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小説「視線」(第2回)

2017年2月12日ニュース

 定年退職後、これといった趣味を持っていなかった男は、毎日が休日になった。会社勤めをしていた頃は、家にいる時よりも会社にいる時の方が居心地が良かった。男にとって、本来の居場所は「会社」であり、「家」は仮の居場所でしかなかった。マズローの欲求5段階説に従えば、家は「生理的欲求」「安全の欲求」「社会的欲求」といった低次の欲求を満たす場であり、会社は「自我の欲求」「自己実現の欲求」といった高次の欲求を満たしてくれる場であった。会社に居れば、自分の持っている技術や知識といった「見えない」ノウハウが「見える」製品となって社会に流通し人々の生活を豊かにしていく。男が勤務する工場で製造・集荷された車が通勤途上の道路を走っている光景を目にすると、男は自分の仕事が社会に役立っていることを実感する。男にとっては40年余りの会社勤めは人生そのものだった。
 
 会社では従業員の「自我の欲求」や「自己実現の欲求」を巧みに取り込み、会社の業績向上につなげる仕組みが構築されていた。その仕組みとは新卒で入社し定年まで同じ会社に勤める「終身雇用」と勤続年数や年齢などを重視して役職や賃金を決める「年功序列」といった人事制度だ。このほかにも従業員とその家族に対して保険・住宅・教育などへの給付金の支給や社員寮・住宅、保養施設などの提供を行う「福利厚生」も用意されていた。この「福利厚生」は、会社が家父長のように従業員の生活にも介入し物心両面にわたって従業員やその家族の面倒をみる制度だ。従業員は会社が個人生活に介入することを承諾する代わりに、当然の恩恵として会社からの庇護を受け取り、会社のために忠誠を捧げて生産に励むという家族主義的な企業経営が、当時、普通に行われていた。「終身雇用」と「年功序列」で従業員の長期・安定雇用を保障し、「福利厚生」で従業員とその家族の生活を保障するという日本型雇用慣行が高度成長期の日本経済を支えていた。

 男が入社した当時、工場には常勤雇用の従業員が500人いたが、その後、製造ラインの自動化によって人員規模は縮小し、退職を迎えた年には300人ほどの人員体制だった。男は副工場長の役職で定年を迎えた。転勤を覚悟すれば工場長の椅子も用意されていたが、転勤になれば単身赴任が避けられないことから、男は昇進の話を断った。家事をしたことがない男は、単身赴任先で仕事と家事を両立させることは難しいと考えた。家事の中でも特に食事の支度は面倒だ。外食に頼れば栄養の偏りが生じ、やがては生活習慣病を発症するのではないか、という不安があった。男よりも7歳若い大卒の工場長は転勤族で単身赴任中だ。子供が小さい頃は家族で引っ越しを繰り返していたようだが、子供が学校に入ってからは単身赴任を続けているという。工場長は外食中心の食生活と過度な飲酒、喫煙がたたって糖尿病を患っている。
 男が会社勤めをしていた頃の社会には、「男は会社で仕事、女は家庭で家事と育児」、という性別による役割分担が当然という風潮があったし、当時の会社(企業・雇用主)もそれを是認していた。近年、盛んに言われている仕事(会社)と生活(家庭・家族)のバランスを重視する「ワーク・ライフ・バランス」というような考え方はなかったし、男性が育児や介護のため会社を休む、労働時間を短縮する、などという考えは当時の社会では許容されていなかった。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者