田んぼにやってきて稲穂に付いた籾を採って食べてしまうんだ。毎年、小正月に行われる鳥追いは、農家の人たちが稲の生育を妨げる朱鷺や鷺、稲穂を食べ散らかす雀を田んぼから追い払って豊作になるようにと願って行われる行事だったんだ」

「農家にとっては悪い鳥の鷺や雀は今でも田んぼにいるよ。どうして朱鷺だけが田んぼからいなくなったの?」
「さっき、お父さんが日本から朱鷺がいなくなった理由が二つあるって言っただろう。一つは田んぼの開発と農薬の使用だ。もう一つの理由は朱鷺の乱獲だよ。昔は装飾用や食用として朱鷺が捕獲されていたんだ。朱鷺の羽の色は全体で見ると白だけど、翼を広げた時に見える風切羽や尾羽は薄桃色になっている。この色は朱鷺色と呼ばれているよ。朱鷺の羽は装飾品を作る時に使われ、朱鷺の肉は薬膳料理として使われていたそうだ」
 雄太は朱鷺色になった翼を羽ばたかせて空を舞っている10羽の朱鷺の姿を思い出した。
(作:橘 左京)

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小説「朱鷺伝説」(第2回)

2017年4月7日ニュース

「いただきます」雄太の家では、家族で夕ご飯の食卓を囲んでいた。
「お父さん。今日ね。佐渡島で10羽の朱鷺が外に放されたって、夕方のニュースに出ていたよ」
 雄太は仕事から帰って来た父に向かって言った。
「そうだね。お父さんも職場のテレビで朱鷺が放鳥されたニュースを見ていたよ」
 雄太の父は動物園に務めている。
「お父さん、放鳥された10羽は中国産の朱鷺を繁殖させて増やした朱鷺だってニュースで言ってたけど、どういう意味?」
「朱鷺の学名はニッポニア・ニッポンと言うんだけれど、昔は日本の東北地方や日本海側に生息していたごくありふれた野鳥だったんだ。お父さんは野生の朱鷺は見たことがないけれど、お父さんのお爺さん、雄太のひいじじが子供の頃には田んぼや小川で朱鷺が普通に見られたそうだよ」
「ひいじじが田んぼや川にいる朱鷺の姿を見たのは随分と昔のことでしょう?」
「そうだね。100年くらい前の明治から大正時代のことだね」父の話は続いた。
「昔は日本の各地に生息していた朱鷺だけれども、乱獲や開発によって数が減ってしまったんだ。昭和58年に佐渡島に残っていた日本産の5羽の朱鷺が捕獲されて人工繁殖で増やそうとしたけれどもうまくいかなかったんだ。平成15年には最後に残ったメスの「キン」が死んで日本産の朱鷺は絶滅してしまったんだ。そこで中国から贈られた朱鷺を人工繁殖させて増やすことにしたんだ。朱鷺保護センターで飼育している朱鷺が増えてきたことから、朱鷺が野生でも生きていけるようにと訓練した10羽を、今日、初めて自然界に放したんだよ」
(作:橘 左京)

【編集部からのお知らせ】
 小説「視線」(PDF)を「ライブラリー」の「文芸」コーナーにアップしました。
 ➡こちら

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小説「朱鷺伝説」(第1回)

2017年4月5日ニュース

 鳥追いだ 鳥追いだ だんなショの鳥追いだ
 どごからどごまで追っていった
 信濃の国から佐渡が島まで追っていった  
 何でもって追っていった
 柴の棒で追っていった     
 いっちにっくい鳥は ドウとサンギと小雀
 みんな立ちあがれ ホーイ ホーイ

 あの鳥ャどっから追ってきた
 信濃の国から追ってきた
 何もって追ってきた
 柴抜いて追ってきた
 一番鳥も二番鳥も飛立(たち)やがれ ホーイ ホーイ
 ホンヤラ ホンヤラ ホーイ ホーイ
             (鳥追い歌)

 この地域では小正月にあたる1月14日の夜から15日の早朝にかけて鳥追い行事が行われる。町内ごとにホンヤラドウとよばれる、お椀をひっくり返したような形の雪の家がつくられる。14日の夜に子どもたちはホンヤラドウのなかに持ち込まれたストーブやこたつで暖をとり、ごちそうを食べながら夜更けまで遊ぶ。頃合いをみて外に出た子供たちは隊列を組んだ後、拍子木(ひょうしぎ)を打ち鳴らしながら鳥追い歌を歌って町内を回る。鳥追い歌は農作物を食べ荒らす害鳥を畑や田んぼから追い払って豊作になるようにと願って歌われる。昔は畑や田んぼでとれる作物の量が今よりも少なかったので、鳥に作物を食べられるというのは農家にとっては大きな心配ごとだった。昔に比べて鳥追い歌はあまり歌われなくなったが、ホンヤラドウの遊びだけは今でも子どもたちの冬の楽しみとして残っている。

 平成20年9月25日。新潟県の佐渡島にある朱鷺保護センター近くの水田から10羽の朱鷺が放鳥された。小学校3年生の雄太は夕方、妹の弥生とテレビのニュースを見ていた。アナウンサーが朱鷺の放鳥を伝えた。 
「朱鷺にとって野生の第一歩が始まりました。今日、国の特別天然記念物朱鷺の試験放鳥が佐渡島で行われました。中国産のつがいを使って人工繁殖されたオス、メス5羽ずつの10羽が放鳥されました。乱獲と開発で絶滅した朱鷺が野生に戻るのは27年ぶりです。午前10時半過ぎ、朱鷺保護センター近くの水田に設けられた式典会場で、臨席した秋篠宮ご夫妻はじめ、島内で朱鷺の保護活動に携わった人たちや地元小学生らがテープを切ると、10個の木箱のふたが開いて最初に2羽がその後8羽が空へと飛び立っていきました。 10羽の朱鷺は、たくさんの人たちの歓声に包まれながら優雅に空を舞った後、思い思いの場所に飛んでいきました。放鳥された10羽には標識となる足輪がつけられています。今後、専門家による調査・追跡チームが放鳥された朱鷺の行動を調べることになっています」
 雄太は、太陽の光を受けて薄桃色になった翼を羽ばたかせて飛んでいく朱鷺の姿を食い入るように見ていた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「視線」(第27回)

2017年4月3日ニュース

 男は茫然として立ちすくんだ。50年前に亡くなった長兄が警察に連絡するなんてあり得ない事だ。もしかして妻が警察に連絡したのだろうか。いや、そんなはずはない。私がミニトマトのプランターから真っ白なICカードを拾ったことや、そのカードを2階の自室に保管していることは、妻にも内緒にしている。このことを知っているのは私以外にいないはずだが……。
 刑事が男の家に来てから1週間後、近所のコンビニ店のATMから現金を不正に引き出した山し子と出し子に指示を与えていた暴力団組員が逮捕された。また、他の店舗のATMでも、不正引き出しに関わった出し子と背後にいる暴力団組員が逮捕された。警察では、現在、偽造カードの入所ルートの解明に向けて捜査を続けているという。

 ある日のこと。男はいつものように2階の自室に籠って、今度の土曜日に雄太と作る乗り物の試作品作りに取り組んでいた。男の器用な手さばきで机の上に広げた厚紙から、乗り物のパーツが次から次へと切り取られていく。男は時折、疲れた首を持ち上げると、写真立てに入った1枚の写真と向き合う。色あせた写真には、神社の境内に据えられた神輿の前で、男と亡くなった長兄の勇一、次兄の健二の3人が法被姿で立っている。男は勇一に向かって呟いた。
「偽造カードのことを警察に知らせたのは、勇一兄さんかい?」

 男は勇一に促されるように、パソコンのスイッチを入れて電子メールの受信一覧を確認した。野上勇一名義のメールを見つけた男は真っ青になった。男は早速、そのメールを開けた。

 野上 徹 様
 徹。私はお前の兄、勇一だ。元気で暮らしているようだな。会社を定年退職してからは、孫の雄太と乗り物の工作をしながら、第2の人生を楽しんでいるようだな。私の方は、お前と違って14歳で人生を閉じてしまった。あの日の事故以来、私は自分の残りの人生をお前と共に歩むことにした。事故で私の肉体は消滅したが、私の魂は今でも存在し続けている。お前には感じないかも知れないが、私の魂はお前の体の周辺を漂っている。
 時折、お前の体を借りて私の欲望を満たすこともあるが……。この前は雄太の体を借りて、近所の自販機でアイスクリームを買って食べた。その日は朝から暑い日だったので、冷たいアイスは本当に美味しかった。言っておくが、ちゃんとお金を払って買っているので、自販機荒らしではないぞ。アイスクリームを買った時にお守りを落としてしまった。お前と健二と私とで秋祭りに参加した時に神社からもらったお守りだ。
 ところで、コンビニのATMから現金を不正に引き出した事件で、物証になる白いカードをお前が持っていることを警察に通報したのは私だ。犯人と思われる人物が、お前が大切に育てているミニトマトのプランターに真っ白なICカードを落としたのを、私は防犯カメラを通して見ていたよ。翌朝、お前がそのカードを拾って、2階の部屋の本棚に保管していたのも知っている。
 さっきも言ったように、私には肉体はないが魂は残っている。実家の仏壇には私の命日になるとお菓子が供えられるが、死んだときは子供だったが、今は数えで65歳になった。酒を飲みたくなる時だってあるさ。明日は私の命日だ。3人が写っている秋祭りの写真立ての前に、冷えた缶ビールを供えてくれ。最後に言っておくが、このメールは雄太の体を借りて、雄太のパソコンを使ってお前に送信した。徹、長生きしろよ。私はお前といつも一緒だ。 勇一より

 コンビニ強盗事件の方は、それから1か月後に犯人が検挙された。検挙された男は暴走族グループの一員で、事件のあったコンビニに以前、働いていた元従業員であった。この元従業員は、現金を奪った後、走って逃げ犯行現場から100メートルほど離れた国道バイパス沿いにあるコンビニに止めてあった車に乗って逃走したという。しかし、自販機荒らしの犯人は、今も検挙されていない。(了)
(作:橘 左京)

[編集部からのお知らせ]
 小説「視線」は加筆、修正のうえ、後日、ライブライ―の文芸コーナーにアップします。
 4月5日からは小説「朱鷺伝説」を連載します。

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「視線」(第26回)

2017年4月1日ニュース

「この事件の捜査は進んでいるんでしょうか?」
「正直言って、難航しています。カード情報が盗まれた時点、その情報が不正使用された時点、カード利用者が不正使用されたと認識した時点、これら3つの時点にあるタイムラグ、情報が盗まれた場所とその情報が使われた場所に関連性が無いこと、不正使用が広範囲に及んだこと、物証が限られていること、などが上げられます」
「そうですね。私のカード情報も、いつ盗まれたかも分からなかったし、それに住んだこともなければ、行ったこともない兵庫県内のコンビニ店で使われましたからね。私の場合、カードの利用明細書を見て、身に覚えのない支払いがあることに気づきましたからね。なかには気付いていない人もいるんじゃないでしょうか
「考えられますね。今回被害に遭った信販会社では、会員に利用明細をチェックするように注意喚起のお知らせをしたそうですが、今後、被害届は増えてくるものと考えています」
「先ほど物証が限られているというお話がありましたが、どういうことですか?」
「今確認されているのは、コンビニのATMとつながった信販会社のコンピューターに記録されている支払い記録と、コンビニに設置されている防犯カメラに記録されている出し子の映像です。ただし、記録された映像は1か月経つと新しい映像に上書きされるので残っていませんでした。犯罪グループが、『エニータイム』を犯行場所に選んだ理由は、防犯カメラに記録された映像の保存期間が他のコンビニチェーン店よりも短かった点が挙げられます」
「犯罪グループは、綿密な調査と周到な計画を立てて実行したんですね」
「おっしゃるとおりです。実は、今日、野上さんをお尋ねした本当の理由は、新たな物証を得るためです」

「新たな物証?」
「不正引き出しに使われた偽造カードです。通常カードをATMに入れると、機械はそのカードが正規のものか非正規のものかを瞬時に判別して、非正規のものであれば飲み込んでしまうんです。キャッシュカードの暗証番号を3回間違えると、カードが機械に飲み込まれてしまうのと同じ仕組みです。しかし、今回、犯罪に使われた偽造カードは機械に飲み込まれることなく、カード情報を読み取った後、機械から排出され、出し子の手元に戻ったと考えています。しかし、その偽造カードを野上さんがお持ちだという情報提供があったのです」
「ええ!私が偽造カードを持っているって!?私が偽造カードで不正引き出しをしたってことですか!」男は興奮気味に言った。
「いいえ、そうじゃないんです。野上さんはプランターでミニトマトの栽培をしていますよね。先ほど見たら赤い実が何個か付いていましたが……」
「はい、孫娘の食育にと春から始めたものですが……」
「そのプランターの中に、プラスチック製の真っ白なカード、大きさは名刺大のものですが、見つけたと思いますが……」
「刑事さんはどうして、そのことを知っているんですか?」
「後でお話します」
「分かりました。確かにプラスチック製の白い板を見つけました。カードの表面には文字などの意匠が施されていない、のっぺらぼうの板でした。カードの中央付近には金色の枠、たぶんICチップだと思いますが、はめ込まれていました。ICチップに記録されている情報を見ようと、カードリーダーに入れてみましたが、情報は読み取れませんでした」
「野上さんはそのICカードを今でもお持ちですか?野上さんの部屋の本棚に保管しているそうですが……」
「どうしてそんなことまで、刑事さんは知ってるんですか?」
「後でお話します」
「ちょっと待ってください。今、そのカードを持ってきます」男は2階の自室から白いカードを持ってきて、刑事に渡した。刑事は白いカードを手に持って言った。
「野上さんがこのカードを見つけたのは、1か月半ほど前だったと思いますが…」
「そこまでご存知なんですか。刑事さんの言うとおりです。土曜日の深夜、暴走族が爆音を上げて通りを走った日の翌々日、月曜日だったと思います。しかし、どうして私しか知らないことを刑事さんは知っているんですか?私がその偽造カードを所持していることを警察に伝えた情報提供者って、いったい誰なんですか?」
「野上勇一さんって方です。あなたのお兄さんだそうですね。勇一さんから、あなたが偽造カードを持っているという連絡がありました」
「ええ、勇一だって!そんな事あるわけないですよ!勇一は私の一番上の兄ですが、14歳の時に水の事故で亡くなりました。もう50年も前の話ですが……」
「そうですか。情報提供者は偽名を使ったんでしょうか。いずれにせよ、大事な物証ですから、このカード、お預かりします。また、何かありましたら、こちらにご連絡ください」
 刑事は男に名刺を渡して帰って行った。
(作:橘 左京)

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小説「視線」(第25回)

2017年3月30日ニュース

 コンビニATMからの不正引き出しがマスコミ報道されてから1週間ほど経ったある日、男の家に刑事が尋ねてきた。妻は友人とランチを食べに出掛けて留守にしていた。男は、妻が作り置きした昼飯を食べた後、2階の自室で今週の土曜日に孫の雄太と工作する乗り物の試作品を作っていた。
 ピンポーン 玄関の呼び鈴が鳴った。男は2階から降りて来て玄関のドアを開けた。
「ごめんください。警察の者ですが……」2人の刑事が警察手帳を見せて言った。
「ご苦労様です」と男は答えた。
「既に、新聞をご覧になってご存知だと思いますが、コンビニチェーン店『エニータイム』のATMから現金が不正に引き出された事件について、お話を伺いたくて参りました」若い方の刑事が言った。
「その事件のことなら知っています。新聞の記事に書いてありましたが、偽造されたクレジットカードを使って1600台のATMから、現金16億円が不正に引き出された事件ですよね?」
「そうです。この先にあるコンビニ店のATMも不正引き引き出しに使われました」
「ええ、そうだったんですか!同じコンビニチェーン店ですから、もしかして不正引き出しに使われたんじゃないかって、事件が報道された日に、妻と話をしていましたが……。先月、強盗事件があったばっかりなのに、今度は不正引き出しですか?」
「御主人はフィッシング詐欺の被害届を出された野上徹さんですよね?」
「はい、そうです。被害届を出したのは私です。どうやら、私のカード情報も盗まれて、今回の不正引き出しに使われたようですが、犯人はどうやって私のカード情報を盗んだんでしょうか?偽の通販サイトにカード情報を入力した時なのか、それとも紛失したカードから情報が盗まれたのか、どっちかだと思っているんですが……」
「今回の不正引き出しに使われたカード情報は約2000人分です。その中のお一人が野上さんです。はっきりとは分かっていませんが、野上さんのケースでは偽の通販サイトを利用した際に盗まれたものと思われます」
「他にもあるんですか?」
「紛失や盗難に遭ったカードから情報が盗まれることもあれば、お店で買い物をした時に提示したカードから情報が盗まれることもあります」
「今、使われているクレジットカードはICチップが埋め込まれているので、以前使われていた磁気カードよりもセキュリティが強化されていると聞いていますが……」
「ICカードだから、絶対に大丈夫だという保証はないんです。『サイバー攻撃』という言葉をご存知だと思いますが、インターネットなどの通信回線で繋がっている個別のサーバーやパソコンに侵入して情報を奪ったり、改ざんしたり、破壊したりする犯罪行為ですが、警察と犯罪者とのいたちごっこの状態です。野上さんも、パソコンンにウイルス対策ソフトを入れていると思いますが、ソフトを更新しないと新種のウイルスに対応できなくなります。情報通信技術は日々刻々と進化していますからね」
「警察は、今回の不正引き出しは、組織的に行われたものと見ているそうですが……」
「そのとおりです。今回の事件は3つのグループが関与したものと考えています」
「3つのグループ?」
「つまり、情報を盗んだグループ、盗んだ情報を基に偽装カードを作ったグループ、偽装カードを使って現金を引き出したグループの三者が連携して行った犯罪だと考えています。」
「例えば暴力団のような組織ですか?」
「そうですね。ATMからの不正引き出しには暴力団組織が関わっているとみています」
(作:橘 左京)

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小説「視線」(第24回)

2017年3月28日ニュース

 夕飯時に妻がこの事件を持ち出した。
「あなた。今朝の新聞を見た?全国のコンビニチェーンのATMで、偽造カードを使って現金16億円も引き出されたって事件だけど。現金を引き出されたコンビニチェーンって、この前、強盗事件のあった近所のコンビニと同じチェーン店だわ」
「ああ、知っているよ。今朝の新聞に出ていたね」
「お昼のワイドショーでも大きく取り上げていたわ。100人以上の人が1600台のATMから一斉に引き出したっていうけど、そんなことできるのかしら。警察では犯罪グループによる組織的な犯行とみているそうよ」
「全国的な犯罪グループといえば暴力団が考えられるけど、暴力団員100人が不正に引き出したということは考えにくいね。暴力団員から雇われた『出し子』がATMから現金を引き出したんじゃないかな」
「何?その『出し子』って?」
「振り込め詐欺など、犯罪に使われた預金口座から現金を引き出す役のことだよ。それと、電話を掛けて相手をだます役を『掛け子』、現金を受け取る役を『受け子』って言うんだ」
「振り込め詐欺で思い出したけど、この前、町内会報と一緒に回ってきた防犯チラシに、一人暮らしのお年寄りを狙った振り込め詐欺と見られる電話が増えているって書いてあったわ」
「住所や電話番号など個人情報が知らないうちに売買され、それが犯罪に使われてようだ。以前は、電話帳に個人宅の電話番号が載っていたけど、今は載せていないからね」

「確かに、電話会社から配布される電話帳にはお店や事業所の電話番号は載っているけど、個人の家の電話番号は載っていないわ。ところで、今回の不正引き出しに利用された個人情報は信販会社が発行するカードから盗まれたっていうけど、犯人はどうやって、カードから個人情報を盗んだのかしら?」
「カード情報を盗む手口はいろいろあるけどね。『スキミング』といって、カードの磁気ストライプに記録されている情報を、スキマーという機器で盗み取る手口だけどね」
「あなたが持っているカードは大丈夫だったの?この前、ショッピングセンターで買い物をした時に代金をカードで支払っていたわね」
 男は妻と一緒にランチを兼ねた買い物でショッピングセンターに行った時のことを思い出した。雄太との工作用に使うスキャナーを買った時、カードで代金を支払った現場を妻に見られたことを覚えている。
「私のカードはICチップカードだから大丈夫だよ」
「ICカード?」
「ICカードは今まで使われていた磁気カードと比べて、大量の情報を記録できるし、偽造されにくいという特徴を持っているんだ。クレジットカードがセキュリティの強化されたICカードに移行したことでスキミングはできなくなったね。今、はやっている手口は、『ネット通販』といって、インターネット上の通販サイトで買った商品の購入代金をカードで支払う際に、パソコンの画面上にカード情報を入力した時に盗まれるケースだよ」

「この前、雄太と工作する時に使う材料。そうそう小型のモーターよ。確かインターネットを使って買ったって、言ってたわね。その時にあなたのカード情報だって盗まれたかもしれないわ」
「最初から個人情報を盗む目的で開設した偽の通販サイトだったら、そういうこともあるかも知れないけど、僕が小型モーターを購入した通販サイトは本物のサイトだったし、カード情報が盗まれるなんてことは、絶対にないよ」男は嘘をついた。
「そう、分かったわ。さっきも言ったように、今回、ATMの不正引き出しが行われたコンビニチェーンは先月、強盗事件があった近所のコンビニと同じチェーン店だわ。不正引き出しに使われたのかしら」
「1600台のATMの中に、先月、強盗事件のあった近所のコンビニが含まれているのかは分からないね。店の売上代金が奪われた強盗事件と違って、被害者は店じゃなくて、カード情報を盗まれた個人や信販会社だからね」
(作:橘 左京)

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小説「視線」(第23回)

2017年3月26日ニュース

 クレジットカードの不正使用が分かってから数日後の朝。男はいつものように郵便受けから持ってきた朝刊を2階の自室で開いた。紙面トップに掲載された「偽造カードで全国一斉引き出し 被害額約16億円」という見出しに、男の目は釘付けになった。朝刊が伝えた事件の詳細は次のとおりだ。
「全国20都府県にある大手コンビニチェーン店の現金自動預払機(ATM)約1600台で偽造クレジットカードとみられるカードが一斉に使われ、現金約16億円が不正に引き出されたことが分かった。午前中の2時間余りのうちに全国各地で100人以上が偽造カードを使って引き出しに関わった可能性がある。警察当局は、信販大手5社が発行するカード情報を基に偽造カードが作られたとみている。また、背後に大がかりな犯罪グループが関与しているとみて、被害にあったコンビニに設置された防犯カメラの映像を解析し、引き出した人物の特定を進めている」
 記事にはATMでの不正引き出しに使われた大手コンビニチェーンの名前と偽造カードに情報を書き込まれた大手信販会社の名前が掲載されていた。
 被害に遭ったコンビニチェーンは、先月、強盗事件のあった近所のコンビニと同じチェーン店だった。それに偽造カードに個人情報が書き込まれた大手信販会社5社に男が利用している信販会社も入っている。また、全国のコンビニATMから不正に引き出された日は、男のクレジットカードから100万円の借入金が引き出された日と同じ日だ。男の個人情報が半年前に紛失したカードから盗まれたものなのか、それともネット通販で買い物をした時に盗まれたものなのか。男は記事を読み終えた後、自分の身に起きた事件を振り返った。
(作:橘 左京)

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小説「視線」(第22回)

2017年3月24日ニュース

 男は、たった今、2階の自室から携帯電話を使ってクレジット会社に利用明細の問い合わせの電話をした。男とクレジット会社との通話内容は、1階でいつものように家事ラインを回している妻の耳には届いていないはずだ。男は、自分が詐欺に遭ったという話を、妻に内緒にしておいた方がいいのか、それとも食事の時の話題として提供すべきか迷った。
 仮に男がこの話を出した時に妻がどのような反応を示すだろうか。顔には男の失態に対する軽蔑の笑みを浮かべながら、口からは同情の言葉を男に帰す。そんな妻の反応が目に浮かぶ。詐欺に遭ったといっても、金銭が奪われたわけでもない。実害はない。妻に話しても嫌な思いをするだけだと考えた男は、妻に話すのをやめた。

 1日3回の食事の時にしかない妻との会話に出される話題は、そのほとんどが妻から提供され、多くは妻の仕事である「家事」についてだ。妻の話を受けて、男の方は「はい、はい」と頷いたり、「ああ、そうだったの」と相槌を打ったり、と短い言葉で返す。しかし、妻が作った料理についてのコメントを求められた時は、受け答えに注意が必要だ。
「どうかしら、このラザニア。この前、料理教室で習ったのよ」
 男が料理を一口食べた後、突然、妻から感想を求められた。
「ええ、ラザニアって、いま食べた料理のこと?」と聞き返す。
「ラザニア知らないの?イタリア料理よ」
「ああ、そうだったの。このラザニア、美味しいよ」と男は答えた。
「たったそれだけ。このラザニアは作るのが大変だったのよ」
 通り一遍の褒め言葉では満足しなかったのか、妻は不満そうな表情を浮かべて言った。
「ああ、そうだったの。大変だったね。君が作ったラザニアは最高だね!本当に美味しいよ」と少し大げさに褒めてやっても、「いいわね、男の人って。食べるだけで。それに『美味しい』という言葉しか知らないの。もっとほかの言い方もあるんじゃないのかしら」と妻から嫌味が返ってくる。
 男は昭和時代のラーメンCM「私作る人。僕食べる人」を思い出した。このCMコピーは、男女の役割分業を固定化するとの批判を受けて、2か月ほどで放映中止になった。

 二人の会話の中で男と妻の口から出る言葉の数を比較すれば、妻の5に対して男は1だ。妻がヒステリーを起こした時は要注意だ。機関銃のように言葉の弾丸が容赦なく男に浴びせられる。その時は、妻の10に対して男は1だ。こうなったら会話は成立しない。言い訳は無用。「分かった。分かった」、「ごめん、ごめん」といって、男は2階に自室に逃げ込む。
(作:橘 左京)

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小説「視線」(第21回)

2017年3月22日ニュース

 ある日、男が利用しているクレジット会社から利用明細書の葉書が届いた。男は明細書の封を開けた。先月の利用実績を見ると、身に覚えのないキャッシングの利用があった。それも限度額いっぱいの100万円を借りている。男は、これまで、買い物代金やホテルの宿泊代を支払う時などにクレジットカードを使ったことはあるが、お金を借りるためにクレジットカードを使ったことは一度もない。不審に思った男はクレジット会社に電話を入れた。電話に出たオペレーターが本人確認を行うために、
「恐れ入りますが、お客様のカード番号と氏名、生年月日をお伺いします」と男に質問し、男は答えた。
「どういったお問い合わせでしょうか?」本人確認を終えたオペレーターが男に尋ねた。
「実は、先月分の利用明細の中に、使った覚えのない100万円の借り入れがあったのですが……」と男はオペレーターに告げた。
 オペレーターは慌てた声で「少々、お待ちください。担当の者と替わります」と言って、電話は担当部署に回された。電話に出た担当者が男に尋ねた。
「私の方で、もう一度、確認させてください。お客様の先月分のご利用明細について、100万円の借入はなかった、ということで、よろしかったでしょうか?」
「はい、そうです。全く身に覚えのない借り入れです」と男ははっきりと答えた。
「少々、お待ちください」と担当者が言うと、電話は保留状態を示すメッセージ音が流れた。間もなくして電話は担当者の声に代わった。
「お客様の100万円の借入は、兵庫県内にあるコンビニのATMから引き出されていますが、お心当たりがありますか?」
「ええ、兵庫県内のコンビニで引き出されたって!私は生まれてこのかた、兵庫県に住んだこともないし、行ったこともありませんよ!」
「クレジットカードを落としたとか、盗まれたとかはありますか?」
「クレジットカードは今、手元にあります。半年程前に、カードを落としたことがありましたが、その時は、直ぐに、紛失したカードの失効手続きをとって、新しいカードに更新しました。幸いなことに、紛失したカードが使われたことはなかったようですが……」
「それでは、お客様はネット通販で買い物をしたことがございますか?」
「ネット通販?」
「失礼しました。『ネット通販』というのは、インターネット上の通信販売のことですが、これまでインターネットを使って買い物をしたことはありますか?」
「ええ、何度かありました」
「商品の代金をクレジットカードで支払ったことはありますか?ネット通販で買い物をした場合、注文した商品を運搬した業者に代金を支払う『代引き』、指定された銀行口座に振り込む方法、コンビニで支払う方法、それとクレジットカードで支払う方法など、代金の支払い方法を選べますが、お客様はどのような方法でお支払いになりましたか?」
「最初の頃は代引きで支払ったりしましたが、手数料が別に取られるので、今はクレジット払いにしています」
 男は雄太との工作に使うモーターなどの金属製の部品を、インターネットを使って購入したことを思い出した。その時の購入代金はクレジットカードで支払った。
「お客様がカードで代金を支払った時、お客様の氏名や生年月日、カード番号、暗証番号などのカード情報をパソコン画面上で入力しますが、何か変だなと感じたことはありましたか?」
「確か、模型に使う小型モーターを買った時だったと思いますが、画面上にカード情報を入れた後に、突然、『ネットワークに繋がっていません』というメッセージが流れ、画面が途切れてしまったことがありました」
「もしかして、お客様はフィッシング詐欺に遭われたのかも知れません」
「フィッシング詐欺?」
「インターネット上に、実在する通販サイトのページに似せた嘘のページを作っておいて、そのページに誘い、知らないうちに個人情報を盗む詐欺行為のことです」
「ええ、そうなんですか!私が詐欺に遭ったということですか?どうすればいいんでしょうか?」
「すぐに最寄りの警察署に行って被害届を提出してください」
「ところで100万円の借入は、私が返済することになるのでしょうか?」
「警察に提出した被害届の写しを、こちらに提出していただければ、100万円の借入実績は利用明細から抹消されますので、ご安心ください」
「ああ、良かった。どうもありがとうございました」男は担当者に礼を言って電話を切った。
(作:橘 左京)

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