2024年4月
« 3月    
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930  

ブログ

小説「山田研一 ただ今 単身赴任中」(第9話)

2017年1月3日ニュース

 研一たちは地下鉄とJRを乗り継いで社宅のある北区に向かった。初めて来た東京でしかも人通りの多い街の中を歩き回って疲れが出たのだろうか、弥生は帰りの電車の中で居眠りを始めた。車を使ったドアツードアの移動が当たり前の地方と比べて公共交通機関を使った移動が主流の都会では、最寄りの駅やバス停まで歩かなくてはならない。体力のない幼い子どもやお年寄りにはちょっと辛いのかもしれない。
 三人はJR埼京線の十条駅で降りた。研一の社宅は駅から降りて10分程の所にある。社宅に帰る途中に商店街がある。研一はこの商店街で買物をした後、赤提灯で立ち飲みをして社宅に帰るパターンが多い。今日はこの商店街で夕食の食材を買って帰ることにした。今晩の夕食は由紀子が作ってくれる。
「お母さん、夕食の献立は決まった?」弥生が由紀子に尋ねた。
「そうね。今日のような蒸し暑い日はスパイシーなエスニック料理なんかどうかしら。食欲が落ちるこの時期にはぴったりの料理だわ。」
「お母さん。スパイシーなエスニック料理って、どんな料理。」
「香辛料が効いたさっぱりとした味の外国料理のことよ。」
「外国料理って、もしかしてイタリア料理のこと。」
「正解。どうして分かったの。」
「お母さんがイタリアに留学した頃に料理の勉強をしたことを聞いていたから、そうじゃないかと思ったの。」
「ミネストレーネといわしのマリネなんかどうかしら。」
「ミネストレーネって、トマトを使った野菜スープのことでしょう。」
「そうよ。トマトの他にタマネギ、ジャガイモ、ニンジン、キャベツ、セロリ、ズッキーニ、さやいんげんなどの野菜とベーコンを煮込んで作る料理よ。御飯も兼ねてお米も入れてみるわ。」
「わーい。楽しみだわ。」トマト料理が大好きな弥生は大喜びだ。
「それとワインもね。イタリア料理にはワインが合うね。ワインの品揃えが豊富なお店がこの近くにあるので案内するよ。」研一が言った。
 スーパーで食材を買い揃え、酒屋で由紀子のお気に入りのワインを買った後、商店街を歩いていると、行列ができているお店があった。
「あそこのお惣菜屋さんはメンチカツやコロッケが美味しいって評判の店だよ。」研一は数軒先にある店を指して言った。
「弥生、味見(試食のこと)してみる。」由紀子が弥生に声を掛けた。
「うん。」弥生が答えた。
研一も由紀子の視線を気にしながら試食用のメンチカツを口に入れた。
「評判の店だけあって美味しいわ。スーパーのお惣菜と違って商店街のお店で売っているお惣菜には添加物は入っていないし、味もそんなに濃くないの。あの、このメンチカツを3個ください。」由紀子が店員に注文した。
 東京で単身赴任を始めて気づいたことだが、都会の商店街は地方の商店街と比べて活気がある。夕方近くになると大勢の買い物客で商店街は賑わう。研一は買い物客で賑わう商店街の様子を見ては少年時代を思い起こす。小学生の頃、自転車に乗って祖父と隣町の商店街に買い物に出掛けることがあった。大勢の買い物客で賑わった当時の商店街の面影は、今はもう見られなくなった。商店街はシャッター通り化して人通りもまばらで寂れている。一方、郊外には広い駐車場を備えた大型商業施設が進出し、その施設めがけて買い物客が集中している。電車、地下鉄、バスなどの公共交通機関が充実している都会と比べて人口の少ない地方では住民の足代わりになっているのが自家用車だ。通勤や買い物など、地方で暮らすには車がないと何かと不便だ。一家に数台の車を持っている家もある。研一の家にも車が二台ある。研一が通勤や家族で出かける時に使う車と由紀子が買い物などに使う車だ。
 社宅に帰ると由紀子は台所に立って夕食の支度を始めた。程なくミネストレーネといわしのマリネが出来上がった。それとお惣菜のメンチカツを加えて夕食が完成した。ワインのボトルを開けてグラスに注いだ。弥生にはオレンジジュースを注いだ。
「乾杯!」
「あなた、白い御飯の時は食事の最後に食べるけど、このミネストレーネに入っているお米は一緒に食べていいのよ。」由紀子が研一に言った。
 研一が家で食べる白い御飯は汁ものと一緒に最後に食べる決まりになっている。体内で糖分に分解される炭水化物を最初に食べると、血糖値が上昇するので、先に野菜や肉などのタンパク質を食べて、御飯は最後に食べることにしている。由紀子の監視下にある家ではこのルールは厳守されているが、研一が社宅で食べる時はこのルールは無視されている。味のない白い御飯だけを最後に口に入れても、満足な食感が得られないからだ。研一は社宅で食事をする時には、どんぶりに熱々の白い御飯を盛って、その上におかずを載せて一緒に食べている。もちろん由紀子には内緒にしている。
「今日は疲れたから早く寝よう。」
研一は由紀子と弥生に声を掛けた後、居間に川の字に布団を敷いて就寝した。
(作:橘 左京)

posted by 地域政党 日本新生 管理者