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小説「廃屋の町」(第122回)

2017年12月25日ニュース

「こんにちは、米山です。これ、皆さんで召し上がってください」
 事務所に入った元田沼市職員の米山修二が菓子折りを久保田に渡した。
 菓子折りを開けた久保田が、
「あら、美味しそうなイチゴのショートケーキ。ごちそうさまです。早速、頂きましょう」と言って、その場にいる4人に熱いコーヒーと一緒に配った。
「高橋、今日は取材?」甘木が尋ねた。
「半分は取材で、半分は情報提供だそうよ」久保田が言った。
「何だい、情報提供って?」甘木はコーヒーカップを手に持って尋ねた。
「一つは選挙情勢についてだよ。多分知っていると思うけど、県議選は無競争になりそうだよ」
 高橋が言った。
「最初の頃、民自党の元国会議員の秘書をやった手島って人が県議選に出るって噂が流れていたけど。その話はなくなったんだね?彼が出れば、保守票が割れて現職の山田県議は苦戦するだろうとみていたけどね」風間が言った。
「手島さんはまだ年齢も40代と若いんで、県議になる前に市議になって、政治家経験を積んだ上で、次になるのか、その次になるのか分からないけど、山田県議の後継者として県議選に出るということで、話がまとまったらしいよ。何でも田沼クラブの最年長者の山崎光蔵市議が今期限りで市議を引退するので、その後継候補として、手島さんが市議選に出るらしいよ」高橋が言った。
「それだけで、県議選の出馬を取り止めにするかしら?手島って人は秘書時代に政治資金の着服事件を起こしたって聞いたことがあるわ。立候補を取りやめる条件にお金を要求したんじゃないの?」
 久保田が言った。
「お金を使って立候補を辞退させれば、立候補辞退等の買収罪になりますよ」
 元田沼市選挙管理委員会事務局長の米山修二が、公職選挙法第223条を説明した。
「手島に立候補をやめさせるために、お金を使ったかどうかは分からないけど、県議選は今回も無競争になりそうだよ。一方、市長選挙の方は、こちらも最初、市議会副議長の小林俊二さんが市長選に出るつもりでいたけど、井上市長が4期目も当選すれば、次の選挙には出ないで、小林さんに禅譲することで話がついたらしいんだ」高橋が言った。
「あのケチで有名な小林副議長がタダで立候補をやめたなんて信じられないわ。お金をもらって立候補を取りやめたんじゃないの?」
 久保田が言った。
「そうだとすれば、それも立候補辞退等の買収罪になりますよ」米山が言った。
「その結果、市長選は現職の井上市長と新人の甘木が四つに組むという構図だね」高橋が言った。
「八百長試合が発覚した大相撲は人気に陰りが出てきましたが、市長選挙は大入りが期待できそうですね」米山の冗談で一瞬、場が白けた。
「さっきの話の続きだけど、県議選の田沼市選挙区は市長選の選挙区と重なることから、民自党の長野県連は、現職の井上市長を推薦していることもあって、県議選と併せて市長選についての世論調査も一緒に行ったそうなんだが、甘木が頭一つリードしているって結果が出たそうだよ」
「ええ!それってホントなの?」久保田が驚いた様子で言った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第121回)

2017年12月23日ニュース

「ごめんください。こちらは、甘木さんの事務所でしょうか?」
 30代くらいの女性3人が甘木の事務所を訪ねてきた。
「はい、そうですが。どちら様ですか?」久保田恵子が尋ねた。
「私たちは子育て中の主婦ですが、甘木さんに是非、市長に当選してもらいたくて千羽鶴を持ってきました。これを甘木さんに渡して下さい」女性グループの代表が久保田に千羽鶴を渡した。 
「わあ、すごい!こんなに大きな千羽鶴。どうもありがとうございます。甘木は間もなく戻ってくると思いますので、どうぞ、お掛けになってお待ちください」久保田は3人に椅子を勧めた。
「私たちは同じ団地で活動している子育てグループです。現在子育て中の7人のママが集まって『ひまわりクラブ』というサークルを作って活動しています。実は、去年の暮れに甘木さんともう一人の方が、私たちが住んでいる団地に、市長選挙に出られるということで挨拶回りに来られたんです。甘木さんが私の家にお出でになった時、丁度、私たち3人が家に居まして、お二人から子育てについて困っていることがあったら何でもいいから聞かせてもらいたいって言われ、私たちグループが日頃から思っていることを、お二人にお話ししました。そしたら、甘木さんから、私が市長になったらすぐにやりますって、おっしゃっていただき、本当に心強く思いました。グループの会合でそのことを話したら、甘木さんが市長になれば、田沼市の子育て環境がもっと良くなるんじゃないかってことになったんです。甘木さんを市長にするために、私たちができることは何かしらって考えていたら、千羽鶴がいいよってことになって、私たち7人が3か月掛けて折りました」
 久保田が入れたココアを飲み終えた3人は、この後の予定があるといって、帰って行った。
「『祈必勝』か。為書きなんかより、ずっと御利益があるよ」
 高橋が千羽鶴に吊るされている短冊を手に取って言った。
「女性グループの代表の方から、当選したらこの封筒の中に入っている札に取り換えてくださいって言ってたわ」久保田が白い封筒を高橋に渡した。
「封じ口が開いているね。ちょっと、なかを覗いてみようか」
 高橋が封筒の中から短冊を取り出した。短冊には「祝当選」と書いてあった。
「さっきの女性たちは勝利の女神らしいね。甘木たちが帰って来たようだ。恵ちゃん、この封筒は仕舞っておいて」
 高橋は「祝当選」の短冊を封筒に戻して久保田に渡した。久保田は封筒を事務机の抽斗に入れた。
「ただいま帰りました」と言って、甘木と風間が帰ってきた。
「お帰りなさい」久保田が言った。
「どうしたんだい?この大きな千羽鶴は。『祈当選』と書いてあるけど?」風間が言った。
「『ひまわりクラブ』っていう子育て中のママさんグループが届けてくれた千羽鶴よ。甘木君には絶対、市長に当選してもらって、子育て環境を充実させて欲しいって言っていたわよ」久保田が答えた。
「もしかして、風間と二人で新興住宅地を回っていた時に、子育てについていろいろと意見や要望をもらった家があったけど、その家の中にいた女性グループかな?」甘木が言った。
「そうみたいね。この千羽鶴、7人で3か月掛けて折ったそうよ」久保田が答えた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第120回)

2017年12月21日ニュース

 3月中旬、市長選挙が1か月後に迫っていた。
「こんにちは、甘木はいますか?」
 地域新聞「月刊たぬま新報」編集長の高橋義男が甘木の事務所を訪ねた。
「あら、高橋君じゃないの?甘木君は健ちゃんと出掛けているわ。もうすぐ戻ってくると思うけどね」
 事務所番をしていた久保田恵子が答えた。
「今日は取材?」
「半分は取材で、半分は情報提供だよ」
「何、情報提供って?井上陣営に関する情報ってこと?」
 久保田は熱いコーヒーを入れたカップを高橋の前に置いた。
「2人が来てから話すよ。恵ちゃんが入れてくれたコーヒーのようにホットな情報だよ」
「どんな情報かしら。楽しみだわ。でも記者っていいわね、取材であれば、遠慮なく、候補者の選挙事務所には出入りできるんだもの」
「普通の記者ならそうだろうけど、僕の場合は、井上陣営から甘木の同級生だっていうレッテルを張られているから、警戒されて核心部分はなかなか聞き出せないね」
「井上事務所の中ってはどんな感じなの?」
「選対本部長の遠山議長と、井上市長の後援会長を務めている田沼市土地改良区の松本正蔵理事長が選対副部長として、事務所に常駐しているみたいだよ。この前、事務所に行った時は、数名の女の人がパンフレットの仕分け作業をしていたね。それと作業服を着た人たちがパンフレットを車に積み込んでいたよ」
「作業服姿の人って、もしかして建設会社から動員された人たちじゃないの?」
「作業服に会社の名前が入っていたから、そうだと思うよ。事務所の壁には業界団体の推薦書がびっしりと貼ってあったよ。それに為書きもあったよ」髙橋が言った。
「為書き?」
「選挙の時に『何某候補の為に』として『祈必勝』などと大書して選挙事務所に届ける激励ビラのことだよ。主に国会議員や県議会議員が激励ビラを届けることが多いみたいだね」
「向こうは業界団体丸抱えの組織選挙だから仕方がないわね。それに比べてうちの事務所は寂しいわね。私たち同級生の寄せ書きしかないわ」
「そんなことはないよ。僕たち同級生が心を込めて書いた寄せ書きに勝るものはないよ。形だけの推薦書や為書きなんか、何の御利益もないよ」
「高橋君の寄せ書きには『為せば成る』って書いてあるけど、どういう意味?」
「正しくは『為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり』というんだ。やればできる、やる気があれば必ずやりとげられる、という意味だよ。江戸時代中期の米沢藩、今の山形県だけど、その9代目藩主の上杉鷹山が詠んだ歌だよ。アメリカのオバマ大統領が『イエス、ウィキャン』って言葉をよく使っていたけど、それと同じ意味だよ」
「そうね。選挙まで残りわずか。気合を入れて頑張りましょう」
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第119回)

2017年12月19日ニュース

「ところで、オタクの集票システムの値段は幾らだね?」
「両手で3本です」
「300万円かね?」
「御冗談を。一桁違います」
「3000万円!大層な値段を吹っ掛けてきたな!」
「お客様の資力に合わせた金額です。3000万円の内訳は着手金として2000万円。残りの1000万円は成功報酬です」
「分かった。オタクに頼むよ」
「ありがとうございます。井上さまが当選できるように当社の社運をかけて取り組んでまいります」
「よろしく頼むよ。ところで甘木陣営の事務所には営業に行ったの?」
「私どもの仕事は商売でやっています。資力の無いところ、利益の出ない所には行きません」
 遠山は思わず苦笑をした。
 井上陣営は前回の市長選と同様に今回も組織戦で臨む。県議選は今回も無競争となることがほぼ決まったことから、井上市長の後援会だけでなく山田県議の後援会組織も活用した票集めを行うことになった。それと新年度予算事業を前面に出した業界団体への働きかけもある。選対本部長の遠山は現職と新人の一騎打ちになった4年前の市長選挙を思い出した。現職の強みを生かした組織戦に大胡坐をかいていたら、後半、新人に追い上げられて僅差での勝利だった。
 今回の選挙も現・新一騎打ちの構図だ。高齢化が進んで、井上市長と山田県議の後援会組織のフットワークは4年前と比べて落ちている。業界団体に井上支持を働きかけても社員とその家族など末端、細部まで現職支持が広がるかどうかは分からない。遠山は、先日、息子や娘に現職支持を頼んだところあっさりと断られたことを思い出した。会社の朝礼で井上市長に投票するようにと社長の話があったことを、息子と娘から聞いていた遠山であるが、業界団体に働きかけても、案外、効果がないのかもしれないと思った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第118回)

2017年12月17日ニュース

「このアンケート調査は抽出範囲を広げて2回実施します。投票に行くけど投票先が決まっていない人はだんだんと絞られてきます。私どもはこの層に対して候補者の最終予想得票数の通知とアンケートに対する謝礼として商品券を配ります。実はこれだけでは歩留まり5割には届かないのです。このリストには世帯主の氏名、住所、電話番号が載っていますので、お客様の方でこのリストを活用した票集めをしていただきたいのです。例えば、掲載されている住所にパンフレットを送付することもできます。また、アンケート調査の2番目の質問が『市の政策に何を望むか』という項目になっていますが、回答の五番目『分からない』を除けば、景気が32%、生活が21%、福祉が19%、教育が11%の順になっています。新年度予算の中から景気や生活に密着した事業を抜き出して予算額と一緒にパンフレットに掲載すれば、政策を重視する有権者層には効果的です。現職の強みは予算編成権を持っていることです」遠山は思わず笑った。
「政策ねえ。義理人情で票を集める片田舎の選挙に政策なんかは要らないんじゃないか?」
「政策と言うと何か仰々しいイメージを抱きますが、政策を利益分配と言い換えると分かりやすくなります。有権者は自分たちの利益になる政策や事業を支持します。建設業界が公共事業予算の増額を要望するのと同じことです」
「そういう意味ではオタクと同じにようにウチも金券を配った方が効果的じゃないか?」
「お客様がそれをやれば公職選挙法違反の『買収』(法221条違反)になります」
「そうか。ところでオタクが提案する、この集票システムを使った選挙で勝った実績はあるのかね?」
「昨年10月に行われた戸板市長選挙です」
「なに!『戸田の軌跡』と言われているあの選挙か!」
 人口約15万人の戸板市の市長選挙が昨年10月に行われた。市長選挙は現職と保守系の新人で争われた。盤石な態勢で臨んだ現職が大差で新人に敗れた。「戸板の軌跡」と言われ、予期せぬ選挙結果にいろいろな憶測が飛び交っていた。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第117回)

2017年12月15日ニュース

「これからは企業秘密に関わることなので詳細は申し上げられませんが、少しだけお話させていただきます。私どもはアンケート調査を告示日までに1回、告示後に1回、合計2回実施します。1回目の調査はサンプル数を10分の3に増やして実施します。2回目は10分の5と更に増やして実施します。この2回のアンケート調査から投票に行くけど投票先はまだ決めていない人のリストを作成してこちらに提供します。このリストの使い方はお任せします。私どもはこのリストに載った人たちにアンケート調査の謝礼として商品券を送ります。その際に、井上氏、甘木氏の順で最終予想得票数のメモを同封します。井上氏が僅差で甘木氏を追っているという状況を示したメモです」
「それはどういう意味だね?」
「自分の一票で選挙結果、つまり当落が変わってくるということを演出するためです。ウグイス嬢が『もう一歩です、もう一歩です』と言うのと同じことです。同封する商品券は投票所まで御足労いただくための足代です」
「商品券を配るのは買収にあたるんじゃないか?」
「候補者が商品券を配れば買収になりますが、私ども調査会社が謝礼を配るのは、何ら問題はありません。それと私どもがやる仕事がもう一つあります」
「それは何だね?」
「誰が候補者になっても最初から棄権する20%の人たちを投票所に行かせることです」
「最初から棄権する人の首に縄でも掛けて無理やり投票所に連れて行くつもりかね?」
「御冗談がお好きですね。この調査は2回行いますので、第1の質問に対して2回とも行かないと回答した人から投票所の入場券を現金で買い取ります。買い取った入場券を使って替え玉投票をさせます。これは立派な公職選挙法違反の『詐欺投票』(法237条違反)になります」
「投票所には市の職員や立会人がいるから、入場券を持ってきた人物が本人でないことは直ぐにばれてしまうよ」
「性別、年齢は本人に似せた替え玉を使うので心配はいりません。また替え玉には素性の知られていない人物を使います。それと、替え玉投票に利用する投票所は有権者が多い市街地の投票所です。住民が頻繁に入れ替わる市街地では、近所に知らない人が住んでいても不審に思うことがないからです。特に市街地のアパートには素性が知られていない人が沢山住んでいます。絶対に投票に行かない人が投票に行きますので投票率は若干上がります。替え玉投票の歩留まりは2割とみています。85000票の2割掛ける2割で約3400票がお客様の票に上積みされます。ただしこの票は純増分です」
「さっき説明のあった投票に行くけど投票先が決まっていない人は何割くらいうちの票に取り込めるんだね?」
「こちらの歩留まりは五割とみています。13600票の5割で約6800票です。こちらの票を取り込めば相手候補は同じ票数が奪われます。つまりは票差が約13600票となります」
「投票に行くけど投票先が決まっていない人のリストはオタクからもらえるそうだが、ウチはそのリストをどのように使えばいいんだね?」
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第116回)

2017年12月13日ニュース

 一人の男が井上陣営の選挙事務所を訪ねて来た。
「ごめんください」
「どちら様ですか?」事務所にいた選対本部長の遠山信一は男に尋ねた。
「初めまして、私はこういう者です」
 男は遠山に名刺を差し出した。男から差し出された名刺には「岡本政治経済研究所 所長 岡本聡」と記入されていた。
「どういうご用件でしょうか?」
「私どもの研究所では、この4月に行われる田沼市長選挙に関して、1月下旬に電話によるサンプリング調査を実施しました。今日はその結果を持ってきました」
 遠山は電話によるアンケート調査があったことを家族から聞いていた。岡本は遠山に資料を見せながら、調査結果についての説明を始めた。岡本が示した市長選挙のサンプリング調査には次の4つの質問項目が設定されている。
1.投票に行くかどうか(①行く、②行かない、③分からない)
2.市の政策に何を望むか(①福祉、②教育、③生活、④景気、⑤分からない)
3.市長に誰が適任か(①井上氏、②甘木氏、③分からない)
4.性別は(①男性、②女性)
 サンプリング調査は市内の全世帯の10分の1にあたる3200世帯を無作為に抽出して行われた。調査日は1月23日。調査結果は、抽出した3200世帯に電話を掛けて回答のあった830世帯を分析したものだ。結果表には、1から4までの質問に回答した人数と割合が印字されている。第3の「市長に誰が適任か」という質問に対しては520人が回答している。
 遠山は「市長に誰が適任か」の調査結果に目を向けた。甘木氏135人(26%)、井上氏105人(20%)、分からない280人(54%)という数字が書いてあった。また、その下には甘木氏16129票、井上氏9537票、分からない30294票という票数が書いてあった。甘木と井上の票差があまりにも開いていたことから、遠山は驚いた。
「この調査結果を見ると、ウチの陣営が不利になっているようだが……。田沼市の有権者は約85000人いる。『誰が市長に適任か』の質問に回答した520人は有権者数の僅か0.6%じゃないか。こんな少ない人数を調べて出した調査結果では信用できないね」
 遠山は電卓をたたきながら言った。
「確かに抽出した3200世帯は田沼市の全世帯の1割弱ですし、実際に回答した830人は全有権者の1%弱です。しかし、回答した830人は全有権者85000人の投票行動を代表しています。有権者全体を代表している証拠は、回答した男女別の比率を見れば分かります。男性が48.4%、女性が51.6%です。この男女比は田沼市が直近に行った人口統計の男女比とほぼ同じになっています」
「分かったよ。それでどうなるの?」
「今回の市長選挙の投票率を前回の市長選挙と同じ66%に設定します。理由は今回の市長選挙は、現職と新人の一騎打ちになった前回市長選挙と同じ構図になっているからです。66%の投票率をもとに最終的に投票に行く人数を出すと約56000人になります。残りの29000人は、最初から棄権する人たちです。次に、1の『投票に行くかどうか』の質問で、投票に行くと答えた人が30%、投票に行くかどうか分からないと答えた人が50%です。残り20%の人は投票に行かないと答えた人です。投票に行く30%の人は投票先が既に決まっています。問題は投票に行くかどうか決めていない50%の人たちです。この人たちは選挙の告示日が近づくにつれて、必ず投票に行く人と都合や天候によって投票に行かない人とに分かれてきますが、都合や天候によって投票に行くかどうか分からない人も投票先が決まれば必ず投票に行きます。投票に行くかどうか分からない50%と前回市長選で棄権した34%の差は16%です。この16%にあたる13600票は投票に行くけれども投票先を決めていない票です。この票をこちらの陣営に取り込めば勝算は充分にあります」
「要するにどうすればウチが勝てるんだね。分かり易く説明してもらいたい」
 遠山は顔をしかめて言った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第115回)

2017年12月11日ニュース

「選挙の関係は、だいたい、こんなところですかね。皆さんには面白いものをお見せしますよ。『寄り道』の入口に付けた防犯カメラは、甘木陣営の事務所に向けてありますが、先日、録画した画像を再生したら、面白い映像が出てきましたよ」と言って、山田会長が部屋にあるモニターのリモコンスイッチを入れた。部屋にいる七人は冷えたカツ丼を食べながらモニターの映像に視線を向けた。モニター画面には、甘木の事務所から出て来た背広姿の二人の男と作業着姿の大柄な男が映し出された。
「背広を着ている二人は、改進党の加藤功県議と改進党系の明間昇市議じゃないですか?」
 井上が言った。
「市長の言うとおり加藤県議と明間市議ですね。あの作業着姿の大柄な男は誰だろう?」
 遠山が言った。
「ああ、あの男は青木建設社長の青木敏夫だ。前は建設業協会の会員だったけれど、年会費が高いだとか、協会に入っていても満足な仕事がもらえないと文句を言って協会を出て行った人物ですよ。松本さん、青木は土地改良区の理事をしているんじゃなかったですか?」
 山田会長は吐き捨てるように言った。
「あの野郎、裏切ったな!」松本が眉間にしわを寄せながら言った。
「業界の掟を破ればどうなるか、思い知らせてやりますよ」と言って、山田会長がリモコンスイッチを切ろうとしたところ、モニターに甘木事務所の駐車場に入っていく高級外車が映し出された。車のドアが開いてべっ甲縁の眼鏡をかけた小太りの男性が甘木事務所の入口に向かって歩いていく。
「あの男の人は岩村建設社長の岩村健吾さんではないですか?」松本が驚いた顔で言った。
「ほんとうだ。岩村さんだ!」森山が言った。
「協会の副会長が甘木の事務所に行くなんて信じられない!岩村さんには、今日の会合に出て欲しいって声を掛けたんだが、何てことだ!」
 予期せぬ映像を目の当たりにした山田会長は驚愕した。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第114回)

2017年12月9日ニュース

「本当に、皆さんには、選挙が間近に迫る中、御尽力を頂きありがとうございます。市長選の状況でありますが、結論から申し上げれば、新人候補の甘木雄一との一騎打ちになりそうです。当初、市長選への立候補を模索していた市議会副議長の小林俊二さんは、今回は見送ることになりました。自分が出れば保守分裂となり対立候補を利するだけとして、小林さんは大英断を下されました」
「今ほど井上市長がお話しになった件について、私から補足説明をさせていただきます。井上市長におかれましては、今回の選挙に当選すれば、次の選挙には立候補せず、副議長の小林さんに市長の椅子を禅譲したいという意向であります」松本が言った。
「副議長の小林さんは、本当にそれだけの理由で、市長選への立候補を取り止めたんでしょうか?小林さんが立候補を取り止めるにあたって、解決金とか、お金の話は出なかったんでしょうか?」
 森山が尋ねた。
「私からはこれ以上のことは申し上げられません」松本は不機嫌な表情を浮かべて言った。
「次に、市長選の選対本部長を務めております私の方から、皆さんのお知恵をお借りしたいことがありますので、申し上げます」と言って、遠山は長野日刊新聞のコピーと政財界信州3月号のコピーを一同に配った。
「今ほど配ったコピーにも書いてあるように、3年前に行われた市立病院の移転新築工事の入札について、官製談合の嫌疑がかけられ、公正取引委員会による調査が近々、工事を発注した市役所と工事を受注した建設会社で行われます。官製談合がマスコミ報道されたことで、戦況は我が陣営にとって大変不利な展開となっています。選挙まで残すところ一か月余りとなり、早急に手を打たないと大変な事態になります。そこで、皆さんにご相談申し上げたいと思います」遠山は厳しい表情を浮かべて言った。
 続いて、山田県議が
「民自党長野県連幹事長の立場で、田沼市長選挙の戦況について申し上げたいと思います。今ほど、遠山議長が言ったように、このままいけば、大変厳しい結果になるという調査結果が出ています。民自党長野県連が県議選の選挙区ごとに行った県民世論調査、これは民間の調査会社に委託して行った電話による調査ですが、田沼市選挙区においては、新人の甘木が頭一つリードしています!」と報告した。
 山田県議の方向を聞いた井上市長の表情がこわばった。
「え、え、ほんとか!」一同がどよめいた。山田県議は話を続けた。
「昔であれば、実弾を用意して一発逆転を狙うところでございますが、捜査当局の取り締まりが厳しくなっています。特に現金の授受を伴う買収行為には目を光らせています」
「松本理事長さん。資材・機材の調達、それに人員の確保など、網の目のように広がっている建設業界の結束力は強固です。皆さんが当選すれば、公共工事という食い扶持を頂くわけですが、選挙の準備で疲れ切った胃袋に、選挙が終わって後、丼飯を入れても消化不良を起こしてしまいますよ。我々建設業界は選挙が終わるまでは手弁当で票集めを行いますが、着手金として弁当代くらいはもらえないかという提案なんですが、いかがでしょうか?両手で結構です」佐川が言った。
「今、佐川さんのおっしゃたことはよく分かりました。井上市長の後援会長として申し上げますが、票集めでお難儀をかけます皆さまには、弁当代として1社当たり10万円ずつ用意させていただきます」
 松本が言った。
「松本さん、一桁違うよ」山田会長が言った。
「あ、あ、失礼しました。早速、軍資金の手配をします」松本が言った。
(作:橘 左京)

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小説「廃屋の町」(第113回)

2017年12月7日ニュース

 3月上旬、居酒屋「寄り道」の奥座敷「竜宮」で関係者が集まって、統一地方選挙の対策会議が開かれた。会議には、県議会議員の山田良治、田沼市長の井上将司、市議会議長の遠山信一、田沼市土地改良区理事長の松本正蔵、田沼市建設業協会長の山田信夫、信州建設社長の佐川郁夫、森山組社長の森山富市の7人が集まった。山田会長の横には妻の麗子が控えている。
「皆様方におかれましては、選挙準備で大変お忙しいなか、竜宮にお越しをいただきありがとうございます。本日、皆さまのためにご用意させて頂いた料理は、験を担いでかつ丼にしました。料理について、簡単にご説明させていただきます。使用した豚肉は飯田の八千代豚、鶏卵は信州黄金シャモの卵でございます。お米は長野県のブランド米『風さやか』で、お茶碗は田沼城主溝口家ご用達の田沼焼でございます。どうぞ、お時間の許すまで、ごゆっくりとご歓談ください」
麗子は挨拶をした後、部屋を出て行った。
「統一地方選挙まで、あと一か月となりました。皆さんにおかれましては、年度末の業務多忙な中、選挙準備に御尽力を頂き、感謝申し上げます。戦況について立候補予定の山田県議と井上市長から報告をしていただきます」山田会長が挨拶した。
「県議の山田でございます。皆さんにはお難儀をおかけしております。泣いても笑っても選挙まで、あと1か月です。引き続きのご支援をよろしくお願いします。まずは、私の方から県議選の田沼市選挙区の状況について説明させていただきます。結論から申し上げれば、田沼市選挙区は今回も無競争となりそうです。元国会議員秘書の手島一郎君が、県議選への出馬を模索していたようですが、彼はまだ40代と若いので、まずは市議になってもらい、私のように市議としての経験を積んでから、次のステップとして県議選に出てはどうかと話したところ、本人から了解してもらいました」
「今ほど山田県議が話した件について、私から補足説明をさせていただきます。私が会長をしています『田沼クラブ』は所属議員が17人と、市議会では最大会派ですが、年々高齢化しております。10月の市議選では世代交代を進める必要があるとの判断から、会派の最年長者である山崎光蔵議員が今期限りでの引退を決断されました。その穴を埋めるために手島君を「田沼クラブ」の新人候補として擁立することになりました」遠山が言った。
「手島一郎は本当にそれだけで、県議選への立候補を取り止めたんでしょうか?手島は稲田元議員の秘書時代に政治資金を着服したって聞いたことがありますが……。立候補を取り止める条件として、手島から金を要求されたんじゃないですか?」佐川が尋ねた。
「私からはこれ以上のことは申し上げられません」遠山は不機嫌そうに言った。
「次は、井上市長から状況報告をお願いします」山田会長が井上に目配せした。
(作:橘 左京)

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