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小説「強欲な町」(第11回)

2018年3月25日ニュース


[マモン コラン・ド・プランシー『地獄の辞典』より]

第3章 田沼市民オンブズマン(その1)

「おはよう、今朝は冷えたね。暦の上では春になったっていうけど、外はまだ冬景色だよ。おや、そのチューリップはどうしたの?もうすぐ咲きそうですね」
 赤、白、ピンク色のチューリップが挿し込まれた花瓶を見た甘木雄一が、コートに付いた雪を払いながら、佐久間涼子に言った。
「甘木所長、おはようございます。皆さんに一足先に春を楽しんでもらおうと思って、実家からチューリップをもらってきました」
「そうか、佐久間さんの実家はチューリップの生産農家でしたね?もう、チューリップの出荷が始まったんですね?」
「はい、切り花の出荷は1月中旬頃から始まっていますが。今が出荷のピークです。チューリップ農家はこの時期、猫の手も借りたいほど忙しくなるんです。だから、私は週末には実家に帰って、家の手伝をしています。チューリップの切り花は蕾の状態で出荷するんですが、蕾が開き始めたものは出荷できないので、もらってきました」
 富山県のチューリップは、球根で全国1位、切り花で2位の生産量を上げている。
「ありがとう、佐久間さんのおかげで、事務所は暦どおりの春になったようです」
 佐久間は、クス、クスと笑みを浮かべながら、
「野上さん、どうしちゃたのかしら?もう9時過ぎだというのに……」と、事務所の掛け時計を見ながら言った。
「野上君、朝寝坊でもしたのかな?」
 甘木は、佐久間が運んでくれたコーヒーを飲みながら言った
「おはようございます。あれ、あのチューリップ、もしかして、佐久間さんが持ってきてくれたの?」
 野上敏夫はスーツに付いた雪を払いながら言った。
「そうよ、先週末に実家に帰った時にもらって来たのよ。野上さんこそ、どうしたの?今日は遅刻よ。朝寝坊でもしたの?」佐久間が野上に言った。
「寝坊じゃないよ!暦は春でも外は大雪、そのうえ今日は月曜日。道路が車で大混雑していて、それで遅くなったんだよ。所長、すみません」野上が甘木に低頭して言った。
「それはいいんだけど。遅くなるようだったら、電話を一本入れて下さい。時間になっても野上さんが来ないので、事故にでも遭ったのかと、心配してたよ」甘木が言った。
「はい、今度から必ず電話を入れます。『愛の告白』、『失われた愛』、『愛の芽生え』、どっちかな?」
「野上さんが、いま言った言葉って、どういう意味ですか?」佐久間が尋ねた。
「チューリップの花言葉だよ」
「花言葉?」
「赤は『愛の告白』、白は『失われた愛』、ピンクは『愛の芽生え』ですよ。今日の佐久間さんの気持は何色かな?そういえば、今日はバレンタインデーだったよね」
「ああ、忘れるところだったわ」
 佐久間はリボンで結ばれた小箱を紙袋から2個取り出して、
「所長、義理チョコですけど。どうぞ」と言って、小箱を甘木に渡した。
「ありがとう、佐久間さん。すみませんね、いつも気を使ってもらって……」
 甘木はにこやかな顔を浮かべて小箱を受け取った。
「野上さんも、どうぞ。義理チョコですけど……」
 佐久間は、もう一つの小箱を野上に渡した。
「ああ、ありがとうございます。佐久間さん、さっき僕が言った質問に答えてくれますか?」
「ええ、何のこと?」佐久間は野上に聞き返した。
「だから、チューリップの色で言うと、佐久間さんの今の気持ちは何色ですか?ということですよ」
「野上さんに対する私の気持ですか?今、渡したチョコレートの色、こげ茶色です」
 甘木は、ク、ク、クと笑った後、
「野上さん、佐久間さんに一本取られましたね」と言った。
「ええ、『一本』ですか?所長、せめて『技あり』にしてくださいよ」野上が甘木に言った。
「審判員に対する抗議は認められません」
 甘木は広げた右手を野上に示して言った。今度は、佐久間が、ク、ク、クと笑った。
 社会保険労務士の資格を持つ甘木雄一は田沼市内で事務所を開設し所長を務める。甘木の事務所は外資系生保の「ワイド生命」の代理店でもある。行政書士の資格を持つ野上敏夫は甘木事務所の所員として勤務している。佐久間涼子は生保業界最大手の「全国生命」の本社に勤務していたが、体調を壊したため退職し、郷里の田沼市に戻って甘木事務所の事務員兼生命保険の営業社員として勤務している。
 また、甘木は野上と田沼市民オンブズマンを結成し、甘木は代表を、野上は副代表兼事務局長を務める。事務所の壁には、額縁に入った田沼市民オンブズマン設立趣意書が掛けてある。

 田沼市民オンブズマン設立趣意書
 我々は田沼市民であり、また有権者でもある。
 我々は、一人の市民、一人の有権者の立場で現市政の動向を注視してきたが、現市政に対する我々の認識は「不公正・不公平・不透明」な市政運営である。
 現市政は「曖昧模糊」、「問題の先送り」、「責任転嫁」、「有言不実行」、「我田引水」など、良識を欠いた市民不在の中で運営されている。また、その帰結するところは市長の持つ強大な予算編成権を背景にした「利益誘導」と「既得権益者擁護」の市政運営である。
一方、市議会は本来、市長はじめ執行機関に対する監視機関としての責務を負っているが、むしろ市長の持つ強大な予算編成権に与ろうとオール与党化して、市議会における審議は緊張感を欠いたものになっている。現市議会に対する我々の認識は「形式的・形骸化、おざなり、馴れ合い、緊張感の欠如、けん制機能の欠落」などである。
 我々は、このような市政がこのまま続くことを憂慮する。
 我々は光の当たらない場所や光の届かない市民に「夢と希望」の光を届け、「公正・公平・透明性のある市政」、「市民の、市民による、市民のための市政」など、真の住民自治を実現するために「田沼市民オンブズマン」を結成することを決意した。

 平成19年6月
       代  表      甘木 雄一
       副代表兼事務局長  野上 敏夫

(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者