2024年4月
« 3月    
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930  

ブログ

小説「視線」(第14回)

2017年3月8日ニュース

 男は写真に納まっている子供の頃の自分と、洗面所で毎朝、見る今の自分とを見比べて、50年も経つとこんなにも顔形が変わってしまうのかと思った。薄くなった頭髪、広くなった額に引かれた4本の横皺、垂れ下がた目尻、削げ落ちた頬、張りと艶をなくした肌。男の顔には60年の人生が刻まれている。次兄の健二の顔にも62年の人生が刻み込まれている。しかし長兄の勇一の顔には14年の人生しか刻まれていない。
(不思議だ)男はつぶやいた。写真に写っている子供の頃の自分と次兄の顔は色あせてしまったが、長兄の顔は退色することもなく今もつやつやととした肌と輝きを保っている。

 男の視線は50年前の郷里に向かった。お盆が終わって夏休みも残りわずかとなったある日。朝から夏の強い日差しが地面を照り付けていた。家の中の風通しを良くしようと縁側の戸を開けっ放しにするが、部屋の中に貯まった蒸し暑い空気は外に出て行かない。
 ジー、ジー、ジー、とアブラゼミの鳴き声が家の中に入って来て、蒸し暑さを余計に感じさせる。
 カラン、カラン、カラン、と鉦を鳴らす音が遠くから聞こえてきた。徐々に大きくなってきた鉦の音がアブラゼミの鳴き声を打ち消し、家の中に涼感を運んできた。
「じいちゃん!あの鉦の音。もしかして、氷菓子を売りに来たんじゃない?」
 茶の間でテレビを付けながら、うたた寝をしていた男が祖父に言った。
「お前たち、好きなものを買ってきな」
 祖父は財布から取り出した小銭を勇一に渡した。勇一、健二、男の3人は玄関前の道路に出て、氷菓子を売りに来た麦わら帽子のおじさんを待った。
 カラン、カラン、カラン
 発泡スチロール製のクーラーボックスを荷台に積んで自転車を引く麦わら帽子のおじさんの姿が3人の視界に入った。自転車が家の前で止まった。おじさんがクーラーボックスの蓋を開けると、棒の付いた箱型のアイス、チューブやボールの形になったアイスなど、色も形も様々な氷菓子が入っていた。男と健二がチューブ型とボール型の氷菓子をそれぞれ選んだ。勇一は棒の付いた箱型のアイスを2本選んだ。1本は祖父の分だ。勇一が代金を払うと、3人は家に入って火照った体を氷菓子で冷ました。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者