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小説「視線」(第5回)

2017年2月18日ニュース

 普段は自分の軽自動車を運転して近くのスーパーに買い物に行く妻であるが、第2、第4金曜日になると、男の車に乗せてもらって郊外にある大型ショッピングセンターに出掛ける。近所にあるスーパーや店では買えない商品やサービスを購入するためだ。それとお気に入りのレストランでランチを食べる目的もある。午前11時半過ぎに家を出るため、家事の生産ラインはいつもより早く回転する。
 朝食の席で妻が男に言った。
「あなた、今日は買い物に行く日よ。車、お願いね」
「ああ、分かったよ。例の所ね」男が反射的に答えた。

 妻は車線が多く混雑した道路での運転が苦手だ。車線変更が怖いらしい。妻は以前、車線変更に失敗して後続車と接触事故を起こしたことがある。それがトラウマとなって複数車線のある道路での運転は避けている。通常、車線変更をする場合、ドアミラーやバックミラーを見て後続車の動きに注意を払いながら、まずはウインカーを出して後続車に車線変更の合図を送りながら、ハンドルを切るタイミングを探る。妻はウインカーの点滅とハンドル操作の間合いを計るのに相当な神経を使うらしい。妻が家の中に敷いた家事の生産ラインのように自動制御されていないからだ。大型ショッピングセンターに向かう途上に妻が苦手な道路があるので、男の車が妻の足代わりになる。

 男が妻の足代わりに運転する車は、もちろん自社工場で製造している小型の大衆車だ。午前11時半過ぎ。男は妻を車に乗せてショッピングセンターに向かった。いつものことだが妻は後部座席に座っている。男が妻と交際していた頃に乗っていた車は、当時、男が勤務していた工場で製造していたスポーツカーだった。団塊世代の若者、特に男子にとっては車を所有すること自体が憧れでありステータスシンボルであった。また、車は女性の心をつかむための強力な道具でもあった。助手席に彼女を乗せてドライブに出かける。景色の良い場所で車を止めて、彼女を口説いてプロポーズというお決まりのパターンだ。男もそれを実践し妻と結婚した。

 男の運転する車がショッピングセンターに着くと、時計は正午を回っていた。いつものことだが、ランチを済ませてから買い物をすることになっている。どこでランチを食べるかは妻の裁量に任されている。
「あなた、お昼はイタ飯なんかどうかしら」妻が男に提案した。
(最初から決まっているくせに)と男は思ったが、
「イタ飯か。たまにはいいね」と相槌を打った。
 お昼時ということもあって、レストランの前には行列ができていた。予約を入れて店先に並べた椅子に腰を掛けて席が空くのを待った。しばらくして係の女性が予約表に書き入れた男の名字を呼んだ。男と妻が店の中に入ると、係の女性が「お客様はお煙草をお吸いになりますか」と男に尋ねた。男は妻の顔色を読んだ後、「いいえ。禁煙席をお願いします」と答えた。自分一人であれば「喫煙席をお願いします」と男は言いたかったが、家の中でも外でも妻と一緒に居る場所では禁煙になっている。

 二人は禁煙席に案内された。この店では分煙になっているらしく禁煙席と喫煙席がはっきりと分かれている。喫煙席は片隅に追いやられ4分の1ほどのスペースだ。喫煙席ではダークスーツ姿の一団のサラリーマンが日替わりランチを注文していた。分煙・禁煙の流れは公共施設だけでなく、民間施設でも広がっているようだ。特にスーパーやデパート、レストランなど不特定多数の人が集まる場所は分煙や禁煙が進んでいる。男が時々行く近所のパチンコ店でも、分煙にするか禁煙にするかでもめているようだ。パチンコ利用者の喫煙率を考えれば禁煙はマイナス要因に働くが、一方で非喫煙者を新規顧客に取り込めるという思惑も働く。その点、分煙にすれば喫煙者も非喫煙者も顧客に取り込めるが、そのための設備投資が新たに必要になってくる。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者