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選挙と民主主義(第19編)~間接民主主義は無責任政治を招く?

2013年1月19日ニュース

 間接民主主義とは、国民が選挙などにより民意の代表者を選出し、その代表者に自らの権力の行使を信託するによって、国民を間接的に政治に参加させその意思を国政に反映させる政治システムをいいます。要するに、私たち有権者が選挙によって国会議員や自治体首長・地方議会議員(いわゆる政治家)を選んで、その者に統治権力を委ねることです。

 さて、ここで注意すべき点は、有権者は候補者や政党を選択するだけで、具体的な政策内容や政策実現については、候補者や政党に委任しているということです。いわば、有権者は白紙委任状を付けて候補者や政党を選んでいることになります。候補者の政見や政党の政策をみて投票しているのだから白紙委任ではないと反論される方もいるかもしれませんが、このシリーズでもお伝えしたように、メディアによる報道は偏向した情報であり、候補者・政党の政見や政策は選挙向けに作られた誇大広告のようなもので、鵜呑みにすることはできません。また、政治家は、二枚舌、三枚舌を駆使し八方美人のように振る舞い票を集めるのが得意な人たちです。また、言っていること(主張)とやっていること(行動)が一致しない言行不一致な人たちでもあります。(私も政治家をやっていたので、よく分かります。)有権者は政治家に白紙委任していることから、政治家としての資質に問題があっても言行不一致があっても、次の選挙まで彼らに責任を問うことはできません。(自治体首長や地方議会議員は任期途中であっても責任を問うことは可能です)

 一方、有権者の方はどうでしょうか。実は、有権者も特定の候補者や政党を選んだことに対する任命責任を問われないという点では同様に無責任な立場にあります。責任を問われないことから安易な判断や選択をする傾向があります。多くの有権者はメディアが流す情報や候補者・政党が訴える政見や政策を鵜呑みして投票先を選択したり、先を見据えた理性的・知的な判断よりも一時的な情緒や感情に流されて候補者や政党を選択しがちです。

 巷では「誰が政治家になっても、どの政党が政権を取って、世の中は良くならない。」という嘆き節が聞こえてきますが、選ばれる政治家も選ぶ有権者も互いに無責任な立場にある以上、信頼関係を構築することは無理ではないかと考えています。

(あとがき)
 ハナ肇とクレージーキャッツの歌に「無責任一代男」というヒット曲がある。歌詞は人生を要領よく生きて最後は社長で終わったという一代記を綴っているが、人生は無責任に生きることが大事で、こつこつとまじめに生きる人生は無駄だという趣旨で締めくくっている。ボーカルは植木等。植木等といえば、高度経済成長期(1960年代)を象徴するコメディアンである。東宝映画の「無責任シリーズ」の主役を演じ、「無責任」という流行語まで生まれた。高度経済成長期は私の小学校時代であるが、当時は一部の怠け者や無責任な社員がいても、会社は成長し世の中(社会)も良くなるという好循環を生んでいたのだろう。誠にうらやましい限りである。しかし、そのような時代が到来することは二度とないであろう。
※参考文献:ウィキペディアフリー百科事典
(代表 天野市栄)

posted by 地域政党 日本新生 管理者