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小説「廃屋の町」(第112回)

2017年12月5日ニュース

 2月下旬、部課長会議を終えて席に戻った総務部長の中山邦夫は、机に置かれた茶封筒を手にとった。封書には親展とあり、宛先人に「田沼市総務部長 中山邦夫様」と書いてあった。差出人は公正取引委員会とあった。
「何だろう?」
 中山は封書を開け、3つに折り畳まれた1枚の文書を取り出した。文書に目を通した中山は顔面蒼白になった。
「こ、こ、これは!」中山は声を震わせながら呟いた。
 公正取引委員会委員長から田沼市長に宛てた公文書には、市が発注した市立病院の建設工事について、田沼市の職員が入札談合に関与した疑いがあるとして、行政調査を行うというものだった。下欄の連絡先に「公正取引委員会事務総局審査局管理企画課 担当者:不正競争監視室長 斉木正則」と書いてあった。中山は文書を封書に入れると、慌てふためきながら市長室に向かった。
「日下部さん、市長は部屋にいる?」中山は秘書係長の日下部俊夫に向かって言った。
「今の時間帯であれば、大丈夫ですよ」中山は市長室に入るなり、
「市長、大変なことが起きました!」
「中山君、そんなに慌てて、どうしたんだね?」
「市立病院の建設工事で官製談合の疑いがあったということで、来月、公正取引委員会の調査が市役所に入ります」中山は、市長に宛てた公正取引委員長名の公文書を差し出した。
 中山から渡された文書を見た井上は、
「誰が公取委に通報したんだろう?」と驚いた様子で言った。
「たぶん自殺した坂井盛男だと思います。坂井は釈放された3日後に自殺していますから、その間に公取委に通報したんだと思います」
「覚悟の自殺だったというわけか。しかし、遺書は残していなかったんだろうね?」
「新聞には、遺書は残されていなかったと書いてありましたが……」
「問題は、坂井がどのような証拠書類を公取委に提出したかだね」
「入札調書などの公文書のコピーとかだと思われますが……」
「公文書を調べたところで、不正が行われた証拠は見つからないよ」
「もう一つ考えられるのは、入札室で交わされた関係者のやりとりを記録したメモです。あの時、坂井は入札執行職員として部屋にいました」
「市議会でも改進党系の明間市議が、一者入札だった点や、不落で終わった1回目の入札から直ちに2回目の入札が行われ、予定価格に極めて近い落札率だった点を追及していていたからね。関係者のやり取りを録音したテープなら、不正行為が行われたことを示す証拠になるが、やり取りを記録したメモでは伝聞情報だし、それに、メモの裏付けは取れない。メモした本人はこの世にいないからね。『死人に口無し』だよ」
 数日後、長野日刊新聞の社会面に「市立病院の建設工事で官製談合か? 公正取引委員会の調査開始」という見出しで、次の記事が市立病院の写真入りで掲載された。
「公正取引委員会は、3年前に行われた田沼市立病院の移転新築工事の入札で、官製談合が行われたという通報が寄せられたことから、工事を発注した田沼市と工事を受注した建設会社三社に対して行政調査を行うと発表した。田沼市立病院の移転新築工事の入札については、不自然な入札執行だったことや予定価格に極めて近い価格で落札されたことから、当時の市議会でも議論された」
 2月下旬に発行された政財界信州3月号に「市立病院の建設工事で官製談合?市職員の怨念晴らします!公取委の調査始まる!」という見出しで、次の記事が市立病院の写真入りで掲載された。
「3年前に行われた田沼市立病院の移転新築工事で官製談合が行われたという通報が公取引委員会に寄せられた。公取委に情報を提供したのは、先月、無免許運転で現行犯逮捕され、その後、懲戒免職となった元市職員のS氏(故人)。S氏は釈放後、廃業した実家の工場で首を吊って自殺した。関係者の話によれば、S氏は市立病院の工事入札を執行した職員であり、官製談合について何らかの事情を知っているS氏の口を封じるために、無免許運転の現行犯逮捕と懲戒免職が行われたとの見方が出ている……」
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者