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小説「視線」(第11回)

2017年3月2日ニュース

 妻の几帳面な性格はごみの出し方にも表れている。男の住む町ではごみは9種類に分別収集されている。「燃やすごみ」は有料化されている。一方、無料の「資源ごみ」の方は6つに分別してゴミステーションに出さなければならない。妻は資源ごみの分別には特に気を使っている。先日も、プラスチック性の食品容器を洗わないで出している家があるとか、古新聞と一緒に出すことになっている段ボールを別の日に出していたとか、食事をしている時に、妻が男にぼやいたことがあった。
「昨日、プラスチック容器の収集日だったけど、また、洗わないでごみステーションに出している家があったわ。きっと辻本さんよ。カップ麺の食べ残しが入っていたらしく、カラスが袋を突っついて食べていたわよ。袋からはみ出たごみが辺りに散らかっていて、片づけるのに大変だったわ。あなた、今度、辻本さんに会ったら注意してよ」妻が男に向かって言った。今月、男の家がゴミステーションの管理当番になっている。
「どうして、辻本さんが出したごみだって分かるんだね。出した人の名前がごみ袋に書いてあるわけでもないし……」
「一人暮らしの辻本さんが家で食事を作っているようには思えないわ。この前、カップ麺がたくさん入った買い物袋を持って家に入るのを見たのよ」
「仮に辻本さんが容器を洗わないで出していたとしても、出している現場を押さえないとだめだよ。今度、見つけたら注意しておくよ」
「そうだわ。今度からプラスチック容器の回収日には、家のごみはあなたから出してもらうわ。辻本さんがルール違反をしている現場を押さえられるかも知れないわ」
「分かりました」
 男は不承不承、ごみ出しを引き受けた。余計なことを言わなければよかったと、男は後悔した。

 家の中、特に1階で発生するごみを分別する権限は妻にある。その妻の権限を侵すかのように、家の中で資源ごみをせっせと集めている男は、「ミニマリスト」を自認する妻の冷ややかな視線を背中に感じることがある。持ち物をできるだけ減らし、必要最小限の物だけで暮らす生活にこだわる妻は、突然始まった夫の蒐集癖には辟易しているのではないかと、男は思った。妻の家事ラインが敷かれている1階には余計な物や余分な物は一切ない。見つかれば直ぐに妻の手によってごみとして家の外に排出されてしまうからだ。
 「燃やすごみ」に分別されるか「資源ごみ」に分別されるかで、ごみの運命は大きく変わる。人間の生活に「有用な物」として生産され供給された製品が消費された後は「不用なごみ」に変わる。「燃やすごみ」に分別されると、焼却場で燃やされて灰になって人生を終える。一方、「資源ごみ」の方は回収され再利用されることによって第2の人生が始まる。高度経済成長と消費人口の増加が大量生産、大量消費、大量廃棄をもたらした。大量廃棄が環境に負荷を与えているとの反省から、近年、資源のリサイクルが進んでいる。容器包装、家電、自動車、建設廃材はリサイクルが義務付けられている。古新聞は再生紙や段ボールに再生される。ペットボトルはペレット状に砕かれて化学繊維に生まれ変わる。男が家の中で集めている「資源ごみ」は、孫の雄太と作る乗り物に生まれ変わるための材料だ。また、回収した「資源ごみ」は家事ラインが敷かれていない男の自室に保管されている。この場所はミニマリストの権限が及ばない場所だ。それとも、ミニマリストが向ける矛先は男が自室にストックしている「資源ごみ」ではなく「男自身」なのだろうか。妻から見て、「男の体」は「資源ごみ」なのか「燃やすごみ」なのか?男の脳裏に「熟年離婚」という言葉が浮かんだ。長年連れ添ってきた妻から、ある日突然、三行半を突き付けられるのではないかと、男は疑心暗鬼になった。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者