小説「廃屋の町」(第50回)
「さっき、入札等監視委員会で、落札率が県内平均よりも高くなっていることや、予定価格に近いところで、入札価格が等間隔に並んでいることが指摘されているようだけど、田沼市が発注する公共工事の落札率は、一体どれくらい高いんだ?」風間が尋ねた。
「地元の建設業者しか入札に参加できない制限付き一般競争入札の場合は、落札率は常に95%を超えているんだ」
「ええ!そんなに高いのか!歩切りをして予定価格を低く設定していれば、予定価格を上回る価格で札を入れる業者だっているだろう。それが、実際は、ほとんどが予定価格の範囲で札を入れているってことは、予定価格が事前に業者側に漏れているってことだろう?」風間が言った。
「それは何とも言えないね。分母になる予定価格が歩切りによって引き下げられた結果、落札率が高くなったということも考えられるね」
「そうだとすれば、市外の業者も入札に参加できる一般競争入札や指名競争入札だって落札率が高くなってもいいんじゃないのかな」甘木が言った。
「確かに、市内業者しか参加できない制限付き一般競争入札に比べ、通常の一般競争入札や指名競争入札の落札率は低くなっている。でもこれだって、状況証拠でしかないよ」
「ところで予定価格を決めるのは誰なんだい?」風間が尋ねた。
「最終決定権者は井上市長や、金額によっては榎本定男副市長だ。入札執行の稟議書が最終決裁権者の市長や副市長に回ってくると、予定価格を記入した後、その紙を封書に入れて封印するんだ」
「入札の時に予定価格の入った封書が開けられるの?」久保田が尋ねた。
「そのとおり。入札を執行する入札課の職員が開封して、業者が入れた入札価格と予定価格を比較して、最も安い価格を入れた業者が落札者となるんだ」
「予定価格を超えなければ、どんなに安い価格を入れてもいいの?」久保田が尋ねた。
「『安かろう、悪かろう』で、粗雑な工事になってしまうことを防ぐ目的で、入札価格の下限額が設定されているんだ。この下限額のこと『最低制限価格』と呼んでいるよ。予定価格が分かれば、自動的に最低制限価格も分かる仕組みになっている」
「予定価格を上回ってもダメ。最低制限価格を下回ってもダメ。でも、なるべく儲けが出るように高い価格で仕事を請け負いたい。業者の人って大変ね」久保田が言った。
「入札前に業者間の談合で落札者を決めておく。その落札予定者がなるべく高い価格で工事を受注させるために必要な入札情報、特に予定価格が発注者側から漏れている官製談合。これが田沼市の入札の実態じゃないか。その予定価格の情報提供が金銭で取引されているとした場合に、どうなるの?」
風間が言った。
「予定価格の漏洩に合わせて金銭の授受があれば、贈収賄になるね」甘木が言った。
「官製談合も贈収賄も証拠がなければ、どうしようもないよ」杉田が言った。
(作:橘 左京)