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小説「廃屋の町」(第89回)

2017年10月20日ニュース

「担当職員は誰だね?」
「庶務係長の橋爪勉です」
「橋爪?思い出したよ。確か田沼市民オンブズマンから、市長交際費についての情報公開請求があった時に、立川君と一緒にここで説明した職員だったね」
「はい、そうです。彼は情報公開事務を担当しています」
 井上は、田沼市民オンブズマンから提出された情報公開請求の内容及び対応について、担当の橋爪係長からレクチャーを受けたことを思い出した。市長交際費については、田沼市はこれまで県内19市のうち、唯一公表していなかった。市民オンブズマンから、市長交際費の支出一件毎に支出日、支出区分、支出内容、支出先、支出額を開示するようにと、昨年10月、請求があったことを思い出した。
「分かった。先月の運行記録を見せてもらいたいんだが……」
「橋爪係長に持って来させましょうか?」
「いや、適当な理由を言って、君が橋爪係長から借りてきてもらえないだろうか?」
「はい、分かりました」立川が運行記録を持って市長室に戻った。
「市長、これです」立川は市長公用車の運行記録を井上に渡した。
 運行記録は年度初めの4月1日から記入されていた。運転員の氏名、公用車が車庫を出た時刻、用務先と到着時刻、走行距離、車庫に戻った時刻が記入されている。『政財界信州』の根津に写真を撮られた日の運行記録を見ると、用務先は『長野市内』と記入されていた。欄外の余白には鉛筆書きでクエスチョンマークが付けられていた。
「このクエスチョンマークを付けたのは、橋爪係長かね?」
「たぶんそうだと思いますが、それがどうかしましたか?」
「いや、何でもない」
 クエスチョンマークは他にも付けてある。いずれも井上が公用車を使って別宅のマンションに行った日だ。公用車が公務外に使用されていることを橋爪係長が気付いているのかもしれないと、井上は思った。
「橋爪係長は君の部下だけど、上司の立場から見た場合、彼はどんな職員だね?」
「几帳面な性格で、仕事を丁寧に仕上げる点はいいんですが、反面、かなり神経質なタイプの職員ですね」
「神経質?」
「はい、細かい所にまで目が届くというか、細か過ぎると言った方がいいかもしれません。彼は部下に対して、仕事のやり方について、細かな点まで指示しているみたいで、部下はやりにくいみたいですね」
「橋爪係長は人事の面で何か不満を持っているのかね?」
「それはあると思います。同期でまだ係長止まりでいるのは彼だけですからね」
「橋爪係長の昇進が遅れているというは、何か理由があるのかね?」
「神経質な性格が災いしたのか、ヒラの時にうつ病を患って2年ほど、仕事を休んでいました」
「ああ、そうだったの」
 井上は運行記録を立川に戻した後、
「立川君、職員の運転免許証のコピーって、総務課で管理しているよね?」
「はい、人事係が持っています」
「悪いんだが、橋爪係長の運転免許証のコピーをもらえないだろうか?」
「ええ!どのような用向きで橋爪係長の免許証のコピーが必要なんでしょうか?免許証は職員の個人情報にあたりますから、慎重に扱わないと……」立川は驚いた様子で尋ねた。
「つべこべ言わずに、持って来なさい!」
「は、は、はい。今すぐにお持ちします」立川は慌てて市長室を出て行った。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第88回)

2017年10月18日ニュース

「そりゃ職員が800人もいれば、私の市政運営に反感を持っている職員は当然いますよ。特に人事で冷や飯を食っていると思っている職員は、自分の能力や資質に問題があるのに、それを認めないで上司のせいにしている職員も多いと聞いていますよ」
「今回、マスコミにリークした職員は、市長に相当な反感を抱いている人物じゃないだろうか。これが公表されれば、市長にとっては致命傷になるスキャンダルだ。早く犯人を見つけ出して処分しないと、第2、第3のリークが出て来るかもしれないよ」
「分かりました。考えられるとすれば、公用車の運行記録を管理している総務課の職員ですかね。市長の公務日程は職員なら誰でもパソコンを開けば見られますが、公用車の運行記録は担当職員しか見られません。その職員が公務日程と運行記録を突合すれば、公務日程にない公用車の運行記録があることを確認できますからね」
「その職員の氏名、生年月日、住所を調べてくれないか。できれば運転免許証のコピーがあれば、なおいいんだが……」
「免許証のコピーはあると思いますよ。職員も公用車を運転することがあるので、免許証を切り替えた時にコピーを提出させているみたいですが……。山田県議さん、免許証のコピーをもらって何をするんですか?」
「その職員の交通違反歴を調べるんだ。懲戒処分の対象になるような重大な交通違反が見つかるかも知れないからね。飲酒運転をやっていれば、一発で懲戒免職にできるんじゃないの?」
「人身事故でも起こしていれば、懲戒免職にできるかも知れませんが、そんなに簡単にはいかないと思いますよ。ところで、運転免許証のコピーを使って交通違反歴を調べるといっても、どうやって調べるんですか?」
「県警の職員なら調べられるよ」
「それは無理ですよ。だって公務員には守秘義務がありますから」
「そう、現職に頼んでも無理なので県警OBを仲介役にして調べるんだ」
「確か、山田県議さんが所属している県議会の常任委員会は建設公安委員会でしたよね?」
「そう、私は県議になってから今まで建設公安委員会にずーと籍を置いてきた。建設公安委員会は土木部や耕地整備部それに県警を担当している。私はこれまで、市長と同じように県や県警の幹部連中にはいろいろと、人事面で便宜を図ってやったよ。恩義を受ければお返しは付き物だ」
「私も県職員時代は土木部に籍を置いていましたから、県議さんにはいろいろと人事の面ではお世話になりました。今でも恩義を感じていますよ」
「とにかく、市長公用車の運行記録を管理している職員の免許証のコピーを用意してもらいたい」
「はい、分かりました」
 山田が帰った後、井上は日下部に指示して、総務課長の立川智を市長室に呼んだ。
「失礼します」立川が市長室に入った。
「まあ、掛けたまえ」
「はい」
「市長公用車の運行記録を管理しているのは立川君のところだよね?」
「はい、ウチの方で管理していますが……」
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第87回)

2017年10月16日ニュース

「県議さんがここに来る前に、政財界信州の根津雅人っていう記者が、4月の市長選挙のことで取材させてくれって、私の所に来たんですよ。でも本当の目的はこれでした」
 井上は根津から渡された政財界信州3月号のゲラ刷りを山田に見せた。
「井上さん、やられたね。根津っていう男は、有る事無い事、ゴシップ記事を書くのが得意な記者だよ。民自党県連の若い連中も、彼にスキャンダルを書かれたことがあったよ。選挙が終わった後に出たからよかったが、それが選挙前だったら落選していたかもしれないね。もしかして、根津からこの記事を買ってくれって言われたの?」
「はい、そうなんです。1000万円で買ってくれって言われました」
「へえ、1000万円!足下を見られたね。もっとも相手が市長ならこれくらいの相場になるのかね。しかしタイミングが悪いよ。この記事が出るのは2月下旬頃だろう?市長選を二か月後に控えている大事な時期に、こんな記事が出れば女性票が逃げてしまうよ。市長の奥さんは六光学会の婦人部長だろう?早く火消しをしないと、延焼して取り返しのつかないことになってしまうよ」
 六光学会は全国的に組織している宗教団体で、田沼支部の会員数は3500人余り。有権者総数の4・1%を占める組織票で、そのうち4分の3は女性票だ。
「根津記者には1週間以内に返事をすることになっていますが、どうしたらいいんでしょうか?」
「県連にマスコミ対策の専門家がいるから相談してみるよ。ところで、市長は公用車を使って別宅のマンションに行くことがあるのかね?」
「時々ありますが、彼女と一緒に公用車に乗ってマンションに行ったというは、今回が初めてです」
「マンションでひとときの逢瀬を楽しんだってことかね?しかし、二人が公用車から降りたところを撮られたのはまずかったね」
「普段は彼女の方が先にマンションに入って私を待っているんですが、その日は彼女の行き付けの美容院を経由してマンションに向かったものですから、そういうことになりましてね」
「しかし、一体、誰が雑誌社に情報を流したんだろうね?この記事には公用車に乗ってマンションに向かったとあるけれど、雑誌社にリークしたのは市役所の職員かね?市長の公務日程を管理しているのは秘書だろうし、実際に市長をマンションまで乗せていったのは公用車の運転手だろう?」
「二人にはそれなりの便益を与えていますから、二人から情報が洩れるなんてことはまずないと思います」
「便益?」
「人事や服務規律といった労務管理の面ですね。私に恩義を感じている二人がリークするなんてことはあり得ないことですよ」
「ということは、二人以外の職員から情報が漏れたことになるね。井上市長が選挙で不利になるような情報が市役所内部からマスコミに漏れたということは、市長に反感を持っている職員がいるってことだよ」
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第86回)

2017年10月14日ニュース

「山田県議さんがおいでになりました」
 秘書係長の日下部俊夫が山田を市長室に案内した。
「井上市長、顔色が悪いみたいだけど、どうかしたかね?」
「いいえ、何でもありません。さあ、どうぞ」井上は山田に着座を促した。
「今日は、田沼川の改修工事の件で市長に頼みたいことがあって、来たんだけどね」
「私に頼み事って、いったい何でしょうか?」
「市長も分かっていると思うけど、20キロの改修区間のうち15キロは用地買収も終わって、今は、残りの5キロ区間の用地交渉を行っているんだが、一か所、買収単価で地権者と揉めているところがあってね。用地交渉が上手くまとまるように、市からも間に入って調整してもらいたんだ」
「用地買収なら土地改良区が間に入って上手く進めているんじゃないですか?」
「買収する土地が田んぼなら土地改良区に任せてもいいんだが、そこは田んぼじゃないんだ」
「田んぼじゃない?田沼川の左岸側に広がる田んぼを買収して川幅を広げる計画じゃなかったですか?」
「田沼川と国道が交差している場所に工場が一棟建っているんだが、この工場の所有者が、こんな安い単価じゃだめだと言って、頑として首を縦に振らないそうだよ。県の担当課長がそう言ってたよ」
「鉄工所ですよね。あの工場は2、3年前に経営不振で廃業したんじゃないですか。固定資産税が滞納しているって話を、税務課長から聞いたことがありましたが……」
「家屋が建っている土地は、田んぼよりも買収単価は高く設定されているんだが、それでも地権者は納得しないようだ。県の用地担当も困っている。市の方からも、用地交渉が上手く進むように、取り計らってもらえないだろうか?」
「分かりました。早速、建設課に指示を出します。県議さんの用向きはこれで終わりでしょうか?」
「ああ、これだけだよ。どうしたの?そんなに深刻そうな顔をして。何かあったの?」
「実は、県議さんに折り入ってご相談したいことがありまして……」
「相談って何だね?」
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第85回)

2017年10月12日ニュース

「井上市長、この記事を買い取っていただけませんか?」と言って、根津はゲラ刷りの見開き2頁の記事を井上に渡した。
「こ、これは!」
 ゲラ刷りを見た井上は顔面蒼白になった。ゲラ刷りには、「平日昼間の逢瀬?井上将司田沼市長、公用車に愛人を乗せて別宅のマンションで密会!」という見出しと記事、それと車から降りてマンションに入る男女の姿を撮った写真が掲載されていた。
「あんた、私を見張っていたんだな?」
「どうやら、この男の人はご自身のようですね。女の人は、市長が県職員時代に部下だった人でしょう?名前は分かっていますよ」
「誰だ?あんたに情報提供した人物は。市の職員かね?」
「情報源は言えませんね。この記事は3月号に掲載される予定です。こんなスキャンダルな記事が選挙前に出たら、まずいんじゃないですか?」
「何が目的だ」
「ビジネスです」
「ビジネス?幾ら出せばこの記事をボツにできるんだね?」
「両手で、どうですか?」
「100万円かね?」
「ご冗談を。一桁違いますよ」
「え、え!それじゃ、1000万円かね?」
「そんなところですね」
「随分と吹っ掛けるじゃないか!」
「スクープ記事ですからね。これくらいの値打ちはありますよ。1週間以内にご返事をください」と言って、根津は帰っていった。
 井上は茫然と立ち尽くした。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第84回)

2017年10月10日ニュース

「失礼します」秘書係長の日下部俊夫が市長室に入った。
「市長、政財界信州の記者が来春の市長選の取材に来ましたが、どうされますか?」
「日下部君、この後の私の日程はどうなっていたかね?」
「はい、午前中は11時から山田県議との面談が入っていますが……」
 部屋の掛け時計を見た井上は、
「11時までは小一時間あるね。入ってもらっていいよ」と言った。
「はい、分かりました」日下部が市長室を出た後、政財界信州の記者が市長室に入った。
「政財界信州の根津雅人と申します。本日はお忙しいところ、時間をとっていただき、ありがとうございます。弊社の2月号で、4月の統一選挙の特集記事を組むことになりまして、取材に伺いました。どうぞ、よろしくお願いします」
「選挙の取材だって?スキャンダルやゴシップが得意な政財界信州にしては、珍しいじゃないか?」
「ウチだって、たまには真面目な記事を書くこともありますよ。田沼市長選挙の新人候補の甘木雄一さんって、潮流社の元編集部長でしょう。同じ出版業界から市長選挙に出るってことで興味がありますね。それと潮流社から出ている週間潮流は、ウチ以上に政界スキャンダルを過激に書き立てていますよ。時々、記事を書かれた政治家から、名誉棄損で訴えられているようですが……。週間潮流の記事に比べれば、ウチなんか、おとなしい方ですよ」と言って、根津はボイスレコーダのスイッチを入れ、取材を始めた。取材は30分程で終わった。
「いろいろとお話を聞かせていただき有難うございました。実は、もう一つ用件がありまして……」
「何だね、もう一つの用件って?」
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第83回)

2017年10月8日ニュース

「それと、ウチの母が言うには、六光学会の婦人部の人がこのパンフレットを持って回っているそうよ。先日、六光学会の婦人部に入っている母の友人が家にやって来て、『市長選挙には井上将司市長をお願いします。田沼支部婦人部は4月の市長選挙で井上将司市長を推薦しました』と言って、このパンフと六光学会田沼支部の会報を置いていったそうよ。会報には『田沼支部婦人部は4月の市長選挙で井上将司市長を推薦しました』という記事が載っていたわ。それに、母の話だと井上市長の奥さんが六光学会の婦人部長だそうよ」久保田が言った。
「確か、田沼市内の六光学会の会員数は3500人余りと言われているよ。会員のほとんどが女性会員で、この票が井上支持に回るとなると大きな脅威だな。井上陣営は建設業界の票を固めただけでなく宗教団体の票まで固めていたようだね」風間が心配そうな顔で言った。
「米山さん、井上市長の選挙公約が載ったパンフレットを一般家庭に配って回ることは、選挙違反にならないんですか?」久保田が尋ねた。
「この場合のポイントは2つあります。一つは戸別訪問にあたるかどうか。もう一つは政治活動との関連です」
「戸別訪問って何ですか?」久保田が尋ねた。
「有権者の家を訪ねて投票を依頼する行為です。戸別訪問は公職選挙法では禁止されています」
「それじゃ、母が、家を訪ねて来た友人から『市長選挙には井上将司市長をお願いします。田沼支部婦人部は4月の市長選挙で井上将司市長を推薦しました』って言われたけど、これって選挙違反になるってことですか?」久保田が尋ねた。
「事実とすれば戸別訪問にあたり、選挙違反になりますが、今のケースだと、『言われた』、『いや、言わなかった』ということになり、お母さんのお友達が言った言葉が録音されていれば別ですが、投票を依頼されたという事実が証拠として残っていなければ、どうしようもありません」
「もう一つの政治活動との関連というのは?」風間が尋ねた。
「このパンフの作成・配布が政治活動として行われたものなのか、それとも選挙目当ての普及宣伝活動として行われたものかの違いです。政治活動として行われていれば規制されませんが、選挙目当てに行われた活動であれば違反になりますが……」
「このパンフには井上市長の選挙公約が載っていますし、母は、このパンフを持って来た人から『市長選挙には井上将司市長をお願いします』と言われました。それに六光学会の会員でもない母に会報を置いていったことから考えれば、選挙の目当ての票集めだってことは、誰だって分かるんじゃないですか?」久保田が言った。
「しかし、このパンフには井上市長が市長選に立候補するだとか、選挙公約だとか、選挙に関する言葉が一切載っていません。このパンフを持ってきたお母の友人が言った『市長選挙には井上将司市長をお願いします』という言葉も証拠として残っているわけじゃありません。それに、このパンフの右上に『将進会報・号外』とあり、下の余白に小さな字で『発行責任者 松本正蔵』と書いてあります」
 米山がパンフレットを見ながら言った。
「『将進会』って、確か井上市長の後援会(政治団体)の名前だったよな。それに松本正蔵は将進会の会長で田沼市土地改良区の理事長だよ」風間が言った。
「外見上は、政治活動用に作られ配布された文書ということになりますが、後援会の会員でない家にまで配布されているとすれば問題ですね。政治活動用の文書は、本来、政治団体が開催する演説会、研修会などの政治集会に参加した人に配られる文書ですから、その文書を一般家庭に配れば違反になります」米山が言った。
「井上陣営は選挙違反しているって、警察に通報した方がいいじゃないの?」久保田が言った。
「この程度の違反じゃ、文書警告で終わってしまいますよ。警察が一番目を光らせているのは買収ですよ。お金を支払って有権者の票を買い取る買収は最も悪質な選挙犯罪です。しかし、お金をもらった人も罪に問われることから、なかなか表に出てきませんが……」
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第82回)

2017年10月6日ニュース

「ねえ、恵ちゃん、これ見た?井上市長の選挙公約が書かれたパンフレットだよ。ウチの郵便受けに山田県議の後援会報と一緒に入っていたよ」
 風間健一が事務所番の久保田恵子にパンフレットを渡した。
「ああ、これね。私も見たわ。選挙公約というよりは、田沼市の新年度事業予算のいいところをぱくって載せたって感じよね。来月始まる市議会で審議、承認されないと執行できない新年度の事業予算を選挙公約にするなんて、議会軽視も甚だしいわ」久保田が言った。
「仕方がないですよ。市長派議員が3分の2を占めている今の市議会の状況をみれば、新年度の事業予算は原案のまま承認されるんじゃないですか。特に、公共事業予算は市議会の最大会派「田沼クラブ」の意向を踏まえて作られています。このパンフレットを見ると、太字で書いてある文化会館整備事業と総合体育館整備事業がひときわ目立って見えますね」
 元田沼市選挙管理委員会事務局長の米山修二が言った。
「文化会館と総合体育館の建設は、井上市長の選挙公約の中では目玉になる事業だからね。しかし、このパンフに載っている事業はほとんどが公共事業だ」風間が言った。
「そうね。いかにも建設業界向けに作った選挙公約って感じよね」久保田が言った。
「建設業界の票は確実にもらえる組織票だから、業界関係者の心をしっかりとつかんでおきたいんだろうね」風間が言った。
「子育て世代や高齢者向けのソフト事業も少しだけど載っているわ。井上陣営はこの人たちの票も取り込みたいのかしら?」久保田が言った。
「そうだね。ところで、この『まちなかコンビニ塾』って何だい?1200万円も予算がついているよ」風間が言った。
「ウチの母から聞いた話だけど、高齢者向けの趣味講座だそうよ。趣味もなく、友達付き合いもなくて、家に閉じこもりがちのお年寄りや、時間を持て余しているお年寄りの生きがい対策として、市が趣味の教室を開設するそうよ」久保田が答えた。
「趣味の講座なら公民館を使って自主的にやっているし、市がやるにしても、公民館行事として既にやっているじゃないか。どうして、同じような事業を税金を使ってやる必要があるんだい」
 風間が語気を強めて言った。
「空き店舗対策と六光学会の会員の小遣い稼ぎが本当の目的らしいわよ」久保田が言った。
「恵ちゃん、それって、どういう意味だい?」風間が尋ねた。
「商店街にある空き店舗を趣味講座の会場に使うことで、商店街に賑わいを取り戻そうということらしいけど、これは表向きの理由で、実際は六光学会の会員の空き店舗を借りることになっているみたいよ。その上、趣味講座の講師も六甲学会の会員からやってもらうことで話がついているらしいわよ」
 久保田が答えた。
「それって出来レースってことじゃないかい。空き店舗を使うったって、タダで借りるわけではないし、講師だって、ボランティアで引き受けてくれるわけでもないだろうし。みんなお金のかかる話だよ」風間が憤慨した面持ちで言った。
「それが事実だとすれば、公職選挙法の買収罪(第221条第1項第1号)になりますね」
 田沼市選挙管理員会元事務局長の米山修二が公職選挙法令集を手に持って言った。
「米山さん。買収罪になるって、どういうことですか?」久保田が尋ねた。
「当選させるために、選挙人(有権者)に対して金銭、物品その他の財産上の利益を若しくは公私の職務の供与を約束した場合は買収罪になります。空き店舗の借り上げは『財産上の利益』にあたりますし、講師をやってもらうことは『公私の職務の供与』になります。六光学会は、今回の市長選挙では現職の井上市長の支持を表明しています。六光学会の上層部にいる人は、選挙人というよりは選挙運動者と呼んでいいかも知れませんね。なかには組織的選挙運動管理者もいるでしょう」米山が答えた。
「組織的選挙運動管理者って?」久保田が尋ねた。
「候補者と意思疎通ができる人で、選挙運動の計画立案や調整、選挙運動に従事する人を指揮監督する立場にある人のことです。この組織的選挙運動管理者が買収罪を犯した場合、候補者の当選は無効になり、5年間、同じ選挙で同じ選挙区から立候補できなくなります」米山が答えた。
「いずれにしても、馬の目の前に好物の人参をぶら下げて早く走らせようとするように、有権者受けする新年度の事業予算を見せて票を釣ろうという戦法じゃないの?全く有権者をバカにしているよ」
 風間が吐き捨てるように言った。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第81回)

2017年10月4日ニュース

「井上でございます。家内の君子がいつもお世話になっています。仕事では、男の人の前で話す機会が圧倒的に多いんですが、今日は六光学会婦人部の集会にお招きをいただき、こんなにも大勢の女性の前で、しかも美人さんの前で話すことになって、大変、緊張しています。暫しの間、皆さんのお耳を拝借したいので、よろしくお願いします。まずもって、この度の市長選挙にあたり、六光学会さんからご推薦をいただきましたことを、この場をお借りして感謝申し上げます。さて、皆さのお手元に配布されています市長選のパンフレットをご覧いただきたいと思います。刷り上がったばかりの印刷物で、まだインクの匂いが残っているようです。どっちが表か裏かは分かりませんが、『継続こそ力なり!市政の更なる前進を目指して!』と書いてあります。新田沼市が誕生して間もなく8年が経過しようとしていますが、『中心部ばかりが栄え、周辺部は寂れるばかりだ』という声が時々、私の耳に入ってきます。こんな声を聞くたびに、中心部の旧田沼市地域と周辺部の旧三か町村地域とで、いまだに住民意識のずれが解消していないなあ、と感じることがあります。二年後には合併10周年を迎えます。記念すべき10周年を約10万人の市民が心を一つにして祝うことが住民意識のずれを解消し、これからの田沼市を前進できるのではないかと考えています。間もなく迎える合併10周年を祝うのにふさわしい象徴的な、そして田沼市の輝ける未来を創造するためにも、文化会館と総合体育館の建設が必要だろうと考え、私の選挙公約の目玉事業として挙げました。パンフレットをひっくり返していただくと、「田沼市の輝ける未来を創造するための六つの光」ということが書いてあります。この『六つの光』という言葉は、六光学会さんの名前を拝借させて頂きました。主要な新年度事業が6項目に分類され掲載されています。今ほど言った文化会館は『文化』に、総合体育館は『健康』に分類されています。高齢化が急速に進む中で、文化的で健康な生活を送っていただく上でも、必要な事業だと考えています。もちろん、冬期間の生活道路を確保する上で必要な消雪パイプの整備についても増額しております。また、少子化が進む中で、子育て世代の負担を軽減する意味で、子育て世帯の住宅建設や取得資金の助成、保育料の無料化などを新規事業として挙げました。最後に、文化のところにある『まちなかコンビニ塾』ですが、これは高齢者向けの趣味講座を開設しようというものです。この事業は、妻、いや失礼、婦人部長さんから提案をいただき、新年度事業に加えました。六光学会の会員の皆さんの中には玄人はだしの腕前を持っている方が大勢いると聞いています。その腕前を趣味講座の講師になって活用してもらいたいと考えています。時間があれば、もう少しお話をさせて頂きたいのですが、婦人部長さんから、そろそろ話を閉じてくれとの合図がありましたので、私の挨拶はこれで終わらせていただきます。御清聴ありがとうございました」
 パチ、パチ、パチ 
 井上市長の選挙公約が掲載されたパンフレットは六光学会の婦人部によって市内の会員世帯を中心に配布された。また、井上事務所に派遣された建設会社の社員によって、山田良治県議会議員の後援会報と一緒に市内の全世帯にポスティングされた。更には、居酒屋「寄り道」にも、パンフレットが井上市長の選挙ポスターと一緒に届けられた。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者

小説「廃屋の町」(第80回)

2017年10月2日ニュース

「市長、そんなに気を使わなくてもいいですよ。いつものことですが、新年度事業予算については、我々、田沼クラブの要望を入れた形で作っているじゃないですか?それが市議会の審議、承認前に、一部が市長の選挙公約として公表されたからといって、文句を言う人はいないじゃないですか。いいことがいっぱい書いてあるしね」
「そうですか。しかし、市議会の承認を得ていない段階で、新年度事業を事業費込みで公表していいのかといった意見も、一部の市議さんから頂戴したものですから、一応、議長さんにはご了解をいただきたいんですが……」
「誰ですか?一部の市議って?新生会や共立党の市議連中ですか?市長選では新人の甘木雄一を推薦するようですが……」
「実は、田沼クラブの市議さんからなんですが……。名前は、ちょっと申し上げられませんが……」
「もしかして小林副議長ですか?」
「ええ、そうですが……」
「小林君は、市長選にまだ色気を見せているようですね。私に任せてください。市長選に出るには時期尚早だと言っておきますよ。ただし、彼の性格からして、市長選からの撤退を働き掛けるには交換条件を出さないと、簡単には引き下がらないと思いますよ」
「承知しています。議長さんに全てお任せします」
「おそらく、それなりの解決金が要ると思いますよ」
「了解しました」
「やー、皆さん御揃いで。ご苦労さまです。奥さん、これは今日の集会に集まった婦人部の皆さんで召し上がってください」建設業協会の山田信夫が菓子折りを井上市長の妻君子に渡した。
「わー、美味しそうな銅鑼焼きですこと。山田会長さんには、ここで婦人部の集会があるたびに、いつも美味しいお菓子を届けて頂いて、ありがとうございます」君子が礼を言った。
「今日はお昼を挟んで六光学会婦人部の集会があるって麗子から聞いていました。それとお昼に出す弁当の注文を頂いたって、妻が喜んでいましたよ」山田が言った。
 山田信夫の妻麗子は六光学会婦人部の役員を務めている。麗子は商店街にある居酒屋『寄り道』の経営者で、昼間は仕出し弁当を作っている。
「ここで集会がある時は、奥様のお店で松花堂弁当を作って頂いています。一流の料理人が作ったお弁当だけに、料亭で食べる懐石料理みたいに美味しいって、皆さん褒めていましたよ」
「ありがとうございます。妻に言っておきますよ」
 井上事務所では六光学会婦人部の集会がお昼を挟んで行われる。お昼に出す弁当は、いつも麗子の店で作ってもらっている。午後に入って、六光学会婦人部の集会が始まった。婦人部長の井上君子が挨拶した。
「会員の皆様におかれましては、休日にもかかわらず、沢山の方から御参加をいただきありがとうございます。ご存知のとおり、市長選まであと2か月ほどとなりました。開催にあたりまして、主人、いや失礼しました、井上市長から一言ご挨拶をいただきます」
(作:橘 左京)

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