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ブログ

小説「廃屋の町」(第7回)

2017年5月9日ニュース

「僕の当選祝いの会に出席している君たちはいいの?」
「僕たちは同級生の集いに出ているだけだから、全然、問題はないよ。『市政の私物化』で、もう一つ思い出したんだけど、井上前市長は長野市内にマンションを持っているらしいんだ。マンションは県庁に務めていた頃に購入したらしいよ。時々、公用車を使って、市役所とマンションを行き来していたらしいよ」木下が言った。
「そのマンションはセカンドハウスってこと?」甘木が言った。
「公私混同も甚だしいね。人伝に聞いた話だけれど、そのマンションで愛人と密会しているって話だよ」風間が言った。
「いずれにしても井上前市政の闇の部分を明らかにしないと、田沼市の未来は切り開けないよ。まずは官製談合疑惑の徹底究明だよ」甘木が言った。
「亡くなった坂井さんの遺志に報いるためにも、甘木には、3年前に行われた市立病院の移転新築工事の入札談合の真相解明をやって欲しいよ。当時、入札課で市立病院の入札を担当していた坂井さんは、命を賭して井上前市長らの不正行為を弾劾しようとしたんだ」杉田が言った。
「市立病院の入札談合の件で、三月に公正取引委員会の調査が行われたようだけど……」
「あの時は、結局、証拠が見つからなくて終わってしまったが、不正が行われた証拠は今も残っているさ。市長の権限を使って、坂井さんの無念を晴らしてもらいたいよ」
「杉田君に木下君、是非、君たちの力を借りたい。よろしく頼むよ」
 甘木は、杉田と木下のコップにビールを注いだ。
「甘木、伏魔殿の居心地はどうだい?」
 月刊「たぬま新報」編集長の高橋義男が甘木のコップにビールを注いだ。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第6回)

2017年5月7日ニュース

「僕の方は関口博産業建設部長から監視されていたね。僕から見た井上前市政の弊害は、『市政の私物化』だね」木下が言った。
「市政の私物化って、どんなこと?」
「ウチの課が担当している仕事で言えば、井上陣営が市長選告示日の日曜日に、市が管理している瓢箪池の駐車場を出陣式の会場に提供したことさ。丁度、瓢箪池の桜祭りが始まっている最中だったよ。観光客用の駐車場が一時閉鎖され、井上陣営の出陣式の会場になったんだ。駐車場は、国会議員、県議会議員、周辺市町村長の黒塗りの公用車に占拠されてしまったよ」
「そうそう、思い出したよ。僕の乗った選挙カーが瓢箪池の前を通った時に、駐車場に井上陣営の選挙カーや黒塗りの公用車が何台も停めてあって、ダークスーツを着た御歴歴が壇上の横に並んでいるのが見えたよ」甘木が言った。
「花見客が来ない朝早い時間帯だから大丈夫だろうって、関口部長から言われて、しかたなく観光客用の駐車場を選挙に使わせたんだ。通常、駐車場を目的外に貸し出せば使用料が発生するんだけれど、結局はタダで貸すことになった。使用料といっても僅かな金額だけどね」
「金額がどうあれ、それは市政の私物化だね。実際、観光客には迷惑が掛からなかったの?」
「日曜日の当日は天気も良く気温も高かったので、朝早くから花見客の車が瓢箪池に来たんで、少し離れた所にある第二駐車場に案内したところ、一番近くにある駐車場がどうして使えないんだって、花見客からブーブー文句は言われ、散々な目にあったよ」
「今、木下から『市政の私物化』の話を聞いて思い出したんだけど、甘木が市長選の政策説明をするために、市の公民館を借りようとしたら、断れただろう?」杉田が言った。
「そうそう、公民館は政治集会に使えないって言われて、断られたよ」
「市の公民館条例では、選挙に関して特定の候補者の支持を目的にする集会では使えないことになっているんだ。しかし、井上前市長は市政報告会という名目で公民館に支持者を集め、選挙公約の説明会場として使っていたんだ。市政報告会といっても実態は政治集会だよ」
「ひどい事をするね。ダブルスタンダードってことか」風間が言った。
「それに側近の市職員がその集会に参加したそうだよ」
「市の職員は政治的には中立な立場にある一般職の公務員だから、政治活動は制限されているんじゃないかい?」甘木が言った。
「そのとおり、れっきとした地方公務員法違反だよ。本来なら懲戒処分になるんだけれど、井上前市長の政治集会に参加した側近の職員に対しては、全くのお咎めなしだよ」杉田が言った。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第5回)

2017年5月5日ニュース

「続きまして、乾杯に移らせて頂きます。乾杯の音頭は百津屋さんにお願いします!」
 風間が小島孝雄に合図した。
「本町商店街で食料品店を経営している小島孝雄です。甘木君の当選祝いの席で、風間君がこの秋の市議選に出馬表明するという話が突然出てきてびっくりしています。乾杯の発声の前に一言申し上げます。厳しい選挙戦を勝ち抜いて、見事、市長になった甘木雄一君、本当におめでとう。私は甘木君が瀕死の状態にある商店街の救世主だと思っています。甘木市長が、市長選の公約に掲げた地域活性化プレミアム商品券の発行は、商店街の再生に向けた起爆剤になると思っています。我々、同級生は、今後とも、甘木市政を外からしっかりと支えていきたいと考えています。それでは甘木雄一君の田沼市長初当選を祝って乾杯します。皆さんグラスを持ってご起立願います。甘木雄一君、当選おめでとう。乾杯!」
 乾杯!乾杯!乾杯!

「割烹寿屋」の2階大広間には80人ほどの同級生が集まって甘木の市長就任を祝った。
「甘木君おめでとう。相変わらず話が上手いわね。3年生の時、生徒会行事で討論会をやったことを覚えている?討論会のテーマは確か、制服についての細かな規制を認めるべきか否かだったと思うけど」
 顔を赤らめた久保田恵子が手に持ったビールを甘木のグラスに注いだ。
「あー覚えているよ」
「私ね、甘木君の演説を聞いて、とっても感動したの。今だから言うけどね。私、甘木君のこと好きだったのよ」
「ええ!そうだったの?ありがとう」
「でも中学時代の甘木君は優等生で高校も隣町にある進学校に入学したわよね。私の方は成績が悪かったし。甘木君を遠くから、ただ眺めているだけだったわ」
 久保田恵子は市内にある県立田沼高校を卒業した後、婿をもらって家業の米穀店を営んでいる。
「おめでとう、甘木。商店街の連中は、甘木が市長選の公約に挙げたプレミアム商品券に大きな期待を寄せているよ。1000円の商品券で1200円分の買い物ができるんだから、年金暮らしのお年寄りはきっと喜ぶよ。俺がさっき、乾杯の挨拶で、プレミアム商品券をアピールしたのは、そういう意味を込めて言ったのさ」小島孝雄が甘木のコップにビールを注ぎながら言った。
「分かっているよ。プレミアム分は市が負担することになるけれど、買い物客の心を掴む商品やサービスを提供するのは君たち商店の役割だよ。商店主のやる気、本気がないと、商店街は活性化しないよ」
「そうだね。我々、商店主もこれまで行政に頼り過ぎていた面はあるね。反省していよ。今、甘木が言ったように、我々もやる気を起こして、本気になって、昔のような賑やかな商店街を取り戻してみせるよ」
「期待しているよ」

「甘木市長、当選おめでとうございます!」
 田沼市財政課長の杉田昇と観光振興課長の木下信行が、甘木の座っているテーブル席に来て挨拶した。
「二人とも仰仰しい挨拶だな。甘木でいいよ。杉田君も木下君も同級生なんだから」
「ああ、ごめん。つい市役所にいる時の癖が出てきてね。どう、市長の椅子は慣れた?」
 木下が言った。
「相変わらず座り心地が良くないね。長く座っていると腰や肩が痛くなってくるよ。時々、立ち上がって、書類を見たり、決裁文書に判子を押したりしているよ」
「甘木も市長になって薄々気づいたと思うけど、井上前市長とその取り巻き職員によるトップダウンの市政運営がいろいろな所で弊害が出てきているよ」杉田が言った。
「弊害って、どんなこと?」甘木が尋ねた。
「市役所に身を置く者として言わせてもらえば、職員のモラル(倫理)とモラール(士気)が著しく低下している。井上前市長は、露骨な論功行賞で幹部を登用し、情実人事で側近を固めていたよ。市長の周りはイエスマンばかりだった」
「それって、裸の王様ってこと?」甘木が言った。
「そうだね。側近は前市長の顔色を見て仕事をしていたよ。側近が懲戒処分になるような不祥事を起こしても、もみ消され表沙汰にならなかったよ。一方で、市民のためにと一所懸命に仕事をやっている職員は評価されない。それどころか、側近の不祥事がマスコミにリークされないようにと監視されていたよ」杉田が言った。
「君もその一人だったんだね。君を監視していた人物って誰だい?」甘木が尋ねた。
「中山邦夫総務部長だよ。前市長の側近の一人で、前職は入札課長だ。甘木が市長選に出馬することがマスコミ報道されてからは、同級生の僕に対する監視の目は厳しくなったね」
 杉田が答えた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第4回)

2017年5月3日ニュース

 甘木が田沼市長に就任して約二か月になる六月下旬、市役所に近い料理店「割烹寿屋」で甘木の中学時代の同級生らによる、市長選の当選祝賀会が開かれた。幹事はこの料理店を経営する風間健一だ。
「それでは時間になりましたので、ただ今から、甘木雄一君の市長当選祝賀会を開催します。本日はご多用の中、甘木君の田沼市長初当選のお祝いに大勢の皆さんからご出席をいただき有難うございました。私は、本日の司会進行役を務めさせていただきます風間健一です。思い起こせば、昨年のお盆に、この部屋で行われた田沼第一中学校の同級会で、甘木君から市長選挙への出馬表明がありました。以来、同級生の皆さんからのご協力とご支援をいただきながら、八か月余りにも及ぶ選挙戦を戦ってきました。結果は僅差での勝利でしたが、我々、同級生の団結力と絆がもたらした勝利だと考えています。マスコミでは、想定外の結果になった今回の市長選挙を『田沼の奇跡』と呼んでいます。政治経験や行政経験もない泡沫候補だとか、対戦相手にもならない、勝って当たり前、という井上陣営の奢りと気の緩み、一方で、田沼市に暮らす人たちが抱いていた井上前市政に対する鬱積した不満が、今回の選挙結果にはっきりと表れたものと考えています。甘木君には、次の選挙のことしか考えない『政治屋』ではなく、次の世代のことを考える『政治家』になってもらいたいと思います。我々、同級生は、これからも甘木雄一君が市長としての職責を果たしていけるように、これまで以上に支えていきたいと考えています。最後に一言申し上げます。ご存知のように、今の市議会では反市長派議員が過半数を占めている状況です。そこで、私、風間健一は十月に行われる市議選に立候補して、市議になって甘木市政を支えていく覚悟です。私からの挨拶はここまでにして、次は、甘木新市長から挨拶を頂きます」
 パチ、パチ、パチ。
「本日は、多忙な折、私の当選祝いに、こんなにも大勢の同級生の皆さんから集まってもらって、感謝を申し上げます。市長になって、あっという間の二か月でした。職員からレクチャーを受けながら、市政の現状と課題について理解を深めています。しかし、先ほどの風間君の挨拶でも触れていましたが、市政に対する市民の意識と実際に行われている市政との間に大きな乖離が生じていると感じています。出馬表明をしてから選挙までの八か月余りの間、同級生の皆さんの力を借りながら、市内全世帯の約四分の三にあたる二万四千世帯を訪問し、市民の皆さんから様々なお話を伺ってきました。その中から見えてきたことは、障害者や高齢者、女性や子供、低所得層や零細な農林商工業者といった社会的弱者に対する行政の支援が不足していることがよく分かりました。選挙戦でも訴えきましたが、市民不在の市政から市民が主役の市政に転換し、これまで光の当たらなかった場所や光が届いていなかった市民に、夢と希望の光を届け、『市民の、市民による、市民のための市政』を実現していきたいと考えています。また、市議会において、前市長派議員が過半数を占めている状況を心配して、風間君から、この十月に行われる市議会選挙に立候補したいとの決意表明がありました。大変、心強く思っています。どうか、同級生の皆さんからは、これまで以上にご指導とご鞭撻を頂きたく、よろしくお願いします」
 パチ、パチ、パチ。パチ、パチ、パチ。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第3回)

2017年5月1日ニュース

 市長室に戻ると田沼市商工会議所会頭の横山久蔵の表敬を受けた。
「甘木市長、当選、おめでとうございます。田沼市商工会議所会頭の横山久蔵でございます。市長さんが選挙公約に挙げた商店街の活性化策には大いに期待しておりますので、どうぞよろしく願いします」
「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」
 甘木は「田沼市長 甘木雄一」の名刺を横山に渡した。
 続いて市長室に入ってきたのは田沼市建設業協会長の山田信夫だ。山田会長はおもむろに口を開いた。
「甘木新市長、当選、おめでとうございます。田沼市建設業協会長の山田でございます。市長さん、我々建設業界は公共事業をもらえないと生きていけません。私の弟の山田良治が県議会議員をしています。弟と一緒になって国や県に働きかけて公共事業予算を増やしていただきたくよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。山田県議さんには後日、改めてご挨拶にお伺いしますので、よろしくお伝え願います」
 山田良治は田沼市選出の県議会議員だ。旧田沼市議を2期務めた後、県議に転進し現在5期目だ。民自党長野県連の幹事長でもある。

 午後一時半過ぎ。秘書係長の日下部俊夫と一緒に5階にある議長室へと向かった。部屋には議長の遠山信一と副議長の小林俊二の二人がソファーに座って煙草をふかしていた。
「本日付けで市長に就任した甘木雄一でございます。どうぞ、よろしくお願いします」
 甘木は遠山と小林に一礼した。
「甘木新市長、この度は当選、おめでとうございます。議長の遠山です。こちらは副議長の小林さんだ。議会運営で分からないことがあればいつでも議長室に来なさい」遠山が言った。
「ありがとうございます。私は政治経験も行政経験もありません。議会運営にあたっては、遠山議長さんや小林副議長さんはじめ、議員の皆さんからご指導、ご鞭撻をいただきたく、よろしくお願いします」
 遠山と小林は、民自党系の市議で「田沼クラブ」の会長と幹事長を務める。「田沼クラブ」は、定数30人の市議会のなかで17人の所属議員を擁する最大会派だ。無所属議員3人を加えた20人で、市長派会派として市議会での主導権を握っている。議長と副議長、4つの常任委員長のポストは「田沼クラブ」が独占している。今回の市長選挙では現職の井上将司を推した。一方、改進党系の市議八人は「新生会」を組織し、共立党の市議2人を加えた10人で非市長派会派として議会活動を行っている。今回の市長選挙では新人の甘木雄一を推した。

 市長就任初日の日程を終えた甘木は午後5時半頃に帰宅した。
「あなた、お帰りなさい。今日は終日、お疲れだったでしょう?」
「お父さん、お帰りなさい。お父さんが市長になったことを学校の友達に話したら、みんな驚いていたよ」
 妻と娘の労いの言葉が疲れて帰った雄一の体を癒してくれた。雄一は自室でグラスに入ったバーボンを口に注ぎ、8か月余りにも及ぶ選挙戦を振り返った。好きなバーボンを断って挑んだ市長選挙。甘木は久々に飲むバーボンの強烈な香味に酔いしれた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第2回)

2017年4月29日ニュース

 4月27日。甘木が田沼市長に就任する日の朝を迎えた。黒塗りの公用車が甘木の自宅前に止まった。
「おはようございます。甘木市長」
 総務部長の中山邦夫と秘書係長の日下部俊夫が、玄関先に出て待っていた雄一と美由紀に挨拶した。
 日下部が車の後部座席のドアを開け甘木が乗り込んだ。甘木を乗せた黒塗りの公用車が静かに動き出し、住宅街を抜けて市役所の正面玄関前に止まった。大勢の職員が甘木新市長を拍手で出迎えた。同級生の風間健一、久保田恵子、小島孝雄の姿も見える。女性職員から花束を受け取った甘木は日下部に導かれ、エレベーターに乗って二階の市長室に向かった。

 市長室に入った甘木は黒い革張りの椅子に腰を下ろしたが、なんとなく座り心地が悪い。出版社に勤務していた頃のオフィス用の椅子の方が落ち着くような感じがした。机には当選祝いの祝電が束になって積まれていた。県知事や県内市町村長、国会議員、県議会議員、建設業協会など業界団体の長から届いた祝電が机の上に山積みになっていた。甘木は最初の5、6通に目を通した後、祝電の束を机の抽斗に仕舞い込んだ。

「失礼します」
 甘木に花束を渡した女性職員が部屋に入ってきた。緑茶を入れた湯呑を甘木の机にそっと置いた。
「秘書担当の佐久間涼子と申します。よろしくお願いします。甘木市長、今度、ご自宅から湯飲み茶わんとコーヒーカップをお持ちになってください。そちらに飲み物をお入れしますから……」
「分かりました。明日持ってきます。佐久間さんは、先ほど玄関前で、花束を渡してくれた方ですよね?」
「はい、そうです。あ、そうだ!甘木市長、水を入れたバケツを持ってきますので、そこに花束を入れてください。そうすれば、お家に帰るまで大丈夫ですから」
「ありがとうございます」甘木は女性職員に笑顔で応えた。
 佐久間と入れ替わりで、秘書係長の日下部が入ってきた。甘木は日下部から名刺の入ったケースを受け取った。名刺には「田沼市長 甘木雄一」と書いてあった。

 甘木は、日下部から今日の日程についての説明を受けた。午前10時には講堂で職員訓示、午後からは市議会議長と周辺市町村長への挨拶回り、翌日からは国や県の関係行政機関への挨拶回りが続く。
 午前10時。講堂に集まった三百数十人ほどの職員を前に、甘木は訓示した。
「おはようございます。このたびの市長選挙で多くの市民の皆さまからご信任を賜り当選させていただきました甘木雄一です。私は政治家経験や行政経験は全くありません。職員の皆さんからご指導、ご鞭撻をいただきながら、光の当たらない場所や光の届かない市民に夢と希望の光を届け、また、田沼市の将来を担う子供たちの明るい未来を創造するために、市民が主役の市政を実現してまいりたいと考えています。どうぞよろしくお願いします」
 講堂の後ろには地元紙「長野日刊新聞」と地域新聞「月刊たぬま新報」の二人の記者が取材に来ていた。甘木は何度も報道カメラのフラシュを浴びた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第1回)

2017年4月27日ニュース

 午後11時半過ぎ。「田沼市長選挙 甘木雄一氏当選確実 」のテロップがテレビ画面に流れた。
 万歳!万歳!万歳!
 真っ黒に日焼けした甘木雄一の両側には中学時代の同級生たちが並び、一斉に両腕を上げた。甘木は何度も報道カメラのフラッシュを浴びた。
「おめでとう、甘木君!」同級生の久保田恵子が甘木に花束を渡した。
「続きまして、見事、当選した甘木君からこの札を千羽鶴に掛けてもらいます!」
 中学時代の同級生で選対本部長の風間健一が甘木に札を渡した。甘木は事務所の天井から吊るされた千羽鶴に掛けてある「祈 必勝」の札を外して、代わりに「祝 当選」の札を掛けた。甘木に向けてフラッシュがたかれた。
 パチ、パチ、パチ。 パチ、パチ、パチ。
「いいぞ!」「おめでとう!」「頑張ったわね!」選挙事務所は拍手と歓声に包まれた。
 甘木は満面に笑みを浮かべ、報道陣から向けられたマイクを前に口を開いた。
「ありがとうございました。これまで私を支えてくれた家族と中学の同級生の皆さん、そして多くの支持者の皆さまに感謝を申し上げます。私、甘木雄一は光の当たらない場所や光の届かない市民に夢と希望の光を届けるため、また田沼市の将来を担う子供たちの明るい未来を創造するために、市民が主役の市政を実現してまいります。これからも皆さんの変わらぬご支援、ご協力を賜りますよう、よろしくお願いします」と挨拶をした後、深々と頭を下げた。
 今回の市長選は、4選を目指して出馬した現職の井上将司市長と新人で元出版社編集部長の甘木雄一氏との一騎打ちの構図で行われた。しばらくして、二人の得票数(確定票)が画面に映し出された。
 甘木雄一 32432票 当選
 井上将司 31675票
 投票率  75.42%
 票差が757票と僅差での勝利だった。投票率は75.42%と前回市長選の66.36%を10ポイント近く上回った。現職の井上将司氏は、建設業協会など市内の業界団体から幅広い支援を受けた組織戦を展開したが、市政転換を訴えた新人の甘木氏に僅かの差で及ばなかった。一方、旧田沼市長を務めた甘木富雄氏を祖父に持つ甘木雄一氏は、当初、知名度不足が心配されたものの、中学校の同級生らが中心となって支持を広げる草の根の選挙を展開して勝利した。
「当選おめでとうございます。あなた、昨夜はお疲れだったでしょう?」
「お父さん、市長当選おめでとう!今日、学校に行ったら友達に自慢しちゃおうかな」
 翌朝、朝食のテーブルについた雄一は妻の美由紀と娘の春香から、お祝いと労いの言葉を掛けられた。二人の言葉に寝不足気味な雄一の顔は和らいだ。甘木が就寝したのは午前二時頃だった。
「長い間、美由紀には苦労を掛けっぱなしだったね。やっと普段の生活に戻ったよ。春香、今まで遊んでやれなかった分、これからはお母さんといろんなところに出掛けようね」
「わーい、楽しみにしているよ。お父さん、三人で東京に遊びに行こうよ」
「ここ一年、家族旅行をしていなかったね。学校が休みになったら東京に出掛けようか?」
「ほんと!お父さん、楽しみにしているわよ!」
 
 妻と娘の笑顔が甘木の8か月余りにも及ぶ選挙戦の疲れを癒してくれた。
 甘木雄一52歳。県立長野北高等学校を卒業後、都内にある城南大学文学部に入学した。卒業後、都内の大手出版社に就職し編集員として忙しい日々を送っていた。甘木の夢は時代小説を書く作家になることだった。しかし勤務時間が不規則な編集者としての激務が甘木の体を蝕み体調を崩した。甘木は二年前に会社の早期退職制度を利用して出版社を退職し、妻と6歳の娘を連れて郷里の田沼市に戻った。
 田沼市の実家で一人暮らしだった母親は3年前に亡くなり実家は空き家になっていた。しかし隣町に住む姉の山口久子が時々、実家に来ては部屋の空気を入れ替えるなどをして管理してくれていたおかげで、甘木の家族はそのまま実家に転居することができた。実家に戻った甘木は、アルバイトをしながら、執筆活動に専念し、書き上げた作品を懸賞小説に応募していた。妻の美由紀も近くのスーパーでパート従業員として働いている。娘の春香は神田小学校の2年生だ。
(作:橘 左京)
【編集部からお知らせ】
 小説「朱鷺黄金伝説」(「朱鷺伝説」を改題)をライブライ―⇒文芸にアップしました。

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エッセイ「背広と野良着」(橘 左京 作)

2017年4月26日ニュース

 ある朝、2階で出勤前の身支度をしていたら、一階の台所から妻の声がした。
「あなた、今週の金曜日は古着を出す日よ。使っていない背広があるみたいだけど、出したらどうなの?」
 月に一度、ごみステーションに古着・古布を出す日がある。妻は時々、古くなって着なくなった自分の服と体が大きくなって着られなくなった子供の服を大きなビニール袋に入れてごみステーションに出している。…… ⇒続きを読む

【編集部からお知らせ】
 エッセイ「背広と野良着」はライブラリー⇒文芸にアップされました。

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小説「朱鷺伝説」(第11回)

2017年4月25日ニュース

 雄太は家に帰ると、母と妹に学校の田んぼに朱鷺が飛んできたことを話した。
「お母さん、学校の田んぼに朱鷺がいたよ。テレビ局の人が大勢やってきてカメラを向けていたよ。それにお父さんも来て写真を撮っていたよ」
「ええ!学校の田んぼに朱鷺がいたの?9月に佐渡島で放鳥された朱鷺かしら?」母が言った。
「お兄ちゃん、私も朱鷺を見たかったわ」弥生が悔しそうに言った。
 夕方、雄太と弥生がテレビのニュースを見ていたら、学校の田んぼでエサを捕る朱鷺の姿が映し出された。アナウンサーは、9月に佐渡島で放鳥された10羽の朱鷺のうちメスの一羽が佐渡海峡を越えて本州に飛来したことを伝えた。 
「お兄ちゃんが学校で見た朱鷺が映っているよ!長いくちばしで土をほじくって餌を探しているわ。写真を撮っている人って、もしかしてお父さん?」
「そうだよ。お父さんが帰ってきたら朱鷺について教えてもらおうよ」
「うん」
 
「いただきます」雄太の家では夕ご飯の食卓を囲んでいた。
 雄太はご飯を食べながら仕事から帰って来た父に尋ねた。
「お父さん、どうして朱鷺は佐渡島から海を越えてここまで渡って来られたの?」
「あの朱鷺は季節風に乗って佐渡から本州まで飛んで来たんだよ。冬になるとロシアから日本に向けて北西の季節風が吹いてくるので、風に乗れば案外と簡単に海を越えることができるんだ。田んぼにいる朱鷺が普通に見られた昔は佐渡と本州の間を行き来していたらしいよ」
「本州に渡って来た朱鷺はこっちで生活できるの?田んぼにドジョウやカエルなど、朱鷺のエサになる食べ物がたくさんいないと生きていけないよ」

「雄太はコウノトリという鳥を知っているかい?」
「実物は見たことがないけど、写真では見たことがあるよ」
「私も知っているわ。赤ちゃんを運んでくる鳥でしょう?」
「弥生、それは物語のなかでの話だよ。兵庫県の豊岡市では絶滅したコウノトリを復活させようと、ロシアのハバロフスク市から6羽のコウノトリを譲り受けて人口繁殖させたんだ。平成17年9月に5羽が野外に放鳥されて、今では80羽近くのコウノトリが豊岡盆地に生息しているそうだ。豊岡市の農家は農薬を全く使わないか、ほとんど使わない、そして化学肥料も一切使わないで稲作をしているそうだ。また、コウノトリのエサになるカエルやドジョウなどの生き物を増やすために、稲刈りが終わった後も、田んぼに水を張っているそうだ。一度は絶滅して日本からいなくなった朱鷺もコウノトリも、野生復帰させるには農家や地域の人の協力が欠かせないんだ」

 雄太の学校の田んぼに朱鷺が飛来したことがきっかとなって、雄太の小学校では朱鷺保護センター近くにある佐渡の小学校と交流することになった。この小学校の児童たちは朱鷺の生態をはじめ、絶滅の歴史、放鳥の取組み、野生での生活について学んでいる。児童たちは教室と現地での学習から学んだ知識をもとにして朱鷺の森公園を訪れた修学旅行生のガイドをしている。
 雄太の父は、佐渡から飛んできた朱鷺が安心してこの地域に生活できる環境を作っていくことが安全な米作りにもなると考えて、農薬を使わない、できるだけ使わない稲作をしようと農家の人や地域の人に呼び掛けた。雄太の父の考えに賛同する人たちが少しずつ増えてきた。(了)
(作:橘 左京)
[編集部からのお知らせ]
・小説「朱鷺伝説」は、「朱鷺黄金伝説」と改題し、若干の修正を行った上で、後日、ライブラリーの文芸コーナーにアップする予定です。
・4月27日からは小説「廃屋の町」を連載します。

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小説「朱鷺伝説」(第10回)

2017年4月23日ニュース

「雄太、まだ寝ているの。朝ご飯よ」1階から母の声がした。
 朝ご飯を食べ終えた雄太は小学校に登校した。今日は雄太が通う小学校で稲刈りが行われる。
「稲穂の根元をしっかりと手でつかんだら、鎌の刃先をあててください。鎌で手を切らないように手元をよく見て切ってください。1束ずつ慌てずにゆっくりと刈り取ってください」
 近くに住む農家のアドバイスを受けながら子供たちは稲刈りをしている。
 ザク、ザク、ザク。雄太は慣れない手つきで稲を刈り始めた。農薬を使わずに稲を育てた学校の田んぼにはたくさんの小動物がいる。イナゴが稲穂の上を飛び回っている。稲を刈り取った後に露出した地面をカエルが跳び撥ねている。

 11月に入った。雄太は2階の教室から窓の外をぼんやり眺めていた。遠くに見える高い山では山頂付近が白くなっている。来月に入ると平野部にも雪が降り始める。学校の田んぼには越冬のためシベリアから渡って来た数羽の白鳥が落ち穂を拾って食べている。白鳥の群れから少し離れた場所に、白鳥よりも小柄な白い鳥を見つけた。顔が赤くなっている。弓なりに曲がった長くて黒いくちばしで柔らかくなった田んぼの土を突っついている。朱鷺だ!
「先生、あそこに朱鷺がいるよ!」
 雄太は指を外に向けながら、大声で先生を呼んだ。
「ええ、ほんと!」
 教室いる子供たちが一斉に窓の外を見渡した。双眼鏡を持ってきた先生がレンズを覗き込むと、確かに小柄な白い鳥は朱鷺だった。
「雄太君の言うとおり、学校の田んぼに朱鷺がいます。9月に佐渡で放鳥された朱鷺が海を越えてここまで飛んで来たようです!」
 先生は教室の子供たちに伝えた。教室がざわめいた。先生は学校の田んぼに朱鷺が飛んできたことを朱鷺保護センターと雄太の父が勤めている動物園に連絡した。早速、動物園の車が学校の田んぼにやってきた。車から降りた雄太の父が朱鷺の写真を何枚も撮って帰っていった。
(作:橘 左京)

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